インターネット以来の情報爆発が3つめの段階を迎る(『自分のデータは自分で使う』書評1/2)

いなたくんへ

SNSの軍艦島と言えばmixiだ。私は1年に1度か2度、かつて栄華を誇ったmixiを覗くが、凍りついたマイミクのアイコン群や、古き佳き日々が綴られた最後の日記たちなど、バーチャル廃墟の静寂がいかにも趣き深い。その中でも活動を続けるコミュニティを発見すると、荒廃した地球で最期の灯を守る人類を見た気持ちになる。

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mixiのページビュー数は2010年をピークに低下し、2012年以降非公開.
グラフは2012年以降の主なソーシャルメディアの利用率(総務省調査報告より作成)
ただし、mixiは近年クローズなコミュニティが再評価され人が戻っているという噂も.

mixiで青春を過ごした世代の私にとって、SNSとは他愛のない日記を垂れ流すツールでしかなかった(それはいまもFacebookで続いている)。
ところが最近の使われ方は違うらしい。記事の投稿時間や公開範囲を厳密に管理し、低アクセス数の記事はすぐに消すなど、アカウントの「価値」を高めることに大きな注意が払われているという。例えばFacebookの「タグ付け」は、自分の情報が勝手に公開空間に晒される「一種のテロ」として嫌われる。

20代の若者の傾向を以上のようにまとめるのは、博報堂研究所・酒井崇匡著『自分のデータは自分で使う』(2015)だ。
「Facebook離れ」やSNSを使ったセルフブランディングは、特に米国では少し前から指摘されていた。これが日本でも起きているかっこうになる。

本書は、SNSを通じた情報発信がセーブされ、より狭いネットワークへの移行が起こる現在を「情報爆発の第2段階が終わった時代」と位置付ける。そしてインターネット以来の情報爆発は、3つめの段階に入ろうとしている。

自分のデータは自分で使う マイビッグデータの衝撃 (星海社新書)

これから爆発する情報とは、センシングされた自分自身の情報だ。これはウェアラブルやIoTといった新しいテクノロジーが可能にする。ただし本書が着目するのはテクノロジーではなく、生活者の意識や価値観の変化だ。
「自分情報」がなぜ増え、その氾濫が我々の生き方をどう変えるのか。それはSNSに変わる次なる情報爆発を引き起こせるのか。本書の予想を紹介したい。

Summary Note

情報爆発の3つの段階(本書より)

  • 「世の中の情報」が増加し、「情報リテラシー」という言葉が生まれた(第1段階:1995-2003)
  • 可視化された友人ネットワーク上に発信される「周辺情報」が増加し、情報の公開範囲が新しいリテラシーとなった(第2段階:2004-2014)
  • バイタルデータや遺伝子情報、ライフログなど「自分自身の情報」の活用が進み、これとの付き合い方が問題となる(第3段階:今後10年)

情報爆発の第3段階は本当に起こるのか

  • 自分の「自分情報」、及び他人の「自分情報」がもたらす可能性は大きい
  • 機械もまた人の「自分情報」を通して人間を知ろうとしている

 

始まろうとしている「情報爆発の第3段階」(本書より)

まずは本書の定義する「情報爆発の3つの段階」を紹介したい。

第1段階:「世の中の情報」の増加(1995-2003)

第1段階は、Windows95とインターネットの普及を背景として、ニュースや交通情報など「世の中の情報」が爆発的に増加した時代だ。この時代の情報は社会全体に公開されることが前提だった。
有用な情報が増える一方、ネット上の情報の信頼性が疑問視され始め、「情報リテラシー」という言葉が生まれたのもこの時代であるとする。

第2段階:「周辺情報」の増加(2004-2014)

第2段階の背景にあるのは、スマートフォンの登場とSNSの浸透だ。友人ネットワークが可視化され、情報はそのネットワーク上に投稿されるようになった。情報は世の中すべてに向けた発信から、身の回りの情報「周辺情報」の爆発へと変わった。
その一方で、バカッター騒動に代表される不用意な情報の拡散は、「どんな情報をどの範囲の人たちまでなら見せていいか」という新しいリテラシーを生んだ。

ところが現在、拡大しすぎたネットワークは新たな生きづらさを生んでおり、本書は「実は人々が心から望んでいたことではなかったのかもしれ」ない、と述べている。
周辺情報が増加する第2段階は、ひと段落を迎えようとしている。それではこれから増えていく情報は何か。それが「自分情報」だ。

第3段階:「自分情報」の増加(今後10年)

自分情報とは、バイタルデータや遺伝子情報、ライフログを中心とした自分自身の情報で、ウェアラブル端末や遺伝子検査、IoTによる行動データ解析などにより実現される。こうしたサービスはすでに始まっているが、まだほんの始まりにすぎず、今後爆発的に発展するというのが本書の予想だ。

もちろんプライバシー問題など、社会に受け入れられるにはハードルはある。しかし本書は、自分情報の利用には十分な利便性があり、デメリットを上回って普及すると予想している。

第3の段階で必要になるリテラシーはどんなものになるだろう。
自分情報の利用がはじまると、我々は「ココロ(意識的な自分)」と「カラダ(無意識的な自分)」という2人の自分を抱えることになる。このとき、ココロとは無関係に、カラダはウェアラブル端末や遺伝子検査を通じて勝手に声を上げてしまう。
こうした自分情報をストレスとせずいかに向き合うか、「自分情報疲れ」にどう対処すべきか、というのが本書の予想する新たなリテラシーだ。例えば癌の発病可能性が高いことを示されて平静を保つことはできるのか、といった問題である。

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情報爆発の第3段階は本当に来るのか?

インターネット以来の情報爆発を3つの段階に体系化し、現在が時代の変わり目にあると指摘する本書の分析はおもしろかった。しかし自分情報は本当に、インターネットやSNSほどの爆発的変化を生むのだろうか。

本書が想定する第3段階の未来について、もう少し詳しく説明する必要があるだろう。自分情報を利用したサービスはまだ始まったばかりで懐疑的にならざるを得ないが、私は本書の予想する未来が実現すると考えている。

見えなかった自分が可視化される

自分情報がもたらす効果の1つが、それまで見えなかった状態の可視化だ。
本書は最後の締めくくりで、自分情報を利用したサービスの具体的なアイディアを挙げていた。これがちょっとドラえもんの秘密道具的でおもしろい。

例えば「メンタサイズ」は、ウェアラブル端末により「隠れストレス」の状態を検出し、そのフィードバックに基づきエクササイズするというアイディアだ。
身体のセンシングは深層心理の表面化も可能にする。「決断サポーター」は、気付けていない自分の本音を引き出し、決断を援けてくれる。
他にはちょっとベタだけど、自分の身体・精神状態をアバターとして可視化してくれる「アバターペット」のアイディアも気に入った。自分のことはわかっているつもりでも、それが定量的かつ客観的に提示されることの効果は大きいはずだ。

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各社が展開する活動量計は心拍数や消費カロリー、睡眠などが計れるが、
検出や分析可能な情報の種類は今後深みを増していく

今まで見えなかったものが見えるようになる、ということのもたらす可能性は大きい。心や身体の状態を可視化し、サポートしてくれるサービスは、いざ慣れてみると離れられなくなるかもしれない。

他人の「自分情報」でできること

本書のアイディアの中でも特に欲しくなったのは「虫の知らせアラーム」だ。これは配偶者や近しい友人のストレス状態を通知するというもので、例えばケンカを未然に防ぐことができる。
使用例としては、通知を受けた夫がそういえば最近妻の帰りが遅いことに気付き、食器を洗っておいてあげるといったストーリーが描かれていた。

このアイディアは博報堂生活総研「自分情報に関する意識調査」に基づいている。調査では、知りたい自分情報の種類として「カラダのベーシックな特徴やリスク」「ココロのベーシックな特徴」「今この瞬間のカラダの状態のフィードバック」が抽出されていた。
そして注目されるのは、「配偶者や子供、親、恋人など、親しい人々」に関しても同様の情報を知りたいという需要で、特に「どのようにしてその人をいたわればいいのか」に関心が集まっていたという。

人間関係まで機械に頼るのはちょっと‥、という感想もあるかもだけど、私はこれで2人の関係が円滑になるなら素晴らしいと思うし、身近な人の不調には早めに気付いてあげたい。

Angry tiger
誰だって奥さんの牙を見ないに越したことないじゃないですか
(画像:Tambako the Jaguar)

現時点のアイディアでも、十分におもしろそうなものが挙げられていた。さらに想像もつかない便利なアプリケーションも、今後提案されていくだろう。インターネットやスマートフォンだって、黎明期には想定されなかった文化を生み出している。
「自分情報」がもたらす可能性の大きさが、私がその爆発的増加に同意する1つめの理由だ。

キーテクノロジーは「ウェアラブル」と「コンテキスト」

情報爆発の第1段階、第2段階とも、その到来にあたっては、Windows95(家庭用PCの普及)とインターネット、スマートフォンとSNSという、革新的なハードやソフトの存在があった。第3段階は何によりもたらされるか。これは「ウェアラブル」と「コンテキスト」になると思う。

佐々木俊尚著『ウェアラブルは何を変えるのか?』(2013)では、「ウェアラブル」は我々の身体をセンシングし、IoTに取り込むことを目指すとする。このテクノロジーは到達点として、我々の身体能力を拡張し、また我々をインターネットのノードに変え、やがて両者を融合させることになるだろう。これは前回紹介した通りだ。

本書『自分データは自分で使う』は「自分や他人を深く知る」ことのニーズを、ユーザの生活や価値観に着目して説明していた。
一方で、ウェアラブルやIoT、ビッグデータ、人工知能といったテクノロジーも、ネットワークとセンサーを介して「人間を知る」方向に進んでいる。ここで期待されるのが機械による「コンテキスト」の理解だ。機械は人間の状態や行動を解析し、その人が何をしたいのか、何を欲するのかという「コンテキスト」を事前に汲んで、指示を待たずして行動できるようになる。

「人が自分や他人を知る」だけでなく、「機械が人間を知る」ことも起きていく。この過程で生み出されるのは、人をセンシングして得られるバイタルデータや、行動分析に基づく予測値であり、本書が「自分情報」と呼ぶものに他ならない。
このことから、テクノロジーの進化もまた自分情報の爆発を引き起こす要因になると予想する。

 

ところで第2段階の情報はどうなるの?

以上、本書が整理した情報爆発の3つの段階と、これからはSNSを通じた発信に変わり「自分情報」が爆発的に増えるという未来を紹介した。
ポイントとなるのは、センシングや行動分析により我々自身の「中身」が明らかにされ、情報化されるという点だろう。情報化された「自分」がどんな問題を生み出し、自分との対話がいかなる文化を生み出すのか、これから起こる変化を楽しみにしたい。

ところで、第2段階の変化、つまり友人とのコミュニケーションは変わらないのか。本書は現在起きている変化として、「つながりからの離脱」や「ひとりの時間の増加」など、コミュニケーションが減り孤独に向かう傾向を紹介している。この変化は各人が自分自身に向き合い「自分情報」を爆発させる、という予想の根拠でもあったのだけど、本当にそんな方向に進むだろうか。これについて次回紹介したい。

 

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