いなたくんへ
瀋陽を旅したとき、路上の辻占いに看てもらったことがある。
氏名と生年月日・産まれた時間だけ訊かれ、伝えると路上で竹の棒(筮竹というらしい)をジャラジャラとほぐし始める。当たるも八卦あたらぬも八卦、のあの八卦占いだ。鑑定料はたしか20元(現在のレートで約300円)。
占いといえば、ホントは誰にでも当てはまる一般論をもっともらしく伝えるバーナム効果が知られている。けどその占い師は「お前の親戚筋のこの関係の者がいついつまでにどうなる」みたいに具体的に伝えてきたので驚いた。そして言われたことのいくつかは的中した。さすがは東洋占術発祥の国と感心した。
ところで、産まれた時間まではわからないと言ったら舌打ちされたんだけど、中国人はみんな知ってるのかな。
中国発祥の占いには他に「算命学」というものがある。干支暦などをもとに人の運命を占うものだが、国の将来予測にも用いられる。国がたどる変化を50年を単位としたサイクルに一般化し、当てはめるのだ。
このサイクルは中国の長い歴史から経験的に導き出された法則であり、経済評論家の菅下清廣氏は著書『一生お金に困らない「未来予測」の技術』(2014)で「今では占いのジャンルに数えられたりもしていますが、国家のトレンドを予測するツールとしての本質は決してばかにできるものではない」と評価している。
『一生お金に困らない「未来予測」の技術』はメリルリンチ Vice Presidentの経歴を持つ著者が、その未来予測のノウハウを語った一冊。この本を読んだだけで未来予測できれば苦労しないけど、おもしろい視点もいくつか紹介されていた。
特に興味深かったのが、長期トレンド予測のための2つのサイクルだ。1つは算命学に基づく国家の動向予測で、もう1つは景気循環の4つの波である。景気循環のなかでも超長期の波コンドラチェフ・サイクルは、イノベーションが起こす40-70年周期の波として知られている。時代認識の視点として大いに参考になったので、今回これらを紹介したい。
Summary Note
算命学によれば、国家の栄枯盛衰には50年単位のサイクルがある
- 50年は動乱期・教育期・経済確立期・庶民台頭期・権力期の5つの時代からなる
- 日本は2017年から約10年間の経済確立期を迎える
景気循環には4つの波が知られ、特に40-70年周期のコンドラチェフ・サイクルがイノベーションにより起こされる
- 日本は2009年にコンドラチェフ・サイクルのボトムを迎えており、今後景気の上昇と価値観の変動が予想される
- 2012年から2031年はコンドラチェフ・サイクルと、20年周期の建設投資循環の直美クズネッツ・サイクルの両者が共に上向く「ブロンズ・サイクル」となる
- アベノミクスは失敗せず、だれが首相であってもデフレ脱却を目指す
本書によれば、算命学では国家のトレンドを10年ずつ5つの時代に分け、50年を1つのサイクルとして捉える。5つの時代は次のように推移する。
- 1.動乱期: 国としての基盤が固まっていない動乱の時代
- 2.教育期: 国家が安定し、将来を担う人材を育成する時期
- 3.経済確立期: 経済的基盤が確立する時期
- 4.庶民台頭期: 庶民に力が付き、豪商や芸術家が生まれる時期
- 5.権力期: 官僚・政治家支配が進み、国家が衰退する時期
動乱のあと国が安定し、将来を担う人材が育成される。やがて彼らが国家の中枢を担い活躍することで、経済の確立期を迎える。これは庶民の活力をもたらすが、今度は力を付けた庶民を抑えようと官僚や政治家の力が強化され、国家は経済的にも文化的にも活力を奪われる。というシナリオだ。
本書はたとえば庶民台頭期の例として、江戸時代の元禄期に紀伊国屋文左衛門のような豪商が登場したことを挙げていた。
5つの時代の中でも教育期の半ばには、国家を震撼させる大事件が起こるとされる。たとえば内乱や外敵の侵入、大災害や大きな技術革新だ。これは「鬼門通過現象」と呼ばれる。
5つの時代のサイクルは、どのような国家、どのような時代においても、その国の憲法が施行された年が出発点とされるという。大日本帝国は憲法が発布された1890年を動乱期の始まりとなり、鬼門通過期は教育期の半ばの1905年前後にあたる。これは日露戦争と重なる。
また、日本国のサイクルは1947年の日本国憲法発布を出発点とするところ、本書は1サイクル目の鬼門通過期には安保闘争が、2サイクル目(1997年~)の鬼門通過期(2012年前後)には東日本大震災が起きたことを指摘する。
ちなみに米国は合衆国憲法発布の1788年がサイクルの基点となり、現在5サイクル目である。本書は5サイクル目の教育期(1998-2007)の半ば、2003年前後に起こるはずの鬼門通過現象として、2001年9月11日の同時多発テロを挙げている。
以上が、本書が説明するところの「算命学に基づく国家のトレンド」だ。このトレンド予測が本当に正しいのか、それは次回詳しく検証するが、私には理に適ったシナリオに思えた。本書の「本質は決してばかにできるものではない」という指摘に賛成で、中国三千年の経験則はまさしくバカにできない。
この理論に基づけば、今後の日本がいかなる季節を迎えていくかも予想できることになる。本書によれば、現在の日本は2サイクル目の教育期に当たり、2017年から経済確立期に入ることになる。
なお鬼門通過現象について、私は「教育期の半ばだから大事件が起きる」わけではなく、「どの時代にも大事件は起こるが、特に教育期の半ばに起こる事件がその後の国家の命運に影響を及ぼす」と捉えた。
国の歴史を10年単位でみれば、どの時代にも何かしらの大事件は起きている。しかしその中でも教育期の半ばに起こる事件は、その後の経済確立や国家の在り方の方向性に影響を与えやすいだろう。日露戦争の勝利や、安保闘争を経ての日米関係は、やはりその後の国家の性格を方向付けたり、その50年のサイクルを象徴する事件であったように思う。
もう1つ本書で紹介されていたマクロな予測指標が、景気循環の4つの波だ。景気循環は「景気の波」とも呼ばれ、投資を原因として景気が一定周期で上がったり下がったりするとされる。経済学では一般に次の4つが知られている。いずれも独立した波である。
- 1.短期の波:2~3年周期の在庫投資の波(キチン)
- 2.中期の波:7~10年周期の設備投資の波(ジュグラー)
- 3.長期の波:20年周期の建設投資循環の波(クズネッツ)
- 4.超長期の波:50~-60年周期の社会インフラの波(コンドラチェフ)
たとえばキチン・サイクルについて、投資を行うと在庫が積み上がり企業業績を圧迫するが、その後在庫整理が進むことで景気が上向く。この一連の流れが概ね2~3年で起こる。
クズネッツ・サイクルは住宅やオフィスの建て替え周期で、本書はこの波の大底としてリーマン・ショックを招いたことを指摘していた。
さて、証券・投資の世界で活躍してきた著者は、これらの波をどう読むのか。本書が注目するのは超長期の波・コンドラチェフ・サイクルだ。
コンドラチェフ・サイクルについて本書は、半世紀に一度社会インフラが作り替えられ、そのために発生する投資の循環であると説明する。また、周期の変化点では、大きな価値観の変化を伴うとする。
たとえば日本で起きた価値観の変化に、1945年の敗戦があった。本書は敗戦をボトムとして、日本におけるコンドラチェフ・サイクルのピークを1981年と認定している。敗戦から1981年までが景気のマクロ的上昇期に当たる。
その後景気は下降局面となり、ボトムとなるのが2009年のリーマンショック波及である(理論上のボトムは2005年であるが、4年の誤差があったとする)。そして現在、日本は2031年までの長期の上昇期に入っていて、デフレからインフレへの転換という価値観の変化が起きている、というのが本書の仮説だ。
この理論に基づき、本書はアベノミクスを次のように評価している。安倍首相でなくとも、誰であってもやるべきことは同じ、という指摘だ。
今、アベノミクスによってデフレを脱却し、インフレへ向かう兆しが見えています。この政策が成功するか失敗するかということが取りざたされていますが、私は安倍首相の成長戦略が成功しようが失敗しようが、インフレの方向に進むと思っています。
それは、コンドラチェフ・サイクルが示すように、歴史の軸が動いているからです。
極論すれば、安倍首相が失敗して更迭され、次の首相が誰になってもデフレ脱却という旗を掲げるはずです。そしてそれは、近いうちに成功すると考えます。
『一生お金に困らない「未来予測」の技術』より
景気循環についてもう少し触れたい。著者は三菱UFJモルガン・スタンレー証券の景気循環研究所を参考にしているとのことで、私も調べてみた。本書刊行後であるが、2015年末のレポートが読みやすくまとまっている。
まず、レポートでは各サイクルの周期と基点をそれぞれ分析している。景気循環の波の形をどう捉えるかは諸説あるようだが、たとえばコンドラチェフ・サイクルの基点について、レポートでは次のように認定していた。
- 前回ボトム:1946年
- 前回ピーク:1974年
- 今回ボトム:2002年
- 次回ピーク:2031年
本書『一生お金に困らない「未来予測」の技術』の認定とは若干異なるので注意が必要。ちなみにレポートではコンドラチェフ・サイクルの周期を40~70年と見積もっていた。
レポートでは続いて、コンドラチェフ・サイクルとクズネッツ・サイクルの2つの波が共に上向く「ブロンズ・サイクル」に言及する。これは日本の近代史では次の3度しか訪れていないという。
- 1.1905~1917年(「坂の上の雲」の時代)
- 2.1951~1968年(「ALWAYS三丁目の夕日」の時代)
- 3.2012~2026年(第三の歴史勃興期)
少なくとも最初の2つは日本が成長を遂げた時期と合致している。すると3つめのブロンズ・サイクル、すなわち2026年までの経済成長にも期待が持てるかもしれない。
そしてさらにレポートによれば、2016~2017年は、2つの波に加えてジュグラー・サイクル、キチン・サイクルも上向く「ゴールデン・サイクル」に当たるという。果たしてどうなるだろうか。
ところで、コンドラチェフ・サイクルはなぜ起こるのか。これには戦争仮説や農業仮説など、いくつかの仮説があるようだ。その中でも有力なのが技術革新仮説である。景気循環の提唱者にして経済学の巨人シュンペーターも、イノベーションが超長期サイクルを起こすと述べた。
本書では技術革新仮説について、「下降期間中に重要な発明・発見が生産や交通などの分野で生まれ、その技術が次の波動が上昇し始めるとき大規模に投入される」と説明する。この投入が社会インフラを大きく作り替えるわけである。
次の図はコンドラチェフ・サイクルと過去のイノベーション、蒸気機関、鉄道、電気、自動車、情報技術との関係を比較したもので、確かに仮説に当てはまる。
Wikipediaより
では次なる技術革新は何なのか。本書はiPS細胞ではないかと予想したが、うーん、日本発の成果を押したい気持ちはわかるけど、どうだろう。波及効果を考えると、インパクトの大きい技術革新はほかにもある気も。
技術革新の「次なる波」のインパクトはミチオ・カク著『2100年の科学ライフ』(2012)でも触れられていた。その正体はあくまで不明としながらも、人工知能とナノテク、情報通信、バイオが組み合わさったものになるのでは、との予想だった。
以上2つの理論に基づけば、21世紀前半の日本はかなり楽観的に見ることがでそうだ。
算命学によれば、経済確立期と庶民台頭期という発展期が2017年から20年間続くことになる。そして景気循環をみると、2002年から2031年までは巨視的には景気の上昇期にあたり、さらに2012年から2026年は「ブロンズ・サイクル」を迎えることになる。
ちょっと楽観的に過ぎる気もするが、私は悲観的な未来予測は意識して排除することにしているので、本書の予想する黄金時代を正直に信じてみたい。
今回は本書の紹介として2つの長期トレンド予測理論にフォーカスしたが、他にもためになる教訓が載せられている。大河ドラマや流行歌から世相を予想する方法とか、政界の動き、特に首相動向をウォッチすることの重要性とか、よく予想を当てる評論家はチェックしておきましょうとか、定点観測の重要性とか。
身につまされた指摘は「せめて食事をするときぐらい、普段と違う場所に行ってみる」というもの。アンテナの感度を高めるにあたって、毎日の食事をないがしろにすべきでないというアドバイスだ。私は物ぐさなのでファスト・フード大好きなんだけど、確かに食事はもう少し気を遣いたい。。。
本書を読んだ程度で「一生お金に困らない」わけはないけれど、予想の世界で大成された著者の視点であるので、参考になった。
ところで算命学の国家50年周期説、非常におもしろかったものの、正直なところどうなんだろう。景気循環は経済学の大家や研究者がしっかり論じているから良いとして、算命学はこじつけというか、どこまで信じていいかわからない。もちろん一面では当たっているんだろうけど、普遍的なサイクルと言い切るには躊躇がある。
そこで、算命学に基づく国家の動向予測にどの程度の信憑性があるのか、各国の事例を整理してみた。大日本帝国、近代日本、米国、中国、ソ連、欧州それぞれの歴史について、果たして算命学における5つの時代は当てはまるのか。やってみると、これがけっこう当たってるのだ。
- 算命学に基づき4ヵ国1組織の栄枯盛衰を確かめてみた(日米編)(希望は天上にあり,2016/9/20)
- 算命学に基づき4ヵ国1組織の栄枯盛衰を確かめてみた(ソ欧中編)(希望は天上にあり,2016/9/25)
算命学に基づくトレンド予想が使えるとしたら、次に気になるのは、各国や国際社会がこれからの未来にいかなる季節を迎えるのかだ。これについても私なりに未来の世界を予想してみた。
- 21世紀の各国の未来を、算命学にこじつけて占ってみた(ロシア・欧州・米国編)(希望は天上にあり,2016/11/12)
- 21世紀の各国の未来を、算命学にこじつけて占ってみた(中国・アジア・日本編)(希望は天上にあり,2016/11/15)
むしろこれら2つの検証がしたくて、その導入として今回の記事を書いたところあるんだよね。出典の明示というか。ということで、興味があれば上記の記事もご一読あれ。