いなたくんへ
いくつかの未来予測は、21世紀に重要になるテクノロジー分野として、人間の能力の補助・支援・拡張、あるいは人間自体の強化を挙げている。デバイスを人間に埋め込むインプランタブル技術については、以前記事を書いた。
テクノロジー系のニュースをまとめる中で、これら分野の進捗が目についたので、今回は最近のニュースを中心にいくつか俯瞰してみる。義肢、パワードスーツ、そしてウェアラブル・インプランタブルデバイスの3つの観点からまとめてみた。プロトタイプや要素技術が多いが、いずれも未来と、そして人間自身の可能性を大きく広げるテクノロジーだ。
Summary Note
1.最先端義肢
- 高機能化と民主化が進む最先端義肢
2.パワードスーツ
- 米軍のパワードスーツ群
- ソフトロボット衣類
- 脳波と脳マシン・インターフェイスの応用
3.ウェアラブル/インプランタブル・デバイス
- 視力の強化・改良を可能にするデバイス
- インプランタブルデバイスと体内発電
義肢は構成素材の改良に基づく軽量化や、アクチュエーター技術による機能化が進んでいる。
注目したいのは義肢の操作で、神経と接続できるタイプの義肢が登場した。神経を流れる微弱な電気信号に基づき、義肢がコントロールされる。皮膚に電極を付けて電極によるコントロールできるものはあったが、神経に直接繋ぐことで、他の筋肉信号からの雑音や外気温の影響を受けにくくなるという。
さらには、義肢のセンサーが検知した情報を人間側にフィードバックすることで、義肢で触れたものを「感じる」こともできるようになっている。後述するBMI(脳マシンインタフェース)技術も進めば、機械による四肢の再現はさらに進むと予想される。
- 装着した人を疲れさせない「バイオニック」な義足:Cyberlegs(WIRED.jp,2015/3/30)
- 腕を切断して置き換える「サイバー義手」、オーストリアで患者に移植される(スラッシュドット・ジャパン,2015/2/27)
- 神経コントロールによる義手は仕事に使えるレベルになっていた(FUTURUS,2014/10/19)
また、義肢の製作が容易になり、低価格化している点にも注目したい。高度な処理もスマフォで実現できるから、高機能な開発のハードルは大きく下がっている。今後もより安いコストで、多くの人が、義肢の開発に関われるようになるだろう。
- 3Dプリンターが「義足」の民主化を加速する(WIRED.jp,2015/1/18)
- 数万円で作れるロボット義手 handiii 。筋電センサ信号をスマホで解析して駆動(Engadget Japanese,2015/3/27)
なお、失った手足を元に戻すだけでなく、増やすという発想もあるようだ。
次の記事では、腕の本数を増やすエクストラ・アームの研究が紹介されている。アームの操作はユーザが指示するのでなく、人工知能がユーザをサポートするように勝手に動いてくれるとのこと。こちらのデザイナーによるイメージもかっこいい。
サポート技術としては、パワードスーツの普及も始まっている。
「サイバーダイン」「HAL」といったネーミングにも注目の筑波大発ベンチャー・サイバーダイン社は、様々なタイプのパワードスーツを実用化している。社のウェブサイトの製品紹介ページが、未来が垣間見られていい感じ。
最近では、腰部パワーアシストスーツHALの欧州展開が報道された。HALは筋電検出により即時かつインタラクティブなパワーアシストができ、作業用と介護用の2種類がISOを取得している。
民間技術に関してはこんな記事も見つけてしまった。
これまたすごいモビルスーツ感。1年前の記事だけどその後どうなっただろう。パナソニックがんばってほしい。
パワードスーツで進んでいるのが米軍だ。米軍はパワードスースの開発を複数社に競わせているようで、ロッキード・マーティンの油圧駆動式外骨格HULC、レイセオンの運搬作業用パワードスーツXOS-2、米特殊作戦群主導で開発されるTALOSなどがある。
2010年に軍の試験を受けたHULCは、91キロの荷物を持って最高時速16kmで歩けるが、バッテリーは2時間しか持たなかったようだ。
TALOSは歩行・作業支援にとどまらず、暗視装置やリキッドアーマー、傷口を自動検出して治癒する機能までも備えており、意欲的で素敵である。2018年の実用化を目指す。
せっかくアイアンマンを謳うなら、こういうジェットパックとの組み合わせにも期待したい。
米軍のパワードスーツにおける最新のものの1つが、DARPAのWarrier webプロジェクトで開発された、SRI社によるSuperflexだ。次の記事でも紹介されている。
SuperFlexは、靴のセンサとバックパックのコンピュータで身体の動きを予測し、ふくらはぎの装置を駆動して歩行支援する。ポイントは金属シャフトなどを使うのではなく、ワイヤーをモーターで引っ張る仕組みで、下着のように着ることができてしまう。いわゆる外骨格型パワードスーツとは異なる技術だ。
Silicon valley Business Journals記事より
金属シャフトではなくワイヤーで四肢をサポートするというのは合理的だし、懸念されるバッテリへの負担も少なくて済みそうだ。もしかしたらSuperflexは、パワードスーツの進化形の1つを示しているかもしれない。この技術の今後の進展に期待したい。
メカニカルなパワードスーツではなく、Superflexのようなソフトなタイプのものを、「ソフトロボット衣類」と呼ぶらしい。こんなジャンルあるの知らなかった。
英国のロボット研究者チームによる「人工筋肉付きスマート・ズボン」は、反応性高分子による衣服が、人体の筋肉と連動してサポートする。
また、広島大のパワードスーツSEnSは、モーター類を搭載せず、伸縮性のある記事を生理学的・解剖学的見地から多層構成し、運動機能を向上させる。ちょっとファッショナブル。このあたりはユニクロあたりが商品化してもおもしろいかもしれない。
人間と機械の関係では、両者を繋ぐインターフェイスとして、脳波や脳マシン・インターフェイス(BMI)の実験が進んでいる。
脳波の検出は、脳表面の血流を計ったり、磁場を測定したりといくつかの方式があるが、脳波パターンを認識してのインターフェイス化は順調に進んでいるようだ。そしてさらに踏み込み、脳内にチップを埋め込んでしまうことで、より確実に脳内の思考を信号として取り出すことができる。
- SFが実現できる「頭で思い浮かべるだけで目的地に行ける自律走行車いす」の実物走行&知られざる舞台裏を見に金沢工業大学へ行ってきました(Gigazine,2015/2/27)
- 念じただけでロボットアームが動き出す「ブレイン・マシン・インターフェイス」(WIRED.jp,2015/1/27)
ここまでで紹介した義肢やパワードスーツを、脳波やBMIを通じて操作することを考えると、人間と機械の融合がさらに進む。義肢のニュースでもあったが、脳から信号を送って義肢を動かすだけでなく、義肢に搭載されたセンサから触覚を脳に返すことで、感覚さえも再現できる。機械が人間と双方向に、ソフトウェア的にも接続され、まさに身体の一部となるわけだ。
結局のところ突き詰めると、機械による人間の四肢の再現はどこまでいけるのか。義肢やパワードスーツはその意味でも、今後の進展が楽しみな分野だ。
義肢やパワードスーツは、人間に対して機械を付け加える技術だった。次に、人間に機械を埋め込んだり、人間自体を改良する技術についても、最近のニュースを見てみたい。
望遠コンタクトレンズの開発が進められていることは以前紹介した。レンズに液晶偏光フィルムを設け、この液晶状態を切り替えることで、等倍と3倍とを切り替えるというものだ。
この倍率可変型望遠コンタクトレンズについて、まばたきによる倍率切り替えを可能にしたものが発表された。
コンタクトレンズ型のデバイスはいくつか提案されているが、ユーザインターフェイスに踏み込んだ開発にまで至っていて面白い。今後も様々な方式が試され、いずれデファクト・スタンダードとなる操作方法が提案されることになるだろう。それはどんな操作方法だろうか。
コンタクトレンズ繋がりでは、ちょっと古いけど次の記事も紹介する。視覚障碍者に対して、視覚ではなく触覚により脳にイメージを伝えるというもの。
記事の実験では、角膜に空気圧を送って刺激し、この「触覚」により、被験者は数種類のアイコンを識別できるようになっている。実際には電極を用いて刺激する予定とのこと。
脳による映像の認識は、実は眼を通した視覚だけでなく、他の感覚でも再現できることが知られている。例えば、額にビデオカメラをつけて、その信号を舌に送って、味覚器官を介して脳に映像を認識させた例がある。この実験は視力の正常な者が、目隠しをして行った。訓練すると、ビデオカメラの映像を、舌を通して「視る」ことができたという。舌を通して信号を送り続けることで、やがて脳が、それを映像であると解釈したわけだ。
このように、脳の空間認識能力・画像認識能力には問題がなく、外界からの光を集めて脳に送る「眼」というインターフェイスにのみ問題がある場合、眼以外を使って脳に映像情報を送ることができる。実験レベルでは知られていたが、上記のニュースは、これをデバイスレベルで実現できる可能性を示唆しており、期待が大きい。
視力に関する最後のニュースは、目薬により暗視を可能にしたというもの。
深海魚にも含まれるクロロフィル系の薬品を点眼することで、夜の森でも十分に人を認識できたとのこと。副作用が気になるけど、目薬ひとつでここまで眼の性能を変えられるというのはちょっと驚き。視力回復や、赤外線が見える目薬とかもぜひ開発してほしい。
以前、体内に埋め込み妊娠をコントロールできる「避妊インプラント」がニュースになった。2cm四方のチップに、避妊のためのホルモン剤が搭載され、腕などに埋め込み、無線により投与を制御するものだ。インプラントに近いデバイスでは、「避妊インプラントチップ」の他に、タトゥー型電子センサといったものもあった。
- 体内に埋め込んで妊娠をコントロールする無線式「避妊インプラント」、販売へ(WIRED.jp,2014/7/10)
- 電子センサーをタトゥーとして皮膚に直接はりつけます(GIZMODE,2013/3/18)
こうしたインプラント型のデバイスは様々なものが提案されている。その課題の1つは電池だろう。避妊インプラントチップこそ、16年という長期間機能できるようだが、デバイスによってはそこまで長く持たなかったり、電池を積めないものもあるだろう。また、体の中に入れるものだから、開発者も電池の取り扱いには神経質になるはずだ。
エネルギーの課題を解決する可能性があるのが次のニュースだ。
「人の体内 筋肉で発電: 埋め込み型医療機器動かす」というタイトルの日経産業新聞記事で、下記ページから読むことができる。筋肉の収縮による発電で、体内の医療機器への宮殿に十分な100マイクロワット以上の発電ができたというものだ。
インプランタブルデバイスに関連するキーワードとしては、ナノマシン医療や、生物のインターネット化がある。身体を使った発電技術は、こうした人間と機械脳融合分野において、大きく貢献することになるだろう。
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以上、最近のニュースから、特に人間の強化・改良の観点でおもしろそうな話題を選んでみた。プロトタイプや要素技術が多かったが、いずれこれらの技術が成熟し、組み合わされて、一大分野を築く日も遠くはないだろう。