テクノロジーの価値をはかる手法はいくつかあるが、その1つとして考えたいのが、テクノロジーの未来に対する影響力だ。いかなるテクノロジーが世界を変えうるのか、そのテクノロジーは具体的に、いつ、何をどう変えるのか。今回は2冊の書籍を参考に、「未来予測」の観点でテクノロジーを評価できないか考えてみる。
『2030年世界はこう変わる』では、今後の世界を左右する10の要素を選んでおり、ここにテクノロジーを当てはめてみる。『楽観主義者の未来予測』は「マズローの欲求段階説」をヒントにテクノロジーの位置づけを整理していた。その上で、楽観主義的に未来を予想するための、テクノロジーの評価指標も挙げている。
Summary Note
我々が未来を正しく予測できない理由
未来予測の視点でテクノロジーを評価する
- 1.未来予測レポートの予測を整理して、テクノロジーを当てはめてみる
- 2.社会を階層化した「潤沢のピラミッド」から、テクノロジーの位置づけを考える
- 3.テクノロジーが指数関数的成長をするか、入手可能性の問題を解決するか、チェックする
ここに2つの予想がある。
実際に空を飛ぶ機械が、数学者と機械工の協力と不断の努力によって発明されるまでには、百万年から一千万年かかるだろう。
1903年のニューヨーク・タイムズ記事
(※この少し後にライト兄弟が初飛行に成功)
コンピュータは、売れても世界全体で5台だろう。
IBM社長トーマス・ワトソンによる、1943年の予想
未来を正しく予想することは難しい。特に予想を狂わせるのがテクノロジーだ。飛行機やコンピュータの例のように、その登場の前後で世界を全く別の姿に変えてしまう。
なぜ我々にとって、未来の予想が難しいのか。『楽観主義者の未来予測』は2つの理由を挙げている。1つめは、人間の脳がそもそも悲観的にできているというものだ。過酷な環境への警戒を怠らぬよう、脳は、物事を悲観的に捉えるべく進化した。本書によれば、世のニュース記事の90%は悲観的な内容だという。
もう1つの理由は、ホモサピエンスが15万年間「ローカルで線形」な、変化の乏しい世界で暮らし、これに適応したことだ。現代は、変化が連続する「グローバルで非線形」な世界に変わってしまった。しかし我々は非線形な世界に対応するようできていない。こうした非線形な変化をもたらす主な要因の1つが、テクノロジーだ。「ムーアの法則」に言われるように、一部のテクノロジーは指数関数的に進歩し、世界を変える。
未来をより正確に予測するためには、テクノロジーの評価が不可欠である。また、テクノロジーを評価する上でも、そのテクノロジーが具体的にどう世界を変えていくのかを知ることは、重要な要素であるはずだ。
それでは「未来予測」の観点でテクノロジーをみるとき、どのように評価すればよいか。そのヒントになりそうなのが、前述した『楽観主義者の未来予測』と、『2030年世界はこう変わる』の2冊だ。
CIA内部部門を前身とする、米国国家情報会議という組織がある。米大統領をはじめとした国家戦略策定者に向け、中長期の予測レポートを作成する組織だ。レポートは現在公開されるようになっており、日本で出版されたものが『2030年世界はこう変わる』(2013)である。
本書が特徴的なのはその構成だ。4つの「メガトレンド」と6つの「ゲームチェンジャー」という、未来予測の基礎となる10の変数を紹介する。ただし提供するのは変数だけで、変数を使って未来の姿を組み立てる仕事は、読者に委ねられている。10の変数はいずれも「可能性」であるが、確度は高く、組み合わせ次第では正しい未来を導き出すことも可能だ。
これら変数に対する、テクノロジーがもつ影響を考えてみる。ここでは「水」をテーマに選んでみた。
水に関する重要な予想は、「2030の水需要が、現在安定供給可能な水量を40%上回る」というメガトレンドで示されている。さらに、水源の多くは複数国にまたがって位置するため、2つのゲームチェンジャー「高まる「大国」衝突の可能性」「広がる地域紛争」にも影響を及ぼす。
具体的な地域や、予測される出来事は本書に詳述されているが、これらがさらに他の予測に影響を与えることは言うまでもない。
このような整理をした上で、テクノロジーによる解決を考えてみる。
影響の連鎖の根源にあるのは水不足に対して、テクノロジーは何ができるか。本書はゲームチェンジャー「最新技術の影響力」で、今後の世界を左右する技術分野を4つ挙げている。その1つである「資源管理技術」は、精密農業により水需要を減らし、海水を真水化して水の供給を増やせる可能性がある。
未来予測レポートで予想される未来の出来事を整理し、その中にテクノロジーを置くことで、テクノロジーが未来に対して及ぼす影響を可視化することができた。今回の例でいえば、「水に関連するテクノロジー(例えば精密農業や海水の真水化)が進展すれば、2030年までに40%も増える水需要に対応でき、大国間の衝突や地域紛争を未然に防げる可能性がある」という評価ができる。
本書による「メガトレンド」と「ゲームチェンジャー」の整理を使うと、世界を変え得るテクノロジーとして何が必要なのか、その効果が具体的にどう波及するのか、可視化される。今回例にした資源管理技術以外の技術も、他の未来予測と合わせて影響を考えてみると、発見があるかもしれない。もちろん本書に限らず、他の未来予測レポートを使って、同じ様にテクノロジーを評価することも可能だ。
なお本書は、資源管理技術の可能性を認めつつも、2030年までにメガトレンドを覆すことは難しいとしていた。ちょっと悲観的な予想だが、本当だろうか? テクノロジーの評価の参考として、次に『楽観主義者の未来予測』を開いてみたい。
人間の欲求を定義したものの1つに、「マズローの欲求段階説」がある。人間の欲求が生理的なものから社会的なものへ、そして自己実現へ昇華される過程を段階的に示す。これをテクノロジーに適応したのが、『楽観主義者の未来予測』(2013)で提示される「潤沢のピラミッド」だ。
本書は「潤沢な世界」を実現するための段階を3つに分け、重要になるテクノロジーをそれぞれに配置している。
例えば「水」に関するテクノロジーは、人や社会における基本的なものとして、ピラミッドの下層に配置される。その意味はなんだろうか。
本書によれば、現在15億人が、安全な飲み水と下水設備を利用できず、2030年までに1億3千万人が命を落とす。水の不衛生は医療支出を上げ、生産力と労働力の不足を生み出し、人々を貧困に縛り付ける。
安全な水さえ提供できれば、これら数十億人の生活環境が改善し、子供の死亡率が下がる。死亡率の低下は出生率低下に結び付き、子供1人当たりの教育機会が向上し、社会全体が次の段階に押し進める。
これが「水」が世界に与える影響であり、水に関するテクノロジーに秘められた可能性なのだ。
「潤沢のピラミッド」のような、社会を階層化した図にテクノロジーを当てはめてみると、テクノロジーの社会における位置づけや、その影響力が可視化される。テクノロジーが社会のどこを変えるのか、その結果として何が起きるのか、評価する上で参考できるだろう。
本書はさらに、影響力の大きなテクノロジーとはどのようなものであるか、その潜在的価値を知るための指標も提示していた。これらは、未来を「楽観的」に予想できることの根拠でもある。
ムーアの法則に基づけば、半導体の性能向上は約20年で1万倍となる。2030年代の半導体の記憶容量はペタバイト(1000兆バイト)級で、計算能力は1億MIPSに達するだろう。我々は「ローカルで線形」な思考に慣れているので、このような社会を想像することは困難だ。しかし、未来予測にあたっては、こうした非線形の変化を強く意識しなければならない。
『楽観主義者の未来予測』によれば、テクノロジーがこうした「指数関数的成長曲線に乗るかどうか」は、テクノロジーの重要性を評価する重要な指標だ。
「水のスマートグリッド」は、センサ技術により水の需給をコントロールする技術だ。本書はこの技術の本質が、水の節約ではなく、水道施設のインテリジェント・ネットワーク化にあるとする。「水」が情報科学になり、指数関数的成長を始めるからだ。
もう1つの視点が「入手可能性の問題を解決するかどうか」だ。
本書では、地球上で3番目に多く存在するアルミが、かつて金よりも高価で希少だったことに触れている。酸素と結合しやすいアルミは、自然界には存在し難い。1886年に電気分解法が発明されて、アルミは希少金属ではなくなった。
本書はこのエピソードを通じて、問題の所在が本当に「希少性」にあるのかと問いかける。もし課題が「希少性」でなく「入手可能性」にあるとすれば、それはテクノロジーで解決できるからだ。
『2030年世界はこう変わる』では主にコストの観点から、少なくとも2030年までの時間軸では、海水の真水化による水不足解消は難しいとしていた。しかし問題の本質が入手可能性に過ぎないならば、それはいずれ必ず解決されるものなのである。
「指数関数的成長を期待できるか」「入手可能性の問題を解決するものであるか」の2つは、テクノロジーのもつ潜在的可能性をはかるための重要な視点だ。問いへの答えがイエスであれば、そのテクノロジーは、我々の想像力を超えた未来を実現しうるからだ。
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以上の通り、『2030年世界はこう変わる』『楽観主義者の未来予測』を参考に、テクノロジーの価値や影響力を「未来予測」の観点から考えてみた。整理すると、次の3つの視点から評価することができそうだ。
- 1.未来予測レポートの予測を整理して、テクノロジーを当てはめてみる
- 2.社会を階層化した「潤沢のピラミッド」から、テクノロジーの位置づけを考える
- 3.テクノロジーが指数関数的成長をするか、入手可能性の問題を解決するか、チェックする
『楽観主義者の未来予測』で述べられた通り、我々にとって未来を予想することには困難がある。そのため、テクノロジーのもつ影響力も、知らず過小評価してしまうこともあるかもしれない。
未来予測レポートが指摘する問題点や、社会の構造を整理し、これにテクノロジーを当てはめると、そのテクノロジーの価値を客観的に見直すことができるかもしれない。このとき忘れてはいけないのが、未来は非線形な変化の先にあること、そして非線形の未来をもたらすものこそ、テクノロジーであるということである。
この記事は、2015/4/17にBiz/Zineに掲載された『「未来予測」の視点でテクノロジーを評価する』の内容を加筆・修正して、当サイトに載せたものです。