メイカー・ムーブメント時代の知財戦略 2/2:企業と特許・法律事務所の戦略

クリス・アンダーソン著『MAKERS』(2012)では、3Dプリンタをはじめとするデジタル工作ツールの普及や、オープン・ハードウェア開発のコミュニティの発達、小ロット生産を可能とする工場、ハンドメイド製品の流通の場の登場など、ハードウェアビジネスをめぐる様々な変化が紹介されています。

MAKERS―21世紀の産業革命が始まる

こうした「メイカー・ムーブメント」は、ハードウェアビジネスに留まらず、これを支える知的財産の世界にも大きな影響を及ぼすことになりそうです。侵害行為の個人化への対策や、プラットフォームによる権利関係の整理といった課題について、次の記事で予想を紹介しました。

メイカー・ムーブメントはさらに、ハードウェア・ビジネスを行う大企業や、企業の知財活動をサポートする特許・法律事務所の活動も変えていくことになりそうです。これについても考えてみます。

Summary Note

『MAKERS』が提唱するオープン・ハードウェアの世界

  • 1.デジタル工作ツールや部品の普及
  • 2.オープンソース・コミュニティの登場
  • 3.小ロット生産の場の登場
  • 4.モノのロングテール商品を扱うオンラインマーケットの形成

『MAKERS』の世界が実現したとき、知財の世界では何が起きるか

  • 1.直接侵害者の個人化に伴い、間接侵害規定が見直される
  • 2.プラットフォームによる権利関係の整理が求められる
  • 3.大企業はコアコンポーネント研究に注力し、標準化領域の奥に隠れる
  • 4.特許事務所に求められる役割も変化する


3.大企業はコアコンポーネントに注力し、標準化領域の奥に隠れる

メイカー・ムーブメントが訪れ、個人や小規模主体によるモノづくりが普及したとき、大企業の戦略はどう変わるでしょうか。「大企業にしかできないこと」の視点から、メイカー・ムーブメント時代の大企業の戦略を考えてみます。

「商品企画」や「デザイン」といった工程は個人に奪われるので、大企業にできることは「研究開発」しか残らない

誰でも小さい労力で設計製造できる未来では、様々な優れたデザインやコンセプトが氾濫し、ユーザは膨大な選択肢の中から好みのものを選べるようになるでしょう。多様性が重視される領域では、大企業は優位性を奪われる可能性があります。

一方で、莫大なヒト・モノ・カネをつぎ込んでようやくたどり着く最先端研究は、個人が会社帰りや週末の時間を使って到達することが難しい領域です。
もちろんそれも分野にはよるでしょう。『MAKERS』では、多くの人がウェブ上で集まり、加速度的に改良開発を進めるオンライン・コミュニティを紹介していました。

それでも、極端な例ではありますが、例えば巨大な電子加速器建設が必要になる最先端実験など、単なる「人の量」では手が届かない領域は残されています。これこそが大企業にしかできない領域であり、大企業はこうした先端技術に注力して利益を追うことになるでしょう。

例えば高機能材料

ところで、個人が製造業者となる時代に重要になるものとして、『MAKERS』では高機能材料を挙げていました。FRPのような強度があって加工もしやすい材料は、もの作りの基礎として欠かせません。本書は例えばオープン・ハードウェアの宇宙船を紹介しており、ベンチャー企業でも宇宙に通用するモノづくりができる土台に、高機能材料の存在を挙げています。

『MAKERS』はさらにその先として、「知能材料(intelligent material)」にも触れていました。通常の材料は、工作機械により加工「される」ものです。一方で知能材料は、例えばDNAやレゴブロックのように、自ら何らかのルールをもって自己構成でき、指示さえ与えれば自動的に形を成せるのが利点です。

こうした先端材料は、まさに大企業により研究開発される領域でしょう。

DNA chaos
DNA chaos

重要になる標準化戦略

先端技術の研究開発に注力する大企業にとって、重要になるのが標準化と、それに基づくオープン・クローズ戦略です。

標準化戦略の成功事例で有名なのはインテルです。
インテルはマザーボードのインターフェースを標準化することで、誰でもPC用部品市場に参加できるようにしました。仕様が決まることで、各企業(主に台湾メーカーでした)は比較的簡単にマザーボードや、それに繋がる部品を作れるようになります。自然と値段も下がって、数が売れるようになります。

その一方で、インテルはCPUの中身については公開せず、インテルの高度な技術力が無ければ作れないようにして、その利益の独占に成功しました。

仕様が公開されることでどのメーカーも自由に作れるようになる、というのは『MAKERS』で語られる世界に似ていますが、インテルは標準化戦略を用いることで、そのような世界でも(むしろそのような世界を創り出して)利益を得続けているわけです。

CPU_Intel_80486DX-50
Wikipedia / MOS6502

先端技術研究に注力し、これを用いた基幹部品の製造を担うにあたっては、「インターフェイスの内と外」の棲み分けをいかに仕掛けるかが重要になってきそうです。

メイカー・ムーブメントによりハードウェア・ビジネスがロングテール化し、有象無象のひしめき合う競争のなか、うまく技術を標準化して仕様を一般化できれば、多くのユーザにその技術を使ってもらえるかもしれません。。
このとき、例えば標準化領域を部品のインターフェイス部分に留め、コアとなる部分は知財権やブラックボックス化により守れれば、競争力を確保するできます。

このように、メイカー・ムーブメント時代では、オープンとクローズのバランスの取り方や、自社技術の普及化がより重要になるでしょう。


4.特許・法律事務所に求められる役割も変化する

メイカー・ムーブメントによりハードウェア事業者をめぐる環境が変われば、彼らをサポートする特許・法律事務所の役割も変わっていくことになるでしょう。これは単に事務所の話に留まらず、事務所を通じて権利取得や訴訟を行う、個人や小規模事業者にも関係する話です。どんな変化が起こるでしょうか。

変化1:戦場が大企業間の正規戦から個人間紛争にシフトする

現在、特許紛争の多くを占めるのは大企業による争いです。特に規模の大きな戦いでは、例えばApple対三星の世界大戦が大盛りあがりですね。特許訴訟の本場は米国なので、あまり日本の訴訟データを見ても仕方ないんですけど、次の分析によれば、特許訴訟の半分に大企業が関わっています。

また下記は少し古いデータですが、特許を取得する主体も、中小企業は全体のわずか12%に過ぎません。

しかし、今後ハードウェア製造の主体が個人や小規模事業者に移り、彼らロングテールがマジョリティになった時、特許紛争の主体も大企業から個人や小規模事業者に移ることになるでしょう。

特許・法律事務所と企業知財部の役割の違い

大企業の多くは知的財産を扱う部署を有しており、特許法律事務所とは、例えば次のような棲み分けがされています。

  • 企業知財部は自社事業に関して、自らの責任として他社特許回避、特許出願、訴訟を行う
  • 特許・法律事務所は企業知財部の指揮の下、特許出願事務、訴訟対応を行う

もちろん特許・法律事務所側が積極的に知財戦略や訴訟をコンサルティングする例もあるでしょうが、基本的には、当事者である企業知財部が、自社製品やビジネス状況に基づき様々な判断の主体となります。

出願のほとんど、訴訟の半分が大企業によりされている現在では、多くの特許・法律事務所が上記構図の下にいるはずです。

ITU Patent Roundtable
ITU Patent Roundtable

変化2:戦場の移動に伴い、特許・法律事務所に企業知財部の機能が移る

個人や小規模事業者になると、内部に知財専門のスタッフを置くことは現実的ではありません。知財業務は特許・法律事務所に委託することになるでしょう。このとき事務所には、特許出願や訴訟遂行に加えて、次のような業務が求められることになります。

  • 個人・小企業のビジネス状況に応じた知財戦略の立案・提供
  • 契約業務(クロスライセンスやパテントプール等の戦略サポートおm含む)
  • 他社特許調査と設計回避案の提供・指導

いずれも、大企業知財部により行われている仕事です。
もちろん現在においても、中小企業に対しては、事務所は上記のような知財コンサル業務を提供しているでしょう。とは言え、メインのクライアントが大企業である以上、事務所業界におけるメインの業務にはなりません。

ところがメイカー・ムーブメント時代になると、個人や小規模事業者が増えるため、事務所に対して上記のようなサービスの提供や、戦略的な「判断」が求められる機会も増すことになります。
出願1件あたりの費用でお金を取るのではなく、「これは特許出願せずオープンソースにすべき」とか提案して、そのコンサルティングに対して報酬を受け取り、それが業務の大きな割合を占めるようになるのです。

あるいは、特許・法律事務所の中でも、従来のように出願事務・訴訟を得意とするところと、コンサルをメインにするところとで、棲み分けがなされるのかもしれません。

メイカー・ムーブメント時代の到来に向けて、特許・法律事務所にはこうした変化が求められると予想されます。またこれからハードウェア事業をスタートさせるベンチャーにとって、自らの発明やアイディアを守るために、こうした事務所を有効に活用することが必要になります。

 

以上のように、『MAKERS』で語られるメイカー・ムーブメントによりハードウェア・ビジネスの世界が変われば、知財の世界においても、多くの変化が起きることが予想されます。法制度の改正は現実の変化に対してどうしても遅くなりますが、知財をめぐる今後の動きについて注目です。

ところで、デジタル工作ツールはハードウェアをある意味でデータ化、ソフトウェア化するわけですが、そうすると別の疑念も沸いてきます。そもそも特許制度がその役割を終えてしまう、という未来です。

 

MAKERS―21世紀の産業革命が始まる 国際標準化と事業戦略―日本型イノベーションとしての標準化ビジネスモデル (HAKUTO Management) 不可能を可能にする 3Dプリンター×3Dスキャナーの新時代

 

この記事は、2013/1/10から掲載した次の記事を加筆・修正の上まとめたものです(2015/7/18)。

  • 『Makers』の世界が実現したとき、知的財産の世界では何が起こるか? (2/5) 大企業と標準化(2013/1/10)
  • 『Makers』の世界が実現したとき、知的財産の世界では何が起こるか?(5/5) 特許事務所の役割の変化(2013/1/11)

 

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