中国からはじまるインターネットの進化の分かれ目(『中国のインターネット史』書評)

チュニジアのジャスミン革命に端を発した「アラブの春」(2010~2012)では、市民間の情報伝達でソーシャルメディアが威力を発揮したとされる。「インターネット革命」「フェイスブック革命」とも呼ばれ、ソーシャルメディアは民主化の武器として大いに期待された。しかし、同時期に刊行された英エコノミスト誌の未来予測『2050年の世界 英『エコノミスト』誌は予測する』(2012)は、いずれ体制側も市民のそれを上回る力を持つと予想している。

政治上の目標を持つ人々にとって、活動のハードルはどんどん低くなってきた。デモの告知を拡散させたい場合にも、ネット上で署名を集めたい場合にも、政治家の演説を検証する場合にも、選挙の公正性を監視する場合にも……。
しかし、体制派の進化はその先を行っている。(中略)2050年までの数十年間、体制派の権益が拡大するスピードは、それを止めようとする人々の力が拡大するスピードを上回るだろう。

『2050年の世界 英『エコノミスト』誌は予測する』より

体制側によるインターネットの活用で最先端を行くのは中国だ。検閲や発信の削除、不適切と判断されたサイトの遮断などが行われ、「インターネットの自由度」調査ではワースト3に入っている。そんな中国のインターネット事情を詳しく知るのに最適なのが、山谷剛史著『中国のインターネット史』(2015)だ。

中国のインターネット史 ワールドワイドウェブからの独立 (星海社新書)

本書は中国のネットワーク事情をはじめとして、キーとなるIT企業(3大ポータル企業やBAT、そして小米など)の成り立ちや、その時々で流行ったガジェットやサービス、ネットユーザの文化の推移などを、黎明期からはじめて3~5年刻みの時系列で解説している。まさに中国インターネットの通史だ。そして本書はこうした歴史を俯瞰した上で、近年の変化を次のように分析している。

私は中国のインターネットは既に「ワールドワイドウェブから独立した」、と考えています。通史を書くということは、すなわち、中国がネット上で独立を果たすまでの道程を辿り直すことに他なりません。

『中国のインターネット史』より

「インターネット」と言えばARPANETから始まったワールド・ワイド・ウェブに他ならないが、中国はそこからすでに独立を果たしているという。これは刺激的な仮説だ。
ディストピア小説『1984』を髣髴させるネットの監視と統制は、我々のワールド・ワイド・ウェブにとっても他人事ではない。長城の向こうの事情を参考に、いまインターネットで進む監視の状況や、中国以外の国もワールド・ワイド・ウェブから独立するのか、そして先端をいく中国がさらにどこに進もうとしているのか、紹介したい。

Summary Note

中国のネット統制とワールド・ワイド・ウェブからの独立(本書より)

  • ネットの監視と統制を担う「金盾工程」と「GFW」は、中国がネット環境を整備する初期から計画・構築されてきた
  • 中国は独自にコンテンツを生産でき、ワールド・ワイド・ウェブから切り離されても困らない
  • 2014年、中国はネットワークの国境「領網」を提唱した

ワールド・ワイド・ウェブの未来

  • ワールド・ワイド・ウェブを利用する各国も監視を強めている
  • 抑止力のための監視は是認されても、統制とは区別されるべきである
  • コンテンツを生み出せず、既存のインターネットに依存する各国は、中国のようにはワールド・ワイド・ウェブから独立できない
  • 各国は並列する「第2のインターネット」構築を目指す可能性がある

中国のインターネットの未来

  • 中国は今後もネットの統制・管理を強める方針で、ビッグデータの活用も検討されている

 

電子の長城が形成する中国の「領網」(本書より)

中国は、仮想空間もまた広い。本書の数字を参照すると、中国のインターネット利用者は6億人を突破しており、2014年のスマートフォン出荷台数は4億2千万台に上る(同年日本は2,569万台)。オンラインショッピング市場も拡大しており、モルガン・スタンレーの予想によれば、2018年には1兆ドル規模、世界のオンラインショッピング市場の半分を占めることになるという。

この巨大な空間が、ワールド・ワイド・ウェブから独立しようとしている。ここでは本書の記載から、政府による検閲・監視と、中国のインターネットが独立に至る過程を紹介したい。

黎明期から計画された「金盾工程」

中国政府によるネット検閲システムが「金盾」だ。これは「中国国内サイト・国外サイト対策、およびその他電話も含めた対情報社会全般に対する公安の検閲システム」と説明される。これによりネット上のコメントの検閲や削除、登録された「NGワード」のフィルタリング、特定サイトへのアクセス遮断が実現される。

本書が注目するのは、金盾が1998年という早い段階から計画されていた点だ。「まずは自由なインターネットがあり、その抑圧者として政府が登場した」わけではなく、政府のネット検閲方針が黎明期からあったことを指摘している。

great wall bits
金盾のうち国外サイト対策を行う機能は、グレート・ウォール(万里の長城)に倣い
グレート・ファイアウォール(GFW;防火長城)と呼ばれる(画像:alandot)
中国版Twitter「微博」にみる政府の統制

政府による統制はどのように推移していったのか。
金盾は遅くとも2006年には稼働をはじめたとされる。本書によればこのころはまだ、市民が権利を主張することそのものは許されていたようだ。のちにノーベル平和賞を受賞した劉暁波らが「零八憲章」をネット上に公開し、一党独裁終結や人権状況改善を求めたのもこの時期だ(ただし劉暁波氏はその後国家政権転覆扇動罪で服役)。

しかし2010年頃になると政府の対策は本格化する。例えば当時影響力の大きかった微博に対しては、実名登録制度の実施(ただし現在まで未徹底)やNGワードのフィルタリングがなされ、海外SNSも次々に遮断されていく。2011年には中国版ジャスミン革命が呼びかけられるが、政府の対策は万全で失敗に終わる。

統制はネット空間内に留まらない。2013年、政府は10万フォロワー以上の微博ユーザを集め、「発言には相応の責任が伴う」と警告ともとれる通達を行う。「デマ500RTで逮捕」という最高人民法院の量刑判断が出たのもこのときだ。
一連の政府施策は奏功し、「微博は、市民メディアから、官民の広告ばかりのつまらないSNSに成り下が」ったと本書は結論付けている。そして「政府がネットワークを監視している事実」は、広く一般ユーザの常識となる。

中国人はワールド・ワイド・ウェブがなくても困らない

こうした統制について当の中国人はどう感じているのか。本書は「確かに民主化や言論の自由を求める人はいるけれど、一部の日本人が思っているほど中国の庶民は不自由を感じてはいない」と答えている。その理由の1つがコンテンツだ。

本書の記載に基づき、我々ワールド・ワイド・ウェブユーザが利用するサービスが中国から切り離された経緯や、中国産コンテンツの状況を並べてみる。

  • Facebook、Twitter、Youtubeは中国で認知されないまま規制されフェイドアウト、代替国産サービスが発達した(Huluやニコニコ動画に相当する国産サービスも提供されている)
  • Googleは2010年に中国から撤退、検索は百度をはじめとする国産サービスが担う
  • 2014年には、MicrosoftのOne driveとAppleのiCloudが利用できなくなるが、国内にはすでに2億ユーザの「百度雲」や3億ユーザの「微雲」があった
  • 最近では中国各地の地方政府や企業はMicrosoft Officeをアンインストールし国産のWPS Officeを利用、セキュリティソフトも外国産の導入は行わない
  • 外国の映画やドラマの配信は許可制となり、配信数も制限され、海外動画の海賊版配信サイトも一掃される一方、国内ユーザによるコンテンツが流行しており、ユーザはコンテンツに困っていない

中国産のサービスやコンテンツは急速な成長を遂げている。日本だって国内のウェブサービスやコンテンツしか利用しない人は多い、と指摘した上で、本書は次のように述べている。

政府に誘導された、「中国人の」「中国人による」「中国人のための」コンテンツやサービスしかなくとも、それらを利用し、消費するぶんには、中国のインターネットは十分に快適で豊穣な空間なのです。

インターネットで確かに中国は変わりましたが、民主化を求める狼にではなく、「金盾」により飼いならされた羊になった、と言うべきでしょう。

YouTube Preview Image
中国でブレイクしたとされる『万万没想倒』。笑いのツボは日本とは違う模様。
「我的生涯一片无悔(我が生涯に一片の悔いなし)」など日本の影響が
垣間見れるが、中国が独自にコンテンツを生み出せるようになり、
今後日本のアニメの影響は失われていくと本書は予想している

「領網」宣言

本書によれば、2015年になり政府関係者や新聞が「BAT(百度・阿里巴巴・騰訊)の経済的台頭をもって、中国式のインターネット環境は成功した」「これはワールドワイドウェブでは実現しえなかった」とアピールしているという。そして本書は次のコメントと宣言を参照し、GFWが実際の万里の長城のように、ネット上の国境として機能し始めていることを指摘する。

  • 「中国はネットワークの国境を作るべきだ。領土・領空のように領網を作るべきだ」(「GFWの父」方濱興の、2014年6月の人民日報取材に対するコメント)
  • 「各国のネット主権を尊重しなければならない」(2014/11 鳥鎮宣言)

『中国のインターネット史』は以上のように、中国におけるウェブ空間の監視・統制と、独立に至る過程を描いている。問題なのは、そんな中国の状況が決して他人事とは言えない点だ。
以下では、ワールド・ワイド・ウェブでも進む監視の状況、中国以外の国もワールド・ワイド・ウェブから独立していくのか、そしてネットの監視・統制で先端を行く中国がこれから行おうとしていることについて、ニュースなどを参考に考えてみたい。

 

ワールド・ワイド・ウェブでも進む「監視」

インターネットの監視・統制強化は、中国に留まらず世界のトレンドと言えるだろう。この一年に限っても次のようなニュースがあった。

現在軍事政権が支配するタイでは、戦時日本の「統帥権」を髣髴させる自由度の高さで不敬罪を適用しており、捕まって謎の獄中死を遂げる例もあるようだ。LINEが監視されるとなると滅多なことはつぶやけない。おそロシアおそロシア。

また、言論の自由を重視するフランスをはじめ、いわゆる西側自由主義陣営でもネットの監視を強めている。米国のネット監視はもう有名なのでリンクは載せない。

Spy Cam Surveillance Camera NSA Spying Security Camera Sign
(画像:JeepersMedia)

監視は是認されるべきか

監視が進む背景の1つは「非対称の戦争」の拡大だ。テクノロジーの発達により個人が社会に及ぼす「脅威」の力は高まっている。インターネットはその力や、あるいは思想を伝搬させる。

社会の安全のためならプライバシーは制限されてもよいのだろうか。私は政府による監視に賛成の立場だ。このとき注意が必要なのは、「監視」と「統制」という2つのプロセスを分けて考えることだと思う。

未来犯罪の予防を例に考えてみる。ビッグデータ解析はすでに未来予測を実現しているが、未来に起こる犯罪が予測できたとき、これを取り締まるべきかという問いがある。『ビッグデータの正体』(2013)はこの問いに「否」と答えている。予測はあくまで予測に過ぎず、推定無罪の原則下では、実際に犯罪が行われるまでは有罪とみなすべきではないからだ。

では未来犯罪を予測できても無意味かというと、そんなことはない。予測に基づく「犯罪発生直後の確実な逮捕」が常識になれば、それ自体が抑止力になり、犯罪を減らすことができる。

インターネットの「監視」にも同じことが言えるだろう。例えば過激派テロ組織がYoutubeやTwitterなどでPRを行い、兵士を集める現状に対して、本書『中国のインターネット史』では、同じことを中国内で行えば即時に個人情報が取得されて拘束される、と指摘している。こうした環境は抑止力として働くだろう。

でも統制はダメ

それでは、中国で行われているようなウェブ上の発言の削除や、政府批判に対する権力行使は許されるのか。少なくともわが国では許されるべきではないだろう。これらは「監視による抑止」を超えた「思想の統制」に他ならず、思想・良心の自由を侵す行為に当たるからだからだ。この線引きは守らねばならない。

「監視」やビッグデータ解析に基づく「未来犯罪の予防」で難しいのは、思想が意思が予見できた場合に、それでも対象が行動を起こすまで手を出させずにおけるかどうかだ。『ビッグデータの正体』では、「情報を持つもの」が行使する権力をいかに監視するかの重要性についても論じられていた。

 

次にワールド・ワイド・ウェブから独立するのはどの国か

『物語シンガポールの歴史』(2013)では、「明るい北朝鮮」と呼ばれる独裁国家シンガポールが、その成立の過程で新聞やテレビを徹底的に弾圧した様子が描かれている。またWeb2.0について論じた『キュレーションの時代』(2011)は、新しいメディアであるインターネットがときに非難されることについて、次のように述べている。

つねに権力にとっては、人々の生々しい潜在意識やノイズ、むき出しの欲望は危険なものに映る。だから排除しようとする

『キュレーションの時代』より

私のような一市民が「監視はいいけど統制はよくない」と言ったところで、中国式インターネットを目指す権力は現れるだろう。しかし、中国以外の国家が中国のようなインターネット環境をめざし、ワールド・ワイド・ウェブから独立することは可能だろうか。

Internet! 243/365
画像:Skley

ワールド・ワイド・ウェブから独立できた中国は特殊例

本書『中国のインターネット史』は、中国をモデルとする国家は増えると予想し、その例にベトナムを挙げていた。(※本書著者は中国に限らず各国の近況をウォッチしておりおもしろい)
ただし本書は、その試みが成功できるかは微妙であると指摘する。中国はインターネットを国家に導入する当初から、そのインフラの普及に沿って計画的にネット統制を行ってきた。一方外国ではすでにネットインフラが整備されつつあり、中国とは事情が異なるためだ。

私は中国以外の国が独立できないもう1つの理由として、コンテンツの有無を挙げたい。ここで「コンテンツ」とはMicrosoft Officeやセキュリティソフトといったツールも含む。
インターネットが豊穣なコンテンツに満ち、力に溢れるのは、小さなニーズと小さなシーズをマッチングできる点にある。『オープンサイエンス革命』(2013)では、コンテンツが爆発するにはこのマッチングが一定の量を超えることを要件としている(会話臨界)。

非英語圏の場合、中国や日本のように巨大な人口を抱えていれば(1億人は世界の国々から見れば十分に大きい)独自にコンテンツを生み出せるだろう。しかし人口の少ない国がワールド・ワイド・ウェブから離れても、独自にコンテンツを用意できず、仮想空間を活性化できない可能性が高い。
さらには英語圏となると、米国をはじめ世界が生み出してきた巨大なコンテンツからいまさら離れられないはずだ。

「第2のインターネット」による統制

独立の次に考えられるのが、ワールド・ワイド・ウェブと並列して「第2のインターネット」を導入するアプローチだ。これはセキュリティに対する脆弱性などを理由として、すでに何人かに提唱されている。例えば次のようなものだ。

  • 速さとオープンさが担保された既存のインターネットと、セキュリティと信頼性を重視した第2のインターネットとを同時に運用する(ダニー・ヒリス氏)
  • 匿名性が確保される現行のインターネットと、ユーザの身元情報がすべてオープンにされる第2のインターネットとにネットワークを分ける(ジョセフ・メン著『サイバー・クライム』)

これらの詳細は次の記事でも紹介した。

ひとつのレイヤーではワールド・ワイド・ウェブを通じてコンテンツを交換し、同時に別のレイヤーでは、国家による監視や統制に縛られる。実現可能性は定かではないが、目指すアプローチのひとつとして有りうるだろう。
重ねて述べるが、日本がこの方向に進まないことを祈りたい。

 

進化を続ける中国のインターネット

さて、独立を果たした当の中国のインターネットは、これからどこに向かうのか。中国のインターネットは我々ワールド・ワイド・ウェブの住人からすれば1つのパラレルワールドであり、その行く末は気になるところだ。


IoT分野で研究される、羊をWiFi接続して管理する「羊のインターネット」
(画像:Tim Green aka atoach)

国家安全法の成立とサイバーセキュリティ法案

ネットの統制はさらに強化される。2015年7月1日に施行された国家安全法はその中でネットワークの包括管理や規制強化を明文化した。さらに2015年7月8日に公表されたサイバーセキュリティ法案では、政府によるデータアクセスやネットの遮断の権限が明確化されている。

ビッグデータ活用が予想される第13次五ヵ年計画

中国は国家戦略を5年毎に策定しており、2020年までの戦略「第13次五ヵ年計画」が2015年11月に発表された。28の重要項目が掲げられ、ネットワークに関する内容もいくつか挙げられている。
概要は以下のニュースのリンクがわかりやすい。謳われるのは、次世代ネットワーク環境「インターネットプラス」の整備、ネットコンテンツのさらなる充実と思想文化陣地建設の強化、そして「社会信用システム」等の整備に基づく社会ガバナンスの強化などだ。

ここで注目されるのが「社会信用システム」で、これはビッグデータ解析などに基づくネット信用スコアの導入ではないか、と予想されている。ネット信用スコアとは、例えばクレジットスコアのような、ネット上の素行に基づく信用評価値だ。

『パーソナルデータの衝撃』(2015)では、収集された個人情報・行動履歴がスコア化され、各種サービスに利用される未来を予想している。これ自体も賛否両論あるけれど、監視だけでなく統制もセットになった中国で日常の行動がスコア化されるのはちょっと怖い。
特に今後はウェアラブル端末によりバイタルデータもデジタル化され、細かな行動だけでなく、感情や潜在意識といった本来不可視の情報も解析可能になっていく。ただ口を閉ざすだけでは不十分になるのだ。

中国のインターネットはどこに向かうのか

本書は中国人を「飼いならされた羊になった」と評価した。中国のビッグ・ブラザーはこれからも羊を飼いならそうと、快適だけど「ちょっとだけ」自由が制限された空間を育てていくに違いない。

中国のインターネットはそうした「もう一つの可能性」を提示してくれ、大いに参考になりそうだ。例えばパーソナルデータやそれに基づくビッグデータの取り扱いは、現在大きな議論を呼んでいる。中国はそうしたテクノロジーの暗黒面を先んじて活用し、何が起こるかを示してくれているわけで、社会実験としてこれほど興味をひくものはない。いま私たちは、インターネットの進化の分かれ目を見ている。

問題なのはそうした実験が実験に留まらず、我々のワールド・ワイド・ウェブでもスタンダードになってしまうことだ。だからこそ私たちは、これからも中国のインターネットの行く末を注視していく必要がある。

 

中国のインターネット史 ワールドワイドウェブからの独立 (星海社新書) 2050年の世界 英『エコノミスト』誌は予測する (文春文庫) ビッグデータの正体 情報の産業革命が世界のすべてを変える

 

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