国際政治と経済を中心に扱い、世界で読まれている老舗の週刊新聞『The Economist』。本誌は2050年という長いスパンでの未来を予測しており、これをまとめたのが『2050年の世界-英「エコノミスト」誌は予測する』(2012)だ。本書ではエコノミスト誌の記者たちが、政治、文化、宗教、テクノロジーなど20のテーマに分けて、2050年までの予測を載せている。
本書で述べられる2050年の世界について、未来予測において重要になる2つの観点から紹介したい。「人口動態」と「テクノロジー」だ。
人口動態の予測は確度が高いものとして知られており、本書も最初の1章をこのテーマに割いていた。例えば地政学に基づき国際関係を予測した『100年予測』(2009)や、米国国家情報会議の未来予測レポート『2030年世界はこう変わる』(2013)でも、予想の重要な根拠としている。
まずは、今後人口が増え、国際社会に大きな影響を与える新興国の未来について、本書の予想を紹介したい。いわゆる「人口ボーナス」を迎える国や地域はいくつかあるが、本書によれば、必ずしも発展できるとは限らないようだ。
Summary Note
「人口ボーナス」を活かせず、工業化の波に乗れないアフリカ
- アフリカは人口ボーナスを迎えるが、それまでに成長の基盤を整備できなければ、経済成長できず社会の不安定化が進む
- かつてBRICsで起きたような工業化の波は、アフリカには来ない
「教育」が中東とインドの未来を左右する
- 教育水準の高い中東諸国の経済は2050年までに沸騰する
- 識字率の低さや男女比の不均衡、制度的・政治的要因など、インドは問題解決に苦しむことになる
新興国の経済成長が、国際社会の景色を塗り替える
- 2050年までに一人当たり実質GDPが成長する地域は東南アジア
- 2050年の経済規模上位7ヶ国は、米国、BRICs、インドネシア、メキシコ
- 世界で都市化が進むが、国家間の貧富差は減少する
本書は今後の人口推移に応じて、2050年までの世界を3つのグループに大別している。
- 1.継続する人口構成向上から恩恵を受ける国(アフリカ・中東・インド)
- 2.被扶養者率が上昇し中位年齢が40-48歳の国(米国・中南米・東南アジア)
- 3.人口動態から大きな損害を被る国(欧州・日本・中国)
1番のグループに属する国が、労働力増加率が人口増加率よりも高くなる「人口ボーナス」の恩恵を得られる国だ。次の図は2100年までと長いスパンだが、人口増加率ベスト10にアフリカの国々が軒並みランクインしていることに注目したい(下側グラフ)。
若年人口の増加は、社会の経済的発展を大きく後押しするものになる。日本の高度経済成長はまさに典型的で、団塊の世代による人口ボーナスの恩恵だった。
ではこれから人口ボーナスを受けるアフリカ諸国が経済成長できるかというと、必ずしもそうとは限らないようだ。本書はその理由として、アフリカ諸国における未整備な成長基盤を指摘する。
アフリカと中東ではリスクも高まるだろう。若い労働力の増加は、成長の向上につながる場合もあるが、彼らが仕事にあぶれれば、社会の不安定化が進むこととなる。
東アジアのように、公的機関の有能さを示せるかどうか、そして、世界志向の政策を打ち出せるかどうかは、これから注意深く見守っていくしかない。
2010年から2050年まで続くと予想されるプロセスは、アラブの春の勝利者たちに対して、新体制に脱皮するか旧体制を継承するか、という大きな試練を与えることとなるだろう。
まだ成長の基盤が整わない中で人口だけが増えると、むしろ悪影響の方が大きくなってしまうとの指摘だ。
本書の予測ではないが、人口増加は戦争発生リスクに繋がるという見方もある。
アフリカの未来を占う上では、人口ボーナスが本格的に到来する前の今の時期に、宗教的対立も踏まえつつ、きちんとした基盤が作られるかがポイントになりそうだ。
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アフリカの工業化についても本書の予測はネガティブだ。
次世代工業化の波はあまりに小さくて、流行の頭字語はつけてもらえないだろう(※注)。現在の最貧国の中で最も大きな国々(コンゴ共和国、エチオピア、タンザニア)は、2050年にはかなりの人口を有する(2011年のロシアの人口規模と同じくらいになる)。しかし、このうちの1ヶ国か2ヶ国が工業化に向けて動き出したとしても、現在のブラジルやインド、中国と同じように大成功を収めることはないだろう。
※注:「BRICs」を示唆しての言及
人口増加により、アフリカが市場として大きくなることは間違いないだろう。しかし本書は、世界経済の仕組みがIT革命以後では変わってしまったために、かつてアジアに起こったような大規模な工業化は起こらないと予想する。
もちろんそこに市場がある以上、工業化は進むだろうが、「世界の工場」とまで呼べるものはアフリカには出現しないことになる。後述するように、東南アジアの発展が予想されることから、世界の工場はアジアに留まり続けるかもしれない。地理的・文化的にアジアに近い日本にとって、こうした未来は有利に働くのだろうか。
アフリカと同様に人口ボーナスを受ける地域が、中東とインドだ。特にインドは、世界人口が90億人に増える2050年において、世界一の人口を擁することになる。これらの国の成長について、本書が目を付けるのは「教育」だ。
本書は中東の未来について、比較的好意的な見方をしている。
中東諸国は経済浮揚期の東アジアと違って、高い教育水準という利点を持っている。中産階級が育つ条件はすでに整っており、男女の間の教育格差も小さい。現時点ではありえないように見えるかもしれないが、中東のイスラム諸国で姿を現しはじめた人口の配当は、2050年までの40年間に景気を沸騰させる可能性を切り開いてくれている。
社会・経済の発展と教育水準との相関は、本書でも紙幅を割いて説明されていた。国や地域の将来を判断する上で無視することのできないファクターだ。
もっとも、本書は「中東」とひとくくりにするが、それが具体的にどの国を指すかまでは示していない。宗教をめぐる紛争は続いているし、石油価格の下落は、サウジアラビア等の地域の大国にも革命の危険を匂わせている。
私見になるが、例えばトルコなど、中東の中でも比較的安定した地域において大きな成長があるのかもしれない。ちなみに『100年予測』では、トルコは2020年代に世界10位内に入る経済大国となり、不安定化する中東イスラム世界で中心的地位を手にすると予想している。
2015年に12億人の人口を抱えるインドは、2050年には16億人に増加する。このとき人口で2位の中国は14億人だ。人口が増え続けるインドであるが、本書は教育水準や社会制度の観点から不安を述べる。
成人の高い非識字率、(中略)若年層における男女比の不均衡、(中略)南部と北部で大きく異なる人口トレンド(中略)など、相変わらずインドには大きな欠陥が存在する。
もともと、民主主義の概念そのものが、意思決定に時間がかかるという脆弱性と、利益集団がのさばるという脆弱性を抱えている。人口で世界第1位と世界第2位の国は、2050年までの間に、良い知らせと悪い知らせをもたらすはずだ。(中略)インドは、複数政党制ならではの欠点と挫折に苦しめられるだろう。
政治的・制度的な問題となると、解決は一朝一夕では難しそうだ。根強く残るカースト制度の影響や、女性蔑視の風潮も、国の発展に対して大きく足を引っ張ることになるだろう。
人口が多い分、社会の形が変わるにも大きなエネルギーや時間が必要になる。そうした問題を解決しようとする間に、人口ボーナスは過ぎ去ってしまうかもしれない。
人口ボーナスを迎える3つの国・地域の未来予測は以上のとおりだった。新興国全体という枠組みで見ると、2050年には何が起こっているだろうか。
新興国の経済成長について、本書はゴールドマン・サックスによる予想を紹介していた。次のような数字だ。
- 現在新興市場株式の合算合計は14兆ドル(世界株式市場価値の31%)だが、2030年には80兆ドル(同55%)に増加する
- 新興市場は年率9%で成長を続ける
- 機関投資家が保有する株式のうち、新興市場株の割合は現在6%に過ぎないが、2030年までに18%に引き上げる
全体的に見れば、そして長期的スパンでは、新興国の成長は間違いがなさそうだ。2050年までに一人当たり実質GDPが成長する地域では、本書は東南アジアを挙げていた。東南アジアの人口ボーナスは長く続かない(国によってはすでに終わりかけている)とも言われているが、今後数十年においては最も期待できる地域と言えるだろう。
こうした新興国の成長は、国際社会の景色をどのように変えていくだろうか。
本書はさらに、同じくゴールドマン・サックスの予想として、2050年時点における経済規模上位7ヶ国を挙げていた。
- 米国
- 中国
- インド
- ブラジル
- ロシア
- インドネシア
- メキシコ
米国とBRICsにインドネシア、メキシコを加えた構成で、現在のG7のうち、残るのは米国1ヶ国のみになってしまう。
現在の先進国と新興国のバランスが大きく変わる未来について、米国国家情報会議による予測『2030年世界はこう変わる』では、欧米諸国が強い権限を持つ国連安全保障理事会(安保理)、世界銀行やIMFなど、国際機構が形を変わっていくことになると予想していた。
新興国の経済成長に伴い、世界で大規模な都市化が起こる。本書では、数億のアジア人が都市部や外国に移住すると予測する。「数億」は大きい。
都市化は経済発展に伴い起こる一般的な現象で、日本を含む先進国でも起きてきた。この傾向が新興国(特にアジア)では特に顕著で、経済が上向くに従い、高い賃金の働き口を求めて人々は都市に向かうという。結果としてスラムが発達するとともに、多くの出稼ぎが生まれ、家族構成も変化していくと予想されている。
家族や地域は、文化を伝承するための重要な社会的単位であるはずだが、人口移動によってこうした繋がりが断たれることは、アジア諸国の文化自体の変化にも繋がりそうだ。
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都市化に伴い、各国内での貧富差は広がるかもしれない。しかし本書は、国内の貧富差は国家間の貧富差に比べれば小さな差に過ぎないと指摘。20世紀に広がった国家間の貧富差は、今後解消される方向に向かうと予測する。つまり世界全体の貧富差は減少していくわけだ。
現在、新興国の安い労働力を目当てとしたアウトソースが先進国の雇用を奪い、問題になっている。しかし本書の予測が正しければ、こうした雇用もいずれ先進国に帰ってくることになるかもしれない。
本書は今後は貧富差が「住む場所でなく職によって決まるようになる」と予想する。
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以上が本書の、特に新興国についての予想だった。人口ボーナスを迎える国が必ずしも経済発展するとは限らない、という本書の予想には注意したい。それでも新興国全体では成長するが、結果として国際社会のバランスにも影響を及ぼすことになるようだ。
国際社会のバランスといえば、2050年の世界で気になるのが、現在の超大国・アメリカと、急激な経済成長を遂げている中国だ。両国の未来について、次の記事で紹介したい。
また、テクノロジーの未来についても、次の記事で本書予想を紹介する。
※この記事は、次の2つの記事を加筆・修正したものです。
・2050年:人口は増えるが発展の難しいアフリカ、高い教育水準を活かしたいインド・中東(『2050年の世界』書評 1/6)2013/9/7掲載
・2050年:新興国は発展を遂げるが、都市化と人口移動によりその文化は破壊される(『2050年の世界』書評 2/6))2013/9/8掲載