21世紀の石油・パーソナルデータを個人が企業から取り戻す未来(『パーソナルデータの衝撃』書評)

いなたくんへ

少し前に、ゴミに付着したDNAを解析し、ポイ捨て主の顔をデジタル写真に復元して貼り出すという、ちょっと衝撃的なキャンペーンが話題になった。香港のNGOによる。こわい。

DNAは個人情報の最たるものだが、これによらず、私たちは多くのパーソナルデータを企業や社会に預けている。預けられたデータの用途も多岐にわたるが、例えばビッグデータ解析では、膨大なデータから個人の行動を推定したり、未来予測すら可能になった。これは以前紹介した通り。

ビッグデータ時代に扱われる情報の中でも、パーソナルデータは特に価値の高いものになるだろう。ということで、パーソナルデータを巡る現状のまとめと、未来の展望を俯瞰したく、城田真琴著『パーソナルデータの衝撃』(2015)を読んでみた。

パーソナルデータの衝撃――一生を丸裸にされる「情報経済」が始まった

本書の根底には、現在はパーソナルデータが企業の手中にあるものの、これは個人がコントロールでき、やがては個人の手に取り戻されるべきだ、という主張がある。例えば次のような指摘だ。

確かにわれわれはGoogleやFacebookの利用にお金を払ってはいない。しかし、そろそろ認識を改める時期に差し掛かっている。つまり、属性データや検索履歴、クリック履歴、動画の視聴履歴などの「パーソナルデータ」で利用料を払っていると考えるべきではないだろうか。彼らがわれわれのデータを行動ターゲティング広告に変え、巨額の富を築いている以上、そろそろはっきりと意識する必要がある。

IT企業の莫大な企業価値はよく話題なるけど、そうだよねえ、その価値の正体の少なくとも一定の割合は、我々が提供したパーソナルデータなのだよね。

このパーソナルデータ(が生む価値)は果たして誰のものなのか。本書が指摘するように我々の手に取り戻されるべきなのか、それとも集めた企業の貢献として彼らに認めてもよいものなのか。本書が予想するパーソナルデータの未来をまとめてみた。

Summary Note

企業は21世紀の石油を価値に変え、新たな経済圏構築のを目指す

  • パーソナルデータが通貨になる
  • パーソナルデータに基づき個人が「スコア化」される
  • パーソナルデータ経済圏が築かれる

個人がパーソナルデータを取り戻し、コントロールする未来

  • パーソナルデータ・ストアによる管理と、個人がデータの源泉となる「Quanified Self」
  • 遺伝子情報提供に対するユーザのハードルは高くはなかった
  • パーソナルデータに対して企業が支払う対価は、結局のところ「ちょっといいサービス」程度に落ち着くのかも

 

企業は21世紀の石油を価値に変え、新たな経済圏の構築を目指す

パーソナルデータの重要性について、本書は世界経済フォーラムレポートの言葉を引用する。

パーソナルデータは新しい石油である。21世紀の価値ある資源である。今後、社会のあらゆる場面で新たな資産として登場するようになるだろう。

米国では、パーソナルデータを売買するデータブローカーが2000億ドルの市場を作っているという。本書曰く、日本の「名簿屋」とは量・質ともに規模が異なる。パーソナルデータを取引するマーケット・プレイスも実験的だが始まりつつあるようで、個人が自らのデータを売買する動きも紹介されていた。

Web上の行動履歴も価値あるパーソナルデータだ。これに基づく行動ターゲティング広告は今や当たり前となった。Googleのエリック・シュミットは次のように述べている。

“We know where you are. We know shere you’ve been. We can more or less know what you’re thinking about.”

(われわれはあなたがどこにいるか知っている。どこにいたかも知っている。あなたが考えていることもおおよそ把握している)

※日本語訳は本書から引用

IT企業の「追跡」を逃れることはできるのか。本書はプリンストン大学のジャネット・バーテシの実験を紹介していた。自分の妊娠をマーケッターに悟られずに済むかどうか、という実験だ。
彼女はSNSで一切妊娠の話題に触れず、お祝いメッセージをくれた叔父を友達から外し、カードの利用は避け、オンラインショッピングではAmazonギフト券を使い、配送先もダミーアカウントによるAmazonロッカーに指定したという。ネットサーフィン自はTor(暗号化ソフト)を利用。夫とのメールでは妊娠関連ワードを別の言葉に置き換えて会話。

「一連の行為はまるで犯罪に手を染めているようだった」と彼女が言うほどの努力をして、私たちはようやく自分の行動を隠すことができる。逆に言えば、ここまでの努力を払わなければ、企業にパーソナルデータを奪われることは防げない。

Self Snitch
Self Snitch / Poster Boy NYC

パーソナルデータの利活用がこのまま発達していくと、どのような変化が起こるだろうか。本書によれば次のような可能性がありそうだ。

パーソナルデータが通貨になる

企業はユーザから(サービス提供の対価として)安価にパーソナルデータを収集し、これを高値で売ることで利益を得ている。本書はこうして取引されるパーソナルデータがやがて通貨のように振る舞うことを予想している。

1人当たりのパーソナルデータは金銭にするとどのくらいの価値があるだろう。本書はいくつかの推定方法を提示しており、例えば市場の取引価格から推計すると、だいたい1人10~50円くらいになるそうだ。

FacebookやTwitterの売上高に基づく推計も紹介していた。2013年のFacebookの月間アクティブユーザー数は約12億人で、売上高は約79億ドルだった。12億人のパーソナルデータを広告業界などに紹介して収入を得たと仮定して、ユーザ1人あたりの価値は6.4ドルとなる。

パーソナルデータの中でも高価なものの1つが遺伝子情報だ。
個人向け遺伝子分析サービスを提供する23andMeは、申し込むと99ドルで遺伝子を分析してくれる。日本でも類似したサービスがあり、私もやってみたけど祖先のルーツとか色々わかっておもしろかった。

さて、1人あたり99ドルで遺伝子情報を「買った」同社であるが、蓄積する85万人分の遺伝情報のうち、パーキンソン病患者3000人分の遺伝情報をバイオベンチャー・ジェネンテック社に6000万ドルで売る契約を結んだという(ユーザは同意済み)。この3000人分についてみれば、原価99ドル/人の情報が2万ドル/人の価値を生んだことになる。同社はファイザーとも提携したという。

Graph With Stacks Of Coins
Graph With Stacks Of Coins / kenteegardin

本書はパーソナルデータの種類を次の3つに分類する。

  • ボランティアデータ(SNSプロフィールなど、ユーザ自身が提供するデータ)
  • 測定データ(GPS情報やWeb閲覧履歴など、行動に伴い記録されるデータ)
  • 推定データ(分析により得られるデータ)

高度な解析により得られる推定データも付加価値高そうだけど、やっぱり重要なのは元データにより近いボランティアデータや測定データになるのだろう。『ビッグデータの正体』(2013)では、今後はデータの源泉を握れるものが有利になることを指摘していた。

パーソナルデータに基づき個人が「スコア化」される

カード社会の米国ではクレジットスコアと呼ばれる信用情報が重要視されている。本書はこうした「スコア化」がクレジットカードに留まらず、あらゆるパーソナルデータにも及ぶと予想する。

例えばセールスフォース・ドットコムは社員の採用にあたり、SNSでの影響力を示すKloutスコアを用いているという。
フィリピンの消費者金融の、延滞実績のある友人とSNSでコミュニケーションをとると信用度が下がる、という仕組みも紹介されていた。お金返さないと人間関係にヒビ入れられるとか、もちろんお金返さない方が悪いとは言え、相互監視的なやり方でちょっと怖い。

米国では他にも、家庭の金銭的余裕や、慈善活動に対する寄付のしやすさ、職業安定度(失業しにくさ)などがスコア化され、個人が値踏みされているという。本書はこうした「スコア化社会」に対して、「銀行窓口の待ち時間が裕福度スコアにより変わったらどう感じるだろうか?」と警鐘を鳴らしている。

Bad Credit History?
米国では生活全般に大きな影響を与えるクレジットカードスコア(画像:natloans)

私はこうした裕福度に基づく差別について、確かに気分は悪いけど、企業の競争戦略の1つとしてアリだと思う。所得により客層が差別されるのは今に始まったことじゃないし、逆に「裕福度で差別しませんよ」と謳って客層を広げるところも現れそう。

とはいえそれが不必要な格差を生むのは問題で、政府によるコントロールも不可欠だろう。また、本書も指摘しているが、間違ったデータに基づくスコアリングも問題で、ユーザに対する訂正機会も担保されなければならない。
中傷がインターネットに載って一生モノになってしまった、という話は聞くけれど、誤った情報で不利益をこうむり続けるのは辛い。

パーソナルデータ経済圏が築かれる

パーソナルデータの源泉の囲い込みにより生じるのが「パーソナルデータ経済圏」だ。
例えば日本では、楽天が9556万人、CCCとヤフーの連合が7940万人、ポンタが6335万人ものユーザを抱えるという。彼らポイント運営各社が構築を目指すのは、消費者のIDとそれに紐付く属性、購買履歴などを相互に融通し合う1種の「経済圏」である、というのが本書の指摘だ。

彼らはネットとリアルの両世界のデータをカバーし、広範なサービスにより結婚や就職、出産、進学といったライフイベントを把握する。ライフイベント情報もパーソナルデータの中では価値の高い情報だ。

本書の指摘で面白かったのは、彼らがネットだけでなくリアル世界の情報も集められている点だ。オンラインでは追いきれないオフラインでの行動情報も重要な価値を生む。ポイント運営会社は例えば電子マネー決済などを通じて、より私生活に密着した情報を得ようとしている。

オフラインの行動履歴収集ではウェアラブル端末が注目を集めているが、その中で次の記事が目についた。

満足や不満を測定できるセンサーとのことで、マーケッターとしては垂涎のデバイスだろう。今後企業は様々なインセンティブ提示して、あの手この手でユーザにこの種のセンサーを装着させ、より価値の高いデータを得ようとするに違いない。

moxosensor
感情を測るセンサーのプロトタイプ「MOXO Sensor」(mPath社webサイトより)

ところで、こうしたパーソナルデータを企業に渡すがままで本当にいいの? というのが本書の本題である。パーソナルデータの権利を巡る未来はどうなるだろう。

 

個人がパーソナルデータをコントロールし、取り戻す未来

企業によるパーソナルデータの収集・活用に対して欧米では、ユーザからの同意取得を義務付ける法整備が進められているという。
また、オプトイン/オプトアウト実現のためのサービスも紹介されていた。例えば、共通のAPIを提供して行動ターゲティング広告を一括オプトアウトするサービスや、第三者による追跡を拒否できるブラウザ拡張機能などだ。

パーソナルデータが企業に握られている、という課題意識のもと、本書はユーザがパーソナルデータを取り戻す枠組みを紹介する。これは企業のユーザに対するアプローチも変えていくことになる。

パーソナルデータを一元管理する「パーソナルデータ・ストア」

現在、パーソナルデータは収集した各企業にそれぞれ保持される。これを一元化し、ユーザ自身がコントロールできるようにするのがパーソナルデータ・ストアだ。

本書はいくつかのサービスを紹介していた。たとえばMeecoは「地球上のすべての人々が自分がシェアしたものに対して、正当な権利と対価を得られる場所を作ること」「データを価値ある資産として蓄積できる最高の場所を作り出すこと」を理念に掲げる。具体的には、ユーザ属性、ウェブ閲覧履歴、好きなブランド、購入意思の4つが当サービスに蓄積され、ユーザは自分のデータを管理できる。

政府も後押ししていて、英国では「Midata」、米国では「Smart Disclosure」と呼ばれる取り組みが進められているそうだ。

日本でも同様の取り組みはあるようで、東京大学と慶應義塾大学による「情報銀行」構想が紹介されていた。資産としてのパーソナルデータを1つの場所に預け、その利用・信託を管理する銀行だ。2016年までに実証実験や実社会での展開を行うとのこと。

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パーソナルデータ・ストアを提供する企業の1つPersonal.comのサービス概念
(画像:同社Webサイト)

パーソナルデータ・ストアは何がすごいのか。現在は自分の行動や興味の履歴が様々な場所に散逸するままだが、これを1つの場所に蓄積して一括管理できる、という仕組み自体が新しい。一元化された情報について、各種企業はユーザの許可なく使用できないとすれば、ユーザはパーソナルデータを自分の手に取り戻したことになる。

取り戻すのではなく、源泉を押さえる「Quantified Self」

企業に収集されたデータを取り戻すのではなく、自分自身でデータを生み出し、相手を選んで提供する、という考え方が「Quantified Self(自身の定量化〈数値化〉)」だ。

これは要するに、Nike+やFitbitなどのウェアラブル・デバイスや、レシート家計簿アプリなどのサービスを通じて、自分でデータを計測するものだ。本書によれば、運転行動連動型保険(運転状況に応じて保険料が安くなるやつ)や、遺伝子分析サービスなどもQuantified Selfに含まれるという。

パーソナルデータの源泉は当然個人そのひとにあるわけだけど、これを自分でもとから押さえてしまうというのはおもしろい。まだ黎明期のようだけど、測定したデータを自分で売った事例や、そのためのマーケットプレイスも紹介されていた。

著者はQuantified Selfにより変化が起こるビジネスとして、損害保険、医療・生命保険、消費材の3つを予想していた。いずれもサービスの個人化が重要になる業界だ。

 

企業がパーソナルデータに支払う対価

パーソナル・データアを個人が管理するようになると、企業はこれにアクセスするために対価の支払いが必要になる。「対価」と聞くとどれだけ我々個人の懐が潤うのか気になるけれど、そのあたりはあまり期待しない方がよいかもしれない。

企業は減額やサービスを通して対価とする

企業のアプローチの1つに、サービスの対価をディスカウントする方法がある。運転行動連動型保険はその典型例の1つで、走行時の情報を企業に提供することで、ユーザは保険料低減という形で対価を受け取ることができる。

対価は金銭に限らず、サービス自体が対価であるという考え方もできそうだ。例えばディズニーワールドの事例として、ICタグ付きマジックバンド「MyMagic+」をゲストに提供し、パーソナル・データを収集するかわりに、提供するサービスをゲストの嗜好に合わせる例が紹介されていた。

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disneyparksBlogより

Facebookは、表示される広告をユーザ自身がコントロールできるようにしている。ユーザは自分に必要な広告だけ見ることができ、Facebookはパーソナルデータを得られ、広告会社はよりターゲティングした広告を出稿できる。三者Win-Winの仕組みだ。
本書は、ユーザによるパーソナルデータのコントロールは結局このあたりが落としどころになるのでは、と指摘している。

パーソナルデータを提供するハードル

ユーザはパーソナルデータを企業に提供することに対して、どの程度のハードルを感じているのか。上述の個人向け遺伝子分析サービス23andMeの例が紹介されていて、1つの参考になりそうだ。

このサービスでは、遺伝子分析の結果を同社運営のデータベースに格納するかどうか、ユーザが選択できる。格納すれば遺伝学研究に寄与できるとともに、同社提供のSNSで、同じく分析結果を提供した他のユーザと繋がることができる。もちろん個人が特定されない形でのコミュニケーションとなるが、同じ先祖を持つユーザと繋がれたり、色々おもしろそう。

この遺伝子分析結果のデータベースへの格納、どのくらいのユーザが同意するだろうか。遺伝子情報は自分だけでなく子供にも影響するので、これほどセンシティブな情報もないと思うのだけど、本書によれば80%のユーザが格納に同意したそうだ。

パーソナルデータを企業に提供することについて、みんな実はそこまで気にしていないのかもしれない。

Saline and Saliva cocktail
23andMeは送付されるキットに唾液を入れて送り返すだけで、
遺伝子情報を分析してもらえる(画像:juhansonin)

対価の落としどころはどこか

パーソナルデータは「21世紀の石油」と言われるが、データは個人の手元にあるだけではただのデータで、企業が利活用して初めて価値となる。そして我々は身の周りにあふれる膨大なサービスを使わざるを得ない立場にいる。

例えばFacebookのようにデファクトとなったインフラを利用する際、パーソナル・データの提供が利用条件と言われれば、渋々ながらも同意せざるを得ないのが現状だ。スマフォアプリ使用時にも色々と同意を促す注意が出てくるけれど、大多数の人はいちいち気にしていないだろう。

パーソナルデータの対価を決めるのは、データを生み出す個人と、これを利用する企業との綱引きによる。結局のところその対価は、「データを渡さないよりもちょっといいサービスが受けられる」程度のところに落ち着く気がする。

とは言え、パーソナルデータを個人がコントロールでき、不本意な使われ方に歯止めがかかるというのは大きい。パーソナルデータを個人が取り戻すという動きの意味は、データの価値がユーザの手に戻るというよりは、パーソナルデータをめぐる個人と企業との付き合い方が成熟していくことにあるように思う。

企業がパーソナルデータ利用の同意を個人から取ろうとしたとき、本書は次の2つが要件になるだろうと予想する。

  • 1.消費者にわかりやすいメリットを提示すること
  • 2.消費者の信頼の有無

1つめは要するに対価だが、それ以上に重要になるのが2つめの「信頼」だ。本書はパーソナルデータの利用について「法に触れないことは必要条件であって、決して十分条件ではない」と指摘している。

パーソナルデータは、情報が情報であるだけに取り扱いは難しそう。けれども社会を豊かにする大きな可能性を秘めたテクノロジーだ。信頼関係に基づく明るい発展に期待したい。

 

パーソナルデータの衝撃――一生を丸裸にされる「情報経済」が始まった ビッグデータの正体 情報の産業革命が世界のすべてを変える インテンション・エコノミー 顧客が支配する経済 (Harvard business school press)

 

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