メイカー・ムーブメント時代の知財戦略 1/2:侵害対策規定の整備とプラットフォームの役割

IT技術は音楽や映像をはじめとするクリエイティブの世界に「民主化」をもたらしたと言われます。現在はアマチュアでも余暇を使ってプロ級の作品を作って、Youtubeやニコニコ動画といった場に公開できるようになりました。
事業を興すにあたっても、ソフトウェア分野は固定費が少なく済むため、従来に比べて起業のハードルが下がったとされています。

こうした変化がソフトウェアだけでなく、「モノ」の世界、つまりハードウェアに対しても起こると予想したのが『MAKERS』(2012)。ベストセラー『ロングテール』(2006)『FREE』(2009)の著者で、WIRED誌の編集長もつとめたクリス・アンダーソンによる一冊です。

MAKERS―21世紀の産業革命が始まる

本書の背景には、最近話題になっている3Dプリンタを始めとするデジタル工作ツールの普及や、開発のオープン化といった流れがあります。
モノづくりのハードルが大きく下がる一方、新しい発明やアイディアを保護するための知的財産制度や、知財戦略もまた、影響を受けることになるでしょう。本書で述べられるメイカー・ムーブメントは、知財の世界にどんな変化をもたらすでしょうか。

Summary Note

『MAKERS』が提唱するオープン・ハードウェアの世界

  • 1.デジタル工作ツールや部品の普及
  • 2.オープンソース・コミュニティの登場
  • 3.小ロット生産の場の登場
  • 4.モノのロングテール商品を扱うオンラインマーケットの形成

『MAKERS』の世界が実現したとき、知財の世界では何が起きるか

  • 1.直接侵害者の個人化に伴い、間接侵害規定が見直される
  • 2.プラットフォームによる権利関係の整理が求められる
  • 3.大企業はコアコンポーネント研究に注力し、標準化領域の奥に隠れる
  • 4.特許事務所に求められる役割も変化する


『MAKERS』が提唱するオープン・ハードウェアの世界

まずは前提として、『MAKERS』で紹介される、現在起きている「メイカー・ムーブメント」について簡単にまとめます。特に3Dプリンタが取り上げられることが多いですが、変化はモノづくりの生態系全体に起きています。

1.デジタル工作ツールや部品の普及

デジタル工作ツールで話題になりやすいのは3Dプリンタですが、他にもレーザー・カッターなど各種装置が開発されています。デジタル工作ツールはCAD等のデジタル情報を元に自動出力できるため、立体物成形のハードルを下げています。

FlashForge 3D プリンター dual extruder w/2 ABS spools[並行輸入品]
10万円未満の3Dプリンターも数多く登場

また、モジュール化された電子工作基板など、モノづくりのための部品も豊富な種類が取り揃えられるようになっています。

2.オープンソース・コミュニティの登場

上述のツール自体がオープン開発されていることも特徴の1つです。オープンソースと言えばソフトウェア分野では当たり前ですが、ハードウェアでもオープン開発のコミュニティが作られ、ツールや製品をどんどん高度化・低価格化しています。

設計図が公開され、誰でも改良できるハードウェア製品は、萌芽期の2011年末時点で300ほどとのこと。有名なものにArduinoなどがありますね。現在は爆発的に増えていると考えられます。

著者自身も、「DIYドローンズ」というドローンをオープン開発するためのベンチャーを立ち上げています。本書では、著者のドローンを模倣した中国人大学生から、バグを修正してもらったエピソードが紹介されていました。

3.小ロット生産の場の登場

モノづくりをしようとすると、設備投資が必要になり、その投資の回収のために大量生産が必要になります。従来は、こうした設備投資が個人やベンチャーにとって1つのハードルになっていました。

現在では、工場の一部を貸し出すオンライン受注サービスなどが始まっているようです。これにより、「デジタル工作ツールを使って試作品を作り、工場を借りて小ロット生産する」という小規模なモノづくりが容易になります。

本書は例えば、設計者と工場とのマッチングサービスを提供するPonokoや、CADデータをアップして製造委託できる世界最大の市場MFG.comを紹介していました。

4.モノのロングテール商品を扱うオンラインマーケットの形成

少数生産のロングテール商品の場合、物流に乗せることも大きなハードルです。
ここでも変化が起きていて、Etsyなど、こうしたロングテール商品を扱うオンラインマーケットが形成されており、手作りのニッチな品でも一気にグローバルに展開し、十分にお金を稼ぐことができるようになっています。

他には、Kickstarterなどのマイクロファイナンスにより資金調達が容易になっていることも、モノづくりのハードルを下げている要因となっているようです。
こうしたハードウェア製品のデジタル製作や、そのオープン化という変化が起きたとき、発明やアイディアを保護するための知財の世界では、どのような変化が起きるでしょうか。


1.直接侵害者の個人化に伴い、間接侵害規定が見直される

デジタル工作ツールの普及により、ハードウェア製品がネットワークを介して提供されるようになると、ハードウェア製品に関する知的財産権の侵害が、これまでとは異なる態様になると予想されます。これがどういうことか、まずは著作権法における「間接侵害」をめぐる議論をみてみましょう。

著作権法で導入が議論されている「間接侵害」

いま著作権法の改正で、「間接侵害」の適用範囲拡大が議論されています。

今回の会合ではまず、差し止め請求の対象として位置づけるべき間接行為者についてWTがまとめた3類型について委員が意見を交換。3類型とは、(1)もっぱら侵害の用に供される物品(プログラムを含む。以下同じ)・場ないし侵害のために特に設計されまたは適用された物品・場を提供する者、(2)侵害発生の実質的危険性を有する物品・場を、侵害発生を知り、または知るべきでありながら、侵害発生防止のための合理的措置をとることなく、当該侵害のために提供する者、(3)物品・場を、侵害発生を積極的に誘引する様態で提供する者–の3つ。

具体例としては、(1)は特定のゲームソフトを改変するメモリーカードの輸入・販売業者、(2)は権利侵害が発生し得るカラオケ店に通信カラオケサービスなどを提供するリース業者、(3)は無許諾の音楽ファイルのダウンロードを積極的に呼び掛ける者などが挙げられる。

CNET記事より

間接侵害とは、実際に著作権を侵害した人(直接侵害者)だけでなく、「その侵害行為を助けた人」に対しても侵害を問うという法理です。

具体例としては、(1)のメモリーカードの例がわかりやすいかもしれません。ゲームソフトを改変するメモリーカード自体は、直接的には著作権侵害行為を構成しません。侵害が成立するのは、このメモリーカードを購入したユーザが実際にゲームソフトを改変した段階です。従って、この場合の著作権侵害者は最終ユーザということになります。

makers_indirect

それでは、こうした侵害行為に対して、最終ユーザを訴えればよいかというと、1人1人を訴えていたのではキリがありません。そこで、その前段階にいる悪質な業者を、著作権を「間接的に侵害する者」として摘発できるようにしよう、ということです。

現実に起きた事件では、最高裁判所は特許法を援用して著作権にも間接侵害の法理を適用し、業者の違法性が認められました(ときめきメモリアル事件)。これをきちんと条文化しようというのが、著作権法改正で行われている議論です。

個人による製造が普及した場合にも、同様の問題が起きそう

ハードウェアがインターネットを介して、デジタル的に提供できるようになると、同じような問題が生じることが予想されます。

例えば、家に3Dプリンタを持つ少年が、インターネットでCADデータを拾って、そのデータに基づきハードウェアを出力したとします。
出力されたハードウェアが他人の特許や著作権の範囲にある場合、当該ハードウェアは権利侵害品であり、侵害者は誰かといえば、この少年ということになります。CADデータの配布者は設計図を渡しただけで、実際にハードウェア製品を作ったわけではないので、侵害者にはなりません(※設計図自体に著作権性が認められる場合はまた別ですが、ここではその話は省きます)。

CreativeTools.se - PackshotCreator - 3D printed - ZPrinter - Candle holder - Ljushallare
3Dプリンタで出力されたキャンドルホルダー

ハードウェア製品の権利者はどうすればよいでしょうか。侵害者である個々人をいちいち突き止め、それぞれに対して権利侵害訴訟を起こすというのは、ちょっと現実的ではありません。
これは「侵害者を探し出し警告して裁判を起こすコスト」と「損害賠償請求してかえってかえってくるお金」のバランスの問題です。従って、例えば侵害者が完全な個人ではなく、小ロット生産を請け負う工場であっても、同じことが言えるでしょう。

CADデータを落として家(や近所の出力ショップ)で出力できるなら、お店でお金を出して完成品を買うよりも安く済みそう。すると、実物の完成品や、あるいは正当な権利者が提供するデータに対し、お金を出すインセンティブが失われます。

これは映画の違法ダウンロードにも共通する問題と言えそうです。違いはデータそのものに権利が認められるか、出力されて初めて侵害が成立するかですね。

間接侵害は一定の侵害行為に対応できる可能性があるものの‥

この解決策として考えられるのが「間接侵害」の導入です。出力する最終ユーザではなく、設計図データの配布者や、配布サイトを侵害者として問えるようになれば、侵害行為を止めるためのハードルが下がるでしょう。

現状の法制度では、まだ間接侵害は適用されません。しかし将来、メイカー・ムーブメントにより問題が増えれば、設計図データ配布者を規制できる法制度の確立が必要になりそうです。

もっとも、それでも脱法行為は考えられます。例えば、完成品を構成する「部品」の設計図データのみが配布され、最終ユーザが部品を複数出力して、最後にそれらを組み合わせて完成させた場合も、部品のデータ配布にまで間接侵害を問えるのかは、検討が必要になります。

メイカー・ムーブメントによりハードウェアがデジタル化し、今とは異なる形で流通する将来、いかに発明者や創作者の権利を守るかは、難しい問題になりそうです。


2.プラットフォームによる権利関係の整理が求められる

間接侵害規定の整備など、侵害者に対する法的対応が可能になったとしても、直ちに侵害行為を止められるかと言えば、まだハードルがありそうです。

侵害者への権利行使や、他人の権利回避は、容易ではない

「特許発明を他人に勝手に使われた。訴えてやりたい! けど侵害してるのは少人数だし、訴訟費用の割に合わない」

「どうも自分の特許発明が勝手に出力されてる気がするけど、実際に誰がデータ配布してるのか、どう突き止めればいいのか難しい」

市場を監視して侵害行為や侵害者を発見し、実際に法的行動を起こすには、体力やスキルが必要です。大企業と異なり、個人や小規模事業者が権利主体となった場合には、ハードルは低くはなさそうです。

また、メイカー・ムーブメントによりモノづくりの主体が増え、発明や権利の数が増えると、それらを全て回避することも困難になります。

「製品が多様になりすぎて、新しいモノを作ろうとすると必ず誰かしらの特許を使うことになっちゃう! 実施料を払うのは構わないけど、特許権者全員に払ってたら膨大な額になるし、そもそも誰がどんな権利を持ってるのか探し出すのに一苦労」

ということです。
こうした問題を解決する仕組みとして、プラットフォームが権利関係の整理を担うことが考えられそうです。

Youtubeの例

コンテンツ流通の分野でいえば、Youtubeの例が参考になりそうです。

Youtubeは、ユーザ投稿による著作物使用料を、Youtubeが代わりにまとめて支払うことで、ユーザによる自由な表現を守っています。
一方、投稿された著作権侵害作品を権利者が削除したいと思った場合、Youtubeに申し立てれば、Youtube側で解決してくれます。

このようにプラットフォームが権利者とユーザとの間を仲介することで、権利侵害の発生を少なくし、共生できる場を作っています。

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YouTubeによる著作権侵害動画チェックの仕組み(YouTube説明に基づき作成)

ハードウェアの流通の対してプラットフォームに求められること

ハードウェアの場合、著作権だけでなく特許や意匠権など、複数の権利が関係することになります。ハードウェア流通のためのプラットフォームはこれらの権利関係を整理するため、どういった処理を行うでしょうか。

例えばプラットフォームはパテントプールを形成し、特許使用料の分配を行います

あるいは、特許権の効力を制限することで、自由なモノづくりを推進することもあるかもしれません。具体的には次の2点が行われます。

  • 特許権者(特にコアコンポーネント製造者)に対する不争義務の取り付け
  • アウトサイダー、パテントトロール対策

不争義務の取り付けは、いくつかのオープンソース・ソフトウェアのように、参加者に対して一切の権利行使を放棄させる約束を取り付けてもよいですし、FRAND(差し止めは許されず、合理的なライセンスを与えなければいけない義務)でもいいでしょう。ともかくも、プラットフォームに参加する限り、他社の権利を気にする必要がなくなります。

もちろん、デッドコピーなど悪質な模倣者は、上記の場合でもプラットフォームが権利者に代わってお仕置きです。

 

以上では、メイカー・ムーブメントによる個人や小規模主体によるモノづくりに対して、知財制度がどのように変わっていくかを予想しました。その一方で、こうした変化は現在の大企業や、企業の知財活動をサポートする特許・法律事務所の活動も変えていくことになりそうです。これについても考えてみます。

 

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この記事は、2013/1/9から掲載した次の記事を加筆・修正の上まとめたものです(2015/7/18)。

  • 『Makers』の世界が実現したとき、知的財産の世界では何が起きるか?(1/5) 間接侵害規定の見直し(2013/1/9掲載,2014/6/1修正)
  • 『Makers』の世界が実現したとき、知的財産の世界では何が起こるか? (3/5) プラットフォームによる権利関係の整理(2013/1/10掲載)

 

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