米国国家情報会議という、CIA内部部門を前身とする、中長期予測を目的とした機関があります。大統領選に合わせて4年に一度、15~20年程度のスパンの将来予測レポートを作成し、大統領や閣僚はこのレポートを元に米国の戦略を考えます。
レポートは今は一般公開されていて、日本では『2030年世界はこう変わる』(2013)のタイトルで出版されました。原書は『Global Trends 2030』という題で2012年の発行です。
本書は「アメリカでは、中・長期の未来予測を必要とする人々は、(中略)皆このレポートから考えを出発させる」としており、信頼性の高いレポートの1つと言えそうです。
今回は本書が述べる「4つのメガトレンド」と「6つのゲームチェンジャー」について考えてみます。
Summary Note
4つのメガトレンド(本書より)
- 1.個人の力の拡大
- 2.権力の拡散
- 3.人口構成の変化
- 4.食糧・水・エネルギー問題の連鎖
6つのゲームチェンジャー(本書より)
- 1.頻発する世界経済の危機
- 2.国家の統治力の変化
- 3.大国衝突の可能性が高まる
- 4.広がる地域紛争
- 5.今後の世界を大きく変える4つの技術革新
- 6.米国の役割の変化
本書は「メガトレンド」「ゲームチェンジャー」「シナリオ」の3つの章から構成されています。最後の「シナリオ」はオマケのようなもので、ほとんどはメガトレンドとゲームチェンジャーの紹介でした。ここでは、本書が述べるメガトレンドとゲームチェンジャーをまとめます。
なお、各項目タイトルの一部は、本書記載のままではなく、私見に基づき変えています。項目ごとに書き出した箇条書きの要約も、私の個人的な理解に基づくものです。正確には本書を読んでください。
本書はメガトレンドを「世界の今後を占ううえで無視することのできない大きな流れ」「2030年に向けて国際社会を変化させる不可避な構造変化」と定義します。流れは現時点でも既に存在するものですが、今後15~20年でより顕在化していきます。
1.個人の力の拡大
- 貧困は減少、新・中間層が台頭し、先進国購買力は低下する
- 政教融合型ハイブリッド近代国家の登場と、宗教の重要性の向上
- 通信技術の発展が国家と個人の関係を変える
2.権力の拡散
- アジアが再び国際社会・経済の主役になる
- 覇権国はなくなり、発言権を持つ国家が増え、国際社会の再編が急務になる
- 非政府組織や民間ネット企業、ネットワークの発言力が向上する
3.人口構成の変化
- 高齢化、若年人口減少、移民増加、都市化が起こる
4.食糧・水・エネルギー問題の連鎖
- 2030までに食料需要は35%拡大するが、食料生産量は減少する
- 2030の水需要は、現在安定供給可能な水量を40%上回る
- シェールガス革命が大きな影響を及ぼす
- 再生可能エネルギーは増えない
Beautiful Wind Turbine for Renewable Electricity Generator / epSos.de
ゲームチェンジャーとは「構造的な変化ではないものの、国際社会が最近見せ始めている「傾向」」で 、本書は「これらの傾向は、国際社会を「ゲーム」に例えた場合、そのゲームの流れを大きく変えてしまうほどの力を秘めている」と指摘します。
1.危機を頻発する世界経済
- 先進国と新興国・途上国とで統一見解を見いだせぬまま、政治・経済上の危機に対応せざるを得ない状況に陥る
- 世界経済の危機に対して、今回は労働力による回復には期待できない
- 中国経済は鈍化、日本と欧州に不安、インドに期待
2.国家の統治力の変化
- ハイテク技術の発展が政府機関の統治に影響を及ぼす
- 欧米諸国が強い権限を持つ国際機関は、2030までにその形を変える
- 「危険な中間地点」国家、「民主化不足」国家の未来に懸念、中国は民主化に成功する
3.大国衝突の可能性が高まる
- 米国の軍事的優位性は変わらない
- 中国・インドが同時に台頭すれば、互いの不信感は高まる
- 水が紛争の火種になる
4.広がる地域紛争
- 中東、南アジア、東アジア、欧州が将来たどるシナリオと、その影響
5.今後の世界を大きく変える4つの技術革新
- 情報技術(データ処理、ソーシャルネットワーク、スマートシティ)
- 機械化と生産技術(ロボット、自動運転技術、3Dプリンタ)
- 資源管理技術(遺伝子組み換え食物、精密農業、水管理)
- 医療技術(病気管理、能力強化)
6.米国の役割の変化
- 2030年の米国は「覇権国」から「トップ集団の1位」に変わっている
- 楽観的シナリオが実現したとしても、米国経済の相対的存在感は低下する
本書冒頭に、次のような「本書を読む上での注意点」が書かれていました。
未来予測は外れることが多いから、ちがう未来展開の可能性がたくさん書いてる。どういう条件下でどういう可能性があるかをしっかりつかまないと、誤読する可能性が大きい。(中略)
最悪のシナリオと最善のシナリオではまったくちがう世界が生まれる。日本は最悪のシナリオなら滅んだも同然だが、最善のシナリオならまだまだいける。
本書より
本書の未来予測には幅があり、同じイシューでも複数のシナリオが提示されています。予測の一部を切り取って自分の見たい未来を見ることもできるでしょうが、それでは意味がないということですね。
decisions (cc) / marfis75
すでに述べた通り、本書が主として伝えるのは「2030年はこうなるだろう」というシナリオではなく、2030年に影響を与える可能性が(相対的に)高い「変数」です。
変数は、紹介した通り、世界がおそらく進んでいくだろう4つの大きな潮流「メガトレンド」と、今後世界を分岐させうる6つのトリガ「ゲームチェンジャー」に分かれていました。
この4×6をどう組み合わせ、どんな未来を予想するかは、読者の想像力に委ねられています。
これら10の変数は、実は互いに独立しているわけではありません。たとえばメガトレンドの1つである「水問題」は、ゲームチェンジャーの1つである「大国間の衝突」の原因となりえますし、さらには「技術革新」の速度がこの前提を覆す可能性もあります。
こうした相互の関係性も考慮しながら、10の変数が示す未来を自分で探さなければなりません。
予測の結果ではなく「考えるための材料」を提供している点がおもしろいですね。他の本やニュースを見ながら未来を考えていくうえで、参考になるガイドになりそうです。
本書は最後に、10の変数を組み合わせて現れるシナリオを4つ提示してくれています。
本書自身もあくまで例示の1つと述べており、私もオマケに過ぎないと思ってますが、一応ここに概要だけ紹介します。
- 欧米が没落して世界のグローバル化が停止、自由貿易圏が消滅した2030年(シナリオ1)
- 南アジア軍事協力をきっかけとして米中が協力し、世界経済が発展した2030年(シナリオ2)
- 経済格差が世界に広がり、テロや宗教原理主義が活発化した2030年(シナリオ3)
- 非政府機関や個人が世界をリードするようになり、国家がその役割を変えた2030年(シナリオ4)
経済や国際関係と言った外的環境の変化だけでなく、シナリオ4のような、国家自身の在り方の変化にも言及されていて興味深かいです。ネットワーク技術により人々が国境を越えて組織化され、発言力を増す。この未来はいくつかのメガトレンドやゲームチェンジャーで示唆されており、提示されたシナリオの中でもいちばん非線形な予想だと思います。
たとえば提示された4つのシナリオのうち、実際に起こるのはどの未来でしょうか。どのシナリオも聞くと可能性が高そうに思えます。
私の予想は「このいずれにもならない」です。
地政学に基づき今後100年の国際関係を予想したジョージ・フリードマン著『100年予測』(2009)では、その冒頭で、20世紀の100年間がいかに人々の予想を裏切る推移を経てきたかを説明していました。
たとえば、20年後に欧州のいくつもの帝国が消え去ることを、1900年に想像できた人。20年後に再びドイツが欧州を征服すると、1920年に想像できた人。あるいは、20年後にはドイツの世界が滅び米国が世界を席巻すると、1940年に想像できた人。こうした人がどれだけいただろうか、と。
20年という時間は私たちが想定するよりもずっと自由度が高く、従ってあるシナリオがいま予想できてしまうのならば、それよりもさらにひと捻り、ふた捻りされた未来に進むのではないか。私はそのように考えています。
本書で提示された10の変数も、より柔軟な発想で組み合わせて、未来の「正解」を見つけたいですね。
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次回以降で、本書が述べる10の変数のうち、具体的な内容について見ていきたいと思います。
- 2030年、世界のかたちを作りかえる4つの技術革新(『2030年世界はこう変わる』書評2/4)(2014/9/3)
- 2030年、民主化に成功した中国は世界の秩序を書き換えられるか(『2030年世界はこう変わる』書評3/4)(2014/9/10)
- 2030年、経済的地位低下が決定的な日本は、生き残れるのか(『2030年世界はこう変わる』書評4/4)(2014/9/15)