移譲される国家機能と、世界を変える金融系社会実験(BI・Bitnation・時間売買市場)

いなたくんへ

学生時代から50円玉を貯めていてる。子どもが大きくなったらどこかに埋めて、宝の地図を作って探させるのが目的だ。けっこう貯まって、1日を50円で売る東大生高野りょーすけさん換算で数万人日くらいにはなった。

懸念がないでもない。価値の蓄積という目的において、50円玉を貯め続けることは正しかったか。例えば強烈なインフレが起きれば、50円の価値は一気に棄損されてしまう。貯金箱では利子もつかない。であれば貯めずに使った方がよかったのでは。

基軸通貨がドルになり、世界銀行やIMFができ、統一通貨EUROが登場し、金本位制が崩れ、世界各地でバブルが起きては崩壊し……。金融制度はこの100年だけでも変革が相次いでいて、いまだ社会実験のただなかにある。100年後には、いや半世紀後においてすら、いまと全く違う環境に変わっていてもおかしくない。

「お金」とは社会おける価値を化体した、人類が持つ最大の共同幻想の1つだ。であるがために、「お金」の在り方は社会のカタチにも大きな影響がある。そんな「お金」について、社会実験をいくつか目にするようになった。そこには、本来国家が持つ機能の外部への移譲といった事象も見られる。未来予測の視点からまとめてみた。

Summary Note

1.私企業がベーシックインカムを導入することの意味

  • 社会保障など本来国家が担うべき機能を、私企業が補おうとしている

2.ブロックチェーンへの政府機能移譲をはじめたエストニア

  • 分散管理台帳技術は、「記録の信頼性担保」機能を国家から外部化させる

3.「個人」や「時間」を商品とした新たな経済の出現

  • 個人を上場する「VALU」や時間を売買可能な「タイムバンク」など、ネット技術により新たな市場が出現し、信用取引も多様化している

課題は「誰がリスクを取るのか」


1.私企業がベーシックインカムを導入することの意味

米大手スーパー「ホールフーズ」を買収し事業の版図を拡大するAmazon。そのプライム会員について、フードスタンプ受給者については45%割引くという施策を発表した。

戦略的にはライバル企業ウォールマートの顧客の取り込みがあるようだが、一方でこれを「企業によるベーシックインカム」とみる向きもある。

ユーザの所得に応じて待遇に差をつけるとすれば、これは確かに実質的なベーシックインカムと言えそうだ。

ベーシックインカムは試験導入する国も現れている。しかし国家が運営するとなれば財源は税金であるから、その是非をめぐる議論は深い。一方、私企業であれば議論を経ずともトップダウンで実行できる。

そこでAmazonである。すでに十分なネットワーク効果を持ち、準社会インフラとなったAmazonが行うことのインパクトは大きい。何より注目なのは、社会保障という本来国家が担うべき機能を私企業が補おうとしている点だ。

私企業の社会的位置づけが「国家」に近づく

少し話は外れるが、サン・マイクロシステムズのCTOグレッグ・パパドポラス氏の「世界のコンピュータは5つに集約される」という予想を思い出した。YouTubeがGoogleに買収されたように、ウェブサービスは統合されてしまうという話である。さらにはビッグデータが勝者総取りを進めることで、ビッグデータを握る企業に影響力が集約される未来は起こりうるかもしれない。

企業が十分に巨きくなり、社会的影響力を得たとき、企業が国家政府に成り代わるという予想もある。私もちょっと信じていたりするのだけど、生活インフラを握るGoogleやAmazonを見ると、あながちあり得ないでもなさそうに思える。私企業によるベーシックインカムの導入は、この文脈で語れるかもしれない。

もっとも、企業が政府に成り代わる、といきなり言われてもピンとこない。だが部分的なスタートならどうだろう。SF小説『ユートロニカのこちら側』(2015)では、ビッグデータ保有企業が限定的な地域(ひとつの街)を実験的に「完全管理」する未来が描かれる。

いずれにせよ、企業が個人情報管理や社会保障といった政府機能をも担うなら、そのの社会的位置づけが「国家」に近づくことはありうるだろう。


2.ブロックチェーンへの政府機能移譲をはじめたエストニア

国家の機能でもうひとつ代替されつつあるのが、「記録の信頼性担保」だ。

次の記事では、人口130万人の小国エストニアが、ブロックチェーンの1つ「イーサリアム」を利用して認証を行う「Bitnationプロジェクト」を活用する様子が書かれている。

「分散型台帳技術」とも訳されるブロックチェーンの特徴には「分散性」「透明性」「改竄困難性」等が挙げられる。代表例である仮想通貨ビットコインは、中央政府に拠らず分散管理可能であるため、無政府主義的シンボルにも見られたりする。

イーサリアムはさらに契約を格納可能とした分散台帳で、スマートコントラクトとも呼ばれる。記事によればエストニアでは、土地登記、婚姻届、出生届、死亡届、パスポートなどのID、戸籍登録、財産権の記録といった「公的認証サービスとして従来国家が担ってきたものをスマートコントラクトを活用し自動化することで、管理にかかるコストや手間を大幅に削減」することを目指している。政府機能のアウトソース例として興味深い。

政府機能の移譲は今後も進むか

もちろん、政府が自らの機能を外部化したからと言って、直ちに政府の存在理由が薄まるわけではない。たとえば中世においては、宗教的儀式が権力者に求められる機能であったりした。現在は外部化されるか、その重要性を失っている。時代の変化や技術の進展に伴い、政府がもつべき機能セットは今後も変わっていくのだろう。

ところでエストニアはイーサリアムの導入理由として「将来的には、領土がなくなってもブロックチェーンを通じて世界各地から分散的に行政サービスを実行し、自治を続けながら国家が存続していくという形も十分に考えられうる」としている。国家・国土の仮想化をも想定するとは未来的、と賞賛したいが、エストニアの隣国を見ると笑ってもいられなかったり。おそロシアおそロシア。

ブロックチェーン利用のデメリットは

ブロックチェーン利用のデメリットも挙げるとすれば、「リスクが権力に担保されていない」ことがあるだろう。例えばビットコインも、来たる8月にハードフォークが実施されれば「非中央集権」という当初理念が崩壊し、有力採掘者の影響下に置かれうる事態となる。いずれの仮想通貨・分散台帳サービスも、いまだ過渡期であることは理解せねばならない。

皮肉にもこの「リスクを担保する権力」こそが政府機能の1つであったりするのだけど。


3.「個人」や「時間」を商品とした新たな経済の出現

メルカリなりCASHなり、お金が絡むサービスは爆発力が高い。
そんな中で話題になったのが「VALU」である。VALUは、株式会社のようにして「自分」を上場できるサービスだ。株式会社では、上場した企業について株式が発行され、その売買で株価が変わる。一方「VALU」の場合、自分を上場して「VA」を発行し、他のユーザが「VA」を買って取引する。

「評価経済」なる言葉が市民権を得て久しいが、文字通り自分そのものを市場に売れるとは大胆だ。

「時間」も売買可能になる

そして評価経済の観点でもう1つ注目なのが、データビジネスを手掛けるメタップス社がアナウンスした「タイムバンク」である。これは文字通り「時間」を売買できる意欲的サービスだ。

「時間売り」について過去の例では、投資家ウォーレン・バフェットとランチできる権利が3億円で落札されたり、東大生が自分の1日を50円で売ったりしている。ちなみに東大生の件は次のような出会いもあったりして素敵。

メタップスのタイムバンクも、「専門家」が10秒単位で自分の時間を市場に出し、買った人はその時間を指定用途で使うことができる。さらには他人と売買したり、あるいは「時間買い」の立て付けで当該専門家にカンパすることも可能だ。


図:Metaps社HPより

時間の上場は残念ながら一定の評価を確立した人に限られる。具体的には当社審査で偏差値57以上とされ、これがタイムバンクにおける「専門家」の定義となる。私も試してみたが、残念ながら基準下だった(偏差値51)。

ということで、時間を売れるのはあくまでブランドを持つ人に限られるものの、これまで個別にしか売買されていなかった個人の時間が「市場」になった、というのは画期的。軌道に乗れば低偏差値にも市場が拡大されるのかな。

「オープンサイエンス革命2.0」の本当の価値

こうした評価経済を実現したことにインターネットの価値がある、という話を以前『オープンサイエンス革命』(2013)の書評として書いた。17世紀のオープンサイエンス革命では「科学論文」が知のオープン化を実現した。そしてインターネットの時代になると、さらに細かな需要と供給が結び付き、知の交換が加速される「オープンサイエンス革命2.0」が実現した、というのが本書の趣旨だ。

VALUやタイムバンクもまさにそれで、「個人そのものの価値」や「個人の時間」という、20世紀の市場では到底需要と結び付けられなかった供給が価値を得ようとしている。

ところでこれらの事例を見て、私はどうも「オープンサイエンス革命2.0」の真価を見誤っていたことに気づいた。革命2.0は上述の通り、小さな需要と供給をつなぐ。これを私は「物々交換」の文脈で捉えていたが、物々交換を通して生まれる「信用取引」にこそインパクトがあるようだ。

マネーの本質は「信用を軸とした社会的な技術」

フェリックス・マーティン著『21世紀の貨幣論』(2014)では、物々交換の実在に疑問を投げかけている。例として挙げるのが絶海の島・ヤップ島で用いられた石貨「フェイ」だ。これは文字通り石の貨幣で、大きいほど価値があるが、大きすぎてとても運ぶことは難しい。そこで何が起きたかというと、実際に石貨を移動するのではなく、石貨の「所有権」を移動することで取引を成立させていたというのだ。

この事例から著者は、実物ではなく債権債務を交換する「信用取引」の経済が人類史の早い段階から確立していたことを仮説し、「マネー」の本質が「モノではなく信用を軸とした社会的な技術」であるとしている。


ヤップ島の石貨「フェイ」(Wikipediaより)

もっとも異論もあるのでヤップ島の話は鵜呑みにはできないのだけど、ネット技術によりあらゆるものの交換が進めば、信用の取引もまた多様化していく。

実際にVALUやタイムバンクも、個人の価値や時間を直接売り買いするだけでなく、本人から乖離して第三者と取引可能にすることで、新たな信用取引の仕組みを創出している。狙いはむしろこの金融化にありそうだ。


誰がリスクを取るのか

ということで、ベーシックインカムやブロックチェーン、そして個人を軸にした新たな市場の創出といった、金融にまつわる社会実験をいくつか紹介した。すでに少し触れたが、課題となるのは「誰がリスクを取るのか」だろう。

『21世紀の資本論』では次のように述べている。

債権債務というシステムは、拍動する心臓のように拡張と収縮を繰り返し、取引を循環させる。問題は、一般大衆から信用力があると信頼されている発行体がいるか、その発行体の債務証書は第三者に受け入れられると広く信じられているか、ということだけだ。政府と銀行は、この二つの基準をたいてい簡単に満たせる。だが、企業がこの基準を満たすのはたいていむずかしい。個人となればなおさらだ。

『21世紀の貨幣論』より

社会システムや市場を維持するだけの信頼を、国家以外が持てるのか。Amazonやメタップスの実験は企業によるチャレンジだし、あるいはブロックチェーンも代替案の1つである。今後の動きや、さらなる市場の出現に注目したい。

 

最近のテクノロジー系ニュースのまとめについて、他のテーマの記事は以下。

 

  

 

Pocket