地政学に基づき21世紀の100年間における国際関係を予測した『100年予測』。米国の民間情報機関ストラトフォーにより2009年に発行された一冊です。本書では、ロシアの勢力拡大と2020年代における崩壊、その影響を受けたトルコとポーランドの大国化を予想していました。
- ウクライナを奪取したロシアは再び米国との冷戦に入り、2020年に自壊する(『100年予測』1/4)(2014/3/3)
- 2030年、トルコとポーランドが大国化してロシア崩壊の跡に起つ(『100年予測』書評 3/4)(2014/4/13)
2030年以降に大国化を遂げる国として本書が挙げるのは3ヶ国。2つは前述したトルコ、ポーランド。これに加えて数えられるのが日本です。予測の背景には、米国の対アジア戦略と、本書の日本観があり、日本の未来を考える1つの視点として参考になりそうです。
Summary Note
『100年予測』で予想される未来(4)日本
- ロシアと中国の台頭に対抗するため、日本に軍国主義が復活し、地域覇権国を目指すようになる
- 日本の空海軍力増強とシーレーン防衛は米国の戦略と相反し、日米関係が悪化する
- 2030年代、米国は南北統一を果たした韓国、及び内政の芳しくない中国と同盟を結び、日本は孤立する
- 2050年、日本はトルコと同盟して米国に戦争を仕掛ける
- 本書では超音速無人攻撃機や攻撃力を持った軍事宇宙衛星が未来の兵器として描かれていた
本書シナリオを確かめるうえで注目していきたい点
- 日本の「軍国主義復活」は長期的な傾向となるのか
- 日本の軍国主義復活の原因となる中国の台頭は続くのか
- 日本が米国に対抗しうる軍事技術を獲得することはできるのか
本書が挙げる21世紀の日本の課題は2つ。少子高齢化による労働力不足と、エネルギー不安です。この2つの問題を抱えた日本は「地域覇権国を目指す以外に取るべき道はない」と本書は指摘します。
国家の性格として移民受け入れが困難な日本が、中国に進出して投資を行い、2020年代の中国崩壊の原因を作る、という本書の予想はすでに紹介しました。
本書は日本の軍国主義が復活すると予想します。その裏付けとしてまず描写される日本の特徴は次の通り。
日本には、経済政策や政治方針を大きく転換しても、国内の安定が損なわれないという特質がある。(中略)日本が大きな社会変革を経ても基本的価値観を失わずにいられるのは、文化の連続性と社会的規律を併せ持つからである。短期間のうちに、しかも秩序正しいやり方で、頻繁に方向転換できる国はそうない。日本にはそれが可能であり、現に実行してきた。
本書より
仮に将来ドラスティックな変化が起こるとしても、日本ならやれる、という説明ですね。つまり(少なくとも本書執筆の2009年において)平和主義国に見える日本が、急激な軍国化を遂げたとしても、驚くに値しないとしています。
2020年までの段階では、ロシアと中国が周辺地域に対する脅威となっており、特に中国は日本に対する軍事的挑発を活発化させるとしています。日本は対策に迫られ、その結果として著者が予想するのが、軍国主義の復活です。
日本が2020年代になっても、まだ遠慮がちな平和主義国のままでいるとは考え難い。(中略)そして最後の手段として、軍国色を強めるのである。遠い先かもしれないが、いずれ必ず軍国主義が復活する。2020年代から2030年代にかけて世界の強国が存在感を強める中で、中国とロシアがますます不安定化すれば、日本もほかの国と同じように、自国の権益を守らなくてはならなくなる。
本書より
日本は地域覇権国として再浮上する過程で、海空軍力を増強し、シーレーンの防衛に関心を向けるとします。その結果、世界のシーレーンを支配するという米国の地政学上の課題と相反し、日米関係の悪化を招くと予想しています。
121116-N-EY938-600 / Commander, U.S. 7th Fleet
2030年頃における米国のアジア戦略予想は次のように描かれていました。なお前提として、中国は2020年以降に分裂・崩壊の危機を迎えています。
- 韓国は2030年よりかなり前に南北統一を果たし、日本と遜色のない7000万人の人口を抱え、経済規模も拡大している
- 韓国は台頭する日本に不安を強め、これに対抗すべくアメリカに支援を求めて、反日同盟が出現する
- 米国はさらに、国内の分裂と経済の低迷に苦しむ2030年代の中国に目をつけ、中国の外国勢力排除への協力として中国政府と手を組む
2040年代までには、日米間には著しい利害の不一致が生じます。日本は米中韓同盟に対して孤立し、単独での対抗が不可能になる、というのが本書の予想でした。
ただし本書は次のようにも述べています。
しかし技術転換が地政学的転換をもたらし、日本が同盟を形成する機会は、アジアの向こう端に現れるのだ。
本書より
この時期に大国化を遂げているトルコです。トルコも中東世界を巡って米国と対立しており、本書予想によれば、日本はトルコと同盟して2050年に米国との戦争に突入することになります(100年ぶり2回目)。
本書は地政学の本なので技術は専門外のはずですが、半ばSFと自嘲しながらも、2050年の戦争技術に触れていました。
主な兵器は2つあり、1つが超音速無人攻撃機で、短時間で敵国都市に到達して攻撃できる地上配備の戦力です。もう1つが「バトルスター」と名付けられた、ミサイル基地機能を有する軍事衛星です。
これらはあくまで例示でしょうが、このような「新しい技術」が未来の戦争を左右するとし、かつ日本もこれらに対抗できる技術を獲得すると予想していました。
ちなみに2050年には日本は月面にも基地を持っているそうです(それは「自衛」隊なのでしょうか)。
日本の再軍備という未来予想に対して、現実が今後どう進行していくのか考えてみます。
本書では「これはSFだが」と再度の前置きの上、日本とトルコによる対米攻撃の様子をストーリーとして描いていました。
ここで興味深かったのが、日本が再び奇襲を選ぶとしていた点です。ストーリーでは、日本は米国の要衝となっている軍事衛星・バトルスターに対して、奇襲攻撃によりこれを破壊し、それが開戦の合図となります。
この部分はあくまでお遊び的な読み物なので、未来予測には直接関係はありません。とは言え本書の日本観として気になる書き方ではありました。描写のモチーフに真珠湾攻撃を選んだことも本書自身が言及しており、将来ありうる事態である、としています。
これを一例として全体的に、今は平和に見える日本も、軍国主義を掲げて米国と戦いを繰り広げていたのは決して遠い昔の話ではないんだぞ、というリマインドのような印象を受けました。
個人的な感想にはなりますが、本書を最初に読んだ2010年には、日本の軍国主義の復活と言われても全くピンと来なかったのを覚えています。戦争から半世紀経ち、世の中が様変わりして、本書がなおも第二次大戦のイメージを引きずろうとしていることに違和感がありました。
軍国色豊かな日本は将来のビジョンではなく、あくまで過去の話のはずでした。
ところが本書刊行のあと、その予想の通りに、中国が内政不安のはけ口として日本への攻撃を活発化させます。これに対応した日本の「右傾化」もまた、いま世界が指摘するところとなっています。
日本が右傾化しているのか、今起きていることが右傾化なのか、そうだとしてその是非はどうか、といったことはここでは論じません。
仮に軍国主義の復活が始まっているとしたとき、その原因が問題です。
単に安倍首相や政権与党の方針に帰結する話なのでしょうか。それとも本書が予想するように、日本や東アジアは地政学上の在るべきシナリオに乗っていて、進むべき道に進んでいるのでしょうか。
もし後者だとすれば、首相や政党(※まともな政党であることは条件ですが)が変わったとしても、日本の進む方向が変わることはなりそうです。途中の揺り戻しはあるでしょう。しかし10年、20年というスパンで見れば、日本はいずれ軍事的存在感を光らせていくということになります。
この観点で、日本が今後どの方向に向かっていくのか今後注目したいと思います。
また、本書は日本の軍国主義復活の背景として、2020年までの中国・ロシアの台頭を挙げていました。
しかし本書が予想する2020年より早く中国やロシアの力が弱まれば、その後の日本の軍事力強化も不要になると言えそうですが、どうなるでしょうか。
圧倒的軍事力を誇る米国ですが、必ずしも装備に優れる側が勝つとは限らない「非対称の戦争」の拡大が懸念されています。
力の差を埋める要因の1つが技術です。本書では、予想の1つとして日本が宇宙関連技術を発達させるとし、40年後の対米戦争のカギとしていました。
先端技術の開発は、今は国家が莫大な費用をかけて行うだけでなく、民間によるオープンな開発も盛んになってきています。件の宇宙開発を見ると、すでに米国の民間宇宙開発企業が多くの成果を獲得しつつありますね。
無人兵器開発の分野でも、米国は民間の利用を積極的に行っています。
日本でもオープンな先端技術開発の生態系が発達していくのかどうか。これも注目していきたいです。