2050年:軍事的優位を脅かされる米国、第2列島線が戦略目標の中国(『2050年の世界』まとめ 2/3)

英エコノミスト誌による未来予測をまとめた『2050年の世界』(2012)。本書は社会、政治、文化、テクノロジーなど20のテーマについて、2050年の世界の様子を紹介している。

例えば本書は今後の人口の増減に基づき、世界の国と地域を3つのグループに分けていた。人口の増加が必ずしも経済成長につながるとは限らないようだが、新興国全体では長期スパンでの成長が予想され、国際社会の景色を変えていくことになる。

2050年の世界 英『エコノミスト』誌は予測する (文春文庫)

人口動態に関して興味深いのは、ドイツとフランスの関係だ。両国の2000年と2060年の人口の比較は次のように、フランスがドイツを上回ることになる。

  • 独国:8200万人(2000)→7200万人(2060)
  • 仏国:5900万人(2000)→7400万人(2060)

本書はこの人口逆転がもたらす影響について、次のように予想する。

1870年から1945年のあいだに、フランスはドイツの力を制限すべく、三度の戦争を戦った。そして、1945年以降は、のちにEUとなる組織を設立し、中央ヨーロッパの大国を封じ込めてきた。しかし、今後の半世紀で独仏両国のバランスには変化が生じ、フランスはより大きくなっていくだろう。

フランスのドイツに対する懸念がEUの動機でありつづけるなら、独仏関係は英仏関係に取って代わられるだろう。

EUが設立される経緯には、ドイツに対する脅威論や、独仏の再衝突の懸念があったとされる。EUの前身であるECSC(欧州石炭鉄鋼共同体)は、戦争に必要な資源を各国で共有管理することで、そのリスクを避けようとした。敗戦国ドイツもまた、欧州統合にできる限り関わり、下心がないことを積極的に示そうとした。
ところが、独仏の力関係が逆転すれば、欧州におけるこうした地政学上の力学も変わるかもしれない、というのが本書の予想である。

2国間の力の変化が国際社会全体に影響をもたらす例は、ドイツとフランスに限られない。今回は、現在の超大国アメリカと、経済成長を遂げた中国の未来について、本書の予想を紹介したい。

Summary Note

軍事的優位性が脅かされる米国

  • 21世紀の世界では宗教性が高まり、米国の仮想敵となるイスラム勢力の影響力が高まる
  • 2つ目の仮想敵・中国の台頭により米国の軍事的至高性が現実的でなくなれば、米国は軍事同盟の再興を望むようになる
  • 新しいテクノロジーや非対称の戦争は米国に不利に働き、空母に依存する米国は制海権を維持できない

中国の戦略目標は第2列島線の確保

  • 中国の戦略的目標は、作戦区域に入ろうとする米軍の足止めであり、そのための反撃能力に力を注いでいる
  • 中国は、米国に第1列島線の内側で活動させないことを目標に、2050年までに防衛線を第2列島線まで拡大しようとする
  • 中国は高齢化や水問題など国内に懸念があり、テクノロジーもまだ未発達である

 

軍事的優位性が脅かされる米国

米国の人口動態に大きな変化はなく、若干高齢化が進む程度。しかし米国自身に変化がなくても、世界環境の変化に伴い、立ち位置を変えざるを得ないかもしれない。

本書では「8章 弱者が強者となる戦争の未来」で、軍事を中心に米国の未来を予想していた。それは次のような内容だ。

  • 今すぐ米軍に必要なのは長距離攻撃に特化した戦闘機であり、中期的には、長距離以外の作戦行動の大部分は、様々な種類の無人機により遂行される
  • 2050年には無人航空機が有人機にとって変わる
  • イスラム過激派は欧米の価値観に対する長い闘争を続ける
  • サイバー空間は、米国以外の軍事的弱小国に大きな力を授ける
  • 2050年までに中国が原因となって、米国の軍事至高性が現実的でなくなった場合、米国は正式な軍事同盟の再興を望む

仮想敵はゲリラと中国

軍事覇権国・米国の未来を考える上で必要な軸の1つが「仮想敵は誰なのか」。本書ではイスラム過激派と中国の2つを挙げる。

イスラム圏との戦いの背景にあるのは宗教だ。中東の人口増加を主因として、本書は21世紀には、世界におけるイスラム教徒の人口比率が増えていくと予想する。また、移民の影響により西ヨーロッパにおいても宗教性は高まっていく。

今世紀を前世紀と比較したとき、おそらく最大の驚きは、対立の供給源としてのイデオロギーが没落した一方で(中国式の国家資本主義は、西側自由主義に対する代替モデルになるかもしれないが、改宗志向と領土拡張志向はソビエト共産主義ほど高くない)、宗教がかつての残忍な才能を取り戻し、ふたたび人々を分断して戦争に引き込みはじめたことだろう。

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イラクに駐留するアメリカ兵(画像:The National Guard)

そしてもう1つの脅威が中国だ。本書は、中国の地域支配強化により米国の軍事志向性の維持が現実的ではなくなれば、米国は正式な軍事同盟の再興を望まざるを得なくなると予想する。2050年の米国にとって、最も重要な同盟は欧州ではなく、インド洋から西太平洋にかけての地域で結ばれることになるという。

空母への依存に警鐘

本書は米国の空母依存にも警鐘を鳴らしている。中国を含む新興勢力は、宇宙やサイバー空間を基盤とする軍事システムも手に入れつつあり、空母を中心とした制海権の確保がいつまでも続けられるとは限らないためだ。ITによる技術革新や、非対称の戦争の拡大は、米国よりも新興勢力に味方する。

米国は無人機開発など先端軍事技術の開発・普及を進めているが、同様の事は中国も行っている。例えば無人航空兵器(ドローン)では、中国も米国に続いて、ステルス無人機「利剣」の開発を行っている。中国の無人機は尖閣諸島周辺でも目撃されている。

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空母甲板にたたずむノースロップ・グラマン製ステルス無人機X-47B(wikipediaより)
ただし同様のステルス無人機は中国も開発を進めている

地政学の観点から将来の国際関係を予測する『100年予測』(2009)では、米国の行動原理となる地政学的戦略目標を定義していた。その1つが「世界の制海権の確保」であり、これにより「他国に米国への挑戦させないこと」だ。しかしテクノロジーの優位性が揺らぐことで、現在達成しつつある戦略目標が根本から崩れる日も来るかもしれない。

 

課題が山積する中国、戦略目標は第2列島線の確保

米国の戦略目標が「世界の制海権の確保」であるとして、中国はどうだろう。『2050年の世界』は次のように述べている。

中国の戦略的目標は、作戦区域に入ろうとする米軍を足止めし、中国軍の支配地域内で活動する場合に、許容範囲以上の損失が出ることをアメリカに覚悟させることなのだ。

2050年までに中国の防衛線は日本列島を超える

上述の目標のため、中国は反撃能力に力を注いでおり、攻撃の対象を東アジアの米軍基地、水上艦、衛星とデータネットワークに定めている、と指摘。ワシントンDCのシンクタンクによれば、中国は2020年までに以下の能力を開発していくことになる。

  • 海・空・宇宙を監視するためのレーダー、衛星、無人航空機
  • 地対地ミサイル、巡航ミサイル、対艦弾道ミサイル
  • 多層構造の防空システム
  • 多数の第4世代制空戦闘機
  • 攻撃型原潜を少なくとも6艦含む強力な潜水艦艦隊
  • 対衛星兵器
  • サイバー戦争遂行能力

そして本書によれば、中国は第1列島線(日本列島を含む、台湾やフィリピンまで引かれる線)の内側で米軍に活動させないことを目標に、2050年までに防衛線を第2列島線まで拡大しようとする。第2列島線とは、下の図の右側、太平洋側のラインだ。つまり日本も中国の防衛線の圏内に含まれることになる。

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Wikipediaより

本書が刊行された2012年には、尖閣諸島問題が(再び)顕在化している。例えば次のブログでは、尖閣諸島をめぐる一連の事件は決して偶発的なものではなく、中国の長期戦略に基づくと指摘しており、興味深い。

地理的に米国と中国に挟まれる日本としては、今後も両国の動向が気になるところだ。なお、中国海軍の発展予測については次の記事でも紹介した。

課題も山積みの中国は、特に高齢化と水不足が深刻に

対外的な拡張の懸念される中国だが、その一方で内政面にはいくつかの課題があるようだ。

1つめが人口動態だ。中国の人口は2025年の14億人をピークに減少し、2050年にはインドに抜かれて世界2位となる。本書は中国を「人口動態の趨勢から大きな損害を被る」グループに分類していた。同グループには他に日本とヨーロッパが含まれるが、本書は中国が「ほかとは比較にならないほど人口動態の負の配当を受ける」と評価する。原因は一人っ子政策による高齢化で、本書曰く「富裕化の前に高齢化がやってくる」。
また、巨大な人口を抱える中国は、水不足も深刻な問題になる可能性がある。

米国国家情報会議の予測レポート『2030年世界はこう変わる』(2013)では、水問題は21世紀の世界的な課題であるとし、石油に代わる紛争原因になると警告していた。
黄河と長江の2つの大河を抱える中国もその例外ではない。『2050年の世界』では、「水問題は中国の華々しい成長を脱線させ、国内に緊張状態を引き起こす可能性」があると指摘する。

India - Ladakh - Leh - 016b - lovely Masjid along Main bazaar
中国がチベットに侵攻し、いまも支配を続ける理由に、
チベット高原が豊富な水源を内包することにあるとする説もある

中国のテクノロジーはまだ大したことない、とされるが

本書は、中国のテクノロジーもいまだ未発達であると指摘する。その根拠は被引用件数だ。中国の学術論文出版数は大きいが、使われなければ意味がない。

学術論文の多さが即、その国の影響力に繋がるとは限らない。論文中に引用される頻度(学術上の著作物の影響力を測る通常の指数)ではかると、中国はまだ何の基盤も築けていない状態だ。歴史上最も頻繁に引用される科学論文百傑の中に、主要執筆者として名前が挙がっている中国人研究者はひとりもいない。

ただ私としては、「何の基盤も築けていない状態」というの言い過ぎの気もする。本書刊行後の数字になるが、2012年における中国の論文被引用件数は、米国に次いで2位にまで躍り出ているのだ。

中国の科学技術力は次の記事でも紹介した。現時点ではまだ大きな成果は出ていないものの、米国で博士号を取得した中国人留学生数も圧倒的に増えており、近い将来の科学技術力の急激な伸びが予想される。

 

以上が本書で述べられていた米国と中国の未来である。米国の軍事的影響力の後退と、中国の台頭が懸念される予想だった。予想の方向性としては、『2030年世界はこう変わる』とも概ね近い。一方『100年予測』では、2020年に中国が分裂する予想を挙げている。原因は経済に起因する国内問題だ。

米国と中国、そして両国をめぐる各国の国際関係は、今後どう変化していくのか。本書の予想も参考にしたい。

さて、本書は国際関係だけでなく、今後発展するテクノロジーについても紙幅を割いていた。テクノロジーもまた、未来の世界に影響を及ぼす重要な要素だ。本書が描く未来について引き続き紹介したい。

 

2050年の世界 英『エコノミスト』誌は予測する (文春文庫) 100年予測 中国人民解放軍の内幕 (文春新書)

 

※この記事は、次の2つの記事を加筆・修正したものです。
・2050年:軍事的優位性を脅かされるアメリカ、ドイツの影響が弱まる欧州(『2050年の世界』書評 3/6)2013/9/9掲載
・2050年:課題が山積する中国、戦略目標は第2列島線の確保(『2050年の世界』書評 4/6)2013/9/11掲載

 

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