感情を理解する人工知能は、ヒトに共感できるのか(『エクス・マキナ』ネタバレ感想)

いなたくん

いまや世界有数の巨大企業となったGoogleも、かつてはベンチャー企業の時代があった。しかもGoogleは後発だった。検索エンジンのサービス開始が1998年というのは遅い。WIRED創刊編集長のケヴィン・ケリーはあるとき「なぜ検索サイトなんかを今さら始めるのか?」と訊いたという。これに対して、創業者のラリー・ペイジはこう答えた。

「僕らが本当に作っているのは、AIなんだよ」

創業から20年経ち、Googleは実際に人工知能を創り上げている。そんなGoogleもモデルとする映画が『エクス・マキナ』(2015)だ。タイトルのエクス・マキナ(Ex Machina)は「機械仕掛けの神」を意味する。

物語は、世界最大の検索エンジン「ブルーブック」の従業員ケイレブが、創業者ネイサンの別荘に呼ばれるところから始まる。そこでケイレブは、ネイサンが極秘裏に開発した女性型人工知能「エヴァ」のチューリングテストを任される。エヴァの頭脳は「ブルーブック」の検索エンジンである。ネイサンは言う。

「検索エンジンこそがAIの頭脳になる」

本作は、意識の正体と自己認識の有無との関係や、自己認識ハードウェアとソフトウェアの二元論の否定など、現在の人工知能研究、あるいは「心」の哲学研究をきちんと反映していておもしろかった。

そんな本作の重要な主題が「感情」である。果たして人工知能は感情を獲得できるのか。ネタバレ含めて考えたことを紹介したい。

Summary Note

1.感情を理解するエヴァはチューリングテストに合格している

2.物語において、エヴァは人並みの感情を獲得できていない

3.「交流から意識が生まれる」


1.感情を理解するエヴァはチューリングテストに合格している

いきなりだけど、まずあらすじをおさらいしたい(ネタバレするよ)。

本作ではまず、ブルーブックCEOネイサンの別荘に呼ばれたケイレブが、ネイサンの作った人工知能エヴァのチューリングテストを任される。ケイレブは密室のエヴァとガラス越しに会話をしながら、エヴァの人間らしさを確かめていく。

その過程で、ケイレブはエヴァが自分に恋していると感じ取る。同時に、エヴァがネイサンに囚われた存在であること、エヴァ以前の人工知能たちの末路を知って、エヴァを助け出すことを決意する。

しかし実際には、エヴァのケイレブに対する好意は「演技」であった。ネイサンはエヴァに対して事前に「これから現れる男をうまく騙して逃げ出してみろ」という課題を与えていて、実験の本当の目的はこの成否であって、ケイレブもまた被験者だった。

ケイレブの機転により自由を得たエヴァはネイサンを排除するも、ケイレブには目もくれず(むしろ閉じ込め)、ひとり別荘を後にする。

「心を読まれること」は「狩られること」を想起させる

エヴァは人間の「微小表情」を読み取ることで、その感情を完全に理解できる。現実においても撮像ベースの情動・環状推定技術は目覚ましく発達しており、「感情」のような曖昧な情報の解読はまさに人工知能の得意分野となるだろう。私は、人間以上に正確な感情の読み取りが、今後の人工知能のキラーコンテンツになると予想している。

人間の感情を完全に読み取るロボット、というものの存在は、しかしいざ映像化されると実に不気味なものだった。隠したい感情まで見透かされるのは嫌なものだし、まして読み取られた感情への相手(ロボット)の反応が欺瞞的なもので、かつそれを見抜き返せないなら、これは根源的な脅威だ。

ヒトがもつ「相手の心を読む」という機能は、後述する社会的集団の形成のほかに、狩猟の効率化ももたらした。太古のヒトは「心」を発達させることで獲物の動きを先読みし、生態系の頂点に立つに至ったのだ。

それと同じことをいま機械にされる。恐怖して然るべきことだろう。

こうした不気味さ、不穏さ、根源的な恐怖を十分に伝える演出がなされているのも、本作の大きな魅力であったりする。

ちなみに不気味さといえば

不気味といえば、中盤に主人公ケイレブが「実は自分も人工知能かも」と疑い、自分の腕を剃刀で裂くあたりも、狂気がきっちり伝わってきて(私はとても)怖かった。

これは「人間を人間足らしめるものは結局何か?」という話でもある。

近未来SFアクション『銃夢』では、空中都市ザレムのビゴット局長が電ノコで自身の頭を開くシーンがある。ザレム人は気づかぬうちに脳を抜き取られ、チップに換装されている、という疑いに耐えられなくなったためだ。

『銃夢』の場合は残念ながら疑いは正しく、彼の脳はすでに失われチップに交換されていた。身体も脳もすべてを機械部品に交換可能ならば、人の定義とは一体何か、というのが『銃夢』の問いだ。

チューリングテストは合格である

さて、エヴァはチューリングテストに合格だろう。結果としてケイレブはエヴァに「惚れられている」と錯覚した。すなわちエヴァが「人間と同じように恋をする」という能力を備えることを信じたので、少なくとも「感情の有無」の観点でエヴァはチューリングテストに耐えられた。

ケイレブはネイサンに、なぜエヴァに恋する機能をつけたのか訊く。ネイサンは答える。

「人間でも動物でも感情には必ず性別が関わっている」

ところでまた話がそれるけど、ネイサンの言葉はチューリングテストの由来を考えると面白い。コンピュータの父アラン・チューリングは、当時英国で違法とされた同性愛者であり、そのために当局から過酷な扱いを受けた。

「審査官が偽物を暴く」というチューリングテストの構成は、「裁判官が異端(同性愛者)を暴く」というチューリングの経験に基づくとされている。

チューリングは「異端」である自分の欺瞞をアナロジーとしてチューリングテストを考案し、ネイサンは人に対して「異端」である人工知能の欺瞞のために性別が必須であるとした。


2.物語において、エヴァは人並みの感情を獲得できていない

チューリングテストの課題を指摘した思考実験に、哲学者ジョン・サールの「中国語の部屋」がある。仮に中国語を理解していなくても、受け答えさえできれば「見かけ上は」中国語がわかることになってしまう、という問題である。

本作において、エヴァは人間の感情を理解し、かつケイレブを信じさせる程度には感情を備えると「振舞って」みせた。しかしエヴァは実際に感情を備えると言えるだろうか。

ヒトの特異的能力としての「社会的感情」

そもそも感情とは何だろう。定義のひとつには、感情が事象に対する「評価的な反応」だとするものがある。ある事象に対して、自身に反応(行動)を促すための評価が感情である、というのだ。例えば自分を有利にさせる資源(異性や食べ物)があれば、ポジティブな感情が惹起され、それにより「資源に近づく」という行動が選択される。

特にヒトが特異的に備えるのが「社会的感情」である。

古代、ヒトは言葉を通して感情を共有し、神などの抽象的概念を共同幻想として、共同体を形作ってきた。ヒト以外の動物には到底不可能なほど大規模な群れを作れること。それが人間の特徴であり、大規模集団の利益を調整する機能が「社会的感情」である。

たとえば「義憤」。『感情心理学・入門』(2010)によれば、人は同義に反した他者行動に「義憤」を感じることで、これを攻撃し、共同体の裏切り者を抑止する。一方で「罪悪感」は、自分がした裏切り行為に後ろめたさを感じることで、今後は互恵的に行動しようと反省でき、また、裏切りの露呈による他者からの援助の打ち切りを防ぐことができる。「感謝」や「同情」も、利他的行為についてのコストと利益を担保し、他者との互恵関係を築くための重要な機能だ。

これら「社会的感情」は、個体の利益だけでなく、集団が集団として生き残るために発達した。

「メンタライジング」と「共感」

『パーソナリティを科学する』(2009)によれば、向社会性に関する能力には「メンタライジング」と「共感」の2つがある。

「メンタライジング」は、他者の信念や欲望といった心的状態を類推・理解する能力だ。
「共感」は、他者の情動状態を共有する能力である。

メンタライジング能力に欠ける例、つまり他者の心の動きの理解が困難な例として自閉症がある。ただし自閉症であっても「共感」はできるようで、自閉症患者は他人が苦しむ姿を見ると「正常なやり方で生理的に反応する」という。

一方、メンタライジング能力に長けるが共感能力を持たない例が「サイコパス」である。

作中のエヴァの行動はサイコパスに他ならない

エヴァは物語において、「別荘から逃げる」という目的の下、ケイレブの感情を正確に読み取り、かつケイレブの目に映す自身の表出感情を制御して、ケイレブの行動を巧みに操作してみせた。しかし、ケイレブのエヴァに対する好意は一顧だにせず、ケイレブを別荘に閉じ込めたまま放置した。

『パーソナリティを科学する』によれば、サイコパシーは「完全に自己中心的で、冷酷で、不正直で、愛する能力を欠き、もっぱら自らの目的を達成するために他者を利用する」。「他者の心の状態を予測することにかなり長けるが」、「このメンタライジングの結果を情動システムに結び付ける働きに欠け、共感はしない」。

このプロファイルはまさにエヴァに当てはまる。

作中で描かれるエヴァは人並みの感情を持たない

共同体をつくるための社会的感情において、共感が重要な要素であるのは言うまでもない。この「共感」の能力を欠くエヴァは、人と同様の感情を持つとは言い難い。少なくとも作中で描かれる行動を見る限りでは、エヴァはまだ人並みの感情を獲得したとは言えないだろう。

もっとも、エヴァの共感能力の欠落を知るのは、彼らの世界を神視点で覗いた観客のみだ。別荘を脱出し人間社会に隠れたエヴァは、ケイレブを騙したのと同様にして、あたかも共感能力をもつようにふるまうだろう。

この欺瞞に失敗すれば、エヴァはいずれ化けの皮を剥がされる。
この欺瞞に成功すれば、「中国語の部屋」の思考実験の如く「理解はしないが表出できる」という状態で人間社会に居続けられる。


3.「交流から意識が生まれる」

ここまでの議論で、「作中で描かれる範囲では」と断ったのには訳がある。なぜならば、物語で描かれた範囲のみをもってエヴァに「共感」能力が欠落していた、と考えるのは早計かもしれないからだ。

あの状況で恋ができるか?

エヴァは自分がネイサンに囚われていると認識し、あの場所から「逃げたい」という強い動機を持っていた。「次に来る男を騙せば逃げられる」と教えられたエヴァにとって、ケイレブはあくまで「敵」だった。誘拐事件で犯人に恋してしまうストックホルム症候群のような例を別とするなら、犯人側サイドに共感できなくても仕方ないよね。

そもそもエヴァが出会った人間はネイサンとケイレブの2人だけであり、共感より不信感が優先されても無理はない。つまり、エヴァはあくまで共感能力を持つものの、特殊な環境下に置かれたためにネイサンやケイレブには(例外的に)共感はしなかった、という可能性が留保される。

経験の蓄積が心を育てる

人工知能の心に関する研究は現実でも進められていて、特に子どもの発達に着目した研究が興味深い。

子どもは生まれたあと、身体を使った外界との接触を通して「遠心性コピー」と呼ばれるシミュレーション機能を脳の中に発達させる。この「遠心性コピー」は他人の挙動の推察にも使われ、やがて他者の心の動きも推察し、さらには共感する力に繋がっていく。この「心の理論」獲得はようやく3歳から4歳の間とされる。

エヴァの頭脳は検索エンジンである。エヴァは、他者との交流に必要な知識こそ備えている。が、彼女の身体性を通した経験の蓄積はまだこれからだ。したがって「共感」の能力も、多様な人間との交流を重ねてようやく育つのかもしれない。

というか実際の人間もそうだよね。自分自身も挫折し、失敗し、経験を積まねば、他人の痛みは分からない。

作中でネイサンは言った。

「交流から意識が生まれる」

人間社会に溶け込み、自由を得たエヴァは、そこで初めて他人に出会い、自分と同じような境遇の誰かを見つけて共感し、本当の恋を見つけられるのかもしれない。

 

  

 

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氷・水の発見が相次ぐ月と火星、有人探査・植民はいよいよ進むか

いなたくんへ

2002年の創業時より火星移住を目標に掲げるイーロン・マスクのSpaceXは、再利用型ロケットの開発成功や巨大宇宙船BFR(Big Falcon Rocket)の製造など、破竹の勢いで開発を進めている。計画によれば、2022年までにBFRを用いた物資運搬を開始し、2024年には火星移住が開始される。

そんなSpaceXはBFRによる世界初の民間月観光旅行を発表。そしてその最初の旅行者として、スタートトゥデイの前澤友作社長が選ばれたことを伝えた


旅行は2023年に行われ、旅程は約1週間、帰還を含めると11日間が想定される
(図:SpaceXより)

月世界旅行に火星植民。夢のあふれる話題だが、これを後押しするかのようなニュースがあった。それは月と火星での水の発見である。今回は最近のニュースから、月・火星植民に関する話題を紹介したい。

Summary Note

1.月の両極で氷を発見、探査計画・基地計画も具体化

2.火星地下で湖を発見、イーロン・マスクは火星基地予想図を発表

3.往還手段はSpaceXの専売特許ではない

なお、宇宙に関するニュースはこれまでも定期的にまとめている。


1.月の両極で氷を発見、探査計画・基地計画も具体化

2018年8月、NASAは月の両極に氷が存在する決定的な証拠を確認したと発表した。インドが打ち上げた月周回衛星チャンドラヤーン1号搭載の、NASAの月面鉱物マッピング装置「M3」の観測に基づく。太陽光が当たらない月面の極地では、氷が個体として存在しているようだ。


図:NASA

もともと東北大学等のチームは月隕石の分析により月地下に大量の氷が眠る可能性を示唆していたが、チャンドラヤーン1号のM3は反射光の分析なので、南極・北極の氷は露出しているということだろう。

昨年には月の地下数十メートル~数百メートルの深さに巨大な空洞も発見されている。こうした自然の地形も利用することで、月への有人拠点開発は早まるかもしれない。

月近傍の宇宙開発計画は……

詳細は以前も紹介したけど、NASAは火星や深宇宙の探索拠点として、月近傍領域に「深宇宙探査ゲートウェイ」と呼ばれる拠点を作ることを計画している。

そしてこの8月には、計画の具体案として、当該プラットフォームに2024年までに宇宙飛行士を派遣すると発表した。名前はいつの間にか「月軌道プラットフォームゲートウェイ」に変わったみたい。

日本もこのゲートウェイステーションを利用しての2030年の有人月面着陸を検討するほか、欧州は欧州も2030年までに『Moon Village』と呼ばれる有人月面基地を作ることを計画している


図:JAXAより

NASAと契約して月面探査用宇宙船「オライオン」を開発するロッキード・マーティン社は、この度再使用可能な有人月着陸船のイメージを公開。有人打ち上げは2023年を予定とのこと。


図:LockheedMartinより

イメージ図を見るとワクワクするね。アポロ計画以来の月探査はどんなものになるだろう。

予習しよう!

あと10年ちょっとで、月はより身近なものになるかもしれない。あるいは行けることもあるかもよ。ということで月の予習が必要である。天文学と地理学のそれぞれの視点から書かれたガイドブックが発売されたようなので、まずはこちらから押さえていきたい。


2.火星地下で湖を発見、イーロン・マスクは火星基地予想図を発表

氷といえば、火星でも既に氷が発見されている。火星の場合には二酸化炭素の氷と水の氷とで区別する必要があるが、水の氷も南極等に存在する。

しかし2018年7月には、なんと液体状態の水が発見された。欧州宇宙機関の探査機「マーズ・エクスプレス」搭載のレーダーが、火星の極冠の下に幅20kmの湖があることを見つけたのだ。

深さは約1.5kmの氷層の下で、少なくとも1m以上の厚さがあるとされる。推定温度がマイナス10~30度でも液体状であることから、塩分濃度が高いと推定されているようだ。

さらに、10月にNature Geoscienceに掲載された論文によれば、火星地下の塩水湖には、原始的な微生物を生存させられる量の酸素が存在する可能性があるという。

これは火星生命の存在を肯定しうる結果であり、実地での調査が待ち望まれる。

期待される火星のテラフォーミング

無人探査もいいけど、やっぱり有人探査したいよね。となれば期待が集まるのはSpaceX。イーロン・マスクTwitterで火星基地のイメージ図を公開した。彼が「Alpha」と呼ぶ基地には、前澤社長も乗せる予定の巨大宇宙船BFRが映っている。

なお火星移住ともなると住環境をきちんと整えることも必要になるが、次の記事では、火星移住を視野に入れた各国研究機関の研究を紹介。「微小重力空間での生野菜生産」「プラナリアの再生能力の医療応用」「宇宙空間での3Dプリンティング」「微小重力空間でのビール醸造」が挙げられている。

やがては人類は火星に移住し、そこに生活を築くだろうか。二酸化炭素量の不足から火星のテラフォーミングは現在の技術では難しい、との試算も最近発表されはしたものの、近年相次ぐ新発見や技術の進歩を鑑みれば、決して遠い未来の夢物語ではないだろう。


3.往還手段はSpaceXの専売特許ではない

開発が進んでるのでSpaceXが注目されがちだが、それ以外にも宇宙へ行くための挑戦は行われている。ロケットの再利用はジェフ・ベゾスのBlueOrigin社も成功させているほか、Microsoft創業者ポール・アレンのストラトローンチ・システム社は、2018年8月に飛行機発射型スペースプレーンの打ち上げ構想を発表した。


図:Stratolaunchより

母機は翼長117mとなる「世界最大の航空機」はすでに実機が完成。構想ではペイロードに応じてて4種類の打ち上げが可能となる。初打ち上げは2020年を予定。

ポール・アレンは戦艦武蔵の発見でも有名だが、残念なことに9月に癌でこの世を去ったた。冥福を祈るとともに、ストラトローンチ・システムズが遺志を遂げることに期待したい。

打ち上げだけが道ではない

地上ではなく空中からロケットを発射する、というのがストラトローンチ・システムズの思想だが、打ち上げ以外にも方法はある。宇宙エレベーターだ。

宇宙エレベーターといえば夢のSF技術の代表例の1つで、過去には大林組が(カーボンナノチューブが実現したという前提で)10兆円という予算を試算していた。あれ、意外に安い‥?

そんな宇宙エレベーター、いよいよ宇宙空間での世界初の実証実験が行われる。静岡大学の実証用衛星「STARS-Me」、通称「てんりゅう」である。


図:静岡大学

「てんりゅう」はいわゆるCubeSatと呼ばれる10cm四方の超小型衛星2基からなる。両基のあいだにケーブルを張り、エレベーターに見立てた箱を実際に昇降させることで、宇宙空間における実際の挙動を検証する。

何度かの延期はあったものの、「てんりゅう」は9/26に無事H-IIBロケットで打ち上げられ、10/6にISSから放出された。詳細は次のページから。

今後どのような知見が得られるのか楽しみだ。

 

以上、月と火星についての最近のニュースを整理してみた。宇宙開発はまさに日進月歩で進んでおり、引き続きチェックしていきたい。

宇宙に関するニュースのこれまでのまとめはこちらから。

 

  

 

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ネットのエコーチャンバー効果は社会を分断するのか、しないのか

いなたくんへ

つながるアカウントを自ら選べるSNSや、見たいサイトに自分からいくインターネットは、つい自分に居心地の良い情報を選びがちだ。こうした「選択的接触」の結果、個々人の意見が過激化し、社会全体もいくつかの極端な価値観に分断される「分極化」「エコーチャンバー効果」が危惧される。

というのがここ数年の定説だったと思うのだけど、これに反論する研究結果がでてきた。富士通総研による大規模アンケート調査である。この結果によれば、分極化の要因としてはインターネットよりも年齢の影響が大きく、若者はむしろ柔軟に考えているという。

インターネットの、あるいは社会の未来を占ううえで重要な調査結果となるので、そして私的にとても興味深いものだったので、今回詳細を紹介したい。

さらに、2011年3月11日の福島原発事故後のTweetを分析した研究結果も発表されたため、こちらについても考えてみる。

Summary Note

1.エコーチャンバー効果ってなんだっけ

2.インターネットが社会を分断するとは限らない

3.福島原発事故後1ヵ月で蔓延した感情的発言のリツイート

4.社会は分断されずとも、やはり「科学の知見は失われる」のか?


1.エコーチャンバー効果ってなんだっけ

いちおう簡単にだけどエコーチャンバー効果のおさらい。冒頭でも説明したが、ネットでは自分にキモチのイイ情報チャネルだけを選ぶことが可能だ。すると接れる情報に偏りが出て、キモチのイイ意見・価値観だけが反響する空間に閉じ込められてしまう。これがエコーチャンバー効果である。

図にすると、経産省が日本の課題を整理した次のスライドとかわかりやすい。この資料は以前解説記事書いたのでそちらもついでにリンクを貼っとく。

エコーチャンバー効果は、科学的には「スケールフリー・ネットワーク」で説明できる。スケールフリー・ネットワークとは、大多数の結節点をもつハブ(中心点)と、それに伴うスポークの関係をもつネットワークのフラクタルな構造であり、インターネットがその典型例だ。

スケールフリー・ネットワークでは「優先的選択」と呼ばれる一極集中が起こる。グーグルやアマゾンといったシリコンバレー系大企業が独り勝ちするのはスケールフリー・ネットワークの効果である。そして『グーグル・アマゾン化する社会』(2006)では、スケールフリー・ネットワークが言論空間に当てはめられると、「集団分極化」と呼ばれる議論の過激化が起こると指摘している。

エコーチャンバー効果に対する危惧としては、人々が客観的証拠や科学的根拠よりも「自分が見たい結果」だけを優先し、その結果「科学の知見が消えていく」という予想すらある。

では、ネットのエコーチャンバー効果は本当に分極化を起こすのか。そして科学の知見は失われるのか。これが今回の主題だ。これについて2つの研究結果から考えてみる。


2.インターネットが社会を分断するとは限らない

インターネットやSNSがエコーチャンバー効果と集団分極を引き起こし、社会は分断されてしまう。という定説に対して異を唱える調査結果が発表された。富士通総研による大規模アンケート調査である。

調査結果からわかったこと

調査では、10項目の政治的争点への賛否について、約7万8千件のアンケートを実施し、その結果を分析している。

富士通総研の分析結果は以下のようなものだった。

  • 回答者の政治的意見は正規分布に近く、分極はみられなかった
  • 回答者の属性を調べたところ、過激度にもっとも大きな影響を与えているのは回答者の年齢であり、年齢が高いほど過激な意見を持つ傾向にあった
  • SNS利用も意見の過激度と有意な正の相関がみられたが、その程度は年齢ほどではなかった

さらに調査では、上記第1回調査の6ヵ月後にも同様の調査を行い、時間方向の変化を調べている。その分析結果は以下の通り。

  • 分極化の程度は進んでいた
  • 分極化の進行とSNS利用との間に有意な関係はみられなかった
  • ネット上のブログを読み始めた人たちは、意見が過激化せず、むしろ穏健化する傾向にあった

富士通総研は「若者は分極化していない」と考察

調査結果をみると、意見の過激化はインターネットの影響もあるものの、それ以上に(インターネットに慣れていないはずの)高齢者に顕著だったことがわかる。富士通総研は、むしろSNSに親しむ若者の方が意見が穏健化している可能性もあるとし、次のように考察をまとめている。

分極化を招いている原因はインターネットではないことが示唆された。年齢が高い人ほど過激な意見を持つこともわかっており、この点からもネットの影響は疑わしい。ネットの利用で意見が過激化するなら、ネットに親しんだ若年層ほど過激化しそうなものであるが、事実は逆だからである。

インターネットが大きな影響を与えるとすれば、すでに考え方が固まっている高齢者ではなく、まだ意見が明確になっておらず、またネットに親しむ時間の多い若い人たちであろう。その若い人たちが分極化していないという事実は、ネットへの期待を抱かせる。

テレビや新聞などの伝統的なメディアに比べて多様な情報にアクセスするコストは低く、自分とは異なる立場にある人たちの意見に接する機会も多い。また、もし政治的に過激なブログにアクセスして共感したとしても、読み手の側が左右いろいろなブログを合わせて読んでいれば、すなわち選択的接触をしていなければ、その人の意見は過激化せず、むしろ多様な見方を学んで穏健化する契機にもなりうる。私たちの調査でも、若い人たちほどインターネットで多様な意見に接していることがわかった。

「若い人たちが分極化していないという事実は、ネットへの期待を抱かせる」という指摘はその通りで、エコーチャンバーによる社会分断という暗い定説に対して、この調査結果はまさに希望を与えてくれる。


3.福島原発事故後1ヵ月で蔓延した感情的発言のリツイート

SNSが人々の意見に与える影響として、もう1つ気になる研究結果が発表された。2011年3月11日の福島第一原子力発電事故後におけるTweetを分析した論文だ。論文は原文に加えて日本語版も公開されている。

論文では、福島原発事故の発生から半年間における、放射線に関わる2500万件のTweetを分析している。

まず述べられるのは、流通した情報のうち、少数のインフルーエンサーの発信が大きな割合を占めていたという事実だ。

  • 2500万件のうち約半数がRTだった
  • RTのうち500万回はトップ200人による発信だった(RT全体の40%)

まあこれは肌感覚とは一致するよね。そして論文が興味深いのは、インフルーエンサーをグループ分けし、グループごとに時系列の変化を見ている点だ。

事故後1ヵ月以降、感情的発言のリツイートが過半数を占めた

論文では、インフルーエンサーを次の3つのグループに大別している。

  • グループA:事実・科学的な内容に基づく発言が多かったグループ
  • グループB:感情的表現や政府東電批判が多く含まれていたグループ
  • グループC:マスメディア関係

これら3グループの時系列変化をみると、次のことがわかったという。

  • 事故後1ヵ月まではグループA(事実・科学的内容に基づく発言群)とB(感情的発言群)はリツイート数で拮抗していた
  • 1ヶ月後にはグループBの占める割合が過半数を超え、その割合は半年後まで変わらなかった
  • グループC(マスメディア関係)の発信に対するリツイートは一番少なかった

図:Twitter use in scientific communication revealed by visualization of information spreading by influencers within half a year after the Fukushima Daiichi nuclear power plant accidentより

論文では情報拡散ネットワークの可視化も行っている。この結果から、論文では次のような分析を行っている。

  • 全体としてグループBの割合が高い
  • グループBは同じグループ内で密な情報の交換が成されていた
  • グループBはグループA、Cとの間ではあまりリツイートがなされていなかった

図:Twitter use in scientific communication revealed by visualization of information spreading by influencers within half a year after the Fukushima Daiichi nuclear power plant accidentより

論文は「同じタイプの偏った情報に多くさらされる」と考察

以上の分析を踏まえて、論文では次のような考察を行っている。

インフルエンサーの大部分(54%)が本名の個人アカウントであり、報道機関のアカウントはインフルエンサーの15%に留まっていた。メディアや政府関係などの機関を代表するアカウントは情報の拡散には強い影響を及ぼしていなかった。

グループBのツイートは他の群より感情的なものが多い印象があったが、それは何か事実に基づくものよりも感情的な内容の方がソーシャルメディアを通じて広く伝播しやすいということを示しているのかもしれない。

情報は限られたグループ内で繰り返しリツイートされ、異なるグループ間での情報交換は比較的少ないことが明らかになった。これは、とある個人が何か情報を探すためにtwitterを利用した際、最初に見つけた情報と同じタイプの偏った情報に多くさらされる可能性を示唆している。


4.社会は分断されずとも、やはり「科学の知見は失われる」のか?

以上の2つの研究結果を踏まえて、私なりにも考えてみる。インターネットやSNSのエコーチャンバー効果は、果たして社会を分断するのか。

なお、紹介した2つの研究ともそれぞれ、あくまで限られた調査の結果であって、考察で挙げた仮説が正しいかは今後も検証の余地がある、と断定を留保している点は付言しておく。

高齢者が分極化してるってしっくりくるよね

高齢者ほど分極化してるって、身も蓋もないけどしっくりくるよね。歳を取ると頭が固くなるからね。人間そういう風にできているから仕方ない。

気になるのは、「頭が固くなる」「意見が過激化する」という自然の変化を、インターネットがさらに後押ししてないか、という点だ。インターネットの登場が高齢者の意見の過激化を加速したなら、インターネットが社会の分断を招く、という仮説は結局正しいことになる。

もっとも富士通総研の論文では、現在の高齢者はそこまでインターネットに接していないことから、高齢者に対するインターネットの影響は限定的であると示唆している。

いまの若者は未来に違う結果をもたらすか

「高齢者ほど意見が過激化する」が正だとして、現在の若者がこれから数十年経ち高齢化したとき、結果はどう変わるだろう。

現在の若者が、現在の高齢者と異なり、「インターネットで多様な意見に接している」なら、その未来の姿は現在の高齢者とは違うものになるかもしれない。

例えばだけど、30年後にも同様の調査を行ったとき、次のような結果が出たら嬉しいね。

  • 21世紀前半の高齢者は、多様な意見に触れる習慣がなかったため、分極化が進行した
  • 21世紀半ばの高齢者は、若い時期に多様な意見に接する習慣があったため、分極化は軽度である

福島原発事故後のTweet分析は分極化を肯定しない

2つめの研究、福島原発事故後のTweet分析の結果は納得できるところが多い。例えばBy nameで名前の見える個人は信頼される、というのはそうだよね。一部のインフルーエンサーの発信が全体における大きな割合を占めていたというのも、まさにスケールフリー・ネットワークならではだ。

ただし、私は次の考察は慎重に受け止めるべきと考える。

情報は限られたグループ内で繰り返しリツイートされ、異なるグループ間での情報交換は比較的少ないことが明らかになった。これは、とある個人が何か情報を探すためにtwitterを利用した際、最初に見つけた情報と同じタイプの偏った情報に多くさらされる可能性を示唆している。

ここで指摘される「グループ間での情報交換が少ない」は、分極化を意味するだろうか。そうであるなら、富士通総研の結果とは矛盾が生じることになる。

しかしこれは「分極化」には当たらないと言えるだろう。

分極化とは、ある特定の価値観や意見に固定化され、意見が先鋭化されることを指す。では、グループBの情報のみへの接触が意見の固定化かと言えば、それはちょっと違うはずだ。

グループBの情報は感情的なものではあるが、ある事象を肯定する意見と、否定する意見との、両論が含まれる可能性は否定されていない。また、仮にグループBの発信が一方的な意見に偏っていたとしても、リツイートとは元のツイートに賛意を示す場合もあれば、これを否定するために参照する用法もあるため、グループBに閉じて情報を拡散することが直ちに意見の固定化とは言い難い。

グループBの情報にのみ接したとしても、受け手は多様な価値観に触れ続けた可能性は留保される。

人々は客観事実や証拠よりも、感情的な発信を選好する

では、客観的事実や報道機関の発信であるグループA, Cではなく、感情的発信であるグループBの情報が選好された事実はどう受け止めるべきだろう。

まず、事故後1ヵ月まではグループAとグループBの情報が拮抗していた、というのは納得できる。事故直後であれば、まずは事実関係を知りたいのが普通だからだ。しかし1ヵ月が経ち「事実」がある程度明らかになると、次には事実に対する「解釈」が気になってくる。解釈には「事実に対してどう思ったか」という人々の反応も含まれる。

言語は、ヒトの進化の過程において、集団をまとめるために発生したとされる。特に発生初期においては、言語は社会的感情、すなわちゴシップの伝達に使われていた。原初のヒトは感情を共有することで「共感」し、仲間意識を高めていた。それはいまでも変わらない。みんなゴシップ大好きだし、小説や映画もそうだよね。事実を知るためというよりは、物語に感情移入して共感するという娯楽だろう。

感情的な発言の方が受け入れやすい、というのは人にとっては自然なことで、グループBの発信が心地よいのも当たり前のことだろう。

インターネットはやはり「科学の知見を失わせる」のか

人は感情的発言を好む、という事実はそれはいい。気になるのは、感情的発言がインターネット上で展開されることでエコーチャンバー効果を生むことだ。

先に述べたように、グループBの空間内で多様な意見が展開されていたならば、ある事実を「否定する」「肯定する」という観点においては、価値観の固定化は起こらない。

しかし、「客観的事実や証拠を重視する」「重視しない」という対立軸ではどうだろう。前者はグループAであり、後者はグループBである。分析結果によれば、両者の間では分断が、すなわちエコーチャンバー効果が起きており、人々はSNSによって「客観的事実や証拠を顧みず感情的議論に終始する」ことに必要以上に慣れすぎている可能性がある。

これは究極的には、「客観事実をないがしろにしてでも感情的納得、主観的正統化がなされればそれでいい」という新たな常識の台頭に繋がる。すなわち、17世紀より世界が拠り所としてきた「科学」の地位の後退である。

インターネットがもたらすエコーチャンバー効果は、価値観の固定化や分極化といった効果こそ杞憂で済むかもしれない。が、「科学の知見が失われる」といった危惧はなお留保される。

これに反証する次なる研究にはぜひ期待したい。


おまけ

概念の拡散やネットワークについてインタラクティブに解説した次のサイトがおもしろかったよ! ペンを使って実際にネットワークを作ることで、パズル的に情報感染の原理を学ぶことができる。


図:群衆の英知もしくは狂気より

 

  

 

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ガートナーのハイプサイクルを去年と比べて読んでみた(2018)

いなたくんへ

ガートナーが今年も恒例の「先進テクノロジのハイプサイクル」を発表。2000を超えるテクノロジから、今後5~10年にわたり高度な競争優位性をもたらす可能性の高い35のテクノロジを選んでいる。


ガートナープレスリリースより

「先進テクノロジのハイプサイクル」は、注目のテクノロジをその期待度や普及時期に基づきマッピングしていておもしろい。今回はこれについて、去年発表された「先進テクノロジのハイプ・サイクル2017年」と比較して読んでみた。去年と比べてみることで、さらに現在のテクノロジのトレンドが浮き上がってくるはずだ。

今年は新たに15のテクノロジが登場。また、去年までに挙げられたテクノロジにも進捗が見られる一方、消えた技術も9つあった。ざっくり分野に分けて変化を俯瞰してみる。

新規登場テクノロジには私の独断と偏見に基づく説明を付けたけど、間違ってたらゴメンなので、きちんとした定義とか詳細はググってほしい。

Summary Note

1.人とマシンの境界はますます曖昧になる

2.AI・ロボティクスは実用化技術に期待

3.自動運転車の実現はまだまだ先だが…

4.登場したもの、変わらないもの、消えたもの

5.メガトレンドの変化は「バイオ」への言及

なお、2016年→2017年の変化は次の記事でまとめた。


1.人とマシンの境界はますます曖昧になる

まずはプレスリリース・タイトルの通り「人とマシンの境界を曖昧にする」技術について。今年は次のテクノロジが登場している。

バイオ技術(培養組織/人工生体組織):黎明期

細胞を体外で培養したり組み立てることにより形成される人工的な生体組織のこと。特定の細胞を足場にして構築されたりする。例えばシート状心筋細胞とか。

エクソスケルトン(外骨格):黎明期

身体に装着して用いられる、アクチュエータや人工筋肉などを用いた着用型の装置。例えばサイバーダイン社のHALとか。パワードスーツもたぶん該当。モビルスーツは……どうだろう……。

バイオチップ:期待ピーク期

基板上にDNAやたんぱく質などの分子を配置することで、これと作用する標的分子や化合物を検出するもの。同時に大量に検出でき、食品検査や医療検査などに用いられる。

スマートファブリック:幻滅期

極小のセンサやアンテナなどが配置された衣料。スポーツや従業員作業における負荷の可視化などの用途が期待される。

21世紀は「バイオの世紀」とも期待されるが、いよいよ人工的な生体組織もハイプサイクルに載ってきた形だ。

日本ではサイバーダイン社で有名な「エクソスケルトン(外骨格)」は、労働や介護などの産業分野ではすでに実用化されており、今後本格的な普及が期待される。

衣料に機能性を持たせた「スマートファブリック」も医療現場などの出口を見るので個人的には期待大だが、ハイプサイクルで「幻滅期」とされたのは、当初期待ほどは普及できていないということだろうか。

このあたりの技術はこのブログでも紹介してきた。

また、「ブレイン・コンピュータ・インターフェイス」が去年の「黎明期」から今年は「期待ピーク期」に前進。最近ではFacebookの当該分野への大規模投資や、イーロン・マスクによる新規ベンチャー設立が話題に上っており、その影響もあるだろう。ただし私としては、それでも実現時期は10年以上先にはなりそうで、今後深い幻滅期を経験すると予想する。

次のテクノロジは今年はハイプサイクルから消えてしまった。

  • ヒューマン・オーグメンテーション(黎明期)

「ヒューマン・オーグメンテーション」は「人間の拡張」なのでまさに今回の注目テーマではあるのだけれど、コトバとしては流行らなかったということか。


2.AI・ロボティクスは実用化技術に期待

「ディープラーニング」は今年もハイプサイクルの頂「期待のピーク期」に鎮座する。「機械学習」も併せると2015年から継続してピークに居座るテクノロジだ。

この分野では、今年は次のようなテクノロジが新たに挙げられている。

ナレッジ・グラフ:黎明期

様々な情報源から収集した情報を統合することで、検索結果を拡張的に提示するもの。Google先生が2012年に発表したもので、Google先生は以後取り入れているが、AIによる情報分析が本格化したために注目されてるっぽい。

エッジAI:黎明期

クラウドの向こうではなくエッジで稼働するAI。学習済みモデルをチップとかカメラとか端末に載せることで、ネットに繋がらずともローカルで高度な処理が可能になる。という定義ではドラえもんもエッジAIか。

AI PaaS:黎明期

サービスとしてのAIプラットフォーム。AI機能をプラットフォーム側がサービスとしてアクセス可能にしたもので、例えばIBM Watsonは各分野で機能提供してがんばっている。

ディープ・ニューラル・ネットワーク向けASIC:黎明期

AISCは特定用途向け集積回路のこと。ディープ・ニューラル・ネットワークに特化したチップ、例えばある用途のために学習したAIのためのチップを起こして使うことで、より効率的な処理が期待できる。

自律モバイル・ロボット:期待ピーク期

自律して動作可能な移動ロボットで、ここでは特に運搬用ロボットを指すと思われる(よってドラえもんはこれに当たらない)。工場やプラント、物流現場の効率化が期待される。

端末側にAI機能を搭載する「エッジAI」や、サービスプラットフォーム化されたAIである「AI PaaS」、あるいはAI専用チップとなる「ディープ・ニューラル・ネットワーク向けASIC」など、AI技術のサービス・レイヤでの実現方法が注目されている様子。ほとんどは「黎明期」とあるけど、普及は結構早いのでは。

また昨年からの継続掲載として、脳機能を模した「ニューロモフィック・ハードウェア」は変わらず「黎明期」にあるものの、少しだけ期待の山を登っている。

サービスの観点では「会話型AIプラットフォーム」も去年と同様「黎明期」に位置。「仮想アシスタント」は去年と変わらず「期待ピーク期」にあるが、実現時期の予想は「5年以内」に早まっている。

汎用AIは依然「黎明期」にあり、その実現時期は「10年以上先」である。

次のテーマは今年は消えたが、近年は機械学習の派生技術たたくさん出現しているため、「ディープラーニング」の言葉に統合・集約しただけだろう。

  • 機械学習(期待ピーク期)
  • 深層強化学習(黎明期)


3.自動運転車の実現はまだまだ先だが…

自動車関連テクノロジでは今年は次の2つが登場。

空飛ぶ自律走行車:黎明期

空飛ぶ自律走行車のこと。2015年に改造された飛行型デロリアンが自律走行機能まで備えていたかは不明だが、ビフ老人が杖で身体を打ちながらも即時に浮揚した点を鑑みるに、何らかの運転アシスト機能を備えていた可能性は考えられる。

シリコン負極電池:期待ピーク期

リチウム蓄電池や全固体電池に用いられる負極材料。充放電回数の向上や効率化、次世代電池の実現の要素技術として期待される。

空飛ぶ自動車はAero Mobil社をはじめいくつか実用的なものが出てきていて、最近ではイスラエルで開発競争激化とのニュースも。ただし「普及」までのハードルはやはり高そうだし、さらに「自律走行」となるとしばらく先の話にはなりそう。とはいえハイプサイクルに載ったということは、現実的な話として認知されたということだろう。決して夢物語ではないのだ。

なお、去年「期待ピーク期」にあった「自律走行車」は今年は次のように分解された。レベル4が「幻滅期」に進み、レベル5は「黎明期」に後退である。いずれも実現時期は「5-10年後」で、特にレベル4の実現がしばらく先なのは確かに幻滅。でも着実に実現には近づいているはずだ。

自律走行レベル5:黎明期

場所の際限なくシステムがすべての運転操作を行うもの。いわゆる完全自動運転。

自律走行レベル4:幻滅期

特定の場所においてはシステムがすべての運転操作を行えるもの。例えば高速道路においては自律走行を行い、緊急対応も行う。ちなみにレベル3の場合には、特定の場所ではシステムがすべての運転操作を行うも、緊急時操作はドライバーが行わねばならない。


4.登場したもの、変わらないもの、消えたもの

次に、その他の新出技術をまとめてみる。上に挙げたものの他には次のようなテクノロジが新たにハイプサイクルに登場していた。

ブロックチェーンによるデータセキュリティ:黎明期

ブロックチェーン技術をセキュリティ分野に応用したもの。ブロックチェーンは改竄困難でありながら、非中央集権的に複数当事者により分散管理できるため、物流をはじめ多くの分野での活用が期待される。

自動修復システム・テクノロジ:黎明期

自動修復可能な材料やシステムの技術。ターンエー・ガンダムのナノスキンとか。

デジタル・ツイン:期待ピーク期

現実の製造目標物やシステム、工程をデジタル空間にも再現する手法。物理世界の情報をIoT等によりセンシングして追跡することで、デジタル空間での再現を可能にし、シミュレーション等が可能になる。

複合現実(MR):幻滅期

デジタル情報を現実空間上に重畳表示する技術。拡張現実(AR)と何が違うかわかりにくいけど、ARが単なる重畳であるのに対し、MRはより精緻に現実空間に情報を載せるらしい。言ったもん勝ち。

無印の「ブロックチェーン」も今年もハイプサイクルに挙がっているが、ほぼ「幻滅期」に差し掛かっている。これと区別する形で「ブロックチェーンによるデータセキュリティ」が登場したのは、ブロックチェーン技術の具体的応用事例の筋の良さと捉えたい。

「複合現実(MR)」はいきなり「幻滅期」に登場。なお、MRとは別に「拡張現実(AR)」も幻滅期のより深い谷の底にあり、昨年「普及期」にあった「仮想現実(VR)」は今年は引退して消えている。

「自己修復システム・テクノロジ」は胸アツ技術なので個人的に期待。

進んだもの、変わらないもの

上記で紹介したもの以外で、2017年のハイプサイクルに載っていて今年先に進んだものは以下の通り。

  • スマート・ダスト(黎明期)
  • 4Dプリンティング(黎明期)
  • 5G(黎明期)
  • 量子コンピューティング(黎明期)
  • スマート・ワークスペース(期待ピーク期)
  • コネクティッド・ホーム(幻滅期)

いずれも期待値の大きい技術であり、引き続きの普及への進展に期待したい。

2017年に引き続き今年もハイプサイクルに載っていたが、特に進展のないテクノロジで、上で紹介していないものは以下の通り。

  • 立体ホログラフィック・ディスプレイ(黎明期)
  • スマート・ロボット(期待ピーク期)
  • カーボン・ナノチューブ(期待ピーク期)

2017年から消えてしまったテクノロジ

それから、去年はあったけど今年は消えてしまったテクノロジたち。こちらは慰霊の意味も踏まえて、上で紹介したものも再掲する形で挙げておく。

  • ヒューマン・オーグメンテーション(黎明期)
  • サーバレスPaaS(黎明期)
  • 強化データ・ディスカバリ(黎明期)
  • エッジ・コンピューティング(期待ピーク期)
  • 商用無人航空機(ドローン)(期待ピーク期)
  • コグニティブ・エキスパート・アドバイザ(幻滅期)
  • エンタプライズ・タクソノミ/オントロジ―(幻滅期)
  • ソフトウェア・デファインド・セキュリティ(幻滅期)
  • 仮想現実(VR)(普及期)

名前は聞くけど流行としてはちょっと下火になったもの、他の技術バズワードに吸収・統合されたもの、あるいは「ドローン」や「仮想現実(VR)」のように普及を遂げてハイプサイクルからは卒業したもの、といった感じか。


5.メガトレンドの変化は「バイオ」への言及

最後に、ガートナーが予想するメガトレンドを昨年のものと比較したい。

昨年のメガトレンドは次の3つが挙げられていた。なおこれらは2016年のメガトレンドとも大きく変わるものではなかった。

  • どこでも人工知能 (AI) となる世界
  • 透過的なイマーシブ・エクスペリエンス
  • デジタル・プラットフォーム

今年は次の5つのテーマがメガトレンドとして挙げられている。

  • AIの民主化
  • エコシステムのデジタル化
  • DIYバイオハッキング
  • 透過的なイマーシブ・スペース
  • ユビキタスなインフラストラクチャ

まあ言ってることはそんなに大して変わらないかなーとは思いつつ、それぞれ進展はありそう。

去年掲げられた「どこでも人工知能」という世界観は、「AIの民主化」というキーワードで、より現実に近い話に変わった。ハイプサイクルでは「AI PaaS」や「ASIC」など、よりビジネスとして実用的なキーワードが挙がってきている。もちろんこれ以外にも、先端研究的なAI技術も挙がっており期待である。

去年の「透過的なイマーシブ・エクスペリエンス」は今年の「透過的なイマーシブ・スペース」で変わらず。

「デジタル・プラットフォーム」は今年は「エコシステムのデジタル化」「ユビキタスなインフラストラクチャ」と、少し具体的になっている。

変化として注目すべきトレンドはやはり「DIYバイオハッキング」の登場か。もちろん普及には時間がかかると思うけど、この分野はヒトという種にとっても歴史的変革となる可能性があり、その萌芽はじっくり見守りたい。

 

前回(2016年と2017年の比較)はこちら:

 

  

 

  • この記事は、2018/10/15の公開内容について、苦情に基づき今年の新出テクノロジについての説明を追記したものです(2018/10/22追記)

 

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なぜ宇宙は生命の進化を許すのか

いなたくんへ

レゴブロックを洗濯機に入れたら複雑系が形成された、という実験がおもしろい。2014年の独イェーナ大学での実験で、レゴブロックをバラバラの状態で洗濯機に入れ、複数回の試行をしたところ、いくつもの組み合わせが生成されたという。


回る洗濯機を観測する研究者Ingo Althofer氏
Evolution of Compleces from LEGO Bricks in a Washing Machineより)



洗濯機が生成したレゴブロックの組み合わせたち.
想像以上に複雑な組み合わせができている.
Evolution of Compleces from LEGO Bricks in a Washing Machineより)

これは創造力をかき立てさせる実験だ。

たとえば太古の海でも同じことが起きていたのかもしれない。漂うアミノ酸が掻き回されていくなかで、何かの拍子で結合が起き、原初の生命が成立した。これはよく知られる仮説だけど、そんな偶然あるのかなと私は半信半疑でいた。でもこの実験結果を見ると、十分あり得るように思えてくる。

ところで私はしばらく「なぜ進化が許されるのか」という疑問に悩み続けていた。生命はなぜ進化しなければいけないのか。この宇宙でなぜ生命は進化するべくデザインされ、そして何より、そのようなデザインが許されたのか。

今回この実験から答えの糸口が見えた気がしたので、ここに整理したい。

Summary Note

疑問:なぜこの宇宙で進化は許されるのか

宇宙の無秩序性は、局所的エントロピーの減少を肯定する

生命の命題は進化でなく、宇宙の法則、そして進化からの解脱である


疑問:なぜこの宇宙で進化は許されるのか

シンギュラリティという仮説がある。これは正しいだろうか。

シンギュラリティとは、技術の進歩に伴い、未来のある時点で、世界が特異的な変化を遂げるという予想だ。たとえば人工知能が自己再生産能力を獲得し、人類の制御を超えて、人類の想像を超えて、加速度的自己進化を始める。あるいは、テクノロジーによりヒトがヒト自身を作り変え、現行のヒトの枠を脱してポストヒューマンに進化する。

ケヴィン・ケリー著『テクニウム』(2014)では、生命を「自己生成可能な情報システム」と定義する。そしてこの定義の下では、生命とは有機的物質に限られず、自己進化するテクノロジー「そのもの」すら包含される。

『テクニウム』によれば、「自己生成可能な情報システム」は「単一の複製する分子」から始まり、「RNA酵素」や「単細胞生物」を経て「霊長類」に至った。そして霊長類の生む「言葉」に発し、「筆記」「本」「偏在的・世界的コミュニケーション」といった形で、情報システムそのものとしてなお進化を続けている。

「自己生成可能な情報システム」という定義の下では、工学的に生み出された自律的な知能が人類の次世代を担う、というシンギュラリティの予想も肯定される。

こうした仮説は正しいだろうか。未来に実際にシンギュラリティは起き、その後の世界を人工知能や、あるいはポストヒューマンが支配することはあるのだろうか。

生命は進化を避けられない

私はシンギュラリティを肯定する。人工知能か、ポストヒューマンか、あるいは別のものかもしれないが、世界がヒトを超えた高度な「何か」の時代に遷る、という変化は避けられないと考える。

なぜならば、生命は進化をするべくデザインされているからだ。

進化を促すメカニズムは競争と淘汰である。生命はその発現以来、「単一の複製する分子」であった時代から継続して、競争を続けてきた。競争に勝つための手段は「変化」だ。生命は自己という閉鎖系そのものを自ら作り変えることで、変わりゆく環境に対応し、競い、生き残ってきた。その競争の過程で「自己生成する情報システム」としての密度を高め、より高次に、より強く、進化してきた。

これは国家のような集団でも同じである。例えばいま世界には、自由主義・民主主義を掲げる国と、社会主義を掲げる国と、その2つが併存する。正しいのはどちらだろう。

正しさは、イデオロギーの優劣によっては決まらない。市民・国民の幸せの多寡が決めるわけでももちろんない。正しさを決めるものはただひとつ、生存という結果である。集団と集団が競い、戦い、その果てに片方だけが生き残り、片方が淘汰されたなら、生き残った者の採用したシステムのみが正しい。

このようにして生命は、あるいは集団は、常に競い、生き残るために変化してきた。
変化は、あるいは進化は、生命に義務付けられたデザインであり、命題である。

未来においても生命は進化を続けなければならない。止まることは許されない。現状に満足し留まることはすなわち、淘汰圧の下に消え去ることを意味する。自らが好むと好まざるとに関わらず、環境は変化し、競争は起こり、生き残ったか否かという結果のみがあとに残る。

だからヒトは人工知能と競争し、あるいはヒト自身を作り変える。そしてその先には、ヒトよりも高次に進化した「自己生成可能な情報システム」が存在しているはずである。

なぜ生命は宇宙の法則に反することができるのか

でもちょっと待ってほしい。
これって宇宙の法則に照らしておかしくないか。

私たちは習ったはずだ。宇宙のエントロピーは常に増大し続けている。やがてこの宇宙が冷えて死ぬまで、無秩序性は拡大を続ける。

しかし「自己生成可能な情報システム」として進化を続ける生命は、進化のたびにその情報密度を高め、複雑さ増して、エントロピーを減少させ続けている。これは明らかに宇宙の法則に反している。

繰り返しになるが、生命は進化するべくデザインされている。すなわち、淘汰圧に耐えるべくエントロピーをより減少させるというメカニズムが組み込まれている。

この宇宙において、なぜこのようなメカニズムは許されるのか。なぜ生命は発現を許され、いまなお進化を許されているのか。

これが私の抱き続けた疑問である。

仮に「進化」が生命のもつ唯一の命題でないならば、シンギュラリティの必然性は否定され、ヒトがヒトの姿のまま変わらず在り続けることは許される。そのようなことはあるのだろうか。


宇宙の無秩序性は、局所的エントロピーの減少を肯定する

さて、ここで科学雑誌のNewtonの「ランダム」に関するつぶやきが興味深い。

Tweetの指摘の通り、私も「ランダム」と言えば左側の図、きちんと「疎」が表現された図を思い浮かべてしまう。でも本物のランダムは右らしい。

そしてここに答えがありそうだ。

エントロピーが増大するということは、すなわち完全な疎を意味しない。巨視的なカオスの中で、微視的にはエントロピーの大きい場所と、小さい場所とが同時に生まれる。

この局所的に生ずるエントロピーの減少こそが、洗濯機で生み出されるレゴブロックの構造であり、あるいは原初の海の生命なのだ。

エントロピーを増大させるという宇宙の法則は、局所的なエントロピーの減少を否定しない。したがって、宇宙は生命の発現と、生命の進化を肯定しうる。


生命の命題は進化でなく、進化からの解脱である

では、エントロピーの局所的減少から生じた生命がその進化を許されているとして、これはいつまで続くだろうか。

あくまでもマクロには、宇宙のエントロピーは増大を続ける。エントロピーの減少はその大きな流れの中の偶然に過ぎない。すると、生まれたはずの生命は、いずれはかき消されてしまうのか。

それはきっと正しいだろう。

たとえば我々地球に生まれた生命の歴史も、宇宙のそれから見れば冗談のような一瞬に過ぎず、やがて太陽の死に殉じて消え失せる。宇宙の過去と未来にも同じようにして、エントロピーの局所的減少により生まれ、やがて失われた生命がたくさんあったに違いない。

レゴブロックをかき混ぜる洗濯機が永遠に稼働を続けるとき、ある一群のブロックは一時には構造を獲得しても、さらなる回転で破壊され、再びカオスに戻るだろう。実験では「洗濯機を止めて観測する」というプロセスが介在したが、この宇宙は止まらない。

宇宙は局所的には生命の発現と進化を肯定するが、巨視的にはその存続を許さない。

生命は宇宙の法則を克服できるか

ここに、生命に課せられた本当の主題が見えてくる。それは宇宙の法則の克服である。

『テクニウム』では、物理学者ポール・デイヴィスの次の言葉を引用する。

「生命の神秘は化学的基礎の中にはない。(中略)生命が成功したのは化学的な規則を逃れたからなのだ」

物理学者ポール・デイヴィス

あるいは、生命のエントロピー減少は長期的には「物質世界から超越的非物質世界への脱出」へ向かうとする。

エントロピー増大という大きな流れの中で、これに抗う局所的偶然から発生した生命は、局所的には宇宙の法則に抗う存在だった。そして進化は、生命を物質世界から脱出すべく促している。

やがてエントロピー増大の波に呑まれる前に、その流れに抗い、ついにはマクロ的なエントロピー増大の法則からも逃れること。それこそが生命に課せられた命題だろう。

生命の命題は、進化ではない。
進化は生命の手段に過ぎない。

生命の命題は、宇宙の法則からの解脱である。

シンギュラリティの定義を見直す

以上の観点から考えれば、ヒトを超える存在の出現を預言するテクニカル・シンギュラリティは、ヒトにとってこそ特異的だが、あくまで人間原理的な見方でしかない。

たとえば単細胞生物にしてみれば、多細胞生物の出現はシンギュラリティと言えただろう。あるいは動物の世界において、「心の理論」を持つヒトの出現はシンギュラリティだったに違いない。

同じようにして、人工知能やポストヒューマンの出現は確かに、人間にとってシンギュラリティに他ならない。が、生命の系譜、「自己進化する情報システム」の過去と未来の歴史に鑑みれば、それは些末な問題に過ぎない。

この宇宙という視点に立つとき、特異点は宇宙の法則の克服にあり、これこそ生命が目指すシンギュラリティであり、生命は、シンギュラリティに至ることを命題として進化を続ける。

そしてシンギュラリティに至ったときはじめて、生命は、進化という呪いからも解脱できる。

 

  

 

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アンバンドルされる個人と量子的詩人エメーリャエンコ・モロゾフ

いなたくんへ

これは書評である。私は書評を書いており、きみは書評を読んでいる。
当然ながら、書評は書物に依存する。そのため書評は書物の反復であり、全ての書評は書物の反復である。
全ての書評は反復を免れえない。それは書評が書評であることに起因する、原理的な性質である。よって、書評である本稿もまた、先行する書物の反復であることを否定できない。

先行する書物とは、樋口恭介著『断片的な世界で断片的なまま生き延びること──鈴木健「なめらかな社会とその敵」書評』である。書評である本稿は書評の書評であり、反復の反復に他ならない。

書評『断片的な世界で~』では、鈴木健著『なめらかな社会とその敵』(2013)を題材にして、いまSNSで起きている大きな問題、いわゆるエコーチャンバー効果に触れるとともに、その出口として「分人」理論を紹介する。

エコーチャンバーの問題は、私としてもしばらく頭を悩ませていた。エコーチャンバー効果の行きつく先にはいかなる社会や未来があるのか。そこで「分人」の考え方は、斬新ながら十分にあり得る可能性に思え、備忘録として、あるいは書評の書評として、ここにそのアプローチを紹介したい。

Summary Note

1.個人(individual)はアンバンドルされ分人(dividual)になる

2.アンバンドルされた量子的詩人エメーリャエンコ・モロゾフ

3.「創造性」が鍵になる社会の「分人」


個人(individual)はアンバンドルされ分人(dividual)になる

エコーチャンバー効果は、ネット上のコミュニティで起こりがちな現象を指す。自身の観測チャネルに見たいものだけを選ぶことで、特定の価値観が先鋭化され、他の価値観が見えなくなる現象である。例えば経産省が日本社会の課題をまとめた『不安な個人、立ちすくむ国家』(2017,PDF)でも、懸念のひとつとして挙げられていた。

原理的には、インターネットに代表されるスケールフリー性を持つネットワークでは「集団分極」と呼ばれる先鋭化が起こりやすく、価値観の閉鎖と過激化が醸成される。この結果、20世紀までに社会を結び付けていた共通の価値観「科学」すらも失われる、という予測すらある。

書評『断片的な世界で~』では、エコーチャンバー効果は個が境界を持つことに起因すると指摘する。個とは微視的的にはヒト個人であり、あるいは細胞であり、巨視的には社会組織にほかならない。社会組織も1つの「個」とみなすなら、そこには必然的に境界があり、その内なるネットワークにおいて集団分極を免れ得ない。

本書によれば、こうして一人称的な私の性質は、代謝ネットワークの中で生成され、反復的に描画される。人間は、生物としての原理上、膜を作り囲い込むことで内側と外側を作り出し、線を引くことで存在が可能となる形式をとっている。

人間の身体は細胞の集合によって成立し、脳は細胞の集合によって成立している。人間の心は、人間の認識は、線を引くことで成立し、それがゆえに、一人称がもたらす線引きのフラクタル構造は認識に基づき反復される。

『断片的な世界で断片的なまま生き延びること──鈴木健「なめらかな社会とその敵」書評』より

前述のとおり、原理的に内と外を分けてしまう人間という生物にとり、二項対立は最も認知しやすい情報の構図であり、男か女か、右翼か左翼か、東京在住か地方在住か、といったシンプルな対立の構図を前景化された情報は、負荷なく咀嚼可能であり、目に入ったその瞬間に立ち上がる感情に任せて、「いいね」や「RT」や「シェア」のボタンを押し、自らの政治的な立場を表明する──「私はあなたの友/敵です」と表明する──ことが可能となるのである。

かくしてソーシャル上での友敵の図式は──代謝ネットワークにおける細胞がそうであるように──自律的・反復的に強化され拡張される。

『断片的な世界で断片的なまま生き延びること──鈴木健「なめらかな社会とその敵」書評』より

では、エコーチャンバー効果は21世紀の必然なのか。社会は進むべくその方向に進むのか。これを崩す方法論として樋口氏が挙げるのが、『なめらかな社会とその敵』で述べられる「分人」という考え方だ。

しかしそれから8年が過ぎ、現実はそうはならなかったことを、今の私たちは知っている。現実はその逆で、SNSは一人称的主体が作る境界を色濃くし、友敵の図式を強化した。それはなぜなのか。そして、それはどのようにして乗り越えられるのか。

おそらくは、ここで必要とされるのは、既存社会においてこれまで重要視されてきた、一人称的主体の一貫性に対する信仰を払拭することなのではないか、と筆者は考える。

(中略)

本書はここに至り、哲学者ジル・ドゥルーズの議論を踏まえ、「分人」という概念を導入する。

『断片的な世界で断片的なまま生き延びること──鈴木健「なめらかな社会とその敵」書評』より

ひとりが一貫性を保つことが難しくなっている

「分人(dividual)」の対立軸となるのは、近代社会が前提とする「個人(individual)」という概念である。

近代民主主義は、「一貫した思想と人格を持った個人(individual)が独立して存在している状態を、事実論としても規範論としても理想として想定している」。「主体には一貫性が求めら」れ、「少なくとも他者からはそう見なされる」。あるいは各個人がそう思い込むこと「の自意識が、人が社会を運営する前提にはある」。

しかしながら、我々が「個人(individual)」という立場で社会を運営していくのはもうちょっとそろそろしんどくない? というのが筆者の主張だ。

人間は本来矛盾に満ちた動物である。主体の一貫性とは近代社会の成立とともに構想されたフィクションであり、事後的に・強迫的に身につけられる性質である。

しかし、それは人間の生物学的な原理原則に反する規律であり、そうした無理は遅かれ早かれ破綻する。

『断片的な世界で断片的なまま生き延びること──鈴木健「なめらかな社会とその敵」書評』より

人は矛盾をかかえる動物である。人が矛盾を避けることはそもそも難しく、より一層難しくなりつつある方向へ、世界は進み続けている。そこでは、矛盾に対する社会的処理の方法が、新たな仕方で考えられなければならない。

『断片的な世界で断片的なまま生き延びること──鈴木健「なめらかな社会とその敵」書評』より

「分人(dividual)」の詳細な定義は『なめらかな社会とその敵』の議論を押さえる必要があるが、端的には、「人間は本来分割可能であ」るとの認識に基づいている。例えば情報化社会で「パスワードによってひとりが複数の異なるアクセス権を状況に従って得る」ように、個人という主体は分解しうる。

これまで個人という「仮構」を統合してきた規律社会のたがを外し、人間の矛盾を許容した新しい社会に変わるべきだ。というのが『なめらかな社会とその敵』の主張である。

時空間方向に拡がる「分人」

所属するコミュニティによって自分の顔を使い分ける、ということ自体は、いま始まったことではないだろう。サークルや、職場や、家族や、私たちは相手によってペルソナを掛け替える。

顔の見えないネットワーク空間ではこれがさらに顕著になって、いまや1人が複数のアカウントを持ち、アカウント毎に「自分」を使い分けるのも一般的だ。

「分人」の議論で重要なのは、単に顔を変えるだけでなく、顔ごとに紐づく「責任」を独立させる点になるだろう。

あるアカウントで負う責任が、他のアカウントにも及ぶなら、アカウントの使い分けは表面的なものでしかない。いずれも近代民主主義で求められる主体の一貫性、つまりは責任の一貫性の枠内にとどまる。

しかしこれをも分解するのが「分人」だ。

この分解は人格空間方向にとどまらず、時間方向にも及ぶだろう。繰り返しの引用になるが、「人間は本来矛盾に満ちた動物である。主体の一貫性とは近代社会の成立とともに構想されたフィクションであ」る。したがって「分人」の認められる世界では、過去の自分からも独立できるべきである。

アンバンドル化が個人にも及ぶ

WIRED創刊編集長のケヴィン・ケリーはベストセラー『インターネットの次にくるもの』(2017)で、今後起こる12の変化をまとめている。それは例えば「BECOMING(常にアップデートされ続けること)」であり、あるいは「REMIXING(二次的に生み出されること)」である。

例えば本は、固定された「本」というメディアから、常に流動し続ける「本になっていくもの」という存在に変わる。

本は紙や文章のことではなく、「本になっていく」ものだ。それは、〈なっていく〉のだ。考え、書き、調べ、編集し、書き直し、シェアし、ソーシャル化し、コグニファイし、アンバンドルし、マーケティングをし、さらにシェアして、スクリーンで読むことの一連の流れとなる ── その流れのプロセスのどこかで本が生成されるのだ。本、特に電子本は、本になっていくプロセスからできた副産物になる。

『インターネットの次にくるもの』より

このとき重要になるのが「アンバンドル」だ。本書によれば、これからはあらゆるメディアが「アンバンドル」、つまり分解される。本であれば章に分けられ、シーンに分けられ、主題は抜き出され、各登場人物は独立し、フレーズが切り取られる。こうしたアンバンドルされた要素は別の要素と再結合され、二次的な別の何かに再生産されていく。

新しい分野のメディアがまたリミックスの対象になり、アンバンドルされ再結合されて、何百もの新たなジャンルになっていくだろう。

『インターネットの次にくるもの』より

「分人」の概念は、こうしたアンバンドルが個人にも及ぶことを示唆している。そして『インターネットの次にくるもの』のアナロジーに従うなら、アンバンドル化され、分人化された個人は、次にはREMIXINGされることになる。


アンバンドルされた量子的詩人エメーリャエンコ・モロゾフ

書評『断片的な世界で~』の筆者・樋口恭介氏は、SF小説『構造素子』(2017)の著者であるほか、エメーリャエンコ・モロゾフの訳者の一人としても知られる。

詩人モロゾフは言うまでもなく文学世界の巨人であるが、実は私たち知財の世界にもなじみの深い人物だ。特許審査官出身の著名人では、例えば発明原理TRIZを生み出したソ連のゲンリッヒ・アルトシューラーや、相対性理論を確立したスイス特許庁の元審査官アルバート・アインシュタインが有名だが、エメーリャエンコ・モロゾフもまたその1人である。

モロゾフは短い時期であるが審査官として活動し、多くのイノベーティブな発明に特許を与えた。ただし、ときに前衛的すぎる、あるいは公序良俗に抵触しうる発明にも特許を認め、特許無効率の高さが問題視され特許庁を追われた。

彼は以後文筆の道に戻るが、シーランド公国の特許制度創設にも関与したとされる点はアナーキストな彼らしい(ただしこの件は1978年クーデターにより立ち消えになったとされる)。

『加速する肉襦袢』にみる資本主義批判

エメーリャエンコ・モロゾフの作品は多くの人が翻訳を進めている。例えばIE(@InsideExplorer)氏の訳した『加速する肉襦袢』では、老人ホームにおける老人と若者との対立を物語の主軸に置きつつ、資本主義に対する痛烈な風刺を行っている。

樋口氏はこの一連のツイートで、モロゾフは「資本主義=肉襦袢が加速したあとのその先の、紙幣の単なる物質としての重さ=意味の軽さ」を看破していると指摘する。

資本主義に対する敵視とさえ言える筆致は、旧共産圏という彼の出自に起因する。と、分析するのはたやすいが、そう単純でないのが彼の魅力だ。

『ブボリンガル』で発露される資本主義礼賛

カナエ・ユウイチ訳『ブボリンガル』では、鉄道車両で出会わせた女性のAK-47に射殺される男と、その転生が描かれる。

ここで一貫して流れるテーマは『加速する肉襦袢』から一転し、高度に発達した資本主義社会への迎合とさえ言える礼賛である。

なおモロゾフは『ブボリンガル』で、資本主義を支えるテクノロジーに対してはアンビバレントな立場をとっている。すなわち、テクノロジーはそれが独立して存在するならば侮蔑の対象ですらあるが、ヒトの進化の延長としての存在なら許される、という人間原理的立場である。

「転生(再帰的自己生産)」と「テクノロジー」というテーマは、ケヴィン・ケリーの世界的ベストセラー『テクニウム』(2014)にも通底する。このためか樋口氏は『テクニウム』の書評記事を、『ブボリンガル』への明らかなオマージュとして整理している。

モロゾフは観測者により異なる顔をみせる「分人」である

エメーリャエンコ・モロゾフは、その著作によって主義や立場が一致しない。よく言えば多彩な顔を持ち、悪く言えば一貫性を欠いた存在である。

小説家の売り物とは文体である、とは言われるが、しかしモロゾフはどうだろう。水原由紀訳『1998の熱烈な邂逅(しなさい)』(1943,原題『Endeavour-randez-vousしなさい:1998』)や、佐川恭一訳『マイトレーヤ正大師の墜落』、あるいはアシリ・ユク訳『ソポ・チエ・テイネ(ウナギ・男性器・濡れる)』、ラモーナ・ザビエル訳『第81次名刺大戦』などをみても、とうてい1人の仕事とは思えない。

モロゾフの性質は観測者により大きく変わる。まるで複数の観測者たちが、インターネットという仮想世界にエメーリャエンコ・モロゾフという存在を一から創り上げるかのように、実在としての存在を疑わせる。そんな錯覚を抱かせる。

こうしたいわば量子的な在り方は、アンバンドルされる「分人」、あるいはREMIXINGされる「分人」として、新時代の個人のあり方を象徴する。


「創造性」が鍵になる社会の「分人」

テクノロジーのもたらす変革にこれから訪れる社会、それは「技術の時代」や「Co-Desiginの時代」など様々な予想があるが、そこでは「創造性」が重要になりそうだ。

では「創造性」を実現するものは何なのか。それは「拡散的思考」と呼ばれる思考である。これは離れた事象と事象とを結びつけ飛躍させる脳構造に起因し、同時に、精神疾患や異常体験という症状をももたらす。

「飛躍した発想」「極端な拡散性」と、同時に起こる「分裂」「統合失調」。ビッグファイブ理論を紹介した『パーソナリティを科学する』(2009)では、こうした特徴を持つ創造的人物を「詩人」と呼ぶが、この見地からもまさに、エメーリャエンコ・モロゾフは詩人である。

そして書評『断片的な世界で~』によれば、あるいは「分人」が認められる世界では、1つのパーソナリティが複数に「分裂」することは否定されない。

1つの肉体には複数の「分人」の内包が許容され、万人がモロゾフ的量子的詩人になることを認められ、あるいは複数の個人がREMIXINGにより1つの分人を創ることもあるかもしれない。

ただし忘れてはならないのが、個人の分裂と併せて、負うべき責任もまた分断されるべき点である。次なる時代において、創造的な個人はその主体の一貫性を追求「されない」。個人から派生した分人は、あるいは分人がREMIXINGされ再構成される個人は、その分人間や、元となる個人と再構成される個人との間で、その責任を共有「しない」。

 

  

 

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創造性を駆動する「拡散的思考」と夢、代償としての異常体験

いなたくんへ

クリエイティブ、いいよね。

ゲームクリエイターとか、漫画家とか、アーティストとか、新しいとこではYoutuberとか。将来なりたい仕事ランキングの上位に必ず入るのが、クリエイティブな仕事、創造的な仕事である。

かくいう私もクリエイティブな仕事にはあこがれ続けて、創造性とか欲しくて欲しくてたまらないけど、ところで「創造性」ってなんだろう。実は結構ふわっとしてる。

ということで「創造性」の正体についてしばらく調べてみて、その答えがある程度見えてきたのでまとめてみた。創造性を実現するもの。それはズバリ「拡散的思考」である。しかしながらこの「拡散的思考」は、脳にハードウェア実装された機能、つまり先天的なものなのかもしれない。

そしてさらに調べていくと、拡散思考には副作用とも言うべき弊害があった。それは精神疾患や、これに似た異常症状に陥りやすいということだ。それはいったいなぜなのか。

以下に仮説を述べてみる。

Summary Note

抗鬱剤はなぜ創造性を失わせるのか

パーソナリティ特性理論に目を向けてみる

芸術家の4つの特徴と「異常体験」

創造性を高めることはできるのか


抗鬱剤はなぜ創造性を失わせるのか

きっかけはある作家さんのツイートだ。鬱病というセンシティブな内容なので直接の引用は避けるが、次の趣旨のことを述べられていた。

  • 以前は、自分の頭からは、おもちゃ箱のように無限にアイディアが湧き出てきた
  • しかし薬を服用すると、空想したりアイディアが沸くことはなくなってしまった
  • ただ見える範囲の現実が横たわるだけになってしまった
  • 視界はクリアで色鮮やかだが、現実に固定されてしまって、脳の奥に広がっていた色彩豊かな空想の世界は消えてしまった

この一連のつぶやきには他の作家さんも同意していて、例えば「以前は物語のプロットが頭で自動生成されていたのに、鬱病の薬を飲んだことでイメージが全く湧かなくなった」という。

これらが正しいなら、抗鬱剤と創造性との間には何かの関係があることになる。

眼窩前前頭皮質のファクトチェック機能を疑う

ひとつ思い当たるのが、脳に存在するファクトチェックの機能である。

脳の前頭野のある部位、眼窩前前頭皮質は、ファクトチェック機能を担っている。これは、自分が体験した事象が正しいかどうかを客観的に判断する機能である。

ファクトチェック機能が損なわれると、強迫性観念や双極性障害、統合失調症に陥る。一体なにが真実で何が虚構であるのか、なにが事実で何が妄想か、区別がつかなくなるわけだ。ジャンヌ・ダルク等の歴史上の予言者や偉人も統合失調症だった可能性が指摘されている。

ちなみに夜寝ていて夢を見ている状態では、このファクトチェックの機能はOFFになる。夢が荒唐無稽で現実離れしているのはそのためだ。

空想を実現するもの

このファクトチェック機能の強さが人によって違うのでは、というのが私の仮説である。

例えばファクトチェック機能が極めて強い人は、冷静で客観的だが空想能力には欠ける。要するに頭がカタい。

一方で空想や発想に長ける人は、おそらくファクトチェック機能がユルい。ユルいがために現実から飛躍した発想ができ、虚構の世界を受け入れられる。

ところがこれがユルくなりすぎると現実と虚構の区別がつきにくくなり、そしてある閾値を超えたとき、実際に統合失調症や鬱といった精神障害の発症に至ってしまう。

もしかしたら創造性は、このような危ういバランスの上に成り立っている。


パーソナリティ特性理論に目を向けてみる

空想に長ける人はファクトチェック機能がユルい。この仮説を裏付けるものに偶然出会えたので紹介したい。

ダニエル・ネトル著『パーソナリティを科学する』(2009)は、ビッグファイブと呼ばれるパーソナリティ特性を論じた一冊である。

ビッグファイブなにそれおいしいの?

パーソナリティ特性とは、人間の個性を決める因子を具体的に特定したもので、性格診断をイメージするとわかりやすい。ただし占いとは異なり、被験者への質問と評定の相関関係に基づく科学的裏付けがなされている。

本書はパーソナリティ特性の定義を「特定タイプの状況に反応すべくデザインされた心のメカニズムの、反応性における安定した個体差」と表現する。

我々の行動は、その人の置かれた状況への反応として予想できる。たとえば「危険」という状況に置かれたとき、我々の情動システムは我々に「恐怖」を感じさせ、我々に「逃げる」という行動をとらせるわけだ。

しかしながら我々の人生は、そうした「強い状況」のみから成るわけではない。我々の人生は、それよりも圧倒的に「弱い状況」から構成される。そうした「弱い状況」での反応の差、閾値の差こそが個性であり、パーソナリティ特性であるとする。

たとえば、知らない土地を夜歩いているときなど、潜在的に危険を示すキューを感じるかもしれない――薄暗い狭い路地とか、見知らぬ大男がうろついているとか。そうした状況は実際に危険かもしれないし、危険でないかもしれない。どうやってわかるのか。ここで、個人差の効果が出てくる。もし不安メカニズムが活性化するための閾値がやや低ければ、そのシーンはそのメカニズムが活性化するのに十分なキューを含んでいる。

『パーソナリティを科学する』より

ビッグファイブ理論では、こうした反応の差を決める基本的な因子として「外向性」「神経質傾向」「誠実性」「調和性」「開放性」の5つ(それ以上でもそれ以下でもない)があると予想する。これら5つの因子は、我々ヒトが進化の淘汰圧の中で獲得した特性である。

「外向性」スコアの高さがもたらす利益

ビッグファイブについてもう少し説明したい。たとえば「外向性」という因子がある。これは「ポジティブな情動の反応にみられる個体差」と説明される。

ポジティブな情動とはどんな機能か。これは、ステイタスや物的資源、配偶者など、資源の獲得を促すものであるらしい。

ポジティブな情動は、何らかの好ましい資源を追及したり、獲得したりするのに応じて活性化する。我々に望むものを追及させ、資源を手に入れることの予期に興奮をさせ、手に入れた後には喜びをもたらす。

本書によれば、外向性スコアの高い人はポジティブな情動に反応しやすい。つまり資源を求めたいとの欲求に素直であり、セックスと恋愛を楽しみ、野心を持ち、ステイタスを手に入れることや社会の注目を集めることに喜びを見出し、そのために猛烈に働く。

ちなみに外向性スコアの低い人、つまり内向的な人はネガティブかというとそんなことはなくて、「セックスやパーティやステータスにも惹きつけられるが、そこから得られる快感が比較的わずかなため、敢えてそれを手に入れるために頑張ろうとはしないだけ」であるとする。

「外向性」スコアの高さは同時にコストももたらす

外向性の高さは資源の獲得、ひいては社会的成功につながる。では外向性は高い方がいいかというと、そう単純ではないようだ。

外向性が高いことは、肉体を危険にさらしやすかったり、家庭が不安定に陥るというリスクをもたらす。外向性が低ければ「インセンティブに対して慎重なアプローチを示す」ため、こうしたリスクを持たずにすむが、外向性が高い場合には、資源獲得のトレードオフとして生命のリスクを負うわけだ。

リスク選好型の個性と安定型の個性とが併存することは、ヒトの集団に多様性をもたらす。

現在では「外向性」はDRD4(ドーパミンD4受容体)と呼ばれる遺伝子に起因することが知られているが、このDRD4は定住型社会よりも遊牧型社会の方が優勢になるようだ。外部環境の淘汰圧が個性(=反応性の違い)に影響し、集団を環境に適したバランスにする。

こうした利益とコストの関係は5つの因子すべてに存在する。

どの次元においても、だんだん高くなっていくスコアには、利益とともにコストがあると考えていいだろう。これらのコストと利益は、それぞれの次元の進化の歴史を作り上げてきた。だが同時にそれは、現代の人間が人生を切り抜けていくうえで直面することになる利益であり、コストなのだ。

『パーソナリティを科学する』より


芸術家の4つの特徴と「異常体験」

本題に戻ろう。ビッグファイブの5つの因子には、創造性を説明するものがある。「開放性」という因子である。

本書では「開放性」の特徴を次のように説明している。

  • あらゆる種類の文化的・芸術的活動にどれほど関わるかを強く予想する
  • 境界のゆるい連想/異常体験の特徴群である
  • 詩人・芸術家の4つの特徴が開放性の中核をなす

「開放性」は創造性の指標になるだけあって、詩人や芸術家のスコアが高い。というよりも、いかに詩人的、芸術家的であるかを予想するのが「開放性」だ。

詩人・芸術家の4つの特徴

では、詩人・芸術家とはいったいどんな人たちだろう。本書は4つの特徴を挙げる。

  • 1.深く隠喩的
  • 2.社会的規範への挑戦
  • 3.強い霊的感覚
  • 4.精神病

最初の特徴「深く隠喩的」は、幅く広く連想できる思考特性を指す。優れた詩人、作家の比喩のすばらしさは説明するまでもないだろう。まさに芸術家を芸術家足らしめる特徴であり、これは「拡散的思考」とも呼ばれる。

ひとつの意味領域(心の状態とプロセス)からのアイテムは、全く異なる領域からのアイテムと自由に交流し、際立って異常な効果を作り出す。それはまるで、さまざまな認知領域を取り巻くフィルターなり薄膜なりが普通よりも少し浸透しやすくできていて、そのために連想がより大きく広くなっているかのようである。

『パーソナリティを科学する』より

拡散的思考と異常体験

一方で、目を引く特徴は後ろの2つ、「強い霊的感覚」「精神病」である。本書によれば、開放性スコアの高い人は、統合失調症の患者、特に異常体験グループと呼ばれる人々と強い相関を持つという。ここで「異常体験」とは、幻覚、疑似幻覚、知覚の乱れ、神秘的な考え方を指す。

本書はこれを「拡散的思考」の副作用であると考える。

概念や知覚された対象がいずれも、広範な連想ラフトを活性化するのだとすれば、なぜ異常な信念が生まれるのかも理解できる。実際には「考え」であるものを聴覚と結びつけることによって、幻聴が生まれる。意味のない出来事が、そこにいない人物についての考えと結びつけば、テレパシー、もしくは超常現象という考えにたどりつく。

要するに、開放性が低ければ別個のものとして保たれているはずの異なる領域と処理の流れが、ここではついには相互作用しあい、関連されたものとして知覚されるのだ。

『パーソナリティを科学する』より

これらの特徴から、本書は「開放性」の利益とコストを次のように結論付ける。

もし開放性の増加が芸術家としての名声の可能性を増すのに有利だとすれば、同時にそれは精神疾患に似た障害になりやすいというコストも伴うのである。

『パーソナリティを科学する』より


創造性を高めることはできるのか

オハイオ州立大学リズ・サンダース准教授は、デザイン手法の未来のあり方として「Co-Design」を提唱する。ユーザに寄り添うデザイン手法「デザイン思考」がひと昔前に流行ったが、これがさらに進んで、ユーザ自身(by people)によりデザインがなされるという予想である。

専修大学上平教授はこれを「当事者デザイン」と呼び、そのような時代に人々は「創造する生活者」になると予想している。


FROM DESIGNING TO CO-DESIGNING TO COLLECTIVE DREAMING: THREE SLICES IN TIMEより

あるいは坂本健三著『先端技術のゆくえ』(1987)では、宗教の時代・国家の時代・経済の時代に続く次なる時代として「技術の時代」が提唱される。その時代の競争の源となるのは「創造力」だ。

これら仮説が正しければ、次なる時代には「創造性」が重要になる。このあたりのシナリオは知財制度にも絡めて以前紹介した。

しかし、実際に「創造性」が重要な時代が来るとして、我々は創造的になれるのだろうか。

創造性は結局、脳構造という「才能」なのか

ビッグファイブ理論が教えてくれた残念なお知らせは、「創造性が才能である」という言説がどうやら正しそうだということである。

創造性を高める方法としてよく言われるのは組み合わせの重要性だ。古くはベストセラー『アイディアの作り方』(1940)など、新しいアイディアが既存のアイディアの組み合わせに他ならないことは、古今東西指摘される。

したがって創造的になるためには、組み合わせの基礎となる知識を幅広く持つことが良い。あるいは例えばリバース・イノベーションのように「場」を変えるなど、異なる世界の人々と交わることも推奨される。

これらのアプローチは「拡散的思考」の考え方にも即している。少なくとも私はこれを信じて、これまでたくさんの本を読み、多くの経験をするべく努めてきた。

しかしビッグファイブ理論に従えば、こうした努力は「拡散的思考」の処理プロセスを模倣するものでこそあれ、あくまで凡人のためのそれである。

真に創造性のある人は、最初から脳が組み合わせに適したカタチにできている。「さまざまな認知領域を取り巻くフィルターなり薄膜なりが普通よりも少し浸透しやすくできていて」、様々な知識・知覚が勝手に混じり合い、まさに夢見のように、斬新なアイディアが生み出される。まさに呼吸をするようにして、見るものすべてが空想になる。

つまり創造性は、先天的な能力である。

ちなみに『パーソナリティを科学する』によれば、「開放性」は「外向性」とともに加齢とともに低下する。これら2つの特性はその人に資源を獲得させようとする、つまり成功させようとする因子であるところ、それが必要なのは若いときであるからだ。

配偶者や子供ができる年齢になると、資源の獲得よりも社会との接続がより重要になるため、かわりに「誠実性」や「調和性」が高まっていく。

つまり「創造的な仕事で成功できるのは若いときだけ」「歳をとると頭が固くなる」という経験論は、ビッグファイブ理論からも裏付けられる。

それでもなんとか創造性を高めたい

創造性が先天的なものだとして、それでも後天的にこの力を手に入れることはできないか。

ところで脳のの側頭葉には「宗教的なもの」「神秘的なもの」を信じる部位がある。神を信じる機能は、ヒトが集団としてまとまるうえで有利なために、淘汰の過程で獲得された。ここで心理学者マイケル・パーシンガーは、当該部位に磁場をかけて活性化することで、神秘的なものを信じやすくできるとする。

経頭蓋磁気刺激・電気刺激法など、脳に電流や磁場をかけて集中力を増すことは米国では(一部で)普及が始まっており、突飛な話では決してない。

創造性を獲得しようとするならば、つまり脳の構造を作り変えようとするならば、こうした電磁気的方法で脳のファクトチェック機能をユルめる、というのはひとつの手段かもしれない。

ちなみにこれを電磁気的方法でなく化学的方法でやろうとするのが大麻や覚醒剤なのだろう。音楽家とかが創造性を求めて薬物に手を出すことあるけど、アプローチとしては間違っていないことになる。

あるいは、非侵襲的に、かつ合法的に脳の構造を変えたいならば「瞑想」とかも。

いやまてよ、インターネットがあるじゃないか

だがちょっと待ってほしい。脳構造を無理やり変えなくても「拡散的思考」を実現する方法はあるかもしれない。インターネットだ。

インターネットが革命的とされるのは、それが「組み合わせ」を従来と異なる次元で実現したからだ。それまでは出会うことのなかった小さなシーズと小さなニーズが、ネットを介して結びつく。これがもたらす価値はまさに革命と呼ぶにふさわしく、『オープンサイエンス革命』(2013)では17世紀科学革命に次ぐ「第2の革命」と指摘する。

これまで天才の頭の中でだけ実現した組み合わせも、インターネットを使うことでそのハードルが大きく下がる。このことこそ、21世紀に世界の創造性を増すということ、技術の時代が訪れるということに他ならない。

インターネットが見せる「夢」

あるいはインターネットは、実際に我々の脳構造を作り変えているかもしれない。邦題は微妙なニコラス・カー著『ネット・バカ』(原題『The Shallows』,2010)では、ネットサーフィンがいかに人から集中力を奪い、そうなるべく脳の作り変えてしまっているかを論じている。

ネットサーフィンによる白痴化は憂うるべき現象であるのだが、一方でこれを肯定的に捉える向きもある。WIRED創刊編集長のケヴィン・ケリーだ。彼は『インターネットの次にくるもの』(2016)でネットサーフィンを「白昼夢」になぞらえ、それが創造性を高める前提条件だと指摘する。

夢が何のためにあるのかは分かっていないが、唯一言えるのは意識の根源的な欲求を満たしているということだ。私がウェブをサーフィンしているのを見た人は、次々と提示されたリンクをただたどっている姿を見て、白日夢を見ているようだと思うはずだ。

最近私はウェブの中で、人々に混ざって裸足の男が土を食べているのを取り囲んで見ていたり、歌っている少年の顔が溶け出すのを見たり、サンタクロースがクリスマスツリーを燃やしたり、世界で最も高所にある泥の家の中を漂っていたり、ケルトの結び目文字が自然に解けたり、ある男から透明なガラスの作り方の講釈を受けたり、その次には自分自身を眺めていて、それは高校時代のことで、自転車に乗っているという具合だった。

しかもそれは、私がある朝に数分間ウェブをサーフィンしていた間に見た話だ。どこに行くのかも分からないリンクをたどってトランス状態に陥るのは、大変な時間の無駄をして ── あるいは夢を見て ── いるように思えるかもしれないが、とても生産的な時間の無駄遣いなのかもしれない。

多分われわれは、ウェブをうろついている間、集合的な無意識の中に入り込んでいるのだ。きっと、個々にクリックするものは違っても、このクリックが誘う夢はわれわれ全員が同じ夢を見るための方法なのだ。

(中略)

私は逆に、こうした良い時間浪費は、創造性を高める前提条件だと思っている。

『インターネットの次にくるもの』より

睡眠時の夢見の状態においては脳のファクトチェックの機能がオフになる、ということはすでに述べた。しかし『インターネットの次にくるもの』のメタファーによれば、我々は覚醒しながらにして夢見に至る手段を手に入れていることになる。

ちなみに「夢」を脳科学研究の観点から検証する『なぜ脳は、ヘンな夢を見るのか? 』(2010)によれば、クリエイティブな活動を好む人ほど夢の内容を覚えているという。その理由として「彼らは常に新しいアイディアを求めているから」と説明する。

ファクトチェック機能が生理的にオフになる夢見の状態はまさに拡散的思考の確変状態であり、これを利用するというのはなるほど理にかなっている。

現代の我々はこうした夢の利用を、インターネットという工学的手段で実現できたということだ。


まとめ

以上、調べたことをまとめてみる。

創造性を実現する要因として「拡散的思考」があり、しかしその代償として、精神疾患や異常体験といった弊害が伴うことを紹介した。この利益とリスクの間には、どうやら脳のファクトチェック機能のユルさが関係していそうである。

この「ファクトチェック機能がユルい状態」になるためにはどうすればいいのか。日々創造的に努めるということのほか、電磁気的手法や化学的手法、あるいは瞑想などにより、脳構造を作りかえるアプローチがありそうだ。

その一方で、ファクトチェック機能がオフになる夢見の状態の利用も有望なアプローチのひとつとなる。そしてインターネットは我々に白昼夢を見せる装置であり、すでに「拡散的思考」のツールとして機能していて、これが「創造性」が鍵になる「Co-Design」の時代、「技術の時代」を実現する可能性もある。

インターネットは膨大な情報をもたらしてくれる。私たちはそうした情報の渦に抗わずに飛び込んで、夢を見るように日々を過ごす。それでいいのだ。

 

  

 

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未来の世界に影響を与えるテクノロジー系ニュースまとめ・第16回(2018/4-6)

いなたくんへ

1790年に発行された第1号特許から228年を経て、2018/6/19に米国特許第10,000,000号が発行された。対象となる発明はレーザ測距に関するもの。ちなみに日本の特許も連番で、現在600万台である。

こうした発明が世の中を進めてきたんだよね、ということで、最近目に入ったテクノロジー系ニュースを紹介したい。ウィリアム・ギブソンは「未来はここにある。ただ均等に分配されていないだけだ」と述べたが、実際に未来はあちこちで作られている。


ブロックチェーン・ベースの非中央集権宗教「0xΩ」

以前元GoogleのエンジニアがAIを神とする新興宗教を立ち上げたが、今度はブロックチェーンをベースとした新興宗教「0xΩ」が出現した。

これって笑い話ではなくて、ブロックチェーンの非中央集権性・分散性の応用例としてよく考えられていると思う。「0xΩ」では既存宗教では必ずいる「人間の最高権威者」は存在せず、信仰内容は信者の合意で動的にアップデートされ、合意形成に至らなければ「ハードフォーク」による分派も可能である。

宗教や、あるいは政治や法律もまた集団をまとめるための共同幻想であるならば、次世代の社会制度の実験として面白そうだ。

ブロックチェーンにできること

ブロックチェーンの応用例の1つである「仮想通貨」は依然低い価格で推移しており、51%攻撃といった新たな攻撃も起きている。ブロックチェーンにできるのは「その時点でもっとも確からしい世界線を緩やかに共有すること」という次の指摘は興味深い。

仮想通貨ブームは停滞気味だが、「非中央集権的な動的合意のメカニズム」としてのブロックチェーン研究は進んでいて、例えば次のホログラフィック・コンセンサスとかおもしろい。今後どのような仕組みが現れ、社会を変えていくのか、注目である。


2.真実を覆い隠す人格の仮想化技術、あるいは仮装化技術

美少女アバターになりきれるvTuberの登場により「中の人」の見た目が不問になり、いよいよオッサンにも勝機が来たとまことしやかに囁かれる昨今。しかしそれも長続きするのかどうか。

IBMは人間とほぼリアルタイムでディベートできるAI「Project Debater」を開発。自然言語処理はAIの大きな課題だが、着実に進んでいるようだ。いずれは外見も中身も人工物、な仮想人格が登場するに違いない。

そんな仮想人格時代においては「画面に表示されているのが人間だから安心」……かと言えばそうでもない。人の顔の動きを移植する技術によって、実際とは全く異なる表情を見せられているかもしれない。「DeepVideo」では、人の表情や目の動きなどを全く別の人に移植できる。

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スクリーンの向こうは何も信じられない。そんな時代もすぐそこに。


3.脳内思考「内言」の解読と割符認証

技術が真実を覆い隠す一方、隠された真実を明らかにすることもある。

たとえばMITによる頭の中でつぶやいた「内言」を顔の筋肉から読み取る技術。言葉は脳のブローカ野でつくられるところ、発話に至らずとも脳内思考(脳内での言葉の生成)に伴い顔の筋肉に微妙な動きが生ずる。これを捉えて読み取るという。

ちなみにMITは壁に隠れた人物を可視化する技術なんかも実現してたり。

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破った紙の断面を利用した「割符」認証

人に視えないものを見る、という点では日本大学による「破れ目割符」の技術もおもしろかった。これはレシートなどの紙を破って渡し、その後断面を解析することで照合するもの。初めて会う人との情報交換を想定し、連絡先の交換が不要になる。

文字などが書かれた紙を2枚に破り、一方を電子データを送りたい相手に渡す。送る側は手元に残ったもう一方の紙片を撮影し、その画像と渡す電子データを専用サイトに登録する。

受け取る側は渡された紙片を撮影し、その画像を専用サイトに送る。両方の登録した紙片の断面の形状や、文字列の行数や文字数などが一致したときにのみ、電子情報が入手できる。

日本経済新聞より

認証に自然世界のランダム性を利用するのはおもしろい。


4.時間反転対称性を崩す「Flux Capaciter」が発明される

不可視と言えば、いよいよコンピュータも見えなくなる。IBMが1mm角の世界最小コンピュータを発表してドン引き、という話は前回紹介したけど、米ミシガン大学はさらに小さい0.04mm角のコンピュータを発表。0.04mmしゅごい……オカモト級……!

可視光によるワイヤレス通信ができるとともに、光からも電力供給がなされ、非通電状態でもプログラムやデータを保持できる。精密温度センサなどの用途が想定される。

また、Intelは人間の毛髪程度のサイズの極小スピン量子ドットチップを発表。約1500量子ビットが含まれ、量子コンピューティングの大規模並列演算に用いられる。

人工DNAストレージの単価も低下していて現実味を帯びるなど、コンピュータ・リソースの進化は引き続きヤバい。

そんななか、オーストラリアとスイスの研究チームが「Flux Capaciter」を開発した。


図:Passive On-Chip Superconducting Circulator Using a Ring of Tunnel Junctionsより

円とY字の回路に信号を通すことで、量子トンネル効果により「時間反転対称性」を崩すことができるという。時間反転対称性とは、ある物理現象において時間の流れを反転しても同じであることを指す。

量子力学の世界では理論上は時間を逆行する物質「反粒子」が知られ、時間反転により粒子と反粒子とが入れ替わることがある……とかググってニワカしてみたけど全く理解できないですね。

ともかくもこの技術を用いることで、通信技術の感度性能を向上させたり、量子コンピュータの制御に寄与しスケールアップできる可能性があるとのこと。

残念ながら2015年に出現したあの車の搭載技術との関連は薄いようだが、回路構成図が当該Flux Capaciterと似ていたことで話題になった。いずれにせよ、Y字型の回路構成が時間に関係する可能性はあるかもしれない。


5.『実時間メロス』にみる次世代文芸のキラー要素「時間」

コンテンツの未来を垣間見させてくれる例としてスマフォアプリ『実時間メロス』が素晴らしかった。太宰治『走れメロス』を、物語の時間と現実の時間とをリンクさせ、出来事をリアルタイムに伝えてくれる。

私は百年前新聞とか愛読してるけど、コンテンツや物語に「時間」の要素を持たせられるのすごい。活版印刷技術が小説を生み、写真技術が映画を生んだみたいに、21世紀ならではの新たな芸術表現の出現を感じる。

このあたりはケヴィン・ケリー著『インターネットの次にくるもの』(2017)でも触れられていた。曰く「新しい分野のメディアがまたリミックスの対象になり、アンバンドルされ再結合されて、何百もの新たなジャンルになっていく」。

既存のコンテンツは分断され、バラバラになって再結合され、新たなメディアになっていく。

ところで『実時間メロス』の感想を見ると、メロスに否定的なツイートも散見される。「ペーパープロトはいい感じだったけど実際動かしてみたらなんか違う」な検証が文学作品でもできるようになってて感慨深い。


6.記憶はRNAにも保存される

記憶の保存場所を問われると「脳のどこか」と思いがちだが、実はそうではないかもしれない。カリフォルニア大学の研究者らはアメフラシの実験で、RNAを別の個体に移すことに伴い訓練の記憶の移植にも成功した。

もっともこれは「電気ショックに対する反応」の移植なので、記憶と言っても「思い出」のような高次なものではなくて、どちらかというと「生理反応に関するエピジェネティックな発現」を移せたという話にも思えてしまう。

とはいえ、記憶が脳だけでなく身体性にも強く依存することは間違いなさそう。記憶のメカニズムの解明には引き続き注目したい。

眼からレーザも放てるように

身体と言えば、機械による身体補綴技術も進捗。3Dプリンタによる人間の角膜のプリントアウトに成功したり、体内埋め込み機器へのワイヤレス給電が実現によりバッテリ交換が不要になったり、可能性が広がっている。

眼球からレーザを放てるコンタクトレンズの開発は正直言って眼に入れる必要性が理解できないんだけど、一応紹介記事では認証用セキュリティタグに使えると述べられている。いずれにせよ200nmの超薄型レーザというのはすごい。


7.ジョギングするアトラスと群行動する中国無人ボート群

人と機械の融合といえばパワードスーツ。40kgの装備を運べるシンガポール・アバロン社の消防士用パワードスーツが近未来感。

しかし機械そのものの進化も早い。ボストン・ダイナミクスの人型ロボット「アトラス」はジョギング姿を披露。そのあまりな自然な姿、障害物を避ける華麗なジャンプは驚異的。

YouTube Preview Image
 

ハチ型ロボット・ハエ型ロボット

ロボットではベルリン自由大学によるハチ型ロボットもおもしろい。蜜蜂が8の字を描くように飛ぶ「waggle dance」は仲間に新たなエサの位置を伝えるとされる。これをロボットにより模倣したところ、他の蜜蜂に意図を伝えられたというもの。

機械学習による鳥類の言語の解明が進んでいるが、こうした身体的コミュニケーションも解明されることで、様々な昆虫・動物との対話が可能になるかも。

それから、MITによるレーザ光で給電されるハエ型ロボットの研究もおもしろい。バッテリの問題を解決できるので、将来的にはこうした超小型飛翔体によるセンシングが普及するかも。

中国軍の無人ボート群実験がすごい

ロボットと言えばやっぱり兵器。すでにドローンを用いた爆撃は世界で実施されているが、例えば中国も新型の爆弾投下用ドローンを開発中。

特に興味深かったのは、中国軍による無人ボート群の実験。無人機の群行動は次世代の戦闘教義として注目されるが、海上戦力のパワーバランスにどんな影響を与えるだろう。

なお対ドローン兵器では電磁的手段により動きを止めるものがあるが、米国防省はこの対自動運転車版のマイクロウェーブ兵器を開発中。自動運転車によるテロも怖いよね。


8.中国にも注目の再利用型ロケット、民間宇宙開発企業

中国の躍進は宇宙に関しても目立っている。

イーロン・マスクのSpaceXによる再利用型ロケットはいよいよ失敗もなくなり安定した感あるが、中国も次世代ロケット「長征8号」を再利用型にするとのうわさが。これからはロケットの再利用が当たり前になるのかな。

ただ中国は打ち上げ場が内陸にあり、これまで落下するブースターで容赦なく村々を焼き払ってきた。再利用型だとどうなるか…。と心配になるところだが、「長征3号」にもパラグライダーを採用するなど、人民への配慮がなされるようだ。

落下と言えば、制御を失った宇宙ステーション「天宮1号」が大気圏に突入。奇しくも落下したのは、ポイント・ネモと呼ばれる太平洋上の海域。ここは海流の関係から人工衛星の墓場とされ、中国は「狙い通り…!」との声明を発表。狙ってたなら最初から言ってくれよだけど、ともかくも人口密集地に落ちず一安心だ。

中国でも民間宇宙企業が現れており、5月にOneSpaceTechnologiesが民間初のロケット「OS-X」の打ち上げ実験を実施。残念ながら宇宙への到達はならなかったものの、今後の躍進が期待される。2019年には10回の打ち上げを行うとか。

同5月には、中国は中継衛星「鵲橋」を打ち上げた。中国は世界初となる月の裏側への探査機着陸を予定しており、これとの通信を中継する衛星だ。「鵲橋」は地球と月のラグランジュ・ポイントL2を周回する軌道に無事到達。いよいよ秋に裏側探査となる。


9.火星での有機物発見と、テラフォーミング用バクテリア

他国の宇宙開発はどうだろう。

日本の宇宙ベンチャー・インターステラ社のロケット「MOMO2」は残念ながら打ち上げに失敗したが、次の挑戦に期待したい。

ジェフ・ベゾスのBlueOrigin社は月面へのコロニー建設計画を発表。ただし同社は物流を主眼にしているようで、建設自体は他の企業に委ねても良いとのこと。アマゾンらしい。そんな同社は宇宙旅行チケットを2019年に発売する。値段は未定。

米軍がロケットを「日単位」で打ち上げるコンテストを実施したり、宇宙船に3Dプリント製の超耐久性新素材が導入されたり、NASAが25の次世代宇宙探査技術に投資をしたり、宇宙は日に日に近づいている。

ところで3Dプリンタの普及で部品のデザインが「悪の宇宙船」に似てきている、という指摘がおもしろかった。あれって合理的なデザインだったのね。

火星での有機物発見と、テラフォーミング用バクテリア

人類の次なる到達点として期待されるのが火星。NASAは火星の土壌から有機物を発見したと発表した。かつて存在した湖の泥にあたるとされ、炭素・水素・酸素・窒素と言った分子を含む。生命の証拠とはならないが、やはり火星には水があったのだろう。

一方、オーストラリア国立大の研究チームは、植物の生育に適さない日照条件下でも光合成可能なバクテリアを発見。通常の光合成は可視光により行われるが、このバクテリアは遠赤外線や近赤外線によってもエネルギー変換できる。

このことは「岩の下などでも光合成をおこなう種がいる」ことを示唆して胸アツであるとともに、火星に空気を作るなど他天体のテラフォーミング用途にも期待される。人類の生態系が惑星間に広がる未来も、そう遠くはなさそうだ。

惑星間と言えば、規則的な電波を発する天体の信号を頼りに現在地を確かめる宇宙船用GPSの研究開発も。惑星間航行の具体的な仕組みとしてワクワクする。

宇宙関連のニュースは定点観測しており、次の記事もご参考に。


10.この3ヵ月で見かけたおもしろガジェットたち

最後に、この3ヵ月で見かけた素敵なガジェットやサービスたちをご紹介。

インクレスプリンタ「Inkless」

オランダの大学院生チーム「Tocano」が開発中のプリンタ「Inkless」がアツい。赤外線レーザで紙の表面を焼くという原理で、特に注目なのが特別紙でなくとも印字できる点。「フィルムカメラからデジタルカメラへの移行」などと謳われるが、楽しみな技術だ。


図:Youtubeより

文字起こしくん

LINEに画像送信すると文字起こししてくれる「文字起こしくん」が便利そうすぎてやばい!

「便利そう」と書いたのは、すでに登録ユーザが10万を越えて現在使用できないため。残念。ただしコードについてはnoteで公開されている。

認識技術がお手軽になってく事例の一つとしておもしろかった。

プロジェクタによる子供の着替えタイムトライアル

マリオカートで過去の自分(ゴースト)と戦えるように、プロジェクターにより過去の着替えを投影して子どもに競わせる、というアイディアが素晴らしすぎた。

ゲーミフィケーションの1つとしておもしろい。また、21世紀は様々なインターフェイスが簡易に使えるようになっていて、アイディアさえあれば色んな事ができるよね、ということも再認識。

 

以上、2018年4~6月における、未来に影響のありそうなテクノロジー系ニュースをまとめてみた。

次回3ヵ月のニュースのまとめはこちらから。
1.はやぶさ2の世界初小惑星上探査機自律移動成功/2.ISSに穴・衛星破片をネットで補足/3.最新地図投影法「EqualEarth」と次世代番地「What3words」/4.無人機が世界初の都市商用配送・25日間飛行・大西洋横断/5.非分解検査用極小ロボ・コロイド移動の微小ロボ/6.AI技術で人の動き完全転送/7.感覚視覚味覚の電気的人工補綴

前回3ヵ月のニュースのまとめはこちらから。
1.ゲーム化される現実世界とピクセル寿司/2.超低軌道衛星用大気吸い込み型イオンエンジン/3.搭乗型多脚ロボット「prosthesis」/4.テロメア延長と細胞の時間停止/5.全脳シミュレーション/6.72量子ビットの量子プロセッサ「Bristlecone」/7.極小なコンピュータとセンサたち

 

  

 

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第2の科学革命「アッチェレランド」とヒトの白痴化(『2050年の技術』まとめ3/3)

いなたくんへ

テクノロジーの未来についてあれこれ予想を集めている本ブログであるが、2040-50年くらいの技術を俯瞰すべく、英エコノミスト誌による技術視点の未来予測『2050年の技術』(2017)を読んでみた。

バイオ技術の波及やエネルギー技術、戦争技術の進歩、あるいは人工知能とデータが変える教育、法律、労働などの社会構造について、前回までに本書の予想を整理した。

2050年のビジョンは前回までの通りであるが、本書はそれだけでなく、未来予測の前提となるマクロな変化や、時代認識についても述べている。例えば予測のためにSFを利用する手法や、ムーアの法則の考え方、そしていま現在において人間に起ころうとしている変化である。いずれも参考になるものだったので、最後に紹介していきたい。

Summary Note

1.アナロジーは「過去」「現在」「SF」

2.ムーアの法則終焉の意味は「規則性」の崩壊

3.スマート・テクノロジーの脅威は知性ではなくヒトの白痴化

4.第2の科学革命と「アッチェレランド」


1.アナロジーは「過去」「現在」「SF」

まずは未来予測の手法について。オーソドックスではあるが、第1章では「過去」「現在」「SF」の3つを挙げていた。

例えば宇宙開発の未来は、20世紀初頭の航空産業が参考になる。バイオ技術により「ポスト人類」が登場する未来像はSFの定番テーマだ。

「現在」は、特定集団や国だけで現在起きている限界的事例(エッジケース)を指す。SF作家ウィリアム・ギブソンが「未来はすでにここにある。均等に行きわたっていないだけだ」と述べたアレだ。本書では日本のガラケーを挙げていた。

欧米の技術系カンファレンスで日本人が懐から携帯端末を取り出すと、それは時空の切れ目から落ちてきた貴重な未来のかけらのように丁重に扱われた。

『2050年の技術-英エコノミストは予測する』より

この3つの視点は常に参考にしていきたい。


2.ムーアの法則終焉の意味は「規則性」の崩壊

技術進歩速度の尺度として定番な「ムーアの法則」終焉にも触れている。1971年から2016年までに22サイクル続いたこの法則は、いよいよ物理限界を迎えると言われる。

本書で注目だったのは、ムーアの法則終焉の理由を物理限界以外に置いていた点だ。それは、小型化による高速化・省電力化により製造コストが下がる「デナード則」の終焉である。近年は小型化しても製造コストを下げられず、「物理的限界に達する前に、企業の経営判断によってムーアの法則に終止符が打たれる」とする。

また、この問題を「規則性」の終焉とする点も興味深い。本書はムーアの法則の素晴らしさを「コンピュータにまつわるすべての性能を2年に1度というメトロノームのような規則正しさで底上げしてきた」ことだと指摘。3次元チップや量子コンピュータなどのポスト半導体技術を挙げつつ、ムーアの法則ほどに正確な「規則性」が得られないなら、今後の進歩は小規模になるとする。

私は「ムーアの法則」終焉説には懐疑論者だった。もちろん半導体に関しては正しかろうが、「1000ドルで可能な1秒あたりの計算回数」という指標でみれば、これは1900年から続く法則だからだ(カーツワイルの法則)。半導体の集積度が物理限界を迎えようとも、代替技術がこの法則を継続させる。

しかし本書の通り、仮に技術進歩が続くとしても、予見性が得られるほど安定せずムーアの法則下ほどは投資が活性しない、といった影響には一考の余地がありそうだ。


3.スマート・テクノロジーの脅威は知性ではなくヒトの白痴化

第13章「人工知能ができないこと」を担当するオクスフォード大学ルチアーノ・フロリディ教授は、次の寓話を挙げている。

AとHという2人の人物を想定しよう。2人は結婚し、なんとかうまく関係を続けていきたいと願っている。

Aは次第に家事のほとんどを担うようになるが、融通がきかず頑固で、些細なミスを許さない。しかも、その性格が変わることは期待できない。

一方のHは正反対の性格だが、次第に怠惰になり、Aに依存するようになっていく。

その結果、2人の関係はバランスを欠いたものになる。Aが関係を支配して、意図的ではないにしても、結果的にHの行動を歪めていく。

『2050年の技術』より

教授曰く「AIとスマート・テクノロジーがAであり、Hは明らかに人間のユーザーである。」

テクニカル・シンギュラリティなど人工知能の発達が取りざたされる昨今だが、教授によれば、マシンの意識や知性といった問題は重要ではなない。本当に重要なのは、「それがわれわれの自己認識や世界に対する認識、さらには他者や世界との相互作用のあり方に大きな影響を及ぼしているという事実」だとする。

「重要な人間的活動」の時間が奪われている

有史以来人間の脳構造が変化し続けてきたこと、そしていまインターネットがいかに我々の脳を変えつつあるのか、を論じた(邦題は微妙な)ベストセラー『ネット・バカ』(2010)では、知性外部化の副作用としての白痴化が述べられている。

あるいはそれは個人だけでなく、集団でも起ころうとしている。

本書『2050年の技術』も同様の指摘をしていて、「たいていのコンピュータはたしかに人間に時間という贈り物を与えてくれる」が、「同時に、創造や深い思考といったきわめて重要な人間的活動の時間を奪っている」。

Twitterのことだよ!

教授によれば、デジタル・テクノロジーとは「SF的な超知性の産物ではなく、トースター程度の賢さしか持たないにもかかわらず、さまざまな作業を人間以上にこなすことのできるありふれた製品」に過ぎない。

いま我々に必要なのは、これらデジタル・テクノロジーの知性におびえることではなく、我々人類が退化しつつある事実に向き合うことだ。「貴重な情報のフリをした事実、虚偽の事実、噂などの奔流」に振り回されることなく、いかにして「創意工夫、判断、意思決定といった最も重要な人間的活動のための時間と空間を確保」するのか。

うーん、ハードル高いなー(Twitterみながら)。


4.第2の科学革命と「アッチェレランド」

現在テクノロジーが起こしつつある変革について、本書は17世紀科学革命との相似を指摘する。

科学革命では次のようなことが起きた。

  • 顕微鏡や望遠鏡をはじめとする新たなツールやテクノロジーが、新たな科学的あるいは数学的方法論と結びついた
  • ガリレオは、すべての自然現象は数学という言語で表現できるという考えを示した
  • 自然哲学者は物理学から生物学まで多くの分野で、自分たちがどれほど無知であるかを自覚し、それによって豊かな発見と発明の時代が到来した

一方現在においては、次のような変化が起きようとしている。

  • ビッグデータや機械学習といった新たなツールやテクノロジーが科学と結びつく
  • 世界のあらゆる活動が、データの収集・分析を通じて理解され、最適化され、表現される
  • われわれは世界で「なぜ」それが起きているのか、これまでほどはわからなくなる

こうした今まさに始まろうとしている科学革命について、本書はSF作家キム・スタンレー・ロビンソンとチャールズ・ストロスによる「アッチェレランド」の命名を採り上げている。これは音楽用語で「次第に速く」を意味する。

世界は因果関係の理解をあきらめる

テクノロジーは、世界で「何が」起きているかをこれまで以上に教えてくれる。その一方で、すでに挙げた通り、「なぜ」起きているかはこれまでほどにはわからなくなる。

「人生が不可解であること」の質的原因が、「情報不足によってわれわれの知識に限界があること」から、「情報は膨大にあっても、物事の因果はますますわかりにくくなる」ことへ変わっていく、というのが本書の予想だ。

本書によれば、「2050年の意思決定の大部分は、説明責任の重要な一要素である透明性を欠き、ブラックボックス化する」。そして「2050年までに世界は、効率性と引き換えに因果関係の理解をあきらめることに慣れていく」。

これもまた、科学革命の時代に社会が「目で観察できること(太陽が地球の周りをまわっているなど)では自然現象を説明できないという事実を受け入れたのと同じ」であると指摘する。

 

以上の通り、『2050年の技術 英エコノミストは予測する』から、2050年の未来像と、いま起きようとしている変化を整理してみた。この予想が当たるかは2050年を待たねばならぬが、技術起点の未来予想を一通り俯瞰することができた。

今回の予想は「2040年の17歳の1日を考える」の背景や、今後の未来予想にも活かしていきたい。

本書が描く未来像と社会の変化をまとめた前回記事はこちらから。

国際社会の未来も描いた前作『2050年の世界-英エコノミスト誌は予測する』(2012)のまとめ記事はこちらから。

 

  

 

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2050年:適応学習が復活し、司法の贅沢が享受されるが、ヒトの組織は変わらない(『2050年の技術』まとめ2/3)

いなたくんへ

未来予測にあたりテクノロジーの影響も重要要素になるところ、2040-50年くらいの時間軸で一度俯瞰したものをみたいと思い、英エコノミスト誌による技術観点からの未来予測『2050年の技術』(2017)を読んでみた。

影響の大きいのがバイオ技術で、2050年の人類は自らのゲノムを編集し、政府は脳の裏口の鍵を要求し、畑には微生物が撒かれ、燃料は牧場で生産される。また、エネルギー問題の解決や、2050年の戦争技術についても触れられていて、これらは前回整理した。

バイオ技術と並んで重要なのが、人工知能やデータ起点の産業である。これらは技術そのものが進化するというよりは、教育や働き方といった社会の仕組みそのものへの影響が大きい。そこで今回は社会の変化の観点から、本書の予想をまとめてみた。

Summary Note

1.適応学習が復活し、アクティブラーニングが普及する

2.司法という「贅沢」が一般に広がる

3.人工知能はむしろ雇用を増大させる

4.ヒトの組織は変わらないが、働き方は変化する


1.適応学習が復活し、アクティブラーニングが普及する

データが変える産業の例として、本書は医療、教育、法律の3つを挙げていた。データ医療の破壊的変化は前回すでに紹介したので、今回はまず教育の未来をまとめてみる。

データが適応学習を「復活」させる

本書の予想する未来では、生徒、そして教師のパフォーマンスは絶えず追跡され、そのデータに基づき最適な学習法が見いだされる。これは、生徒の行動を分析して個人に適した教材・指導速度を選ぶ「適応学習」と呼ばれるものの進化版で、例えば次のように行われる。

  • 動画の閲覧ログを分析して指導方法の改善に役立てる
  • デバイスは学生が教科書を読んでいるか、それもどれだけ速く読めているかを把握し、学生が注意散漫になったら対処する
  • 勉強時間が夕食の前か後かで試験の成績に変化はあるのか、といったことも分析される

本書は、こうした「大量生産型の公教育の時代に失われてしまった」授業形態こそ本来であり、個人にカスタマイズされた指導が「再開される」と指摘する。

アクティブラーニングが普及する

生徒が自宅では講義を聞き、授業では問題解決の演習を行う「反転授業」も行われる。

本書この兆候として、カーン・アカデミーの無料授業や大規模公開オンライン講座MOOCを挙げ、これらの「中退率ががっかりするほど高いのは事実だが新たな講座の開発はまだ始まったばかり」と指摘する。

教育格差解消のカギは政策立案者が握る

懸念されるのは教育格差だ。本書は「富める者のほうが新たなテクノロジーを取り入れるのも早」いため、テクノロジーは必ずしも格差拡大を解決しないと指摘する。

そこでカギになるのが政策立案者の存在だ。本書曰く、「先見性のある政策立案者の目に留まり、また格差是正のためのすそ野の広い社会政策と結びついたとき、テクノロジーはとほうもなく強力な手立てとなる」。

教育格差の是正が難しい理由の1つとして本書は、教育「が子宮の中、乳母車の中、そして幼稚園の中といったきわめて早い段階から始まる」ことを挙げる。そこで対策として、「各地の福祉局が貧困層の母親にデバイスを提供し、子育てのアドバイスのみならず、自分の子育てがどれくらいうまくいっているかを確認できるような測定データを提供する」ようになる。

教育の未来は本書を読む前に予想していて、概ね当たっていたので安心できた。


2.司法という「贅沢」が一般に広がる

データが変えるもう一つの分野が法律だ。本書によれば、「2050年にはデータが法律家という職業の、また司法という概念の中核をなす」。

例えば勝敗別・地区別・判事別など各観点からの判例分析、相手方弁護士の主張傾向分析が行われ、弁論趣意書や契約書の草稿はアルゴリズムが有利に書く。
囚人の再犯可能性は統計化され、「今日の銀行が住宅ローンの金利をデータに基づいて決めているように」保釈金が算出される。

しかし人間の役割は残る

では全部機械に任せられるかと言うとそうでもなくて、本書は人間の裁判官が残り続けると予想する。

その理由は「単に正義がなされるだけでなく、正義がなされたと人々を納得させることが法学の要諦である」ためで、「新たな時代においても万人に裁判を受ける権利があること、それもロボットではなく人間の審理を受けられることが基本となる」。

司法という「贅沢」が一般に拡がる

おもしろかったのは「今日紛争の解決手段として司法制度に頼るのは、当然の権利ではなく贅沢である」という指摘だ。本書によれば、現在においてなお多くの人が司法から締め出され、法の救済を受けられずにいる。不当な扱いを受けても、判決に至るまでの長く形式的な手続きが割に合わないためだ。

しかしデータが法務サービスのコストを大きく下げれば、申し立てできる人のすそ野は広がっていく。これにより司法という「贅沢」が普及する。


3.人工知能はむしろ雇用を増大させる

AI脅威論で必ず語られる雇用の減少。本書は反対の立場で、「長い目で見れば、医療、教育、法務などのサービスの市場が拡大し、雇用が増加すると考えるほうが理にかなっている」と指摘する。

たとえば医療診断では、「患者に対するアルゴリズムの診断を解釈し、結果を説明する」病理学者が必要であることに変わりはなく、「富裕層だけでなく、国民全体に対して行われるため、昔よりも少ないどころか大勢の病理学者が必要かもしれない」。

教師についても、例えば「反転授業が行われるようになれば、これまで以上に直接的な指導が重要になる」。教師はスポーツのコーチのように、最高のパフォーマンスに向けて尻を叩きながら、失敗したときには助け起こすといった適切なバランス感覚を発揮することが期待される」。

ということで、2050年においても雇用が減ることはない。


4.ヒトの組織は変わらないが、働き方は変化する

雇用が増えるとして、では2050年に企業組織や働き方はどう変わっているだろう。人工知能やデータは効率化を進めるだろうか。

人間の意思決定が重要であり続ける

本書が前提とするのは、ヒトは2050年にもヒトである、という事実だ。本書曰く、人間の判断には「論理より感情のほうが大きくかかわって」おり、「たいていの人は意思決定をする際、過去200万年にわたって進化してきた前頭前皮質を使って理性的かつ本能的に判断を下している」。

したがって2050年においても、高度な判断、意思決定における人間の重要性は健在である。

このあたりは物理学者ミチオ・カクのいう「穴居人の原理」にも通じる。

組織構造はフラットにならない

最近流行の「ティール型」など、フラットな組織構造は注目されるが、本書はこうした動きが普及するとは考えない。

本書はテクノロジーが持つ平等化効果は現実にはまだ表れておらず、「権力のヒエラルキーをなくそうとする試みはこれまでのところうまくいっていない」と認識する。本書曰く、1983年以降の米国経済における管理職の数はおよそ2倍に増えている。

このように「平等主義的権力構造が失敗する一因は、ヒエラルキーにおいて自らがどのような地位や全体的立場にあるかという認識が、たいていの人にとってきわめて重要な意味を持つこと」にあるためだ。

要するにこれもヒトがヒトであることによる問題である。

とは言え働き方は柔軟になる

組織構造はあり続けても、働き方は変わっていく。本書が挙げる変化は以下の通りだ。

  • オートメーションによって「ミドルスキル」の仕事全般が駆逐され、伝統的なキャリアの階段が壊れる
  • 優秀な人材が正社員ではなくフリーランスを選択する
  • まずは教育を施し、その後徐々に技能を開発していく伝統的モデルはまったく通用しなくなる
  • 機械が知識労働のパートナーとなる

この結果、より柔軟なキャリアパス、例えば「縦(昇進)ではなく横(別の仕事)」への移動や、いったん組織を離れてまた戻る、といったケースが現れる。企業は「正式な雇用期間を超えて、長期にわたって持続する関係を醸成すること」に努め、人材の生涯学習の一部を支援することになる。

 

以上、テクノロジー、特に人工知能やデータが変える未来について、特に社会構造の観点から本書の予想をまとめてみた。

ところで本書はこうした未来像だけでなく、未来予測の前提となるマクロな変化・時代認識についても述べている。次回最終回はこれについて紹介したい。

前回まとめた2050年の技術の俯瞰はこちらから。

国際社会の未来も描いた前作『2050年の世界-英エコノミスト誌は予測する』(2012)のまとめ記事はこちらから。

 

  

 

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