いなたくんへ
未来予測にあたりテクノロジーの影響も重要要素になるところ、2040-50年くらいの時間軸で一度俯瞰したものをみたいと思い、英エコノミスト誌による技術観点からの未来予測『2050年の技術』(2017)を読んでみた。
影響の大きいのがバイオ技術で、2050年の人類は自らのゲノムを編集し、政府は脳の裏口の鍵を要求し、畑には微生物が撒かれ、燃料は牧場で生産される。また、エネルギー問題の解決や、2050年の戦争技術についても触れられていて、これらは前回整理した。
バイオ技術と並んで重要なのが、人工知能やデータ起点の産業である。これらは技術そのものが進化するというよりは、教育や働き方といった社会の仕組みそのものへの影響が大きい。そこで今回は社会の変化の観点から、本書の予想をまとめてみた。
Summary Note
1.適応学習が復活し、アクティブラーニングが普及する
2.司法という「贅沢」が一般に広がる
3.人工知能はむしろ雇用を増大させる
4.ヒトの組織は変わらないが、働き方は変化する
データが変える産業の例として、本書は医療、教育、法律の3つを挙げていた。データ医療の破壊的変化は前回すでに紹介したので、今回はまず教育の未来をまとめてみる。
本書の予想する未来では、生徒、そして教師のパフォーマンスは絶えず追跡され、そのデータに基づき最適な学習法が見いだされる。これは、生徒の行動を分析して個人に適した教材・指導速度を選ぶ「適応学習」と呼ばれるものの進化版で、例えば次のように行われる。
- 動画の閲覧ログを分析して指導方法の改善に役立てる
- デバイスは学生が教科書を読んでいるか、それもどれだけ速く読めているかを把握し、学生が注意散漫になったら対処する
- 勉強時間が夕食の前か後かで試験の成績に変化はあるのか、といったことも分析される
本書は、こうした「大量生産型の公教育の時代に失われてしまった」授業形態こそ本来であり、個人にカスタマイズされた指導が「再開される」と指摘する。
生徒が自宅では講義を聞き、授業では問題解決の演習を行う「反転授業」も行われる。
本書この兆候として、カーン・アカデミーの無料授業や大規模公開オンライン講座MOOCを挙げ、これらの「中退率ががっかりするほど高いのは事実だが新たな講座の開発はまだ始まったばかり」と指摘する。
懸念されるのは教育格差だ。本書は「富める者のほうが新たなテクノロジーを取り入れるのも早」いため、テクノロジーは必ずしも格差拡大を解決しないと指摘する。
そこでカギになるのが政策立案者の存在だ。本書曰く、「先見性のある政策立案者の目に留まり、また格差是正のためのすそ野の広い社会政策と結びついたとき、テクノロジーはとほうもなく強力な手立てとなる」。
教育格差の是正が難しい理由の1つとして本書は、教育「が子宮の中、乳母車の中、そして幼稚園の中といったきわめて早い段階から始まる」ことを挙げる。そこで対策として、「各地の福祉局が貧困層の母親にデバイスを提供し、子育てのアドバイスのみならず、自分の子育てがどれくらいうまくいっているかを確認できるような測定データを提供する」ようになる。
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教育の未来は本書を読む前に予想していて、概ね当たっていたので安心できた。
データが変えるもう一つの分野が法律だ。本書によれば、「2050年にはデータが法律家という職業の、また司法という概念の中核をなす」。
例えば勝敗別・地区別・判事別など各観点からの判例分析、相手方弁護士の主張傾向分析が行われ、弁論趣意書や契約書の草稿はアルゴリズムが有利に書く。
囚人の再犯可能性は統計化され、「今日の銀行が住宅ローンの金利をデータに基づいて決めているように」保釈金が算出される。
では全部機械に任せられるかと言うとそうでもなくて、本書は人間の裁判官が残り続けると予想する。
その理由は「単に正義がなされるだけでなく、正義がなされたと人々を納得させることが法学の要諦である」ためで、「新たな時代においても万人に裁判を受ける権利があること、それもロボットではなく人間の審理を受けられることが基本となる」。
おもしろかったのは「今日紛争の解決手段として司法制度に頼るのは、当然の権利ではなく贅沢である」という指摘だ。本書によれば、現在においてなお多くの人が司法から締め出され、法の救済を受けられずにいる。不当な扱いを受けても、判決に至るまでの長く形式的な手続きが割に合わないためだ。
しかしデータが法務サービスのコストを大きく下げれば、申し立てできる人のすそ野は広がっていく。これにより司法という「贅沢」が普及する。
AI脅威論で必ず語られる雇用の減少。本書は反対の立場で、「長い目で見れば、医療、教育、法務などのサービスの市場が拡大し、雇用が増加すると考えるほうが理にかなっている」と指摘する。
たとえば医療診断では、「患者に対するアルゴリズムの診断を解釈し、結果を説明する」病理学者が必要であることに変わりはなく、「富裕層だけでなく、国民全体に対して行われるため、昔よりも少ないどころか大勢の病理学者が必要かもしれない」。
教師についても、例えば「反転授業が行われるようになれば、これまで以上に直接的な指導が重要になる」。教師はスポーツのコーチのように、最高のパフォーマンスに向けて尻を叩きながら、失敗したときには助け起こすといった適切なバランス感覚を発揮することが期待される」。
ということで、2050年においても雇用が減ることはない。
雇用が増えるとして、では2050年に企業組織や働き方はどう変わっているだろう。人工知能やデータは効率化を進めるだろうか。
本書が前提とするのは、ヒトは2050年にもヒトである、という事実だ。本書曰く、人間の判断には「論理より感情のほうが大きくかかわって」おり、「たいていの人は意思決定をする際、過去200万年にわたって進化してきた前頭前皮質を使って理性的かつ本能的に判断を下している」。
したがって2050年においても、高度な判断、意思決定における人間の重要性は健在である。
このあたりは物理学者ミチオ・カクのいう「穴居人の原理」にも通じる。
最近流行の「ティール型」など、フラットな組織構造は注目されるが、本書はこうした動きが普及するとは考えない。
本書はテクノロジーが持つ平等化効果は現実にはまだ表れておらず、「権力のヒエラルキーをなくそうとする試みはこれまでのところうまくいっていない」と認識する。本書曰く、1983年以降の米国経済における管理職の数はおよそ2倍に増えている。
このように「平等主義的権力構造が失敗する一因は、ヒエラルキーにおいて自らがどのような地位や全体的立場にあるかという認識が、たいていの人にとってきわめて重要な意味を持つこと」にあるためだ。
要するにこれもヒトがヒトであることによる問題である。
組織構造はあり続けても、働き方は変わっていく。本書が挙げる変化は以下の通りだ。
- オートメーションによって「ミドルスキル」の仕事全般が駆逐され、伝統的なキャリアの階段が壊れる
- 優秀な人材が正社員ではなくフリーランスを選択する
- まずは教育を施し、その後徐々に技能を開発していく伝統的モデルはまったく通用しなくなる
- 機械が知識労働のパートナーとなる
この結果、より柔軟なキャリアパス、例えば「縦(昇進)ではなく横(別の仕事)」への移動や、いったん組織を離れてまた戻る、といったケースが現れる。企業は「正式な雇用期間を超えて、長期にわたって持続する関係を醸成すること」に努め、人材の生涯学習の一部を支援することになる。
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以上、テクノロジー、特に人工知能やデータが変える未来について、特に社会構造の観点から本書の予想をまとめてみた。
ところで本書はこうした未来像だけでなく、未来予測の前提となるマクロな変化・時代認識についても述べている。次回最終回はこれについて紹介したい。
前回まとめた2050年の技術の俯瞰はこちらから。
国際社会の未来も描いた前作『2050年の世界-英エコノミスト誌は予測する』(2012)のまとめ記事はこちらから。
- 2050年:新興国は人口ボーナスの恩恵を受けられるのか(『2050年の世界』まとめ1/3)(2015/7/11)
- 2050年:軍事的優位を脅かされる米国、第2列島線が戦略目標の中国(『2050年の世界』まとめ 2/3)(2015/7/11)
- 2050年:バイオ産業の他分野への波及と、ムーアの法則が生む人を超えるAI(『2050年の世界』まとめ 3/3)(2015/7/11)