「ウェアラブル」の役目は人とインターネットを溶かすこと(『ウェアラブルは何を変えるのか?』書評)

いなたくんへ

「ウェアラブル」はこのまま消えていくのだろうか。

すでに耳に馴染んだ「ウェアラブル」は、Googleトレンドによれば2013年頃から検索数が増えている。この傾向は英語圏でも同様だ。

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Googleトレンドより、「ウェアラブル」と「wearable technology」の検索数推移

ウェアラブルデバイスの代表例の1つといえばスマートウォッチ。2012年5月にはスマートウォッチのベンチャー企業Pebbleがクラウドファンディングで1000万ドル以上を集めて話題になった。
同時期にはGoogle Glassが試作機を展示し、翌年2月に一般開発者向け早期導入プログラムのエントリを開始している。Googleトレンドの「ウェアラブル」が盛り上がるのはこの頃からで、以後各社の参入が相次ぐ。

しかしながら、期待されたApple Watchは時間を24時間表示できないという致命的な欠陥があり不発。注目を集めたGoogle Glassも未だに一般向け販売にはこぎつけていない。ヘッドマウントディスプレイではOculus Riftモーフィアスが盛り上がっているけど、これらはウェアラブルというよりはゲーム用周辺機器だ。

正直なところ「ウェアラブル」は当初の期待ほどには流行っておらず、一過性のバズワードという気がしないでもない。このまま消えてしまうのか。

結論を言えば「ウェアラブル」は短い流行で終わるものではなく、テクノロジーの進化の流れにおける重要なピースを担うだろう。浸透には時間がかかるかもしれないが、着実に進んでいく。その理由について、佐々木俊尚著『ウェアラブルは何を変えるのか?』(2013)を参考に紹介したい。発行から2年経ったこのタイミングで本書を見直してみると、改めて「ウェアラブル」の向かう先が見えてくる。

ウェアラブルは何を変えるのか?

Summary Note

ウェアラブルの現状と、ウェアラブルは何を変えるのか(本書より)

  • ウェアラブルはシステムを構成する1部であり、私たちの身体をIoTに組み込むことを最終的な目的とする
  • ウェアラブルは技術的素地は整ったが、必要条件はまだ整っていない
  • スマートフォンはなくならず、ウェアラブルのコントロールセンターとして機能する
  • インターフェイスは「同方向・同化型」に向かう
  • ウェアラブルにより「コンテキスト」が読み取られるようになる

ウェアラブルの到達点はどこか

  • ウェアラブルは人間をインターネットと融合させ、能力を最大化させる
  • ウェアラブルはインターネットに人間を理解させる
  • 人間の情報化が進み、インターネットと融合したとき、インターフェイスとしてのウェアラブルは無用になる

 

ウェアラブルはまだ必要条件すら満たしていない(本書より)

まずはウェアラブルの現状について確認したい。本書は次の3つの要因を挙げ「ウェアラブルデバイスを可能にする技術的素地が整ってきた」とする。

  • 1.機器モジュールが超小型で低消費電力になった
  • 2.音声やモーションコントロールなどのハンズフリー技術が進化した
  • 3.高性能なコントローラーとしてのスマフォが普及した

ただし「これらはあくまでも「素地」でしかなく、必要条件にすらなってい」ない、というのが本書の現状認識で、市場立ち上げのためには次のハードルがあるとする。このハードルは2015年末の現在でも大きな変化はなさそうだ。

  • 1.バッテリー持続時間が短すぎる
  • 2.顔など身体に装着する心理的抵抗が大きい
  • 3.プライバシー侵害の不安
  • 4.ハンズフリー技術は進化したが、これをうまく使った斬新なUXは未開発
  • 5.上記マイナス面を乗り越えてなお使いたいと思わせるキラーアプリの不在

こうした欠点は今後どう補われていくのか。その答えは「ウェアラブル」がどのように普及し、社会におけるいかなる役割を担うのか、という未来予想にも結び付く。

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電卓や電子メールなど豊富な機能を搭載のカシオDATABANKシリーズは1984年から発売.
タッチパネルモデルもありスマートウォッチと呼ぶにふさわしいが、30年ほど早すぎた.
(図:wikipediaより)

そもそも「ウェアラブル」とはいかなるテクノロジーなのか?

欠点の話をする前に、まずは「ウェアラブル」の定義が必要だろう。本書はウェアラブルについて、単体として意味のあるものではなく、大きなシステムを完成させるための1つの歯車である、としている。ウェアラブルはクラウド上のリソースと結ばれたシステムの一部となる。

とりあえず明確なビジョンとして、本書の冒頭に掲げたようなインターネットの将来像――ウェアラブルデバイスはインターネット経由でクラウドと接続され、ウェアラブルで収集されたデータがビッグデータとして解析され、そのデータが再びウェアラブルにフィードバックされるというような完成系は描かれています。

本書より

「ウェアラブル」の目的は何か。本書は「センサーにより私たちの身体をIoTに組み込んでいくこと」と答えている。私はこの答えにウェアラブルの未来が集約されていると考える。

私はウェアラブルが、遠くない将来に電子デバイスの主流になっていくと考えています。
なぜか。
それはウェアラブルが、身体とインターネットをダイレクトに接続させる基盤となっていくからです。

本書より

スマートフォンとの棲み分けはどうなるか

「ウェアラブル」はスマフォを置き換えるスマフォキラーとなるのか。答えは否だ。
ウェアラブルの弱みはサイズの小ささとバッテリだが、これを無理やり拡張することに意味はない。本書は、単にスマフォの情報を表示するだけのウェアラブルは「ダメウェアラブル」と一言で断ずる。だったらスマフォでいいもんね。

本書の予想は、ウェアラブルデバイスは省電力のセンシング機能に特化し、表示や通信は引き続きスマートフォンが担うというものだ。スマートフォンは各種ウェアラブルデバイスのコントロールセンターとして振る舞う。
バッテリーや省電力技術の進歩に加えて、このようにスマフォとの役割分担をすることで、ウェアラブルのバッテリの問題は解決されるとする。

インターフェイスは「同方向・同化型」に向かう

ユーザインターフェイスはどうなるだろう。本書は、PC画面前提のインターフェイスをウェアラブルに適用することに無理があり、今後はウェアラブルに特化したUI/UXに再設計されていくと予想している。例えばジェスチャや音声入力、拡張現実といった技術がすでに見えている。

ここで面白かったのが、「対面・対面型」と「同方向・同化型」という考え方だ。
本書はいまのUXについて、基本的には人とデバイスが向かい合ってキャッチボールする「対面・対話型」だと指摘する。一方で、スコップ、鉛筆、椅子、スプーン、靴といった道具たちは、道具とのコミュニケーションの必要がない「同方向・同化型」だった。

これまでのUXが対面・対話型だったのは理由はスクリーンの存在による。デジタルデバイスはユーザに操作方法を提示し、操作を促すためのスクリーンが必要だった。しかし今後はジェスチャや音声、拡張現実技術といったウェアラブル向けのインターフェイスが開発され、スクリーンだけがUIではなくなっていく。これによりウェアラブルが「同方向・同化型」に向かう、というのが本書の予想だ。

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指輪型ウェアラブルNodによる、ジェスチャでのドローン操作。
より直感的な操作が実現している(Youtube

ウェアラブルが我々の心を「汲む」ようになる

ウェアラブル普及のためのアプリケーションは何か。本書は「どのようなキラーアプリになるのかさえ今のところの展望はできていない」と辛口ながら、ヒントとして「コンテキスト」を挙げている。

本書の予想するウェアラブルの最終目的は「センサーにより私たちの身体をIoTに組み込んでいくこと」だ。それにより何が起こるかというと、我々の身体や行動がクラウドと繋がることで、「私たちが「何を求めているか」という問い合わせをしなくても、デバイス同士が互いに通信し、分析・判断を下して、」適切なアウトプットが提供されるようになる。例えばETCが初歩的な例で、通過するだけで料金が計算される。

ウェアラブルが人間をセンシングすることで「コンテキスト」が解読される、というのが本書の予想する未来だ。また、こうしたアプリケーションによる利便性が十分に高まることで、端末を身体に装着することの心理的抵抗や、プライバシーの不安も乗り越えられる、とも予想している。

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2016年発売予定のI&C社の洗面台LAPは、車いすの接近に応じて高さを調整してくれる
これも機械が「コンテキスト」を汲む1つの例だ(日経新聞で紹介)
(図:I&C社HPより)

「ウェアラブル」は人の機能を拡張し、ネットワークに溶かしていく

本書が提示する「ウェアラブルが今後超えるべきハードル」と、その解決策を通して、ウェアラブルの未来が見えてきそうだ。
ウェアラブルの究極的なカタチはどんなものになるのだろうか。今後の進歩の方向性とその到達点を、次の2つの観点から予想してみた。

  • 1.我々の身体を拡張する「器官」としてのウェアラブル
  • 2.我々の身体ををIoTに組み込む「センサー」としてのウェアラブル

人間をインターネットと融合させ、身体機能を拡張させる

ウェアラブルは単体として見るのではなく、システムを構成する歯車として見るべきである。これは本書のメッセージの1つだけれど、単体のデバイスとして見たとき、「対面・対話型」と「同方向・同化型」の話はおもしろかった。

対面・対話型のアナログデバイスで例示されていたのは、方位磁石や定規、そろばんだった。これらが対面・対話型である理由は「表示部分があるから」だ。しかしこれらは例外的で、スコップや鉛筆をはじめとする多くの道具は同方向・同化型である。ウェアラブルのUXが道具を同方向・同化型に回帰させる、という本書の予想はすでに紹介した。

アナログデバイスはなぜ同方向・同化型が多いのか。それは「道具」の本質が人間能力の拡張にあるからだろう。人間の能力は「見て考えること」だけでなく、触ること、つかむこと、話すこと、走ることなど多岐にわたる。猿からヒトへの進化の歴史は、数多の道具を見つけ出し、創り出し、能力を拡大してきた歴史でもあった。

このことは、道具としてのウェアラブルの到達点の1つが、人間の能力や身体機能の拡張にあることを示唆している。

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貝や石を同方向型デバイスとして操り、身体能力を拡張するラッコ
ちなみにお気に入りの道具は、ふだんは身体のポケットにしまわれている

最先端のウェアラブルデバイスについてまとめた次の記事では、感覚器官の能力を拡張する種々の研究を紹介した。例えば望遠コンタクトレンズや、コンタクトレンズ型ディスプレイ、耳に埋め込むイヤフォン、脳波の利用、センサ機能をもつ衣服やタトゥーだ。記事を書いて2年も経つけど、実現はまだまだ先で、いま見ても目新しい内容と思う。

次の記事は2015年前半の3ヶ月間のニュースを切り取ったものだが、義肢やパワードスーツ、ソフトロボット衣類、種々のウェアラブル・インプランタブルデバイスなど、テクノロジーが人の身体機能を拡張する未来を示している。

デジタルデバイスが身に着けられ、同方向・同化型の道具として人間の能力を拡張する、というのがウェアラブルの向かう方向性の1つだ。デバイスの中には、やがて肉体に溶け、見えなくなるものも出てくるだろう。

ただしウェアラブルは、アナログの道具と決定的に異なる点が1つある。それはインターネットに繋がることだ。ウェアラブルを通してクラウドのリソースを活用できることで、拡張される人間の能力はアナログデバイスの比ではなくなる。ウェアラブルは人間をインターネットと繋ぐ新たな器官として機能し、インターネットを肉体の一部に変える。
人間にインターネットを取り込ませ、融合させてしまうというのがウェアラブルの真価であり、到達点と言えるだろう。

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インターネットに人の心と身体をセンシングさせる

ウェアラブルが各個人の能力を拡大させる一方で、人間のカラダもまたインターネットに覗かれることになる。インターフェイスとしてのウェアラブルは我々をセンシングして、ひとりひとりをネットワーク上のノードとして組み込んでいく。
その目的が例えば「コンテキスト」の理解であったり、あるいはビッグデータ解析により社会に新たなフィードバックを生むことになる。

「人間の中身をどこまでサンプリングできたか」は、ウェアラブルの進歩を調べる1つの指標になるだろう。その到達点は、100%の標本化の実現だ。

なお、サンプリングの対象は肉体の挙動に限られず、心や精神といったソフト的な部分にも及ぶことになる。ミチオ・カク著『フューチャー・オブ・マインド』(2015)では、脳機能の解明や脳マシンインターフェイス技術の発達により、脳とインターネットが直接接続されるようになると予想している(実験レベルでは成功例もある)。夢のデジタル化も実現している。

 

テクノロジーの系譜における「ウェアラブル」の位置付け

「ウェアラブル」は短期的な流行に留まらず、テクノロジーの進化における重要なピースを担うことになる。これは「ウェアラブル」の正体が、人間とインターネットを繋ぐインターフェイスであるからだ。

ケヴィン・ケリー著『テクニウム』(2014)によれば、テクノロジーも生命も同様に、非物質化・脱身体化の方向に進化し、効率性を高めていく。上述した『フューチャー・オブ・マインド』では、人間が肉体から脱出し、「コネクトーム」と呼ばれる情報体になる未来を予見していた。

説明した通り、ウェアラブルは次の2つの観点で到達点へ向け進化していく。

  • 人間が自らの拡張のためインターネットを取り込むことを仲介する
  • インターネットがそのノードとして人間を取り込むことを仲介する

人間の進化が情報化にあって、テクノロジーもまたこれを援ける方向に進むと仮定すると、「ウェアラブル」こそがその進化をもたらすキーテクノロジーとなる。これが、テクノロジーの系譜における「ウェアラブル」の位置付けだ。

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もちろんガジェットとしてのウェアラブルも楽しいのでそれは良い。けれどそのウェアラブルがイノベーションを起こすかどうかは、そのウェアラブルが今回挙げた到達点に向かおうとするものなのかどうか、という観点で計れると思う。

そして人間とインターネットが溶けきり、両者の融合が果たされたとき、インターフェイスとしてのウェアラブルは無用のものになるのだろう。

ということで、『ウェアラブルは何を変えるのか?』をヒントに、ウェアラブルの位置づけとその向かう先を考えてみた。遠い未来から現在に目を戻してみると、ウェアラブルはまだ対面・対話型の道具の域を出ていない。しかし人間の能力を拡張したり、人間をセンシングする方向には進んでおり、数年、数十年を経てどう変わっていくのか楽しみだ。

ところで今回は、ウェアラブルの未来を主にテクノロジーの視点から見た。一方で生活者の意識や価値観から未来を予想した一冊もあり、こちらも面白かったので紹介したい。

インタネットの登場以来爆発してきた情報は、広く公開される「世の中の情報」から、近しい友人のネットワーク上に発信される「周辺情報」に変化してきた。ウェアラブルは次の段階として「自分情報」の爆発的増加をもたらすと予想し、その上で、背景にある意識や価値観の変化を紹介している。

 

ウェアラブルは何を変えるのか? フューチャー・オブ・マインド―心の未来を科学する コンテキストの時代―ウェアラブルがもたらす次の10年

 

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