「心」のリバース・エンジニアリングが拡げる人の能力と可能性(『フューチャー・オブ・マインド』書評)

いなたくんへ

物理学者ミチオ・カクの『フューチャー・オブ・マインド』(2015)は、脳科学・神経科学の見地から「心」の原理を探った一冊だ。
例えば本書は、我々の持つ「意識」について、周囲の環境に対して認識される世界のモデルを構築することである、と仮説を立てる。これを人工知能に当てはめると、人工知能が人間並みの知性を得るまでの道筋が見えてくる。これは次の記事で紹介した通りだ。

心を構成する各機能は、それぞれ脳の特定部位により駆動される。駆動の原理を解明すれば、「心」の工学的な利用が可能になる。本書を読むと、脳のインターネット接続や、記憶のデジタル保存、脳の高機能化など、様々な技術がすでに実現していることを知り、驚く。

今回は、本書で紹介されていた技術をまとめるとともに、人間の能力がどこまで拡張されるのか、我々にどんな未来が訪れるのか、考えてみた。脳の仕組みがわかると、こんなことができるのね! という驚きを共有できれば幸いだ。

フューチャー・オブ・マインド―心の未来を科学する

Summary Note

脳内の思考を読み出して、伝え、つながる

  • 1.思考の読み取りと映像化
  • 2.BMIを用いたサイコキネシス
  • 3.ブレイン・ネットで脳と脳とが直接つながる

脳の回路構造を解明して、ハックする

  • 4.原因解明による精神疾患治療
  • 5.脳内に直接スイッチを設置して、病気を治す
  • 6.マインド・コントロールが現実になる
  • 7.脳のクロックアップで人工的に「天才」を作る

 

思考を読み取って、伝え、繋がる

脳内の思考を読み取ることができれば、発話したり、身体を動かすことなくコミュニケーションが可能になる。問題はそれを何に伝え、何と繋がるかだ。

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1.思考の読み取りと映像化

「思考の読み取り」はすでに実用化された技術である。例えば本書では、考えただけでタイピングできる「脳波タイプライター」が紹介されていた。グーガー・テクノロジー社製品の場合、思い浮かべたことを1分間に5~10文字タイプできる。

原理は簡単で、まず最初に脳波のパターンと、その脳波パターンがどの言葉と結びついているかの「辞書」を作る。辞書ができれば、あとは脳波を検出して、検出した脳波とマッチする言葉を出力すればよい。

この応用として、カリフォルニア大のギャラント博士の研究も紹介されていた。脳波パターンとイメージの特徴(輪郭、質感、色、濃度等)とを結び付けることで、思い浮かべたイメージの映像化にも成功したのだ。

脳波の読み取りはMRI等で行われる。これら読み取りデバイスをいかに小型化するかは課題であるが、著者は、いずれは携帯型MRIの開発も可能であるとしていた。また、プライバシーや、警察が尋問中に思考を読んでも許されるのかなど、倫理的な問題にも言及している。

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グーガー社は脳波を利用した様々な製品を開発している

「あの人誰だっけ…思い出せない!」という時でも、脳内イメージの映像化ができれば、あの人を心に思い浮かべるだけでスマフォに表示され、「ほらこの人!」と伝えることができるようになる。

非常に便利だが、本書の指摘の通り、警察での尋問や裁判の証言などで「合法的に」思考の読み取りを強制できるようになったとき、思考の位置づけをどうとらえるかは議論が必要になるだろう。

例えばビッグデータ解析を解説した『ビッグデータの正体』(2013)では、犯罪予知が実現しつつあるものの、「犯罪を起こそうと考えていること」と、「実際に犯罪を実行したこと」では意味合いが全く異なり、取扱いに注意すべきと指摘している。思考の読み取りでも同様の議論は起こるだろう。

脳波の測定方法を考えると、道を歩いていて思考を読まれてしまう、ということまで起きることはなさそうだ。しかし技術が発達すれば、合コン相手の感情を読むくらいはできそうだ。やられたときの対策として、無の境地体得を急ぎたい。

同様の原理で、夢のビデオ撮影も可能になる。この影響については次の記事で紹介する。

2.BMIを用いたサイコキネシス

MRIのような非侵襲の手段の場合、脳から読み取れる情報には限界がある。そこで脳内にチップやセンサを埋め込み、直接神経シグナルを取りだすことで、さらに高精度な処理が可能になる。これはブレイン・マシン・インターフェイス(BMI)やブレインゲートと呼ばれる。

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このような電極付き1mm角チップを脳表面に埋め込み、信号を取り出す

本書では、脊髄損傷したサルの脳に電極付きのチップを埋めて、信号をサルの腕に直接送り、腕を動かせるようにした事例を紹介していた。あるいは脳チップを通じて、地球の裏側にある人型ロボットの操作もできたという。

特に興味深かったのは、脳の信号を外部に伝えるだけでなく、逆に外部装置側でセンシングした情報を脳側にフィードバックして、触覚が再現できる点だ。すると、外部装置を文字通り身体の一部にできる可能性がある。

今後IoTの発展により「繋がれる」デバイスが増えることで、人間の可能性が広がることを本書は示唆している。
脳チップを通じた外部装置の操作は本書の例に限らず、いくつものニュースで実績が紹介されていた。

F-35はあくまでシミュレーション空間上のものを飛ばしたそうだが、脳波で操作できるのは、義手など人間の身体を模したものに限られないことがわかる。外部装置から脳へのフィードバックを工夫すれば、私たちは「人間でない別のもの」になれる可能性だってあるわけだ。

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ちなみに脳波はミノフスキー粒子の影響を受けないとされ、兵器への転用も可能だ

3.ブレイン・ネットで脳と脳とが直接つながる

思考の読み取り、思考による外部装置の操作に続くのは、思考を他人に伝える研究だ。本書では、脳の信号をネットワークを介して他人に伝え、他人の腕を動かした実験を紹介していた。
この実験については次の記事でも紹介した。他人の意思で自分の身体が動くというのは、一体どんな感覚だろうか。ちょっと試してみたい気も。

関連するニュースでは、ラット同士でのインターネット経由での記憶の伝達や、人間の被験者間の思考通信といったものもあった。

著者はこうした技術について、いくつかの展望を述べている。
その1つがエンターテイメントだ。脳内情報を直接伝達できることで、ダンスやバンジージャンプの「経験」を電子メールに添付できたり、俳優の五感を記録して映画館で追体験できるようになる。
俳優の五感記録となると、演じる方には相当な才能が求められそうな気もする。サイレント映画からトーキー(発声映画)への変化のように、俳優に求められる才能も変わっていくのかもしれない。生の感性そのものが商売道具になるわけだ。

もう1つが、脳同士をネット接続しての「ブレイン・ネット」の提唱だ。著者によれば、脳内で行われる思考は、例えば感情や感覚のような、言語に変換される以前のカタチをしている。ブレイン・ネットはこうした非言語的メッセージのやり取りを可能にする。

 

脳の回路構造を解明して、ハックする

脳の機能を明らかにすることで、脳の疾患に起因する疾病の原理を突き止められる。これにより疾病治療ができ、さらには人工的に脳の機能を向上させ、天才を作りだすことも可能になる。

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4.原因解明による精神疾患治療

脳構造の解明により治療できる疾病の1つが、精神疾患だ。精神疾患の原因として、脳がダメージを負った場合や、脳内で誤配線が起きた場合がある。本書では、いくつかの精神疾患の原因を、脳科学・神経科学の見地から説明する。

例えば前帯状皮質は、理性的思考を司る前頭前皮質と、感情を司る辺緑系とを繋ぐ部位だ。ここが不調になると、現実と作り物との区別ができなくなり、いわゆる統合失調症と呼ばれる状態になる。
また、双極性障害(躁うつ病)は、分析的判断を行う左半球と、総合的判断を行う右半球とのバランスが失われることで、悲観と楽観との振れ幅が大きくなって起こるとされる。

本書は、原因が特定されれば、当該部分の神経伝達物質を治療するなどして、症状を改善できるとしている。例えば強迫性観念について、薬で治療できた臨床例が紹介されていた。強迫性観念は「鍵かけたっけどうだっけ」「なんかキモチワルイ」「うーん、確認しに家に戻ろう」と、何度も確かめに戻ってしまう症状だ。現実か否かを区別する眼窩前頭皮質、不快感を司る帯状皮質、そして行動を身体に命じる尾状核が不調になって起こる。

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Old Door Knob / B Lee Vet Photos

最近のニュースでは、アルツハイマーの原因物質を排除する方法の発見があった。認知症の一種であるアルツハイマーは、アミロイドβなる物質が脳内にたまり、神経細胞が死滅することが原因と考えられている。大阪市立大学の研究では、アミロイドβを捉えられるたんぱく質の利用が提案されている。

もちろん全てではないが、脳に起因する病気のいくつかは、このように薬で治療できる可能性がある。そのために必要になるのが、脳構造の解明なのだ。

5.脳内に直接スイッチを設置して、病気を治す

投薬でなく、脳内に直接スイッチを入れて直す方法もある。

1つは、脳内にプローブ(電極)を設置する脳深部刺激術と呼ばれる方法だ。例えば難治性鬱病に対して、電極で視床に定電圧をかけて刺激し、ニューロンを活動させて脳のバランスをとる。精度の問題はあるようだが、鬱病の治療法として期待されるという。

パーキンソン病に対しては、光遺伝学と呼ばれる技術が紹介されていた。脳内の特定のニューロンに無害なウィルス感染させ、光感受性を持つ性質に変えてしまう。すると、光の照射の有無で、そのニューロンの活性・不活性を切り替えられるようになる。これでパーキンソン病の原因となる神経経路を制御し、治療できるというわけだ。
光遺伝学は病気の治療だけでなく、脳内の特定ニューロンを人工的にスイッチする方法として、様々な用途が期待されているという。ただし光をあてるために、脳内にワイヤを埋め込む必要がある。

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「やる気スイッチ」の実現に期待大

脳を直接制御するこの方法は、効果は大きそうだが、正直なところ抵抗も感じざるを得ない。心や身体のコントロールが外部化できるということは、誰かに制御を奪われる可能性もあるからだ。こうした物理的なマインド・コントロールについて、著者も見解を述べている。

6.マインド・コントロールが現実になる

脳の快楽と苦痛の中枢に電極を埋め込むことで、独裁者は人々をパブロフの犬のように支配することができる。著者はそんな未来を挙げ、しかしディストピアが現実になることはないとする。こうしたテクノロジーは、その発達自体が監視され、悪用が防がれること、ヒトを支配するためには脳に電極を埋め込むよりも低コストな方法があること、などが理由だ。

しかし本当に楽観視できるだろうか。
脳内へのスイッチ設置は、独裁者により強制によるとは限らない。

私としては脳内にスイッチを置けたこと自体が驚きなのだが、さらにテクノロジーが進化すれば、よりコストがかからず、より侵襲しない方法での実現もできるようになるだろう。脳に直接手を加えることは、後述する脳のクロックアップなど、得られるメリットが大きい。もしかしたら未来では、脳内にスイッチを設けることが一般的になることもあるかもしれない。

その場合に、悪意を持った誰かが脳をハックすることで、人々の挙動を制御することはできるかもしれない。あるいは、悪意でなく善意で行われることもあるはずだ。SFマンガ『銃夢』では、政府が市民の脳に「ピースキーパー」と呼ばれる遵法機能を忍ばせ、社会の平和を管理する未来が描かれていた。

7.脳のクロックアップで人工的に「天才」を作りだす

映画『レインマン』に、ウェイトレスが床に落としたマッチ棒の数を一瞬で言い当てるシーンがあった。写真記憶と呼ばれる能力だ。モデルとなった故キム・ピーク氏は、1万2千冊の本を暗記し、一言一句違わず諳んじたという。
知能や芸術的才能が人間離れした人を「サヴァン」と呼ぶ。自閉症の人の10%が何らかのサヴァン能力を持つという。

本書はサヴァンの原因と、人工的にサヴァンを作りだす方法を紹介していた。
本書によれば、サヴァンの原因は左脳にあるようだ。右脳は、直感と想像力に富む芸術的機能を担っている。これに対して左脳は、分析的・論理的機能を担うとともに、右脳のコントロールも行っている。右脳と左脳は別々の意識があるが、普段我々が認識できる自意識は左脳側である、という仮説もある。

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分析・論理の左脳と、直感・想像力の右脳
(画像:PinkPersimon)

このとき左脳によるコントロールが失われると、右脳の能力がむき出しになる。故キム・ピーク氏は右脳と左脳を繋ぐ脳梁がなかったことが分かっている。後天的にサヴァン能力を獲得する人はほぼ、左脳に損傷を負っているという。

そこで本書が紹介するのが、TMS(経頭蓋磁気刺激装置)を用いた実験だ。TMSは磁場により脳の特定部位の活動を止めることができる。そこで左脳の活動を一時的に止めてみたところ、その間だけ、サヴァン的能力を発現したと言う実験結果がいくつか報告されていた。
ただしTMSはまだ精度が低く、止める必要のない脳部位まで止めてしまうので、改良が必要だとされる。

実はこの技術はすでに、我々の手に届くようになっている。次の記事でその影響をまとめている。

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脳のクロックアップを可能にするFoc.usヘッドセットは$99(2015/5時点)(foc.us HPより)

これらニュース記事だけ読んだら半信半疑だけど、本書を読んだ後だと効果を信じてしまう。しかし、脳機能を止めるような装置をDYIで自作して使うなんて、ちょっと勇者すぎはしないだろうか。でも受験生とかだと、頼りたくもなるのかな。

いずれ装置が発達し、安全な使用法が確立すれば、脳のクロックアップは一般的になるだろう。10歳で大学卒業も当たり前な社会が来るかもしれない。さらには、記憶力や認知能力だけでなく、感情や感性と言ったあらゆる能力のON/OFFも、手元のボタンで操作できる日が来るかもしれない。

 

ここまでの制御が人工的にできてしまうと、私たちを形作る人格や個性とは一体何なのか、少し不安になってしまう。「心」をエンジニアリングすることの不気味さであるが、本書で著者はさらに踏み込んだ考察を重ねている。それが、脳の情報の外部化と、それによる肉体からの脱却である。これについて次の記事で考えてみる。

 

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