1974年・1996年・2017年の『SEVENTEEN』誌を読み比べてみた

いなたくんへ

いまから約20年後の2040年、私たちの生活はどう変わっているだろう。未来を想像するにあたり、1人の女子高生をペルソナとしてその日常を考えてみることにした。

基本的にはブレストベースで進めているが、未来を考える前に、まず過去をふり返ることも必要だろう。過去の高校生はどんなことに興味をもち、なにが流行っていたのか。普遍的なものは2040年も変わらないはずだし、変化が起きていたとしても、その軸を伸ばして今後のことを予想できる。

そこで今回は、2018年を起点として22年毎に遡り、1996年と1974年を調べてみた。具体的には、各時代の女性誌、そのなかでも高校生が対象の『SEVENTEEN』を読み比べてみた。本当はもうちょい上の年齢向けの『an・an』『non-no』あたりも比べたかったんだけど、時間の都合で読み切れなかった。

また、読む前には各時代の事件をみての「時代感」の整理もしてみた。

Summary Note

1974年の時代感:高度経済成長後の自由化の時代

1974年の『月刊セブンティーン』はアイドル特集が目立つ

1974年の『an・an』『non-no』も読んでみた

1996年の時代感:バブル崩壊後のコギャルの時代

1996年の『SEVENTEEN』は「みんな」の日常を紹介

2017年の時代感:グローバルな危機と平成の終わりの時代

2017年の『SEVENTEEN』にみる青春の普遍性


1974年:高度経済成長後の自由化の時代

『SEVENTEEN』を読む前に、背景として各時代の空気感を押さえておく。次のサイトが出来事と流行を俯瞰するのに見やすかった。

あとはWeb情報も参考に、1974年がどんな時代だったか俯瞰してみる。

戦後高度経済成長はひと段落、しかし歪みも

1974年は、約20年続いた高度経済成長が終了し、戦後初のマイナス成長を記録した年だった。学園紛争はすでに沈静化していて、1972年にはあさま山荘事件が起こる。同1972年には沖縄本土復帰や日中国交正常化も成立し、戦後復興が「ひと段落」した時代と言える。1976年には戦後生まれが総人口の半数を超える。

戦後経済成長に伴う社会の歪みも現れている。前年の1973年にはオイルショックが起きて「省エネ」が流行語に。未婚の母(1972)やコインロッカー遺棄(1973)が社会問題化し、暴走族と女子中高生の非行が戦後最高を記録(1975)。

コンテンツは、ノストラダムスの大予言(1973)や『日本沈没』(1974)といった終末論的なものがヒット。ヒッピー文化を通じてベストセラーになった『カモメのジョナサン』や、超能力、ストリーキング(全裸で街を疾走する行為)などもブームとなった。

無気力・喪失感が指摘されるなか、ライフスタイルは自由に

「しらけムード」「若者の無気力・無関心・無責任」が1970年の風潮。その後の1976年には、『限りなく透明に近いブルー』は「近代化を成し遂げた後に残る喪失感を描いた」と評される『限りなく透明に近いブルー』がベストセラーとなる。

男性は長髪で、女性のファッションではプリーツスカートやバギーパンツが流行っていた。アイテムではモンチッチ。

ライフスタイルは、より自由な生き方が注目されていたようだ。
1971年に「アンノン族」と呼ばれるan・anやnon-noを小脇に抱えて旅する女性が流行。これにより女性の1人旅が許容されるようになった(つまりそれまでは特異だった)。1973年には同棲ブーム。1975年には、買い物やレジャーに積極的なライフスタイルが「ニューファミリー」の言葉で、新しいものとして捉えられている。


1974年の『月刊セブンティーン』はアイドル特集が目立つ

『SEVENTEEN』は10代女性を対象としたファッション誌で、1968年創刊(当時は『週刊セブンティーン』)。1973-1986年には『月刊セブンティーン』も刊行される。

というか今気づいたんだけど、1974年は『月刊~』だけかと思ったら、『週刊~』もちゃんと存在してたのね…。1996年、2017年の『SEVENTEEN』の前身は『週刊~』の方なのでそちらを見るべきだったが、今回は『月刊~』の方を調べてしまった。

まあでも大きな影響はないだろう。ということで、1974年の『月刊セブンティーン』を覗いてみる。1996年、2017年もそうだけど、その年の全部を見るのはきついので、3月(進級前の春休み)、7月(夏休み前)、12月(クリスマス前)の3つの季節を選んでみた。


『月刊セブンティーン』1974年3月号
(国会図書館デジタルアーカイブより引用)

ベースはファッションの話題

当たり前だが、ファッションの話題に紙幅が割かれるのはどの時代も変わらない。上に引用した表紙のアオリ文をみて明らかなように、流行のコーディネートや欲しいアイテム、季節イベントに合わせての着こなしが紹介される。

3月号では「春のコレクション」としてスカーフ、アクセサリ、バック、靴などのアイテムが紹介され、「ジーンズ党のあなたに贈るエリートファッション」「こころうきうきセーターガール」といった特集が並んでいた。


様々なコーディネートを紹介するスタンスは当時から変わらない.
(『月刊セブンティーン』1974年3月号,国会図書館デジタルアーカイブより引用)

7月号ではリゾートウェア特集や「ビーチサイドのナウな小物たち」の紹介。日焼け対策記事では「かわいいブロンズちゃんになりたいの」の小見出しで「7月中にやくのがカッコいい」と勧めている。(美白派には「エレガントな色白ちゃんでいたいの」の項目も)

12月号ではカジュアルコートやロングスカート、セーターの特集のほか、「エスコート志願がワンサカワンサカ」の煽りで「パーティのための着こなしと美容」の特集が組まれていた。

ほかに「下着のつけ方・選び方」のような、この時期の悩みに応えるコラムも。

アイドルのグラビアが目立つ

1974年に特徴的だったのは、アイドルの特集も目立った点だ。1996年、2017年のSEVENTEENも時代ごとの男性アイドルの記事はあったが、1974年は特に力が入っていた。

まずはグラビア。「ひろみの7バラエティーショー」や「西城秀樹特集inグアム」といった感じで、男性アイドルのグラビア写真が目玉になっている。どの号でもマブシー裸体が大きなカットで載っているのが特徴。


(『月刊セブンティーン』1974年3月号,国会図書館デジタルアーカイブより引用)

楽屋裏を書いたゴシップ記事も豊富で、「ひろみファンもヤキモキしない研ナオコ」「ホットな淳子/クールな晶子」「30杯もラーメンを食べた(!?)アンナ」といったの小見出しが躍る。

ほかにアイドルのプライベートを訪ねたインタビュー記事「あいざき進也のすべて」とか。記事では彼女いないアピール、恋人募集中アピールもきちんとされてて、読者に夢を持たせている。

3月号には「’74/アイドル パーフェクト年鑑」も載っていた。

エンタメ情報や事件解説記事も充実

「スクリーン・コーナー」では話題の映画作品が紹介される。学生たちの恋と勉強の板挟みを描いた『ペーパー・チェイス』を筆頭に、『狼は天使の匂い』『雪解け』など当時の作品がいくつも紹介されている。TVガイドもあった。

12月号では「高校生心中事件」について7ページに渡る記事を掲載。なにしろ読者層に被る高校生のセンセーショナルな心中事件、載せないわけにはいかないだろう。記事の目線としては、次のアオリ文が参考になるかな。

男と女の愛とは、いったい何なのだろう?婚姻届けという愛の証を残してふたりだけの世界へ旅立った高校生、たしかに、若い愛にはさまざまの障害がつきまとう。だが、心中という方法しか愛を貫きとおす道はなかったのだろうか!?

『月刊セブンティーン』1974年12月号より

それから、「さまざまの体験を経て大人へめざめる少女の青春」を書いた小説「愛への旅立ち」の連載があり、雑誌後半はマンガになっていた。


1974年の『an・an』『non-no』も読んでみた

雑誌読むのも楽ではなくて、力尽きてしまって1996年以降と比較できていないのだけど、1974年は『an・an』『non-no』も読んだので参考に紹介したい。前者は1970年、後者は1971年の創刊である。

大学生やOLが対象であり、ファッションについても「いまボーナスで買いたい街着90」「働く人が美しく見える服」といった切り口が垣間見られる。ライフスタイルの提示が主題で、『月刊セブンティーン』に比べて異性話はほとんどない。

「旅」が充実

70年代前半の「アンノン族」ブームを生み出しただけあって旅行特集は充実。「山陽道4泊5日の旅」「北海道」「夏ならではの京都」など、それぞれ丁寧に特集されてて、むしろ旅行雑誌かと思った。

an・an7月号の高原特集では清里・野辺山あたりを紹介してるが、清里ブームは1980年前後のはずなので時代を先取りしている。いずれにせよ、女性にとっても「旅行」は余暇の過ごし方の1つとして定着していたわけだ。

non-noではカナダ・バンクーバーの旅など、海外も紹介していた。

流行のライフスタイルを提示

表参道のブチック・喫茶店とか、「アメリカンフードのヤング代表」であるハンバーガーの特集とか(※マクドナルド1号店は1971年)、ちょっとオシャレな休日の過ごし方も特集。このあたりは現代の雑誌とも変わらないかな。

non-no12月号ではインテリア特集として「北欧インテリア紀行」が掲載されたが、40年前においてもテイストのIKEA感は全然変わらなくて、古さを感じないことに驚いた。

働き方とおしゃれ

「働く人が美しく見える服」とか、「仕事もおしゃれもキャリアもじゅうぶん!!」といった、働く女性視点の記事も目立った。前者の記事のアオリ文には「”職場の花”的なOLの消極的なおしゃれでなく」との言及があり、逆に言えば当時のOLは「職場の花」的存在だったこと、これからの脱却が目指されたことが伺える。


『non-no』1974年3月5日号より引用

1974年の「ちょっとおデブさん」とは

異性に関しては、『SEVENTEEN』がアイドルを取り上げていたのに対し、an・anになると「各分野で活躍する27歳独身男性20人」みたいに、もう少し身近っぽいところを挙げていた。

あと「ちょっとおデブさんのファッション・カルテ」なる特集もあったが、ここで出てくる「ちょっとおデブさん」は身長156cm、体重50kgの女性で、これは少なくとも現代では平均的なバランスである。読者を煽るためにこういう書き方にしたのかな。

それから映画作品、映画俳優、レコード、本、小劇場公演などの最近のものをそれぞれ紹介。

気になる読者のページ

最後に、non-noの読者投稿のページが時代感に溢れていたので、当時の雰囲気を知るために引用したい。■が読者の投稿内容、★が編集者のコメントである。

■北風の吹く土曜日、私は”ソニー”の前でPM2:00に待ち合わせ。30分、1時間と時間がたつのに彼の姿はさっぱり。30分、あと30分ととうとうPM5:00まで待っていたのでございますが、いとしの彼はついにそのお姿を見せず、私はガッカリお部屋へ帰ったのでございます。涙がやっととまったPM7:00に彼からのお電話――「どうしたんだよ!!ズーと待ってたのに”ソゴー”の前で…」。私、泣くに泣けず笑ってしまったのでございます、ハイ。

★あまりのバカさに、私も笑ってしまったのです、ハイ。

『non-no』1974年3月5日号より(※投稿者住所は筆者割愛)

待ち合わせでのすれ違いに時代を感じるのでございます、ハイ。

■りんごの皮をクルクルむいてみたいのです。くるくると幼い日々の夢をのせて…。くるくると赤いホッペの声をのせて。それなのに。上手にむけない私の横から口出ししてくる憎いヤツは、一生私の横にいて、料理自慢のその腕で、私を抱いてくれるというのです。ほんとは……ほんとは……りんごなんてほしくないのに、食べたいと言ったのは、この私――。

★ほしくないのに食べたいとは、これいかに?女ってえのは複雑でヤダネー。

『non-no』1974年3月5日号より(※投稿者住所は筆者割愛)

「赤いホッペ」「憎いヤツ」「女ってえのは」等の表現というか、そもそもこの謎ポエムの謎加減というか、「むいてみたい」なら剥きゃいいじゃん感というか、もうなんとも言えず申し分なくあの時代ダネー。


1996年:バブル崩壊後のコギャルの時代

さて、時代を下って1996年にうつりたい。まず、1996年とはどんな時代だったか俯瞰してみる。

バブル崩壊後の「失われた時代」に気づき始める日本人

1996年は、1990年のバブル崩壊、1991年のソ連崩壊から数年経った時期である。1993年には「平成大不況」が宣言されるが、その後1997年に山一證券の自主廃業が起き、1998年に再度「日本列島総不況」が言われることになる。

前年の1995年には阪神大震災や高速増殖炉もんじゅの事故、地下鉄サリン事件がおき、知事め自殺が社会問題化して『完全自殺マニュアル』がヒットする。

一方、明るいニュースでは、毛利さんや向井千秋さんの宇宙飛行(1992,1994)や初の国産宇宙ロケットH2の打ち上げ成功(1994)が話題になり、アトランタ五輪(1996)があったりした。

古き良き「コギャル」の時代

コギャル・ヤンママが話題に上ったのが1994年。その後1996年のファッションリーダーは安室奈美恵で「アムラー」が流行。ルーズソックスや腰パン・腰ばきが流行る。前年1995年には「へそ出しルック」や「見せる下着」も流行るなど、奔放な印象だ。ただし翌1997年にはハイソックスへの回帰も起こる。

ちなみに1996年には援助交際が社会問題化してもいる。エアマックス狩りが流行ったのも1996年。

1996年は携帯電話・PHS加入台数が2000万台を突破した年でもあり、携帯通信機器によるコミュニケーションが一般化しはじめた。なお、前年にはウィンドウズ95が発売されるが、インターネットはまだ一般普及してはいない。

グッズではプリクラとたまごっちが、言葉では「チョベリバ・チョベリグ」の言葉が流行。ポケモンも発売され、翌1997年ブームとなる。
音楽はスピッツ『ロビンソン』『チェリー』、PUFFY『アジアの純真』、ウルフルズ『ガッツだぜ』が流行。


1996年の『SEVENTEEN』は「みんな」の日常を紹介

1996年の『SEVENTEEN』は月2回刊行で1冊340円。1974年に比べて大幅に情報量が増えていた。

ファッション誌の本分たるファッション関連の話題は当然充実していて、例えば3月号の表紙でも次のような言葉が躍っている。

  • 今年のミニはこれが勝ち!
  • 春色気分のニットカタログ
  • この春靴はこんなに変わる!
  • おしゃれタレント1位に聞く ともさかりえ 教えて!!この春のお気に入り

(『SEVENTEEN』1996年3月号,国立国会図書館より引用)

あとは3月号の「キレイ脚になる大宣言」とか、7月号の日焼け防止・美白特集とか、美容関係も充実。ほかに安いけど使えるコスメとかアイテムとか。

7月号では「女子高生のきれいになる下着レッスン」なるコラムがあったが、1974年にも同趣旨の記事があったし、現代でもかわらないよね。

3月号の「みんなが夜・おうちでやってること白書」

中山エミリとか中居正広とかキンキキッズとか広末涼子とかTOKIOとか、アイドルの話題もあるものの、1974年に比べれば大した内容ではなかった。かわって大きな主題となっているのが「同世代の他の子はどうしてるのか」という視点の記事だ。

例えば3月号の「みんなが夜・おうちでやってること白書」では、アンケートベースで次のような結果を紹介している。

  • 電話は1日に平均1.5時間
  • 家で着てる服はスエットの上下
  • おフロに入る時間は30分
  • おフロの中でやってることは(1位・半身浴、2位・ボーっとしてる、3位・音楽を聴く)
  • 夜食作る人の割合は21%
  • 24%のコがせっせせっせとシェイプアップ

ちなみに電話の内容は「学校のうわさ」「彼氏・好きな人のこと」「恋愛の悩み」「悪口」「くだらないこと」で、基本的に相手は友達と思われる。

あと「夜のお出かけしてる?」への回答はYESが79%で、その目的は「コンビニ」「友達とおしゃべり」「彼氏とあう」といったもの。みんな外出てたんだ。私は田舎者で外真っ暗だったから出なかったなー。

存在感を発揮する「ベル」と「電話」

もう一つ注目したいのはコミュニケーション手段で、「ベル」「電話」が重要な地位を占めている。

3月号「成功のツボはたったの12 悩みばっちり解決!初めてのデート」では初デートでの注意事項(おごってもらうときも財布だす素振りは見せろ、とか)が述べられているのだが、誘うにあたっては「ベル」で彼の反応を見たり、デートの後もすぐに「ベル」にお礼のメッセージを入れるべき旨を指南。

ちなみに待ち合わせでは待つことに集中し、ながら待ちはダメとのこと。アッハイ(スマフォをしまいながら)。

7月号「あのコのお部屋のヒミツ」では高校生数人の部屋の間取りを提示し解説。ここでチェックリストとして「広さ」のほかに、部屋でのTV、電話、ビデオ、オーディオの所有の有無が確認されていた。

12月号では青春の一大イベント「告白」の特集記事。その方法は次のような内訳である。

  • 直接:44%
  • 友達を通して:11%
  • 友達の付き添い:8%
  • 手紙:10%
  • 電話:22%
  • ベル:5%

ところで、1996年当時「告白した」回数の平均2.16回、男子生徒で「告白された」回数の平均4.09回となってたんだけど、自分の青春時代を顧みて、告白のよろこびを知りやがって自分たちばっかし、私にもさせろよ!グギィィィ!許 さ ん ぞ! な気持ちになったことはナイショだ。

1996年の時代感、とは

あとは春休みのバイトとか、卒業式とか、学校で起きた何気ないエピソードとか。

3月号「海外ドラマ、今これ見てないと恥ずかしい」では、『Xファイル』『ブロッサム』『ビバリーヒルズ青春白書』『アルフ』『フルハウス』が挙げられていた。

先に整理した1996年の時代感俯瞰では「コギャル」をキーワードとして挙げてみたけど、この年の『SEVENTEEN』3冊(3月、7月、12月)をみても、「ヘソ出しルック」も「みせる下着」も「プリクラ」も「たまごっち」も「チョベリバ・チョベリグ」も登場しない。見落としか、雑誌のターゲット・セグメントの違いだろうか。

辛うじて7月号「女子高生のうわさ調査委員会」なるTIPS紹介コラムの片隅に「ゴム抜きルーズを自分で作っちゃえ」が載っていた。

「なまヌルアート」なんてあったっけ??

ちょっと目が留まったのは、これもページの隅なんだけど、「なまヌルアート」の紹介だ。紙焼きのスナップ写真にペンで書き込みしてかわいくする、というものなんだけど、これって現代のスマフォ写真へのデコレーション加工と全く変わらないよね。

読者投稿的なコーナーでは「キャラクターを作ろう」というお題で様々なオリジナルキャラクターを紹介。現代であれば勝手にWebに載せればすむものだけど、当時の雑誌はこうした「ちょっとした創作意欲」の提示の場でもあったわけだ。


2017年:グローバルな危機と平成の終わりの時代

さて、ようやく現代にもどって2017年である。本当は2018年を挙げるべきだけど今年もまだ途中なので、定点観測対象時としては昨年2017年とした。

現代の「時代感」てどんなだろう。過去であれば時間の試練を経て整理されているのだけれど、現代はむしろ把握し辛い。が、なんとか無理やりまとめてみた。

危機がグローバルに顕在化

2017年はトランプ米大統領が爆誕し、英国はEU離脱を宣言、パナマ文書が暴かれ、世界で頻発したテロ事件は日本も他人事ではいられなかった(ダッカ事件)。北朝鮮からはミサイルが飛び、日本は安保法を成立させた。

「忖度」が流行語となった日本社会では、世代間格差や階層格差が顕在化しつつあり、経産省若手プロジェクトがこれをまとめて話題となった。

「平成の終わり」の時代、Webが流行の中心に

2017年の流行語大賞は「インスタ映え」で、Webサービスは流行と切って離せない関係になっている。星野源『恋』のヒットには動画投稿サイトの「踊ってみた」の影響があったし、前年2016年にブレイクした『PPAP』もYoutube動画だ。

一方でベストセラー書籍『九十歳。何がめでたい』は明らかにターゲットがお年寄りで、若年層との世代間乖離がみられる。

JCJK流行語大賞は「Instagram」のほかは「TWICE」「チーズタッカルビ」「○○み」。
流行商品はハンドスピナー。ちなみに前年2016年には「PlaystationVR」「ポケモンGo」が話題となったが、いずれも2016年の先端テクノロジーである。

笑っていいともの終了(2014)のあと、SMAP解散、『こち亀』連載終了、めちゃイケ終了、ポンキッキーズ引退があり、今上天皇の生前退位も発表される。たぶん後代には「平成が終わる感」みたいに総括されると思うんだけど、現代真っただ中の私としては特に実感を得られずにいる。


2017年の『SEVENTEEN』にみる青春の普遍性

最後に現代の『SEVENTEEN』である。現代といっても私は女子高生ではないし、いまも『SEVENTEEN』を読んでいない。未知の領域度合いで言えばむしろ1974年、1996年よりも2017年の方が上になるかも。いまの女子高生ってなに考えて生きてるんだろ。

という前提のもとに、2017年の『SEVENTEEN』を読んでみた。
その結論は「これまでの時代に比べて大きな変化はみられない」である。

まずは表紙を見てみる

まずは表紙に踊るアオリ文を比較すると、当然ながらファッションの話で占められている。ファッション誌だからね。ただし「LINE公式アカウント148万人突破」や公式アプリの宣伝があり、このあたりは2017年ならではである。

卒業までにやっておきたいこと

3月号に「卒業までにやっておきたいこと30」なる特集が載っていた。最後にやり残したこと、やりたいことは、価値観を知るにちょうどよい。このうち1-10は次のような項目だった。

  • 1.制服で写真を撮っておく
  • 2.思い出を写真に残す
  • 3.たくさん雑談しておく
  • 4.先生にプチドッキリをしかける
  • 5.クセを覚えておく
  • 6.感謝状を渡す
  • 7.手紙を書く
  • 8.怒られておく
  • 9.告白する
  • 10.むりやりにでも好きな人を作るw

うーん、変わったところがないというか、とても共感できるというか、普通。
スマフォの普及した現代においても「感謝状」「手紙」等のアナログ手段は現役で、「16.サイン帳を書いてもらう」なんかも。

2017年ならではと言えそうな項目は「19.LJK的動画を撮る」があったが、他はすべて、1974年、1996年の高校生にも通じそうな内容だった。

ST読者の将来なりたいお仕事ナビ

これはWebでもすぐ出てきそうだけど、なりたい職業が挙げられてたのでこちらも紹介。

  • 1位:保育士
  • 2位:雑誌編集者
  • 3位:モデル・女優
  • 4位:看護師
  • 5位:栄養士
  • 6位:ヘアメイク
  • 7位:学校教諭
  • 8位:歌手・アイドル
  • 9位:公務員
  • 10位:医師

上位には専門職が占めている。まあ高校生ならこんなもんかな、といった内容。
ただし、欄外の「このお仕事ってよく聞くけど、具体的にどんなことをしているの?」に「SE」が入っていたのは21世紀ならではか。

2017年は恋愛の話題が充実

2017年『SEVENTEEN』の1974年、1996年に比べての特徴としては、恋愛に関する記事の割合が多く感じられた。同世代がどんな恋愛ライフを過ごしているかは大きな関心事だろう。

12月号では「バレンタインまでに「友達」から「彼氏」にステップアップ、二週間フレンズ」として、カップルになるためのアプローチを紹介。内容としては会話、コミュニケーションの取り方、振る舞い方、友達の巻き込み方など。

「モテエリートがやっていること」の記事では、モテる要素として「誰に対しても平等」「恋話ばかりしない」「単独行動をすることがある」「基本笑顔」といった指導が並ぶ。

あとは「JK恋愛あるある」みたいな特集も。

SNSは生活のあくまで一部

世の中を見たとき、1996年までとの決定的な違いにスマフォの普及、SNSの普及があるだろう。ところが『SEVENTEEN』を読むと、その影響は思ったほどの大きさではなかった。

前述の「~二週間フレンズ」の特集では、「友達」から「彼氏」にランクアップするための方法論14の1つ、「9 会えない時間も想いを深める」としてSNSの利用を推奨。「手作りごはんをSNSにUPする」「彼が休んだら「いなくなってつまらない」とLINE」「彼と同じ絵文字を使う」等の指導が載る。が、逆に言えばSNSの利用はそれだけで、他の13項目はリアルでの振る舞いに終始していた。

もちろんSNSは生活シーンの重要な一幕ではあって、「SNSブス」の特集では「#つけすぎ」「写真加工」「裏表ありすぎ」「リツイート」「マウンティング」など、好ましくない振る舞いが挙げられていた。

また、「DKの恋愛のすべて」の特集では男子高生のアレコレが分析されていたのだけれど、「告白の手段」は1位:直接、2位:LINE、3位:手紙と、LINEが2位に挙がっている。ちなみに1996年の告白手段(前述)では「ベル」は5%に過ぎなかった。

といことで、SNSがコミュニケーション手段や生活の一部として確立していることは間違いない。が、雑誌全体を俯瞰すると、SNSは生活の中のあくまで一部に過ぎなくて、大切なことはリアルの世界に在り続けているようだ。

まあ、当たり前と言えば当たり前か。


まとめ

以上、1974年、1996年、2017年の『SEVENTEEN』を読み比べてみた。3つの時代を俯瞰して、どんなことが言えるだろう。

社会はいつの時代も歪んでいた

雑誌を読む前の復習としてそれぞれの「時代感」をおさらいした。現代をみると、少子高齢化が進行してグローバルな危機があって、「日本ヤバい」感がとてもヤバい。けど過去を振り返るとそれぞれの時代も割とヤバみに溢れている。

1974年はオイルショックのあとコインロッカー遺棄や女子中高生の非行といった様々な社会問題が顕在化して喪失感が漂い、1996年はバブル崩壊後の不況のなか阪神大震災やもんじゅ事故や地下鉄サリン事件が起きて自殺や援助交際が相次いで、チョベリバだった。

人間の脳は悲観的にできていると言われる。だから現代の世相を見て「危機が深刻」とか思っちゃうけど、それって今だけじゃなくていつの時代でもそうなのだ。

「わけもなく笑う季節」の普遍性

そしてその上で、どの時代の『SEVENTEEN』を見ても、社会問題や世の中の暗さというのは見られなかった。読者の興味関心はいつの時代も、ごく身近な日常の明るいところに向けられていた。

あとおもしろかったのは、コギャル全盛の1996年の『SEVENTEEN』のコギャル感のなさ。『SEVENTEEN』が対象とする読者のセグメントが違うだけ、というのはそうかもだけど、後から振り返る「その時代の特徴」とはその時代においても目立つもの(=特別なもの)がピックアップされるのであって、それ以外の大多数は「普通」なのかもしれない。

友だちが気になり、異性が気になり、自分をきれいにみせて、毎日を楽しく過ごしたい。ということの普遍性が、3時代に共通してみられた。

メディアの変化に伴い、『SEVENTEEN』も役割を変化させてきた

『SEVENTEEN』の3時代の編集傾向にも目を向けている。

1974年はアイドルの話題に紙幅が割かれていた。読者にとって『SEVENTEEN』が芸能界を知る1つのチャネルだったと言える。また「アンノン族」にみられるように、雑誌の提案するライフスタイルの影響も大きかった。
1974年はカラーテレビの普及がようやく加速する時期だ。情報収集におけるテレビ以外のメディアの比重がまだ大きかったのかもしれない。

1996年になると、『SEVENTEEN』の話題は「周り(同世代)は何をしているのか?」に移る。「アイドルの情報」のような、1対多でマスへ発信される情報はテレビが担い、雑誌は「身の回りの情報」を扱うよう、すみわけがなされたのかもしれない。

そしてSNSが普及した2017年には、「身の回りの情報」も読者自身が自分で取れるようになって、雑誌は「恋愛」のような、よりセンシティブな情報を取り上げるようになった。

もちろんこの解釈は、その時たまたまそういう編集方針がとられただけで、「時代」とまで主語を広げるのは難しいかもしれない。が、ひとつの仮説にはなるだろう。

3時代の景色を決めるのはコミュニケーション手段

3つの時代における違いの最大のものはやはりコミュニケーション手段だ。待ち合わせですれ違いの起きた1974年、ポケベルで連絡が取られた1996年、そしてSNSという仮想空間が普及した2017年。

基本的な生活や関心は普遍的なもので変わらず、コミュニケーション手段の違いは文字通り「手段」の違いに過ぎない。SNSの出現も、あくまでリアルの世界が主軸にあって、仮想空間はこれを補う従属的な空間だった。

その一方で、コミュニケーションは日々の生活において最も重要な関心であるところ、その手段の違いは、それぞれの時代の「景色」というかディテールを決めるうえでは決定的な違いとなる。

というわけで

1974年、1996年、2017年と、およそ22年毎の時代感をそれぞれ見返してみた。改めて整理すると、どの時代にも社会問題は深刻だったが、17歳の興味関心はもっと身近な日常に在って、それは時代が遷ろうとも変わらなかった。その一方で、コミュニケーション手段の進歩は生活の景色を変えてきていた。

では時間軸を22年後に伸ばして、2040年の17歳はどんな日常を過ごしているのか。今回の整理を参考に、次回以降で考えていきたい。

 

  

 

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