「植物の計算資源化」と「緑の東京」はSFか未来予測か(『コルヌトピア』書評)

いなたくんへ

早川書房主宰の新人賞「ハヤカワSFコンテスト」第5回の大賞作が発表されていたので読んでみた。第5回は樋口恭介著『構造素子』と津久井五月著『コルヌトピア』の2作品が受賞。このうち『構造素子』は前回に紹介した。

今回は『コルヌトピア』について、受賞理由となったその設定に触れておきたい。一見してファンタジーだけど、未来像としては実はあり得て、SFはこうじゃなきゃね、というお話。

なお、ストーリーのネタバレには踏み込まない。

Summary Note

植物の計算資源化、というアイディア

緑に囲まれた東京、というビジョン


植物の計算資源化、というアイディア

本作の舞台は2084年の東京である。いまから60年以上未来の世界。

「60年」がどういう時間かというと、いまからざっくり60年前と言えば1960年で、第1回東京五輪前で、ようやくカラーテレビの本放送がスタートするが普及はまだで、当然ながらCDもインターネットもスマートフォンも存在しない。

つまり60年前から現在を予想しようとすれば、インターネットやスマートフォンといった破壊的イノベーションの想定が必要で、ということは現在から60年以上先の2084についても、同レベルの飛躍を考えねばならない。これは並大抵の予想ではない。

そこで本策が提示するのが、植物の計算資源化、というアイディアだ。

この世界では、生きた植物の細胞内で行われる応答を利用し、複数の植物からなる「植生」を用いて計算を行う「フロラ」なる技術が確立している。植物コンピュータである。

彼らは個々の細胞においてヒストンと呼ばれるタンパク質に修飾を加えることにより、状況に応じて遺伝子発現を制御している。そのような環境応答を電気刺激で制御することによって、生きた植物の全身の細胞で情報の読み書きを行うことのできる技術を、研究者たちは構想したのだった。

『コルヌトピア』より

彼らはついには、情報を書き換えても植物の生育に影響を生じないヒストン領域を発見し、タンパク質の化学修飾の組み合わせとして情報をコード化することに成功した。

この植物コンピュータの構想から現在のフロラ技術の基礎が築かれるのには、それほど時間はかからなかった。地中に埋設した連絡根毛によって一定範囲の植生を電気的に接続し、情報の統合と入出力をする通信端末部を設置することで、植生全体を環境センサを伴った計算資源として構築する。

植物細胞の内部で行われる情報処理はばらばらのものではなく、維管束系を通じて伝達されることで個体全体で同調し、情報の拍動のように全身を巡っている。そのリズムと波紋こそが、植物の生み出すパタンだ。全身の細胞で分散処理される情報をひとつに統合し、まとまりのある意味や解を成立させる働きそのものだ。

フロラ技術は植生全体で行われる多様なパタンの創発と伝播を情報化し、それを演算に利用することを可能にした。それほど複雑でない土木工事だけで、わたしたちは既存のシステムを遙かに上回る経済性でスーパーコンピュータを得ることができるようになった。

『コルヌトピア』より

そんなことできるの?

植物のコンピュータ化と言われると夢物語感が強い。珍味とかで「人類はなんでそれ食べようと思った?」的な疑問がわくことあるけど、まさになんで植物で計算しようと思った?感。

まあSF小説だしねー、ということで、私は本作を読んだ当初は信じてなかった。ファンタジー小説読んでて魔法を否定するのが無粋なように、SFでは「科学っぽい」設定は呑み込むのがマナーだ。

ところが後日光合成の専門家と話したところ、本作で語られるビジョンがあながち夢ではないというか、むしろ現実的に十分実現しうることがわかった。事情がありここに詳細を書けないのが悔しいんだけど、なぜ植物を使うとよいのか、植物を計算資源化できた場合に任せた方が良い計算の種類、現行方式の量子コンピュータに比べての優位性など、その位置づけもしっかりしそう。

私が気になったのは応答速度だ。生体の変化を用いるので、おそらく高速な処理は期待できない。たとえば大容量記憶素子の原理実現がたまにニュースになるけど、こうしたデバイスは読み書きの速度が実用とはほど遠かったりして、だから世の中には出てこない。

で、植物の場合も同じ理由で使えないだろう、と最初思ったのだけれど、そこは使い方次第で問題にはならなさそうだ。

あと本作ではヒストンの修飾と言ってるのでエピジェネティクスを使うのかな。このあたりの原理の細部は現実には違ってくるかもしれない。

エピジェネティクスはこちらでも紹介。

生活に溶け込んだ描写が素敵

本作の主人公は、「角」と呼ばれる感覚拡張器をつかって脳と「フロラ」を接続し、フロラの世界を探索できる。2084年世界でもとくにフロラの知見に長けた人物なのだが、彼の目線を通して描かれる「フロラのある日常」が秀逸である。

ITやコンピュータ・サイエンスに長けた人が日常を支える背景の仕組みをつい思い浮かべてしまう、的なことでいいと思うんだけど、世界観の説明が自然でよい。

映像紙を操作し、部屋のフロラに巡回セールスマン問題を送信した。パタン創発を促進するため、霧吹きで種々の化学物質をかけてやる。〈角〉をつけてフロラをレンダリングし、シンプルで馴染みのあるランドスケープに浸った。気に入った小品を聴くように、好みの重み付けをした最適化問題の演算を描出するのが、僕のささやかな日課だ。

『コルヌトピア』より

あと、「フロラ」はおいしそうでもある。

コールスローには国産野菜使用と書いてあった。国産野菜のうち安価なものは、野菜そのもので簡易的なフロラを構築して育成管理を行なっているらしい。成長した樹木とは異なり、短期間で大きく計算資源量を増加させる野菜は、安定的なフロラを構築するには向かない。それでも、栄養状態の計測や最適収穫時期の計算はできるそうだ。

僕はおそらく、数日か数週間前まではコンピュータやセンサだったものを食べている。

『コルヌトピア』より


「緑に囲まれた東京」というビジョン

本作でもう一つ特徴的なのが、緑に覆われた東京という2084年のビジョンだ。この世界では2049年に直下型地震が起きていて、東京はその復興の過程で街の姿を変えている。そこで採用されたのが、当時確立しつつあった「フロラ」の技術だ。

2084年の東京では、グリーンベルトと呼ばれる緑地帯が形成され、それは莫大な計算資源を提供する都市の競争力にもなっている。

東は江戸川沿い、南は東京港湾臨海道路と多摩川沿い、西は環状八号線の外側、北は環状七号線の外側を結んだ、二十三区全体をほぼすっぽりと内包する直径三十キロメートルもの巨大環状緑地帯。東京に莫大な計算資源を提供する都市基幹フロラ、グリーンベルトだ。(中略)

大規模フロラ技術によって、計算資源においては世界の他の都市を一歩リードしている東京だが、フロラの使用する電力は馬鹿にならない。緑地発電でエネルギーを賄うことができれば、都市の緑地整備は一石二鳥の事業となる。

『コルヌトピア』より

フロラ技術で最も有利になるのは、熱帯多雨林を持つ赤道近くの国々です。現にスマトラ島やアマゾンは大規模な計算拠点地域として成長しつつありますよね。それに対して、発展した大都市と計算資源がとても近い距離で結びついているのが、東京の最大の強みだと思います。天然資源を武器にした、伝統都市と新興地域の競争が、この街にいると身近に感じられます。

『コルヌトピア』より

植生に対する繊細な人為的攪乱を計画管理する公社の仕事によって、東京グリーンベルトは世界最高水準のパタン創発性能を誇っている。

『コルヌトピア』より


2084年の東京におけるグリーンベルト
(Kuma Exhibition 2018展示より)

ちなみに「フロラ」を構成する植生には、多様性があった方が良いとされる。数学的パタンの多様性を確保できるからだ。

生きた植物を莫大な計算資源に変える本質的な働きは、森林や茂みという生きた空間の内部に生じる環境変化にこそある。植生内の環境が複雑で変化に富んでいればいるほど、フロラが創発する演算に利用可能な数学的秩序――パタンも多様になる。

『コルヌトピア』より

このあたりは、植物をあるデザインされた多様性で植えることで手入れせずとも持続的生態系を創れる「協生農法」の研究も彷彿させた。植物や農業にはまだまだ驚くべきイノベーションがありそう。

緑があるのはグリーンベルトだけではなくて、オフィスビルも同様だ。また、近所の公園なんかもきちんと計算資源化されてたりする。2084年の東京、早く歩いてみたくなる。

超高層樹林などとも形容される西新宿の高層オフィスビル群は、東京のちょっとした観光名所だ。屋内でのフロラ運用のため、ビルは自然採光を最大化する節ばった形状をしている。その節々から青々とした茂みが顔を出し、常緑高木が空へ向かって枝を広げている。ひとつのビルがまるごと、垂直に空へと立ち上げられた緑地として機能しているのだ。

『コルヌトピア』より

公園といっても、露地に樹木を植えただけのものだ。それらの木々も、街路樹のルートワークに接続され、どこかの企業や研究所の計算システムを支えているのだろう。

『コルヌトピア』より


ビルが緑に包まれた未来の景観.
(Kuma Exhibition 2018展示より)


本作はビジョンを示した短編小説

ということで本作は「植物の計算資源化」なるアイディアと、それが生活に溶け込んだ姿を描写していて、とてもビジョナリーな小説だった。

特許の仕事をしていると、新しいアイディアについて専門家であるはずのエンジニアから「それは技術的に不可能」と言われる場面があったりする。でもそれから4~5年経つと不可能だったはずの課題に解決策がみつかってたりして、「だったらあのとき書いとけばよかったじゃん!」となったりする。

実現不能に思える大体のことは、実現できる。「技術的に不可能」はむしろ実現できることの前フリと思うくらいでちょうどよい。

とは言え人の想像力には限界があって、そこで一足飛びの未来を提示するのはSFの役目で、だから本作は優れたSF小説だと思った。

残念なのは、本作のストーリーがとにかく短いというところだ。シンガポールで育った、東京においてはアウトサイダーの主人公の内面や、主人公がかつてともに夏を過ごした友人との再会。本作のテーマはあくまで「つながり」を意識した人間ドラマであるのだけれど、ひとつの事件があっていよいよ物語が拡がるかな、とワクワクしたところで終わってしまった。

本作の物語は本来序章に過ぎないはずで、せっかく可視化された世界をもっと堪能したかった。逆に言えば、短いお話なので読みやすいとも言えるけど。

植物の計算資源化の実現はともかくとして、緑に覆われた都市、というのは魅力的な未来像で、日本の都市もそうなってほしいな、と思った。

 

ハヤカワSFコンテスト第5回は本作『コルヌトピア』のほかに『構造素子』も大賞受賞となったので、こちらについても感想を書いた。

ハヤカワSFコンテストの過去の大賞作の書評はこちらから。

 

 

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