英エコノミスト誌による未来予測をまとめた『2050年の世界』(2012)。例えば人口動態など様々な要素から各国の成長を予想し、それにより出現する未来の国際社会を描いている。
4部構成の最後の1部で描かれるのは、テクノロジーの未来だ。テクノロジーは我々の生活や社会を大きく変える可能性を秘めており、未来予測に欠かせない要素である。
本書が紹介する「今後発達するテクノロジー」を見てみると、バイオ技術と情報技術の2つが大きく取り上げられていた。バイオ技術は昨今驚くべき成果をあげており、2050年の世界への影響は興味深い。また情報技術では、長く業界を支配する「ムーアの法則」が一体いつまで続くのか気になるところだ。
これらのテクノロジーが今後どのように発展していくのか、2050年の世界にいかなる変化をもたらすのか、本書の予想を紹介したい。
Summary Note
バイオ技術の発展と、他の工学分野への波及
- 疾病の進化と、医療による防御の戦いが激化する
- 2030年までに既知の生物のほとんどの遺伝子サンプリングが完了する
- 幹細胞によりバイオテクノロジーの値段が下がる
- バイオ技術がナノテク、天文学等他の工学分野に応用される
なお止まらないムーアの法則が人を超えるAIを生み出す
- センサ技術と機器間通信の発達により、情報がより膨大になる
- 増加する情報に対して、推薦とAI技術が発達していく
アトムの世界でも起きる技術革新
- 3Dプリントが起こす産業革命
- バッテリが不要になる
現在バイオ技術は、再生医療、医薬、脳科学など様々な分野で、驚くべき成果を挙げている。本書はバイオ分野の中でも注目すべき出来事を挙げるとともに、他の工学分野への影響も示唆する。
本書によれば、世界的に都市化・国際化が進むことで、疾病の広範な普及や、あるいは進化が起こる。
新型ウイルスと同じくらい恐ろしいのは、ありふれた病原菌が無敵になることだ。科学の進歩を寄せ付けないスーパー耐性菌は、60年以上前から知られている。1928年に偶然ペニシリンを発見したアレクサンダー・フレミングは、1945年(ハワード・フローリーとエルンスト・チェーンが大量生産にこぎつけたのは、第二次世界大戦中)、抗生物質を乱用すれば、耐性菌への進化を加速させかねないと警告を発した。この予言はすぐに現実のものとなった。
21世紀に入ってからは、大規模な工場式畜産が最近の進化を加速させてきた。手っ取り早く家畜を太らせる目的で大量に使用される抗生物質は、突然変異と遺伝子交換を起こさせる完璧な環境を、抗生物質に対する抵抗力をつけさせる完璧な環境を、わざわざ細菌に提供してしまっているのである。
恐ろしい話である。
病原菌ではなくウィルスの話ではあったが、本書では、各地の実験施設から実験データを集めて、疾病の早期発見を目指すという取り組みも紹介されていた。病原菌やウィルスの進化に対して、医薬品開発の進歩が加速することも期待したい。
遺伝子のサンプリングにも注目だ。ヒトゲノムのマッピングは2003年に完了しており、現在その解析や、他の生物のサンプリングが進められている。本書は既知の生物の遺伝子サンプリングについて、2030年頃までにひと段落できると予想する。
2030年頃までには、わたしたちの知る生物のほとんどが遺伝子のサンプル化を終え、またサンプリング過程そのものが、多くの未知の生物の存在を明らかにするだろう(例えば多くの生物学者が、地球の奥深いところには膨大な数の特殊なバクテリアが存在し、発見される日を待っていると考えている)。
遺伝子のサンプリングと分析は、疾病の根本治療や、我々生物の謎を解き明かす上で重要になる。2030年には、遺伝子工学の在り方も大きく変わっているかもしれない。
遺伝子技術はその産業化にも注目だろう。米国では2013年に、人工的な遺伝子には特許権を認めるとする最高裁判決が下されている。
本書は今後、バイオ技術のコストが下がっていくと予想する。予想の根拠の1つが、幹細胞(iPS細胞)の成功だ。
バイオテクノロジーも低価格化すると見ていい。過去40年間の遺伝学や分子生物学上のあまたの大発見は、患者や消費者より研究者たちのほうにはるかに役立ってきたが、状況は間もなく変わっていくだろう。幹細胞の最も心躍る特徴のひとつは、ひとたび技術がうまく機能するようになれば手ごろな価格になりうることだ。つまり、幹細胞は抽出する機械を患者につなぎ、幹細胞のプログラムを書き換え、再移植するだけでいい。臓器修復の方法としては、幹細胞の方が外科手術より痛みが少ないばかりか、コストが低くなりうる。
あらゆる細胞に成長させられる幹細胞をプログラマブルに制御できれば、細胞や器官は生体部品として振る舞い、病院が工場化することも考えられる。倫理的な問題はあろうが、医療にもスケールメリットがもたらされ、属人的な手術が半機械化されるということで、これは大きな変化である。
低価格化する技術としては、本書は他にエネルギーと輸送の2つも挙げていた。
本書の予想で興味深かったのが、バイオ技術の他の産業への波及だ。バイオ技術はそれそのものが発展するだけでなく、他の工学分野でも応用され、発達に繋がっていく。
例えばナノテクノロジーについて本書は、天然の分子機械である生物の仕組みの解明が、当該分野の新しい発展の糸口になると予想する。
天文学も、バイオ技術の恩恵を受けるとして本書が挙げる分野の1つだ。生物の発生原理を解明することで、地球型以外に存在する生物の理論的考察が可能になり、地球外生命体を探す新たな方法に繋がる。
バイオ技術が他のどんな分野に応用されるか? という観点で将来を予測してみると、思わぬ未来の姿が描けるかもしれない。
バイオ技術の応用として期待されている分野に、コンピュータサイエンスと人工知能も挙げられる。情報技術で気になるのは、業界を長く支配し続ける「ムーアの法則」が今後も続いていくのかどうかだ。
本書は情報分野の予測にあたり、世の中に生み出される情報が今後も指数関数的に増えていくことを前提とする。ムーアの法則が今後も続くという立場だ。その原因として挙げられるのが、センサ技術の向上である。
2011年時点の世界の「保存情報」は1.8兆GB(1.8ゼタバイト)とされており、およそ2年ごとに倍になっている。ここで保存情報とは、記録として残される情報である。それ以外の情報が何かというと、例えば電話による通話のように、情報は発生するけども記録(この場合録音)されない、揮発していく情報がある。
239/365: 08/27/2013. Invention of Telephone / peddhapati
センサ技術が発達すると、ワイヤレス・センサが世の中のあらゆる場所に配置され、人々が着用し、肉体に埋め込まれる。すると「情報の創り手」の人間から機械への移行が起こる。
現在揮発している情報は機械によって「保存情報」化され、情報量の爆発的に増加させる。これにより、ムーアの法則の世界が今後も続くことになる。
人間に使われるセンサでは、脳にチップが埋め込まれる、という予想も紹介されていた。ウェアラブル・インプランタブルのデバイスは今まさに開発がされ、様々な提案がなされている。
情報の指数関数的増加は、いかなる技術のニーズを生むか。情報技術発展の方向性として象徴的に挙げられていたのが「メメックス」だ。
本書はこれを「すべての知識を保存し瞬時に呼び出せる機械」としている。wikipediaでは、「個人が所有する全ての本、記録、通信内容などを圧縮して格納できるデバイスであり、「高速かつ柔軟に参照できるように機械化されている」もの」という説明のされ方がしていた。
具体的には、膨大な情報の中からユーザにとってより最適なものを抽出し、提示する、レコメンデーション(推薦)技術である。その行き着く先にはAIであり、指数関数的進化を遂げたコンピュータが人間の知能を上回る「2045年問題」が起こるとされる。
私は次の記事で述べた通り「2045年問題」には否定的なのだけど、情報量の激増が人工知能分野在の飛躍的発展を促すことは間違いないだろう。
今後の情報技術開発が「人間の思考、発見、知識共有を拡大するものに重点が置かれていく」という本書の指摘も興味深かった。
本書では以上の通り、情報の増加と、それに伴う推薦・AI技術の発達を予想していた。ここで本書が情報増加の根拠を、センサ技術の発達に置いていたことに再び注目したい。すると結局のところ情報分野の発展は、情報技術が現実世界に対していかにアプローチするのか、ビットとアトムをいかに融合させるのかがキーになるとも捉えられる。
情報技術と現実世界の関わりについて、本書はいくつかの予想を述べていた。これらについて紹介したい。
1つめが3Dプリントだ。本書は3Dプリントの技術が、製造業に革命を起こすと予想する。
製造業界では、これから数十年のうちに、大量生産の登場以来、最大の革命が起こるだろう。(中略)これからの製造業は、3Dプリント、つまり”積層造形”によって、裏表と上下が逆転する。裏表の逆転とは、3Dプリントが減法ではなく加法で製品を作ることを指す。(中略)上下の逆転とは、3Dプリントを使えば、一個の製品を作るのと同じくらい安価に千個の製品が作れるということだ。
実際には、3Dプリンタは大量生産よりもプロトタイピングに向くとされるが、こうしたデジタル工作ツールがアトムとビットの世界の垣根を下げ、モノ作りに大きな影響を与えることは間違いない。
メイカー・ムーブメントといえば、クリス・アンダーソン著『MAKERS』(2012)が外せない。『MAKERS』では、デジタル工作ツールとそれがもたらす生態系が、ビットの世界の5倍の経済規模を誇るアトムの世界にもデジタル革命を波及させる、と予想している。
また『2050年の世界』では、「モノのインターネット化」も世界経済に波紋を広げると指摘する。今後10~15年でネットワーク化する必要のある機器数は一兆を超え、2050年までの人々の暮らしに最大級の変化をもたらすという。
3DプリントもIoTも、今まさに社会を変えようとしており、注目である。
スマートフォンやウェアラブル・デバイス、あるいはドローンなど、多くの電子機器にとってボトルネックとなるのがバッテリの容量だ。現実世界をセンシングするにしても、電源が確保できなければ話にならない。
これについて本書は、「2050年までに、携帯電話のバッテリーは運動エネルギーを利用できるようになり、切れる心配がなくなるだろう」と予想する。
運動エネルギー利用化はわからないが、次世代、次々世代バッテリの高容量化や、危機の低消費電力化、あるいは非接触給電技術の利用など、バッテリ容量を気にしない方向に開発が進むことは間違いないだろう。
テクノロジーに関しては他にも、人工衛星市場の成長や、火星旅行など、興味深い予想が紹介されていた。バイオ技術や情報技術も含め、こうしたテクノロジーが2050年までに世界をどこまで変えていくのか、楽しみだ。
本書全体を通してみると、ちょっと保守的というか、2050年ほど遠い未来の話まではできているのかは気になった。例えば「2050年までにSNSが社会に影響を与える」という予想があったが、40年後の世界を語るのに今流行のSNSの話?という疑問はぬぐえない。もちろんSNSの影響は大きく、波及的影響が40年後の世界を変えていくことは確かだろうが、その波及の部分をもう少し語って欲しかった。
とは言え、エコノミスト誌の専門家20人による予想は、今後世界が進んでいく方向性を知る上で大いに参考になるだろう。
本書は最終章を「予言はなぜ当たらないのか」として、その中で「悲観論よりも楽観論の方が当たりやすい」と結んでいた。我々が未来を悲観的に見がちな理由は『楽観主義者の未来予測』(2013)でも説明されていた通りだ。本書は明るい予想も暗い予想も載せていたが、世の中が良い方向に向かっていくことをぜひ願いたい。
その後本書の続編として、テクノロジーを起点とした予測『2050年の技術 -英「エコノミスト」誌は予測する』(2017)が出版された。バイオ技術と人工知能が変革の中心になる、という予想は変わらないが、より深く広く2050年の世界を予想している。ということで、こちらについても次の記事でまとめてみた。
- 2050年:政府が脳の裏口の鍵を要求し、燃料は牧場で採れる未来(『2050年の技術』まとめ1/3)(2018/6/8)
- 2050年:適応学習が復活し、司法の贅沢が享受されるが、ヒトの組織は変わらない(『2050年の技術』まとめ2/3)(2018/6/14)
- 第2の科学革命「アッチェレランド」とヒトの白痴化(『2050年の技術』まとめ3/3)(2018/6/18)
※この記事は、次の2つの記事を加筆・修正したものです。
・2050年:バイオ技術の産業化が他の工学分野への影響も及ぼす(『2050年の世界』書評 5/6)2013/9/13掲載
・2050年:なお止まらないムーアの法則が人を超えるAIを生み出す(『2050年の世界』書評 6/6)2013/9/15掲載
※『2050年の技術』のまとめ記事へのリンクを追記しました(2018/6/18)。