「新しいテクノロジーほど普及が速い」ことはない

いなたくんへ

新しいテクノロジーになるほど、その普及が速くなっているという。
「TECHNOLOGY AT WORK」(Citi GPS,2015)では、テクノロジーがユーザ数5,000万人に達するまでの時間を比較している(Reaching 50 million users)。これによると、電話の75年、ラジオ38年、テレビ13年に対して、インターネットやFacebookは4年以下、そしてスマフォアプリ「Angry Birds」に至ってはわずか35日で5000万人に普及している。

reach50musers
TECHNOLOGY AT WORK(Citi GPS,2015)より引用)

とても興味深い数字で、このグラフを引用して「新しいテクノロジーほど普及が速い」と語られるのを聞くこともある。だけど「新しいテクノロジーほど普及が速い」は本当に正しいだろうか。ちょっと怪しい気がしたので考えてみた。

 

20世紀の産業革命と、各テクノロジーの登場

テクノロジー発達の背景を俯瞰するには、絶賛流行中のインダストリー4.0がわかりやすいかも。インダストリー4.0では産業革命を4つの段階に分けていて、いまネットワークに基づく第4の産業が起きているという。

  • 第1次: 18世紀英国の蒸気機関発明に端を発する機械化
  • 第2次: 20世紀初頭の電気による大量生産
  • 第3次: 1980年代以降のコンピュータによる自動化
  • 第4次: いま起きているネットワークによる革命 ←NEW!

20世紀以降、電気の利用、コンピュータの利用、そしてネットワークの利用が進み、ドラスティックな効率化をもたらしてきた。同時に起きたテレビやラジオ、インターネットによる情報拡散の加速化も、テクノロジーの普及を後押ししたかもしれない。

Adoption of New Technology since 1900(Visualizing Economics,2008)では、20世紀に登場したテクノロジーの普及状況をグラフ化している(クリックして拡大)。縦軸は米国での世帯普及数で、どんなテクノロジーがいつ登場し、どれほどの時間をかけてユーザ数(世帯数)を増やしてきたかがよくわかる。

history-of-products
Adoption of New Technology since 1900(Visualizing Economics,2008)より引用)

このグラフをよくよく見ると、「新しいテクノロジーほど普及が速い」と言えるか微妙な気分になってくる。インターネットの立ち上がりは確かに速いけど、その15年前の電子レンジや、30年前のカラーテレビに比べて顕著かと言うと、そんなこともなさそう。戦前に登場したラジオや冷蔵庫もそれなりの速度で普及している。

 

人口増加の影響を考えてみる

20世紀に起きた変化を考えるとき、気にしなければならないのが人口の変化だ。現在70億を数える世界人口も、1900年には17億人に満たなかった。米国の人口もこの100年で3倍に増えている。人口の母数が変われば、期間あたりに普及できる数もそりゃ増えるだろう。

640px-Human_population_growth_from_1800_to_2000
世界人口の推移(Wikipediaより)

普及「数」ではなく普及「率」で見るとどうなるか、と思って調べてみると、すでにレポートが作られていた。冒頭で紹介した「ユーザ数5000万人に達するまでの時間の比較」を批判的に検証した記事だ。

この報告では、ラジオ、テレビ、インターネットについて、それぞれのテクノロジーの登場年を基準(B)として、5年後、10年後の米国内ユーザ数の推移を比較している。次のグラフだ。これによると、登場後10年の普及数はインターネットとテレビがそれぞれ約8000万人、ラジオが約5500万人となっている。少なくともラジオの方が普及が遅い。

diff_01
THE INTERNET AS HYPERBOLE(Gisle Hannemyr,2003)より引用)

そしてこれを全米国人口に対する普及率に直したのが次のグラフだ。これによると、登場後10年のインターネット普及率が30%であるのに対し、テレビとラジオはともに50%近くになっている。インターネットよりもテレビやラジオのほうが普及が速い。つまり「新しいテクノロジーほど普及が速い」はウソ、ということになる。

diff_02
THE INTERNET AS HYPERBOLE(Gisle Hannemyr,2003)より引用)

そもそも根拠の数字がヘン

ところで気づいたかもだけど、冒頭で紹介したCiti GPSのレポート「TECHNOLOGY AT WORK」では、5000万ユーザに達するまでの時間は次のようになっていた。

  • ラジオ:38年
  • テレビ:13年
  • インターネット:4年

しかし上述したGisle Hannemyrの検証「THE INTERNET AS HYPERBOLE」では、ラジオが5500万人に普及したのは10年で、「38年」とは大きな乖離がある。これはどういうことか。

Gisle Hannemyrによれば、「ユーザ数5000万人に達するまでの時間の比較」の初出はモルガン・スタンレーのレポート「the future of web-based retailing」(1997)で、このモルガン・スタンレーの出した数字がそもそも怪しかったみたい。2番目に紹介した「Adoption of New Technology since 1900」でもラジオの5000万人への到達は10年程度となっており、38年という数字には問題がありそうだ。

なお、モルガン・スタンレーの1997年のレポートで比較されたのはラジオ、テレビ、インターネットで、FacebookやAngry Birdsの数字は別のレポートで付け加えられたものとなる。

Facebookの普及「率」も目に見えて速いわけではない

参考に、米国内のFacebookの普及率も確かめてみる。サービスが開始された2004年から10年後の2014年、米国内におけるユーザ数は約1臆5千万人で(出典)、これは米国人口約3臆2千万人の半数弱にあたる。10年後普及率50%というのは、テレビやラジオと変わらない数字だ。偽アカウントも含めるともうちょっと少なくなるかも。
ということでFacebookについても「新しいテクノロジーほど普及が速い」とは言えなさそう。

過去にも爆発的に普及したコンテンツはあった(蛇足)

私は新しいテクノロジーの普及の速さを否定したいわけではない。特にインターネットの出現後では、コンテンツを一気に世界に拡散したり、小さなニーズとシーズを瞬く間にマッチングできて、インターネット以前では考えられなかった化学反応が起きている。Angry Birdsはその象徴の1つで、5000万ユーザをわずか1ヶ月あまりで獲得したというのは驚異的と言っていいだろう。

Angry Birds アングリーバード Bunting Infant Costume 衣装 by Paper Magic [並行輸入品]
子供にも大人気のAngry Birds。かわいい。

Angry Birdsの普及速度がテレビやラジオと比べられたわけだけど、Angry Birds自体は「新しいテクノロジー」ではなく、ネットワークやアプリマーケットといった「マスに訴求できる新たな仕組み」が新しい。Angry Birdsはその仕組みの上に流れたコンテンツの1つだ。

コンテンツの普及では、過去にも爆発的にヒットしたものがないわけではない。映画史で最も成功したとされる『風と共に去りぬ』は、公開された1939年12月には、ニューヨークのキャピタルシアター1館だけで1日平均11,000人が詰めかけたという(単純計算すれば30日で30万人)。公開後4年の米国でのチケット売り上げは6千万枚で、当時の米国民の50%が観たことになる(wikipediaより)。

Angry Birdsと直接比較できる数字を出せていないけど、今から70年以上昔であっても、ものすごいスピードで普及したコンテンツはあったと言える。当たり前だけど、普及の速さを決める要因としては、テクノロジーの新旧だけでなく、コンテンツの中身も重要だ。

ただそうは言っても『風と共に去りぬ』は例外的だし、むしろ現代では多くのコンテンツが『風と共に去りぬ』と同じような爆発力で普及していることを考えると、「(テクノロジーのおかげで)新しいコンテンツほど普及が速い」は正しいのかも。

 

まとめ:「新しいテクノロジーほど普及が速い」ことはない

そもそも「新しいテクノロジー」という言葉自体があいまいだ。ライフサイエンスから宇宙開発、人工知能まで、「新しいテクノロジー」は多岐にわたる。テクノロジーの新旧で普及の速さをはかるのは乱暴だ。

一方、新旧ではなく「テクノロジーがどれだけエネルギーに依存するか」という観点もある。テクノロジーの進化を論じたトム・ケリー著『テクニウム』(2014)では、「規模を大きくしていくとエネルギー需要が急速に拡大して制約条件になる」ことから、規模を小さくするテクノロジーほど指数関数的な成長を遂げる、と整理している。その代表例が、半導体の小型化に伴うムーアの法則だ。

最初に気づくことは、すべてが縮小化、つまりサイズが小さくなることによって生じた効果の例であることだ。

『テクニウム』より

つまり完全なニューエコノミーでは、ほとんどエネルギーを必要とせずに規模も小さくできるテクノロジーが重要な役割を果たす――光子、電子、ビット、ピクセル、周波数、遺伝子などだ。そうした発明は縮小するにつれ、原子そのもの、ビットそのもの、そして非物質的な本質に近づいていく。

『テクニウム』より

近年私たちの周りにはビットの世界、コンピュータやネットワークのテクノロジーが溢れている。その驚異的なスピード感を目の当たりにしているからこそ、「新しいテクノロジーほど普及が速い」という仮説も信じてしまう。実際のところ言われると実感わくよね。

こうしたビットの影響は確かに大きいだろう。規模を小さくするテクノロジーほど加速度的に成長するのは間違いない。ただしその人間に対する普及となると、社会における需要や、コンテンツの質など、多くの要因も絡むようだ。「新しいテクノロジーほど普及が速い」わけではなく、やはり必要とされるものが普及するべくして普及していくことになる。

 

風と共に去りぬ [DVD] technium グラハム・ベル空白の12日間の謎

 

Pocket