実現する「夢のビデオ撮影」が世の中にもたらす6つの変化

いなたくんへ

夢のビデオ撮影が実現している。夢とはもちろん、寝ている間に見るアレだ。起きてしばらくすると内容を思い出せないことも多い。

夢の映像化は国債電気通信基礎技術研究所(ATR)による成果で、ミチオ・カク著『フューチャー・オブ・マインド』(2015)で紹介されていた。本書は「心」や「意識」の原理を脳科学・神経科学の見地から探った一冊である。思考の映像化技術は次の記事でも紹介していた。夢のビデオ撮影も原理的には同じだ。

夢の世界は、自由で現実離れしていておもしろい。思いがけぬ人と会えたりもする。夢をビデオに撮れたとしたら、新たな楽しみが1つ増えることになりそうだ。その一方で「撮れてしまう」ことの危険もあるだろう。
今回は、夢のビデオ撮影の普及が世の中にどんな変化を起こすか予想してみた。そこには様々な可能性がありそうだ。

Summary Note

1.昨日の夢のビデオクリップを朝タイムラインで確認

2.夢の動画文化が生む危険

3.夢がビッグデータ解析のリソースとして価値を生む

4.夢のセキュリティが社会問題化する

5.夢が安全保障上の懸念となる

6.夢をコントロールする技術が発達する

 

我々はなぜ夢を見るのか

本題に入る前に、『フューチャー・オブ・マインド』を参考にして、少しだけ「夢」についてまとめてみたい。なぜ我々は夢を見るのか、夢とは一体何なのか。また、夢のビデオ撮影を可能とした原理についても、簡単に説明したい。

フューチャー・オブ・マインド―心の未来を科学する

夢が荒唐無稽な理由

本書は、夢見状態における脳の解析結果に基づき夢のメカニズムを説明する。なぜ夢の世界はああも荒唐無稽で、現実離れしていて、ときに自分でも嫌になるほど感情的なのか。

夢見の間、嗅覚・味覚・触覚に関わる脳領域は活動を停止する。そのため、夢を見ている間はこれらの感覚を得ることはできない。身体がほとんど外界から隔てられた状態だ。ちなみに、この状態から意識だけ覚めると睡眠麻痺、いわゆる「金縛り」と呼ばれる状態になる。
さらに、脳の指揮中枢に当たる背側前頭前皮質、出来事が事実かどうか、現実かどうかを判断する眼窩前前頭皮質、感覚や運動、空間認識を処理する側頭測頂接合部も活動を停止する。

一方、夢見の間も活動をするのは、記憶を読み出す海馬と、感情を司る扁桃核・前帯状皮質だ。また、眠りに入ると脳波シグナルの周波数が変わり、電気エネルギーが視覚皮質に入り込む。これは夢の重要な要素が視覚的イメージであることを裏付ける。

dream_1

以上のことから、夢の独特な世界観の説明がつく。夢見状態では脳の一部機能が停止され、記憶や感情、視覚といった特定の機能しか動作していないのだ。

本書はハーバード大学アラン・ホブソンの「夢の特徴」を紹介しており、次のようにまとめられている。

  • 1.強い感情(扁桃核活性化による)
  • 2.非論理的内容
  • 3.見せかけの感覚がもたらす印象(脳内で生じた偽りの感覚が与えられる)
  • 4.(非論理的な)出来事を無批判に受け入れる
  • 5.覚えておくのが難しい

なぜ夢を見る必要があるのか

夢は、過去に起きた出来事の整理だと言われている。本書は、40年間に5万件の夢を分析した心理学者カルヴィン・ホールを紹介していた。彼によれば、ほとんどの人が数日以内か前の週に体験したことの夢を見ており、夢により記憶の定着を図っている可能性があるという。

ところで本書はこんな事例も紹介していた。ニューラル・ネットワーク型コンピュータは人間の脳を模して構築されたものであるが、学習しすぎるとしばしば飽和状態になり、それ以上の情報を処理せず「夢見」の状態に陥るというのだ。このとき、データを消化しようとする中で、ランダムな記憶が漂っては互いに結びついているという。
コンピュータも夢を見るのだ。

夢のビデオ撮影の原理

さて、夢のビデオ撮影の原理である。開発したATRは次の記事で説明していた。

Engadgetの記事もわかりやすいかもしれない。

簡単に説明すれば、原理はこうだ。
まず、被験者に特定の図形等を見せてこれを思い浮かべさせ、そのときの脳波パターンを記録する。これで、特定の図形と脳波パターンとを対照した「辞書」ができる。
その後、被験者の示す脳波パターンについて、辞書に基づき対応する図形を選べば、その図形がそのとき被験者の思い浮かべたイメージということになる。辞書を充実させることで、脳波パターンの検出に基づき、思考の読み取りや、見ている夢の映像化が実現する。

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『フューチャー・オブ・マインド』では、カリフォルニア大学による関連研究も紹介していた。こちらの研究では、具体的な図形ではなく、イメージの構成要素(輪郭、質感、色、濃度など)ごとに脳波パターンとの対照を取っている。構成要素ごとに再構築できるので、これらを組み合わせて、高い自由度で脳内のイメージを映像化できる。

 

夢のビデオ撮影成功が拓く、新たな文化

解像度や精度の問題はあるが、思い浮かべたイメージを映像化する技術は、以上のように原理レベルでは実証されている。この技術が実用化され、夢のビデオ撮影が普及したとき、世の中にどんな変化が起こるだろうか。

1.昨日の夢のビデオクリップを朝タイムラインで確認

我々はひと晩におよそ2時間夢を見ていて、1つの夢の長さは5~20分だという。朝までに何本かの夢を見ていることになるが、覚えていられないのが残念だ。

夢のビデオ撮影ができれば、これらの夢はそれぞれビデオクリップの形で保存されることになるだろう。このとき、保存されたビデオファイルを開いたり、専用のソフトウェアで観ても良いが、朝は忙しいし毎日となると面倒だ。

そこで、RSSやニュースアプリなどの自分だけが見られるタイムラインに、昨日見た夢も配信してくれるサービスがあると便利そうだ。
2時間全ては観ていられないので、鮮明なものだけ抽出したり、おもしろそうなシーンを推薦してくれても嬉しい。「あの子が出てきた夢は必ず観る」という設定機能も不可欠だ。

通勤電車でスマフォを片手に、最新ニュースといっしょに昨日見た夢をチェックする。これが数年後のデキるビジネスマンの姿だ。

Close up of smartphone in hand
Close up of smartphone in hand / Japanexperterna.se

2.夢の動画文化が生む危険

おもしろい夢のビデオクリップが撮れたら、すぐシェアしたくなるのが21世紀人というもの。夢の動画投稿サイトができることに疑いの余地はない。他人がどんな夢を見ているのか、いまから待ち遠しくてたまらない。

ここで問題になるのが、現実のビデオと違って、夢は自分の思い通りには撮れない点だ。そこが夢のおもしろみでもあるのだが、夢で一攫千金を狙いたい自己顕示欲旺盛な夢主としては、なんとしてでもバズれる夢を見てみたい。

方法がないわけではない。夢は数日間の記憶の整理であるから、現実世界で印象的な経験をすれば、それを数日後の夢に反映できるかもしれない。すると現実世界で、夢のために奇抜な行動に出る人が続出する可能性がある。最近でも実際に、エクストリームな自撮り写真をFacebookに公開しようとして電車の屋根に乗り、感電死した18歳少女のニュースがあった。彼らのクリエイティビティには期待大だが、命だけは大切にして欲しい。

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夢は人によってモノクロの場合とカラーの場合とあるようだ.
モノクロの夢も味があってよさそうだが、アクセスを集めるにはやはりカラーの夢も投稿したい.

3.夢がビッグデータ解析のリソースとして価値を生む

夢は現実世界の出来事を反映するとされるが、強い感情のバイアスがかかっている。夢に基づく潜在欲求や深層心理の分析は、「夢分析」として古くから行なわれてきた。夢のビデオ撮影は、夢分析を次のフェイズに進めることになるだろう。

夢が記録映像の形でデジタル化されれば、夢はまさに工学的分析の対象になる。特に現在は、ウェアラブルセンサーなどで現実世界の挙動も記録できるようになっている。すると、夢と現実の両面から深層心理を解析できる。
さらにはビッグデータを活用し、数万人、数百万人のデータと合わせることで、極めて高い精度で「本当の自分」が暴かれることになるだろう。
フロイト、ユングに続く夢分析の大家は、人工知能になるかもしれない。

ROMANCE (FRAGMENT)ROMANCE (FRAGMENT)
ROMANCE (FRAGMENT) / Sokrovvenno Art Group

データリソースとしての夢情報は、実はとてつもない価値を生むかもしれない。
夢を解析して得られる「本音」は、現実世界でのセンシング情報とは比べ物にならない貴重なマーケティングリソースになるからだ。未来予測も可能なビッグデータ解析を用いれば、個々人の行動の推定以上に、社会が潜在的に向かおうとする方向すら予測できる可能性がある。
夢情報を獲得し、これにアクセスするための企業間競争は激しいものになるだろう。

4.夢のセキュリティが社会問題化する

夢を撮影するというアイディアは、藤子・F・不二雄のSFマンガ『夢カメラ』(1982,『藤子・F・不二雄[異色短編集]』収録)にも描かれていた。未来からパック旅行で現代に来て、そのまま帰れなくなったセールスマンのヨドバ氏が、飢えをしのぐために主人公に「夢カメラ」を売るのだ。これは寝ている人の夢を撮影できるカメラで、セルフタイマーで自分の夢も撮ることができる。ちなみにセリフも写る。

物語では主人公が、職場の若い女の子とのホテルでのあんなシーン(の夢)の撮影に成功する。ところが現像した写真が妻に見つかり、修羅場を迎えてしまう。現実では何もやれてないのに。

夢のビデオ撮影が普及すれば、このエピソードは笑い話ではなくなるだろう。仮にそのビデオが現実でなく、夢の撮影にすぎないと言い訳しても、「夢に見るって事はあの子とそういう願望があるんでしょ!」との追求は免れられない。ディストピアだ。

夢が本音を、少なくともその一面を写すからこそ、夢のセキュリティは重要な課題になるだろう。もしかしたら、個人情報の中でも最も重要な部類に位置付けられるかもしれない。

(50/365) :: Sweet dreams are made of this
ヨドバ氏曰く「ユメは解放区 治外法権」.
携帯電話と同様に、相手のそれを覗いても幸せにはなれなさそうだ.
(画像:chispita_666)

5.夢が安全保障上の懸念となる

撮影した夢のビデオクリップに制限をかけても、クラックされるリスクは消えない。これは情報社会化した現代においては仕方のないことだ。通常のセキュリティ対策をしていれば、妻が破ってくることは(夫婦関係が末期にでもならない限り)そうないだろうし、一般人がそこまで心配するほどのことはないだろう。

ところが、機密情報に触れる者となると話は変わる。夢を解析して、現実世界における出来事や思考、将来の構想や計画が読み取れるなら、これほど重要な情報はない。他国の要人の夢を盗むため、専門的なスキルを持った者が暗躍することになるかもしれない。プロによる攻撃となると、通常のセキュリティ対策では心もとない。
「夢の盗み屋」の雇用は、同様にして民間の組織間競争でも予想される。映画『インセプション』(2010)で描かれた世界だ。

インセプション [DVD]
『インセプション』は、人の夢に侵入して情報を盗む産業スパイを描いたSF映画

保存された夢のビデオクリップだけでなく、今みている夢を傍受されることもありえる。他社との重要交渉の後、ホテルに仕掛けられた読み取り装置で夢を盗み見られる。さすがにそこまでやるかな…という気もするが、パパラッチにより盗まれた芸能人の夢が、週刊誌の一面を飾ることもあるかもしれない。

6.夢をコントロールする技術が発達する

「夢カメラ」のエピソードで妻の逆鱗に触れた主人公は、その後どうしたか。ヨドバ氏から夢の筋書きをコントロールできる薬「ドリーミン」を手に入れる。自分を求める職場の女の子に対して「僕には愛する妻がいる」と冷たくあしらう、という夢の写真を妻に見せることで、難局を乗り切ったのだ。(ちなみに妻を安心させたあとは、再び夢の世界であの子と楽しく過ごしている)

これまでに予想した様々な課題を鑑みると、夢をコントロールする技術は一つの解決策のように思える。これは可能な技術だろうか。『フューチャー・オブ・マインド』では、いくつかの候補を紹介していた。

1つは明晰夢(本人が夢を見ていると自覚している夢)を見る方法の研究だ。訓練をすることで、それが夢だと自覚したまま夢見の状態に入れるという。ドイツのマックス・プランク研究所では、夢見状態の被験者に呼びかけ、夢の中の人に指示した行動を取らせることに成功している。

もう1つは、網膜に画像を直接投影できるコンタクトレンズを着ける方法だ。夢見の状態でも脳の視覚領域は動いているから、外部から視覚に刺激を与えることで、夢を誘導できるかもしれない。
映像表示できるコンタクトレンズは開発が進められており、次の記事でも紹介した。

lens discplay 1
IMEC HPより

まだ研究段階ではあるが、このような夢をコントロールする技術を用いることで、夢にまつわるいくつかの問題は解決できるし、新たなエンターテイメントの可能性も拓けるかもしれない。

ただし本書は、夢を奪われた動物が寿命を減らした実験例も紹介していた。夢は未解明の部分も多いが、我々が生きていく上で重要な要素らしいことが分かっている。その制御は慎重に進められる必要があるだろう。

 

夢のビデオ撮影実現のための課題と、その後の展望

以上のように、夢のビデオ撮影は様々な可能性をもたらすことになりそうだ。

自分が普段どんな夢を見ているのか知りたいし、夢の動画投稿サイトもすごく気になる。夢独特の荒唐無稽さはたまらないものになるだろう(もしかしたらあまりに荒唐無稽すぎて理解できず、逆に流行らない気もしてきてたけど)。

社会に与える影響としては、ビッグデータ解析やマーケティングのリソースとしてのインパクトがいちばん大きいかもしれない。IoTなど現実世界のセンシングが注目を集めているが、夢の世界はまだ未踏の領域である。この資源にアクセスできることの利益は、巨大なものになるだろう。

課題はMRIの小型化と高性能化

夢のビデオ撮影は研究段階であり、実用化までの課題は多い。その1つが巨大すぎる装置サイズだ。これについて著者は、信号処理技術発達によりMRIの小型化は可能であり、いずれは携帯電話サイズにまで小さくできると予想している。また、MRIは一般に時間分解能が弱点とされるが、弱点を解消する技術も研究されている。

夢と夢が繋がる世界

さらなる未来では何ができるか。本書では、人同士の夢が繋がる可能性を示唆していた。次の記事でも紹介した通り、脳と脳をネットワークを介して繋いだり、記憶を外部に記録してまた脳に戻す研究も進められている。不可能な未来ではないだろう。

夢の内容をコントロールできて、人と繋がることもできるなら、むしろもう夢の世界に生きてた方が楽な気もしてくる。現実世界はリア中に任せて、夢の中で自由気ままに過ごしたい。すると恒常的な生命維持も必要になるので、その方面の研究開発にも期待したいところだ。

Red_and_blue_pill
するとサングラスの男から、青い薬か赤い薬か選べとか言われるわけですね

いずれにせよ、夢のビデオ撮影の普及は、決して遠くない未来の出来事である。今回予想したような社会が訪れる可能性もあるので、楽しみに待ちたいと思う。

 

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