遺伝子特許有効としたMyriad米国最高裁判決が、バイオ産業への投資を加速させる

米国最高裁判所は2013/6/13、「自然界に存在する遺伝子自体には特許は認められない」が、「遺伝子であっても人工的に作出されたものならば特許が認められうる」とする判決を出しました(Myriad最高裁判決)。
具体的に今回の判決で認められるとされたのは、cDNA(相補的DNA)と呼ばれる、自然界に存在するDNAの一部を工学的に利用できるようにしたものです。
今回は判決の概要と、遺伝子に特許が認められることが米国や日本のバイオ産業に及ぼす影響について考えてみます。
 

特許権者Myriad社の功績と、取得された遺伝子特許(論点の整理)

今回の判決では、米Myriad社が取得したDNAを含む複数の特許が、無効とされるべきかどうかが争われました。特許は一度登録されても、その内容に疑義があれば無効とされることがあります。
まず前提として、Myriad社により取得された特許がどのような内容だったのか整理します。

乳癌の予防を可能とした乳癌原因遺伝子BRCA

BRCAは癌を抑制する遺伝子で、この遺伝子が異常を起こしている場合、乳癌の罹患率が80%に上がるとされます。BRCAは人間の遺伝子全体における「17番染色体長腕の17q21.32領域」という部分に存在します。乳癌の原因遺伝子がBRCAであると同定されたのが、1994年のことでした。

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BRCA1の遺伝子座(wikipediaより)
cDNA(相補的DNA)とは

BRCAは生物が持つ遺伝子構造のうちの一部を構成するに過ぎません。自然界(私たちの身体の中)では、他の遺伝子と繋がった状態で存在します。このうち、BRCAは約8万個のヌクレオチドからなる遺伝子構造だとされています。

BRCAを工学利用する場合、遺伝子全体からBRCAの遺伝情報だけを抜き出す必要があります。この方法として、mRNAを呼ばれる伝達遺伝子を用いて遺伝子の一部を転写し(元のDNAとは反転した状態)、抽出されたmRNAを再度逆転写することで、目的とする遺伝子を得ることができます。
このmRNAから逆転写された遺伝子をcDNA(相補的DNA)と呼びます。

遺伝子は自然界に存在する状態では、アミノ酸には翻訳されないイントロンと呼ばれる配列も含んでいます。イントロン自体は情報としては価値がなく、mRNAに転写される際に除去され、mRNAを逆転写して得られるcDNAにも含まれません。

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元のDNAからmRNAに転写される過程でイントロンが失われる(wikipediaより)

BRCAのcDNAが持つ情報は元となったBRCAと変わりませんが、イントロンが除かれているため、構成されるヌクレオチドの数は5500個に減っています。

BRCAを突き止めたMiriad社特許を取得

単離されたcDNAは増やすことができ、これを使うことで患者のBRCAに異常がないか、つまり乳癌の発症確率が高まっていないかを調べられるようになりました。有名なところでは、女優のアンジェリーナ・ジョリーがこの方法で乳癌を発見し、乳房を切除する手術を行っています。

BRCAを突き止める研究をしていたのが、1992年に設立されたバイオ・ベンチャーMiriad Gentics. Incです。同社はこのBRCAに関する特許を取得しました。

 

米国最高裁判所による遺伝子特許の有効性を巡る判断

Myriad社が遺伝子に関して特許を取得したことに対し、大学米国市民自由連合が代表として、特許は無効とされるべきとする訴訟が提起されます。背景には、遺伝子について特許で独占されるべきではない、という彼らの考え方があります。
ニューヨーク地裁、CAFC(連邦巡回控訴裁判所)と争われ、今回の3審・最高裁判決で、DNAの特許については無効であるとの判断が下されました。

自然界に存在するDNA自体に特許は認められない、が…

最高裁は「BRCA遺伝子の正確な位置と遺伝子配列を発見したことは極めて重要」とMyriad社の功績を認めたうえで、「遺伝子情報それ自体では特許の基準を満たさない」と判断しました。

特許法は「発明」と「発見」を区別しています。
何らかの工夫により新たに創出されたものは、「発明」だとして特許が認められます。一方、自然界に存在していたものを「発見」したに過ぎない場合は、特許の対象とはなりません。
例えば素粒子のように、膨大な努力と莫大な研究費を重ねてようやく発見できたものであっても、あくまで発見に特許は認められません(ただし、発見するための方法や装置に工夫がある場合、それらには認められる可能性があります)。

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残念だけど発見はダメ

DNAはダメだけどcDNAならOK

今回の判決は、上記の原則に忠実に従った内容でした。しかしこの判決で重要なところは、さらに踏み込んで「cDNAであれば人工的に作出されたものなので特許が認められる」と示唆したところです。

Myriad社の取得したBRCA遺伝子の特許は、その権利範囲が自然界に存在するBRCAを含むものでした。もともと身体の中に備わっているもの「そのもの」はあくまで発見なので、特許の対象とはなりません。

1. An isolated DNA coding for a BRCA1 polypeptide, said polypeptide having the amino acid sequence set forth in SEQ ID NO:2.

訴訟の対象となったMyriad社特許のうちの1件、米国特許5,747,282号(1995/6/7出願)の請求項1
「BRCA1をコードするDNA」としか書かれておらず権利範囲が超広い

一方cDNAの場合、元のDNAからmRNAで転写されるときにイントロンが失われています。つまり、BRCAのcDNAは元となったBRCAそのものと保有する遺伝子情報は同じですが、構造としては異なるものになっており、かつ自然界には存在しない状態と言うことになりまです。
最高裁判所はこのような、人工的に作出され、自然界には存在しない状態のものであれば、遺伝子であっても特許の対象となると認めたのです。

実質的には、遺伝子そのものに特許を認める判決

米国におけるバイオ特許の分野では、1980年に下されたチャクラバティ最高裁判決が大きな出来事でした。これは「石油を分解するバクテリア(生成された生物)」が特許の対象となると認めたもので、バイオ産業に大きな影響を与えました。

それから30年が経ち、生物を構成する遺伝子そのものまでにも特許が認められる、と踏み込んだ判断されたことになります。今回の判決は「人工的に作出したものであればOK」という言い方でしたが、見方を変えれば「自然界の遺伝子だけはダメだけど、それ以外なら全部OK」と、むしろ例外を規定したとも取ることができます。

遺伝子を工学的に利用しようとすれば、cDNAのように扱える形にしなければなりません。従って現実的には「人工的に作出された遺伝子」が使われるのは当たり前のことになります。するとこの「人工的」の線引きが重要になりますが、今回の判決では元の遺伝子と情報的に全く同じであっても問題ないとしており、実質的には遺伝子そのものに特許が認められたと言っても過言ではなさそうです。
もはや特許出願書類の書き方の問題に過ぎないレベルの話です。

DNA

もっとも、特許の対象になりうるからといって、ただちに特許登録されるわけではない点には注意が必要です。今回の判決は、遺伝子でも特許法上の発明として認められるものがある(審査の対象とする)としただけで、新規性や発明の非自明性といった、他の特許要件も満たすかどうかは別の話だからです。
そのあたりの審査上のハードルがどの程度に設定されるべきかは、今後の審査傾向や判例に注目する必要がありそうです。
 

米国のバイオ産業に、大規模投資によるイノベーションが起きる

今回の判決でMyriad社の保有する複数の特許は無効とされました。しかし、判決のあとMyriad社の株価は急騰しています。なぜでしょうか。

産業振興政策としての特許

今回の判決で、遺伝子工学上生み出された遺伝子に特許保護を認められることが明示されました。すなわち、遺伝子に関する研究開発や投資に対して「独占権」が保障されるということです。

特許法は最初発明・出願した者に対して、出願から20年間の独占権を与えます。遺伝子に関する発明をいち早く成功させ、出願できれば、見返りとして20年間その遺伝子がもたらす利益を独占できることになります。
遺伝子工学のような先端技術の研究・開発を進めるために大事なのがお金で、早期に成果をだすためは大きな投資が必要です。投資の量に応じて研究機関が特許を取得できる可能性が高まるため、特許取得をインセンティブとしての研究競争の加速と、そのための投資の活発化が見込まれます。

このように、「独占権を見返りとして研究が活発化し、産業が発達」というのは特許法が想定する思想そのものです。先述した1980年のチャクラバティ判決から変わらず、米国は特許を持ってバイオ産業を振興させる意図をもっていることが今回確認されました。

jeans for genes

ところで日本の審査はどうなってるの

バイオ産業については、米国はしっかり独占を認める方向で進むようです。
では日本はどうなっているのかというと、実は2001年に、遺伝子に関する特許審査の基準が示されています。どういった種類の遺伝子なら特許が取れるかの事例集の形を取っています。

これをみると、日本の審査基準も今回のMyriad米最高裁判決とほぼ変わらない基準であることが分かります。
まず認められる例として、「疾病の診断等に用いることができるcDNAは特許対象となる」(事例9)と、Myriad判決と同様にcDNAについて特許が取れることを認めています。しかも単に「特許審査の対象となる」だけでなく「拒絶理由なし」とされており、Myriad判決よりも踏み込んだ基準が示されているようです(もちろんそのときの先行技術にもよるでしょうが)。

認められない例としては、DNA断片(事例7)や、何の因子なのか特定されていない単なる遺伝子コード(事例5、6)が挙げられています。これらが認められないことの論理構成は米国とは若干異なるようですが、大枠はそろっているようです。自然界にあるものと単に同一な構造だったり、そこから容易に想到できるものはダメ、ということです。

日本の場合はその遺伝子の機能や、それによる効果を特定することに重点が置かれているようで、その点は日本らしい審査基準だと思います。

ちなみに中国もバイオ出願に注力

特許に関して言えば、出願件数で米国を上回り世界1位の中国についても気になります。「中国専利法における遺伝資源保護に関する規定について」(PDF)(によれば、「遺伝資源(DNAと解される)に依存して発明は特許になる」とされています。遺伝子元素のものはダメだが、何らかの処理があれば大丈夫ということで、こちらも日米に近い基準だと思われます。

バイオ関連出願の件数も年々増加しているようで、2004年から2008年の間で年平均26%増、2011年では登録ベースで前年比40%増の1万2千件となっています。

中国の遺伝子操作とかハンパなさそう。
 

21世紀はバイオの世紀!が加速

主要な特許出願国のうち、日本と中国は以前から審査基準で人工的遺伝子の登録を認めており、今回米国でも「自然に存在する形でなければOK」と確認されました。特に投資活動の活発な米国で遺伝子に特許が認められたことは、今後の研究開発を加速させる一因になると思われます。

特許には弊害があり、投資を加速させる反面、特許権者による参入障壁が築かれたり、特許の持ち合いでかえってライセンス料がかかってしまうという問題が挙げられます。しかしこれらの問題が表面化するのは、遺伝子工学を応用した技術が広く普及する頃でしょう。

遺伝子の工学利用には反発もありますが、人の生活がより豊かになれればいいですね。

 

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