いなたくんへ
クリエイティビティとか、豊かな創造性とか、一体どうすれば身に付くだろう。「誰も思い付かなかったアイディア」「驚きの発想」ができればカッコいいけど、結局ありきたりなものしか出てこない。そんな絶望的な気持ちになったときには、次の言葉が参考になるかも。
アイディアは既存の要素の新しい組合せ以外の何物でもない。
ジェームズ・W・ヤング
ジェームズ・W・ヤングは広告業界で名を馳せた人物。この「発見」を示した著書『アイディアのつくり方』は、1940年の初版以降いまも世界で売れ続ける、発想法の原典の1つだ。
この言葉は、アイディアはゼロから生まれるわけではなく、何もないところから無理やりアイディアを生もうとしても、できなくて当たり前ということを示している。
それでは新しい組合せを探すにはどうすればいいのか。その体系的な方法論として、ソ連の特許審査官ゲンリッヒ・アルトシューラーは「TRIZ」を提唱している。特許とは新規かつ進歩的発明に与えられる権利である。アルトシューラーは何千件もの発明を審査する中で、発明を形づくるパターンが有限であることに気が付いた。そのパターンを40の原理に体系化したのが「TRIZ」だ。
TRIZ解説本はいくつもあるが、『トリーズの発明原理40』(高木芳徳著,2014)では、40の原理を3系統・9つのグループに分類し、各パターンの利用シーンを示すとともに、わかりやすいシンボルで提示する。TRIZを日常のツールとして、創造の場面ですぐ使えるよう工夫した便利な一冊なので、ここに紹介したい。
TRIZの全体像の前に、本書の最大の特徴である「シンボル」について紹介してしまおう。
アルトシューラーは発明を生むための原理を40の要素に落とし込んだ。著者はこの40の原理について、基本的に「暗記すべし」というスタンスをとっている。
私は40原理を覚えたことで、英単語をもう400語覚えるよりもずっと技術者として豊かな生活を送れていると断言できます。
その場その場で適した原理を反射的に思い浮かべられれば、アウトプットを広げられることは確かだろう。私は最初「暗記せずとも本を参照すればいいじゃん」と思っていたが、40パターンを眺め終えると、やっぱり覚えておきたくなってしまった。そのための工夫の1つめが、40の原理をそれぞれ対応するシンボルだ。
本書が提案する40原理のシンボルはデザインがユニークで、見ているだけでも楽しめる。一例を紹介しよう。モノやコトを「分ける」ことで問題を解決する4つの原理は、次のシンボルで表される。
例えば「#1 分割原理」は、空間、時間、絡み合う問題などを分割することで問題を解決する原理だ。具体的には、弁当箱に仕切りを設けたり、会議室の使用スケジュールを時分割するといった例が挙げられる。分割原理のシンボルは、「1」の数字が円を分割するように表されている。
「#3 局所性原理」は、重心をずらすなど、偏りを敢えて生み出すことによる発明原理だ。そのシンボルは「3」の数字が要素Nを寄せる形で表されている。
本書が親切なのは、各原理の説明だけでなく具体例も示しているところだ。
例えば「#4 非対称性原理」は、対称性を敢えて崩すことによる問題解決アプローチだ。という説明だけだと、この原理をどう使えばいいのか中々イメージしにくいところ、本書はいくつもの具体例を示すことで、原理の使い道をわかりやすくしてくれている。
典型的にはコネクター形状を非対称にすることによる逆挿入防止がある。さらに他の具体例を読むと、バランスを作ることや、エネルギーを生み出すことも、なるほど非対称の利用だと気づかされる。
ところで、思考支援ツールとして有名なTRIZは、どのような全体像になっているだろう。実はTRIZを使おうとしたら、40の発明原理を覚えるだけでは不十分だ。キーとなるのが「矛盾マトリックス」の存在で、本書は発明原理の説明に入る前にその紹介を行っている。
アルトシューラーは発明原理(=解決方法)を体系化しただけでなく、そのもととなる「解決すべき課題」をも抽象化している。「特性パラメーター」と呼ばれる39種類の課題で、39×39の特性パラメーター同士の表が「矛盾マトリックス」である。
例えば自動車を軽量化することを考えたとき、かわりに強度が損なわれてしまうことがある。トレードオフの関係だ。TRIZ的に言えば、「移動物体の重量」と「強度」の2つの特性パラメーターが矛盾した状態となる。
ここで矛盾マトリックスを見ると、特定された2つのパラメーターの両者を両立させる解決策として、どの発明原理が使え得るかが示されている。
矛盾マトリックスによれば、この課題を解決するためには次の4つの発明原理が考えられる。
- #28 メカニズム代替原理
- #27 使い捨て原理
- #18 機械的振動原理
- #40 複合材料原理
「#28 メカニズム代替原理」は、システム中で機械的に実現していたものを電磁波などに置き換える原理だ。機械的強度が劣る部分を代替することで、重量を下げつつ全体の強度を上げられるかもしれない。
「#27 使い捨て原理」は、ちょっとひねって戦車の爆発反応装甲が思いつく。受けた攻撃に対して敢えて自ら爆発することでダメージを相殺する技術で、防御力(=強度)を保ったまま装甲重量を軽減できる。
「#40 複合材料原理」はまあそのままだよね。複合材料すごいよね。
「#18 機械的振動原理」は、機械的振動を加えることで問題を解決するアプローチだが、これについては私は具体例が思いつかない。もしかしたらまだ誰も気づいていない発明のヒントがあったりして。
まとめると、TRIZでは次のアプローチで発想していくことになる。
- 1.矛盾を見つける
- 2.矛盾マトリックスに基づき、矛盾を解決可能な発明原理を特定する
- 3.発明原理を参考に考えてみる
『アイディアのつくり方』が言うように、アイディアが既存の方法の組み合わせに過ぎないとして、組み合わせ、つまり「工夫」の方向性を一気に絞り込んでくれるのがTRIZだ。場合によっては、気付けていない道筋までも示してくれる。
もちろん具体的な解決方法は自分で考えなければならないが、方向性の検証をショートカットできるのは大きい。
ちなみに特許出願書類では、「発明が解決しようとする課題」と「課題を解決するための手段」とを明らかにする必要がある。後者の「手段」とはすなわち特許を受けようとする発明そのものだ。そして発明を説明する前段として、「課題」の特定が求められる。課題(=矛盾)は発明を説明するための不可欠の要素であり、密接な関係があるということだ。
課題(=矛盾)から解決手段(=発明)をダイレクトに導くTRIZは、特許審査官だったアルトシューラーならではの発案と言える。
著者が40の発明原理の暗記を推奨していることはすでに伝えた。しかし親しみやすげなシンボルがあったとしても、さすがに40すべてを丸暗記するのはツラい。
本書はそこでさらにもうひと工夫してくれていて、40の発明原理を使用シーンに合わせて3分類し、かつアプローチに応じた9つのグループに分けて、記憶可能な個数に落とし込んでくれている。私はこの分類こそ本書の醍醐味と思っている。
本書による分類は次の通りだ。
特定のものにしばられず広く活用できる発明原理とされ、次の3つのグループを含む。
- 1.分ける(分割/分離/局所性質/非対称性)
- 2.合わせ(組合せ/汎用性/入れ子/釣合)
- 3.事前に(先取り反作用/先取り作用/事前保護/等位性)
構想系に対してより形のあるものに関連した工夫であり、システムを設計し、実際に作り上げるステップに対応した、システム一般にあてはめられる発明原理。
- 4.変形(逆発想/曲面/可変性/アバウト)
- 5.効率化(多次元移行/機械的振動/周期的作用/連続性)
- 6.無害化(高速実行/禍福/フィードバック/仲介)
- 7.省力化(セルフサービス/代替/使い捨て/メカニズム代替)
構想系、技巧系よりもさらに具体的な系統で、個々の適用範囲は狭いものの、実際に物質を扱う場合に速攻性のある発明原理。
- 8.変材(流体作用/薄膜利用/多孔質/変色/均質性/複合材料)
- 9.変相(パラメータ変更/排除再生/相変化/熱膨張/高濃度酸素/不活性雰囲気)
もちろんこれら9グループをパッと見ただけではわかりにくいかもだけど、本書を一読すれば頭に入る。また本書は最後に、下記のようなまとめのチャート図も用意してくれている。この見方は実際に本書を読んでみてね。
『アイディアのつくり方』は、アイディアが既存の要素の新しい組合せに過ぎないとする。実際の特許審査もこれを裏付けているように思う。
特許出願すると特許庁審査官に審査され、不備があればその理由を記載した「拒絶理由通知」が送付される。拒絶理由通知を受ける割合は8割とも9割とも言われており、そのほとんどが「進歩性」に違反している旨の指摘を受ける。
「進歩性」とは、発明が、先行する技術、及び先行する技術同士の組み合わせに対して、容易に成し遂げることのできない困難性を有することを求める要件だ。
つまり特許出願した発明のほとんどは、一度は審査官に「既存技術に毛が生えたか、平凡な組み合わせや置き換えに過ぎでしょ」と指摘されていることになる。出願前に先行例がないか調べ、費用をかけて申請された出願が、だ。
ちなみに出願人は拒絶理由通知に対して、権利請求する発明の内容をより詳述する(=特許権の範囲を狭める)などして、権利化を目指すことになる。
年間30万件の特許出願でさえ、多くは組合せと見なされる。何もないところからいいアイディアを生み出そうというのは無理があるのだ。
その点、日常にある矛盾を観察して、その解決方法をTRIZを利用して見つけ出すというのは、イノベーションに近づくためのショートカットになる。本書はそのガイダンスとして最良の一冊になるだろう。
WIRED創刊編集長のケヴィン・ケリーは、著書『テクニウム』(2014)でテクノロジーの進化の原理を探っている。その中でも興味深い指摘の1つが、「イノベーションには固有の順番がある」というものだ。
つまり、それ以前のテクノロジーによってすべて必要な条件が揃えられたときに、新しいテクノロジーが生じるということを意味しているだけなのだ。「必要条件となる知識や道具が整ったときに、発見は事実上必然となる」と、同時に起きた発明を研究した社会学者のロバート・マートンも言っている。
『テクニウム』より
ケヴィン・ケリーは、発明が出現する順番は予め決められており、時計を巻き戻して世界を再び再現しても、同じ順番で発明があらわれると考える。詳しくは次の記事でも紹介した。
ある課題を発明が解決したとして、さらに次なる課題が顕在化する。「課題の出現」と「発明による解決」の連鎖が、世の中を今日まで進歩させてきた。『テクニウム』の指摘の通り発明の出現に順序があるなら、課題と解決方法を結ぶTRIZは、その連鎖を加速させるツールとなるだろう。
ここで気になるのが人工知能の存在だ。現在研究開発に人工知能による分析を応用する事例が増えている。例えば次のニュース。
物質・材料研究機構は人工知能などデータ科学を駆使して新材料を開発する研究拠点を設立した。東京大学や東北大学など14大学とトヨタ自動車など17社が参加する。2030年ごろまでに、1回の充電で500キロメートル走る電気自動車用の蓄電池や工場の廃熱から効率的に発電する素子、レアアース(希土類)が不要な高性能磁石などの実現を目指す。
従来は研究者が原料の配合や製造法などを試行錯誤しながら、10~20年かけて新材料を開発してきた。最新のデータ科学を活用することで、より短期間で開発できるようにする。
日経新聞記事より
矛盾を見つけ出して、それに適した発明原理でのアプローチを行う。このステップをヒトによる試行錯誤でなく、人工知能による総当たりで行えば、発明の連鎖はさらに加速していくかもしれない。本書を読んでそんなことも思った。