いなたくんへ
未来を考えるとき、重要なファクターの1つとなるのがテクノロジーだ。このブログでも未来の世界に影響を与えるテクノロジー系ニュースの3ヵ月毎のまとめなど定点観測を続けてきた。
ただ、最新技術の話は楽しいんだけど、個別に追うとミクロすぎて全体が見えなくなる。2040年の女子高生の日常予想の企画に必要という背景もあり、2040~50年くらいの時間軸で俯瞰した予想が欲しくなった。
そこで今回は英エコノミスト誌による未来予測本『2050年の技術』(2017)から、その内容を整理してみた。本書は全18章からなり、各章を個別のライターが担当するオムニバス形式。「2050年」をターゲット・イヤーとして、重要になりそうな技術や、予想される社会の変化を網羅的に扱っている。
本書『2050年の技術』は2012年発行の『2050年の世界-英エコノミスト誌は予測する』の続編でもある。前作『~世界』では技術だけでなく、国際政治や経済など、より広いテーマを扱っていた。『~世界』のまとめ記事は以下リンクを参考。
- 2050年:新興国は人口ボーナスの恩恵を受けられるのか(『2050年の世界』まとめ1/3)(2015/7/11)
- 2050年:軍事的優位を脅かされる米国、第2列島線が戦略目標の中国(『2050年の世界』まとめ 2/3)(2015/7/11)
- 2050年:バイオ産業の他分野への波及と、ムーアの法則が生む人を超えるAI(『2050年の世界』まとめ 3/3)(2015/7/11)
本書『~技術』でも、前回『~世界』の予想と変わらず、バイト技術と人工知能が大きなインパクトを持つ技術として扱われる。いずれも様々な産業に波及し、社会構造全体を作り変える点が特徴だ。また私としては、エネルギーに関する楽観的予測も重要に思えた。
Summary Note
1.人類は自らのゲノムを編集しはじめる
2.政府がわれわれの脳の裏口の鍵を要求するようになる
3.畑には微生物が撒かれ、主要タンパク源は魚類になる
4.燃料は牧場で生産される
5.エネルギー問題は解決している
6.2050年の兵器が戦争の姿を変える
7.物理学が実現すること、しないこと
なお本書は、教育や雇用といった社会構造に関わる予想や、未来予測の前提となるマクロな変化・時代認識にも触れており、それぞれ次の記事で整理した。
- 2050年:適応学習が復活し、司法の贅沢が享受されるが、ヒトの組織は変わらない(『2050年の技術』まとめ2/3)(2018/6/14)
- 第2の科学革命「アッチェレランド」とヒトの白痴化(『2050年の技術』まとめ3/3)(2018/6/18)
まずはバイオ技術が直接我々に影響する、医療の未来。
医療は人工知能やデータにより「破壊的変化」を受ける業界の1つだ。本書によれば、消費者自らがデバイスを通じて、あるいは家が我々の分身として、健康に関する情報を集めてくれる。
自宅が診察室となり、医師は集められたデータと人工知能の判断を利用する。「バイタルサインのモニタリングといった退屈な作業から、集中治療室での診断情報の解釈、きわめて難易度の高い外科手術まで」、様々な作業が機械に置き換えられていく。
「変化の主導権を握るのはテクノロジーではなく患者」となり、「その結果医療は徐々に他の産業に近づき、患者が顧客として扱われるようになる」。成長するのはデータ・アグリゲーターやハイテク企業だ。
治療法として、患者の細胞を研究室で再生し体内に戻す「自己移植」や、患者個人のニーズに沿って用意される肝細胞、患者から抽出されるリソースを用いたバイオ治療製品が注目される。患者・提供者・製造者の距離は縮まり、新たなサプライチェーンが築かれるようになる。
再生医療はクオリティ・オブ・ライフを高めるところから出発し、やがては寿命の大幅な延長につながっていく。
『2050年の技術』より
免疫システムの一部を選択的に抑制する免疫治療法、特定細胞を標的とする標的療法、エピゲノム変化のメカニズムを利用するDNAメチル化阻害剤なども、今後の医療・制約の中核となる。エピジェネティクスは次の記事でも紹介した。
遺伝子編集に関してまず取り組まれるのは、特定の容易な遺伝性の病気の根絶である。それからアルツハイマー病や、さまざまな癌、心臓疾患のリスク抑制に取り組まれる。
難病診断では全ゲノムのシーケンシングが初期段階で行われるようになり、薬理ゲノミクスが急成長分野となる。ワクチンも腫瘍のゲノム配列に基づきパーソナライズされたものが作られる。
やがてゲノム編集は人間自身にも行われるが、本書は「本当に問題なのは、これから生まれてくる子供のゲノムではなく、われわれ自身のゲノムを操作することの是非」であると指摘する。
バイオ技術がやがてヒト自身の改良・強化に向かったとき、本書が懸念するのはセキュリティの問題だ。例えばDARPAは、バイオニック義肢を装着した人(あるいは犯罪者自身)が、そのコマンドルーチンをハッキングされたらどうなるか、といった事態を想定しているとする。
本書が列挙する以下の疑問はSF的にはワクワクするが、2050年には空想とは言っていられない。
- メーカーが生物学的ネットワークにも新たなコードを強制的に押しつける権限を持つようになるのか
- アップデートのインストール状態は誰が管理するのか
- われわれはチューンアップのために医者に出向くべきなのか
- それとも生物学的コードはまさにウイルスのようにインターネット経由でばらまかれるのか
- そのようなアップデートは拒否できるのか
今日、治安当局が通話、メール、スマートフォンやノートパソコンのコンテンツへのアクセスを要求するのと同様に、35年後には政府がわれわれの脳の裏口の鍵を要求するようになる。
『2050年の技術』より
生体ハッキングはまだまだ未来の感はあるが、プライバシーに関してはもう少し早い時間軸で変わるかもしれない。
本書は「個人データについて金銭的価値を明確にしようという動きが出」、個人のプライバシーの保護のために「財産権を認め」たり、「企業は個人情報の使用に対してこれまで以上にはっきりとした許可が必要になる」という変化を予想する。
その結果、個人データを預かるデータ銀行が登場するが、FacebookやGoogleはサービスの対価としてデータを求めるようになり、「2050年にはおそらくプライバシーが飛行機のビジネスクラスや別荘のような贅沢品となる」とする。
このあたりの予想は次の記事でも紹介した。
本書は「2050年の農場は今よりもはるかに機械化や自動化が進み、工場に近いものになっている」と予想。そこで重要な役割を担うのもまた、バイオ技術だ。
農業で需要の要素となる「土」。微生物はこれに含まれる「最大勢力」であるところ、微生物の「知識が深まるにつれて、輪作システムや窒素をベースとする合成肥料に匹敵する、新たな土壌改良の方法が登場する」。
たとえば、大気中の窒素を取り込みリンを生成・放出する能力を微生物に持たせ、これを畑に撒くといった方法だ。あるいは、微生物がもつ植物とは異なる光合成機能を穀物に移植することで、穀物の光合成を大幅に加速し成長を早められる。
「石器時代における動物の家畜化と同じこと」が魚類で起こる。これは陸上に設けられた養殖場で、「2050年には、魚が動物性タンパク質の主要な供給源となっている」。
ただし本書はこの対抗馬として、工場で製造される人工肉も挙げていた。
DNAの解明により、ある生物に新たな遺伝的性質を持たせ、命令セットを組み込むことができる。現在こうした操作が行われるのは微生物や植物だが、本書は「これからの30年で、生命を支えるすべての構成要素やシステムの関係性が明らかになっていく」と予想する。
曰く「今日のバイオエンジニアリングの実態は、しっかりとしたマニュアルもないままに自然界の複雑なシステムをハッキングするようなもの」だが、これが体系だって行われるようになる。
ここで本書が注目するのは、生物学とプロセス工学を融合した「発酵」である。本書によれば、発酵を用いた生化学製品はすでに石油化学製品に置き換わりつつある。2012年の米国経済において、バイオテクノロジー産業が貢献した1050億ドルのうち、660億ドルは発酵プロセスを使った生化学製品だったという。
本書はまずビール醸造を例に、ビジネスモデルの優位性を挙げる。
ビール産業は、年間数百万リットルを生産する巨大多国籍企業から地ビール工場まで多様性があり、中央集権的ではない。インフラも石油会社が数百億ドルの資本を必要とするのに対して、発酵事業の会社は数千ドル規模で足りるとする。
オートメーションにより機能強化された酪農場は、こうしたビール醸造所と同様に、生産的かつ柔軟な分散型製造システムとして成立しうる。そこで作られるのは「燃料」だ。
本書は牧場で管理される牛を、「自ら牧草を探し、体内でそれを牛乳という物質に変え、集中化された工場に運ぶネットワーク」と捉える。
ここで、牛が牛乳を生成するプロセスを改変することで、体内で牛乳ではなく燃料や化学物質を作らせることができる。現在の牛の余剰生産量は2017年米国のガソリン総需要の約17%に匹敵し、これを活用するわけだ。
あるいは微生物の改良により、複雑な有機飼料を化学物質に変えてもよい。こうした生化学的処理モジュールをロボットに搭載し、牛のように牧草地を歩かせる。本書はこれを「いわば移動式の小規模ビール醸造所」「カウボーグ」と呼ぶ。
こうした自律的で分散型のプラットフォームは、「ゆったりと牧草地を歩き回り、さまざまな飼料を食べ、それを体内で処理して燃料、化学物質、医薬品など多種多様な製品を生みだし、工場に運んでいく」。
牧場での燃料生成にとどまらず、様々なテクノロジーがエネルギー問題を解決していく。本書がみる2050年は「エネルギー不足ではなく、エネルギーが潤沢にあり、効率的に使われる世界」だ。
化石燃料は引き続き使われるが使用料は減少し、今後数十年で脱・化石燃料という抜本的変化が起こるとする。
太陽光発電・風力発電はともに効率向上・コスト低下が目覚ましく、政府補助が消滅すると仮定しても、両者の総発電量に占める割合は、現在の5%から2040年には30%に上昇すると予想される。
デバイス形状も大きく変わる。新たな新たな太陽電池材料は、薄く軽くフレキシブルで、透明材料でもつられる。そのため、電子製品だけでなく、フィルムとして窓に貼られたり、カーテンや衣服などの布地に使われ、未来では「あらゆるものの表面で太陽光発電」がなされる。
風力発電についても、二枚羽のものや、翼がなくタワーが揺れるタイプのものなど、さまざまなデザインの開発が進んでいる。2013年にGoogleに買収されたマカニ・パワー社は、風力タービン(エネルギー凧)を空に浮かべることを提案した。
自然エネルギー発電の難点は間欠性であるが、フロー電池など進歩するバッテリ技術がこれを補う。
原子力発電の2040年のシェアは「伸びたとしてもごくわずか」と予想する。現在445基ある原発のうち、現在建設が進められる63基の大半は中国・インド・ロシアにある。一方、米国・欧州・ロシア・日本にある老朽化原発200基近くは今後20-30年で廃炉となる。
商用核融合炉の登場が期待されるが、本書は30-40年先になると予想している。
エネルギーに関連して、本書は希少資源にも触れていた。今後大量生産においても3Dプリントが欠かせないツールとなり、2050年までには、製造業の多くは国内回帰し、現地生産されるようになる。これと並行して、電子製品に含まれる希少金属を回収するアーバン・マイニング(都市型採掘)が一大産業となる。
エネルギー問題が解決しても、紛争の火種はなお残るだろう。戦争の技術はテクノロジーの最先端の一角であり、本書も一章を割いて予想している。
空中で軌道調整可能な尾翼付き誘導銃弾が開発されている。例えば上空のドローンから赤外線レーザで標的指示され、「おそろしく独創的な射撃」がなされる。
本書によれば、ドローンや衛星の監視能力、ミサイルの誘導能力の高まりにより、非正規軍は山間部に潜むことが困難になり、ゲリラとして都市部に浸みだすようになる。一般市民の中に潜む非正規軍に対して、巻き添え被害を最小限に押さえる狙撃の重要性は増していく。
姿がみえず、見えてもおよそ報復できない距離にいるスナイパーの存在が、敵の士気を大いに削ぐことが期待される。
「非ニュートン流体」や「剪断増粘流体」といった、今日のケプラー素材より軽く柔軟な素材により、先進的な軍の兵士はより網羅的な防護具を身につける。また、作戦情報を映すARヘッドセットや網膜照射型デバイスも装備される。
これにより歩兵の殺害は現在よりも困難になる、と本書は予想する。
ロボットの軍事利用も各方面で普及する。米海軍長官レイ・メイバスは2015年に、米海軍が購入する有人爆撃機はF35で最後になると発言した。
ただし本書は次のような懸念も挙げる。
- 兵士の代わりにロボットが使われるようになると、武装集団のなかには敵の兵士を見つけられないことに苛立ち、攻撃の矛先を一般市民に向けるものが出てくる
- ロボットの性能が高まると、国家間の愚かな戦争を助長するリスクも高まる
- 西欧諸国が軍事ロボット技術における優位性をいつまでも維持できるとは限らない
このあたりは『ロボット兵士の戦争』(2010)の論考がいま読んでもまったく色褪せない。
精密誘導兵器をめぐる西欧諸国の優位はすでに揺らぎつつあり、今世紀半ばにはおそらく消滅すると本書は予想。空母もミサイルに破壊されるリスクがあり、130億ドルもの費用をかけて建造するのはやめるべき、というコメントも。
一方で重要になるのがレーザやレールガンといった指向性エネルギー兵器で、ミサイルはこれらにより撃墜されるようになる。
潜水艦の静粛性向上には限界があり、一方でセンサ性能向上により発見されるリスクは高まっていく。撃沈リスクにより「緊張感が高まると、技術面で不利な立場にある側が、先手を打って魚雷やミサイルを発射する動機が増え、避けられたはずの戦闘が始まる可能性」があると指摘する。
現在米中露の3ヵ国が衛星攻撃能力を有するところ、2050年にはさらに16ヵ国がこの能力を持つことになる。衛星側も小型衛星のネットワーク運用等により攻撃リスクを低下させるが、「今世紀半ばの時点でも、衛星は防御や交換をするより破壊するほうが容易」というのが本書の予想だ。
そこで米国は衛星に防御用ミサイルを装備させ、やがて宇宙から戦争を遂行する攻撃兵器「バトルスター」に進化する、というジョージ・フリードマンの予想を本書も紹介。フリードマンは『100年予測』(2009)で、2050年の日米戦争においてバトルスターが使われると予想している。
ただ、軌道を変えるだけでも莫大なエネルギーがかかるし衛星兵器って実際はどうなの、とは軌道兵器によるテロをリアルに描いたSF『オービタル・クラウド』(2014)とか読むと思う。
今後は物理的な戦闘能力よりもサイバー空間での戦闘能力のほうが重要になる、とも本書は予想。精密兵器によって敵の重要なシステムやそれを操作する人材を無力化できることから、大量の歩兵を送り込む必要性は薄れており、近年の技術進歩は戦争による殺戮を抑える傾向にある、というのが本書の認識である。
ノーベル物理学賞受賞者のフランク・ウィルチェック教授も一章を担当していて、21世紀において物理学が拓く可能性を述べていた。
まず前提として、「この世界で観測されることを説明したり予測したりするぶんには、一般相対性理論と量子力学があればまったく問題はない」と述べている。「問題が生じるのは方程式をビッグバン開始直後あるいはブラックホールの深奥といった極端な状況に当てはめようとするとき」だけだという。
教授が注目するのは、コンピュータ技術の進歩によるシミュレーションだ。現在航空機設計で行われるように、リアルな実験を行わずともコンピュータの計算だけで、原子核物理学、恒星物理学、材料科学、化学の分野で成果が得られる。
また、原子核物理学の精度と汎用性が、将来的には今日の原子物理学と同水準に達する。
例えば原子核「化学」の精度が上がると、きわめて小さなスペースに莫大なエネルギーを貯め込めるようになり、今日の原子炉よりも小型で制御しやすく、汎用性のある手段が実現する。
教授は「テクノロジーに関する多くの疑問のカギは、材料の性質が握っている」と指摘。
これは別の章になるが、本書はビッグデータやコンピュータ技術が材料開発のプロセスを加速させると予測する。例えばローレンス・バークレー国立研究所のオープン・アクセスプロジェクト「マテリアルズ・プロジェクト」では、約10万種類の既存化合物や今後登場が予測される化合物の性質を集め「材料のゲノム」を創ろうとしている。
一方で、教授は次の3つを「潜在的テクノロジー」と呼び、少なくとも近い将来においては、科学の範囲の外にあると指摘した。
- 光速より速い情報伝達(特殊相対性理論に反する)
- 占星術などが想定する遠隔作用(標準モデルの埒外にある)
- 物理的基質から切り離された心的能力(今日の基礎物理学の埒外にある)
二つの巨大ブラックホールの合体という大規模な事象ですら時空にこれほど小さな歪みしか生じさせないという事実からも、ワームホール、ワープ装置、タイムマシンといったものを作るという夢はおよそ叶わないことがわかる。
『2050年の技術』より
うーん残念だけど、2050年という時間軸ではまだ早いみたい。2112年に期待したい。
*
以上、本書が予想する2050年の技術を並べてみた。こうして俯瞰してみるとイメージもわいてくるかも。
ただし、技術がもたらす影響はより広く、社会全体の仕組みにも作用する。それは例えば教育であり、雇用であり、私たちの働き方だ。次回はこの観点から本書の予想をまとめてみたい。
国際社会の未来も描いた前作『2050年の世界-英エコノミスト誌は予測する』(2012)のまとめ記事はこちらから。
- 2050年:新興国は人口ボーナスの恩恵を受けられるのか(『2050年の世界』まとめ1/3)(2015/7/11)
- 2050年:軍事的優位を脅かされる米国、第2列島線が戦略目標の中国(『2050年の世界』まとめ 2/3)(2015/7/11)
- 2050年:バイオ産業の他分野への波及と、ムーアの法則が生む人を超えるAI(『2050年の世界』まとめ 3/3)(2015/7/11)