個人にシフトしつつあるメディアの力は、再び組織に統合される(『MEDIA MAKERS』書評)

デジタルメディアの現状を解説した『MEDIA MAKERS』を読みました。著者はリクルートでR25の創設に携わられた方。R25的な「普段感じるちょっとした疑問」や「痒いところに手が届く知識」って、創刊当時はなかなか他で読めなくて、私もお世話になりました。

MEDIA MAKERS―社会が動く「影響力」の正体

一般論としてのメディアの役割にも触れていて、「予言の自己実現能力」や「観測者がいることで初めて特定の世界が定義される」といったところは、初歩的なとこかもですが、私としてはなるほどって感じでした。もちろんデジタルメディアの分析も参考になりましたよ。

ここでは本書で述べられたことを元に、私見も交えつつ、デジタルメディアが将来どの方向に進むのかを述べたいと思います。結論としては、個人によるメディアの担い手が増えているけど、やがては組織に統合されていく、としています。

 

信用を問われる大手メディアと、台頭する個人

まずは2つのメディアの担い手、大手企業と個人について。結局メディアにとって一番大事なものは「信頼性」だという話。

PV偏重への警鐘

メディアの形態に応じて、コンテンツの中身も変わっていく。この例として著者はCDを挙げていました。
レコード時代の曲構成は、Aメロ、Bメロがあって、それからサビが来るのがオーソドックスでした。これは、レコードだと聞きたいところに一発で針を落とすことが難しいため、まずはサビの前のAメロやBメロを用意して、聴く人に準備の時間を与える必要があったから。
それがCDになると、曲の頭出しが簡単にできるようになりました。ダイレクトに聴きたい曲にアクセスできること、退屈な曲だとすぐに飛ばされてしまうことからか、冒頭にサビがくるポップソングが激増したそうです。

媒体がウェブに変わったことでも、コンテンツに変化が起きました。それがPV(ページビュー)の重視です。PVによって収益(広告料)が変わることもありますから、自然と記事はPVが稼げるものが重視され、増えていきます。
極端な場合には読者を「釣る」など、PVのための記事(企業のための記事)にも繋がるわけで、著者はこうした大手メディアの姿勢に警鐘を鳴らしていました。

本来のメディア企業においては、「編集権の独立」を強めて、読者のための記事を提供しないと、メディアとしての存在意義がなくなっていく・・・そんな状況が、この2010年代と言えるのではないでしょうか。

そもそも報道の信頼性自体も揺らいでいます。例えば日経新聞が誤報を連発していて叩かれている、といったことにも触れていました。
未だ大手メディアは権威であり続けています。でも昔のような絶対性はなくて、話半分で聞くくらいでちょうど良い、という雰囲気が生まれているように感じます。

皮肉なことですが、「三菱重工と日立製作所の合併報道」のように「日経新聞」の「予言」実現応力に疑問符が付く事例が昨今多くなっていますが、これは「日経新聞」にとってはブランド力の低下そのものに直結する、大変に由々しき事態です。

個人だからこそ持つ信頼性

一方で著者が注目するのが「個人」です。
個人による有料メルマガの普及を挙げ、「単なるテキスト中心のデジタルコンテンツに対し、お金を払うという文化が浸透していくのかどうか」と注目していました。
個人が台頭する理由として著者は、個人が個人だからこそ持つ「信頼性」を挙げています。これは、個人である場合には何かあった時にその責任をすべて自分で負わなければならない、というリスクを追うことに起因する信頼です。

コンテンツに課金するうえで、決定的に重要なカギとなるのはコンテンツの「品質」それ自体ではなく、コンテンツ製作者が個人として持っている「信頼」と「影響力」だからです。(中略)

ゼロから新規に「信頼」を構築していくとするならば、2012年の現在においては、「個人」のほうが、法人やチーム型のユニット的な組織よりも、むしろ有利なように思えてなりません。

writer friend caught in action

パッケージング、リワイヤリング

本書を読んでいて一番おもしろかったのが、メディアの未来について示唆した次の言葉。

全ての企業や組織が、アンバンドリングされ、バラバラに断片化されていくと、その全てを最適に選び、組み合わせ、使い分けることがまた、大変になってきます。私は、これから数年は、アンバンドリングが進むと思いますが、これはスカートの丈の流行のようなもので、ある程度進むと必ず、別の揺り戻しが来るとも思っています。
そして、徹底的にアンバンドリングが進んだ後には、これまでとは違ったメディア環境が広がり、アンバンドルされたものがまた別の視点からパッケージングされ、リワイヤリングされているのではないでしょうか?

一度革命が起きてもまた揺り戻しが起こる、というのは歴史も証明するところ。ではこの「リワイヤリング」がどういった形で進むのかが、メディアの今後を考える上でキーになりそうです。

著者が提示した答えは、上記で紹介した「個人が主役になる」というものでした。メルマガプラットフォームのような、複数の個人メルマガを束ねるサービスも現れています。

多忙な人に記事を書いて欲しくてお金を払う

例えば私は、クーリエ・ジャポンで連載されていた「佐藤優の国債ニュース解説室」という連載が大好きでした。これは佐藤優さんが、元外交官としての視点で毎月のニュースを解説してくれるもの。紛争であれば、この組織にはの背景にこういう思惑があって、一方こっちにはこうした事情があってね、という感じで、国際ニュースの見方がぐっと深まります。
この連載は最近終わってしまって、「クーリエ・ジャポン」という雑誌全体を買うモチベーションが若干下がったというのが正直なところ。もし佐藤優さんが有料メルマガを発行したら、私はお金を出すと思います。

無料記事が溢れる中でなぜ有料記事を買うかと言うと、これは著者も述べていましたが、メルマガ発行者たちのパーソナリティに惹かれるわけです。多忙な彼たちにお金を払って、ビジネスにしてもらうことの引き換えに、質と信用の担保された一級の専門知識を伝えてもらいんですね。

Anywhere, anytime, anyhow...
Anywhere, anytime, anyhow…

今後メルマガは多様性が増し、値段も下がるという予想

個人による有料メルマガについては、私としてはもう少しライターのパイが広がっていくんじゃないかと思っています。

メルマガの難点は、やっぱり何だかんだ言っても高いところ。メルマガプラットフォームの「夜間飛行」だと1メルマガあたり500円とか。1人ならいいですけど、複数人分買うとなると若干「マジかよ」って感じです。たくさんの人の一流記事を読みたいんだけど、うーん、というジレンマ。

すると、今みたいに「超一流」だけじゃなくて、「普通の一流」(メディアに顔が露出するほどの話題の人じゃないけど、専門性を持った人たち)も参入してきて、より多様性が生まれるんじゃないかというのが私の予想。
メルマガの値段も例えば1人あたり10~50円くらいになるとか、自分の好みの人のメルマガを自由にパッケージして、20メルマガがセットで500円になるとか。

これって要するに自分で自分のための雑誌を作るってことで、雑誌の世界におけるこうしたリワイヤリングはありえるんじゃないかと思います。
 

大手メディアの持つ最大の武器「マーケティング」

英エコノミストによる2050年の予測本『2050年の世界』でも、メディアの未来について1章が割いていました。

2050年の世界 英『エコノミスト』誌は予測する

こちらでも個人の台頭を挙げていますが、結論としては「結局個人は大手メディア企業に勝つことはできない」としています。理由は3つ。

1.企業も時代の変化に学んでいる

1つめは、大手企業も新しい時代の変化に順応し、自ら取り込んでいること。かつて個人で活動していたαブロガーと呼ばれる人たちが、今は企業に雇われていることを例に挙げていました。

2000年から2010年のあいだに、独善的な業界がブログから衝撃を受けたことは明白だ。しかし、マスコミ各社がブログの世界に適合してきたこと補あ、あまり知られていない。ブログ界のトレンドをけん引したアメリカの大物政治ブロガーたちは、次々と既存の報道機関に雇われていった。

2.それでも信用力を持っている

2つめは、コンテンツが溢れる中では、大手メディアは信用を持つ機関であること。

デジタル通信が開いた扉からは、あまりにも多くの声が世界に飛び出してきた。だから、聴く価値がある声をみつけるために、消費者は近道を必要としている。簡単な解決策のひとつは、過去の実績を持つマスコミ企業を信じることだ。

3.マーケティング組織がある

そして3つめの理由が、大手企業がマーケティング組織を持っていること。私にはこの点が決定的に思えます。

マスコミ企業は、自称独立系アーチスト(作家や音楽家やライター含む)が太刀打ちできないツールをもうひとつ持っている。マーケティング用の組織だ。

メディアにとって最重要な要素が「信頼性」であることに異論はありません。その観点で、個人が作る記事は大手メディア企業に比肩するか、場合によって上回ることもあるでしょう。
でも良い商品を「作ること」だけでなく、それをユーザに「届けること」も、同じくらい重要なんですよね。これを担うのがマーケティングで、その記事が欲しい人に対してきちんと記事を届けることは、情報が溢れるようになった現代ではことさら大事なことだと思います。
マーケティングは記事執筆とは全く別の専門性です。記事を書く全ての個人がその専門性を持つことは難しそうです。
 

メディアの世界は個人を取り込み再編される

以上をまとめると、次のようなことが言えそうです。

  • デジタルメディアの普及に伴い、大手メディアの立ち位置が変化している(どうすれば記事にPVを集められるか試行錯誤中)
  • パーソナリティを信用の源泉として、個人がメディアの担い手として台頭している(有料コンテンツとしてはメルマガなど)
  • 大手メディアはマーケティングなどの機能を使って競争力を維持しようとする
  • 大手メディアが個人を取り込む形で、または個人が組織化するような形で、メディアの世界は再編される

こんな予想をしても、メディアは大きな世界なのでどうなるかわかりませんが、これからも役立つ情報が正確に届くよう発展していくといいですね。

 

MEDIA MAKERS―社会が動く「影響力」の正体 2050年の世界 英『エコノミスト』誌は予測する

 

Pocket