2040年の労働市場で顕在化する3つの社会問題

いなたくんへ

たとえば今から20年後の2040年。

私はまだ働いているけど、今と同じような働き方をしてるだろうか。2040年には、今年生まれた子どもは20歳になる。多くは大学生で就職はまだ先だろうけど、将来像は描き始めているはずだ。それはどのような未来か。

私たちの労働環境は、これからどう変わっていくだろう。

AI・ロボティクス等の自動化技術により仕事が奪われる未来や、ベーシック・インカムのような制度が取沙汰されている。オンライン労働の普及や、自動翻訳による海外との連携も深まっていくことだろう。そういえば前回はティールについて考えもした。

今回は、労働市場を変革させる変数を整理するとともに、2040年頃における課題と、想定されうる解決アプローチについて考えてみた。2040年の状況が少しは可視化できたと思う。

Summary Note

1.今後20年の労働市場を変革させる3つの変数

  • AI/ロボティクスにより労働領域がシフトする
  • オンライン労働が増える
  • 国家間の労働市場が接続される

2.2040年の労働市場における3つの社会課題

  • 労働機会の格差の拡大
  • 国際競争に耐える高付加価値人材の育成
  • セーフティネットとなる「地域性のある労働」の担保

3.都市インフラ企業が提供するベーシック・インカム

  • 用途の限定されたポイントが給付される
  • ポイントは社会信用システムに基づき付与される
  • 仕組みの運用は国家の委託を受けた企業が担う
  • 財源は税金とする

4.人材・企業の国外流出は国家間条約により防がれる

5.未解決問題

  • そもそもの労働格差をどう解消するのか
  • 教育機会をいかに担保するのか


1.今後20年の労働市場を変革させる3つの変数

時間軸として多少の前後はあるだろうけど、労働市場における2040年までの変化としては、次の3つの要因がインパクトを持つと思う。

(1)AI/ロボティクスにより労働領域がシフトする

第3次AIブームにより「AIが仕事を奪う」論が盛り上がったが、これには2つのシナリオがある。

1つは、AIにより既存の仕事は失われるが、代わりに新たな仕事が生まれるとする説。ただしこの場合でも、「摩擦的失業」や「需要不足による失業」と呼ばれる、新たな仕事が生まれるまでのタイムラグによる一時的な失業は起こるとされる。

もう1つは、AIやロボットなどの機械が生産手段から生産主体に変化し、人間の労働を全面的に置き換えてしまうシナリオだ。『人工知能と経済の未来』(2016)ではこの段階を「純粋機械化経済」と呼び、労働市場や、その前提となる資本主義を終焉させると予想する。

私は長期的には純粋機械化経済の実現や、資本主義が終わる未来を支持する。が、2040年という時間軸ではまだそれには至らないだろう。おそらく前者のシナリオに沿って、人間が担う労働の領域がシフトすると予想する。

意思決定や知的労働は、AIによる自動化が進み、人間は現在よりも上位フレームの労働を担う。肉体労働や感情労働はむしろ重要性を増すが、後述するオンライン・コミュニケーションやテレイグジスタンスの影響を受け、全体として労働市場の規模は縮小する。

このあたりは次の記事でも予想した。

(2)オンライン労働が増える

2040年には、オンラインでの労働が今よりも普及しているはずだ。知的労働はテレプレゼンスを用いた在宅勤務が当たり前になる。肉体労働・感情労働についてもテレイグジスタンス・ロボットを用いた遠隔労働が現れ始める頃だろう。

ただし、人と人とのコミュニケーションが必須となる高位の意思決定や、直接的感情労働など、あくまで生身が重視される労働は残る。それらは高付加価値の労働とみなされるだろう。

場所の制約がある程度取り払われることは、メリットとデメリットとをもたらす。需要と供給のマッチングにより仕事の数は増えるが、スケールフリー・ネットワーク効果により高付加価値・高収入の労働は一部に偏在し、労働格差は拡大する。

生活レベルでみると、2040年には「通勤」の位置づけが変わっていて、プライベートの生活時間が人の価値観に与えるウェイトがより大きくなるかもしれない。

(3)国家間の労働市場が接続される

20年後には音声やテキストのリアルタイム翻訳が当たり前になり、言語の壁を越え、国家間での労働市場の接続が進むだろう。そのため、オンラインで完結する労働は国際競争にさらされることになる。

国際競争の影響を受けずに済むのは「場所」に関する仕事だ。これをここでは「地域性のある労働」と呼ぶことにする。地域性のある労働には次のものが含まれる。

  • 地域の労働やインフラに関する労働
  • 身体性を伴うオフライン労働(直接的感情労働や人間関係にまつわる政治的仕事も含まれる)
  • 詩や芸術、キャッチコピーなど、言語や文化に深く根差したハイコンテクストな労働

労働市場の国際化は、全体的には労働機会を増やすだろう。国境を越えて外国の仕事も請けられるし、規模の拡大に伴いロングテールの労働機会も生まれるはずだ。

その一方で、スケールフリー・ネットワーク効果により、高付加価値の仕事は一極集中が起こるだろう。スケールフリー・ネットワークとは、典型的にはインターネットの構造がそれで、優勢的選択による分極化が起こりやすいことが知られる。

より希少となる高付付加価値の仕事を手に入れるべく、教育がさらに重要になる。
また、労働力や労働機会の国外流出が国家間の問題として認識されるだろう。

その他のメガトレンド

労働市場に対する主要な変化としては以上の3点が考えられるが、これとは別に、2040年ごろのマクロトレンドも挙げておきたい。2040年には以下の点が世界的な事象となって現れている。

  • 高齢化
  • 都市化
  • 水・食料問題の顕在化


2.2040年の労働市場における3つの社会課題

以上に挙げた変化を背景として、2040年の労働市場ではいくつかの課題が生じているはずだ。その代表的なものを3つ挙げたい。いずれも大きな社会問題となっている。

(1)労働機会の格差の拡大

既に述べた通り、労働市場のオンライン化や海外との接続は、スケールフリー・ネットワーク効果により格差を拡大させるだろう。

教育レベルの高い人や、感情労働を含めた能力の高い人は、より高収入・高付加価値労働の機会が得られ、自由な働き方ができる。競争は激しいが、リターンの大きな世界だ。

一方で、教育レベルが低かったり、競争に足る能力を持たない人は、労働の選択肢が制限される。具体的には次のような労働しかできなくなる。

  • 地域性のある労働のうち、低賃金の労働
  • AI/ロボットに任せるよりも人の方が安くつく単純労働
  • 本人の自由意思(内発動機)に基づく低賃金・無賃金労働(たとえばブログ執筆とか)

労働格差の拡大は、さらに次のような課題を生む。

  • 低学歴者・低能力者の労働機会をいかに担保するか
  • 高学歴者・高能力者が得る富の再配分をいかにして実現するか

(2)国際競争に耐える高付加価値人材の育成

労働市場が海外に接続されると、国際競争に耐えられる高付加価値人材の育成が国家的な課題となる。こうした人材が育たなければ、貴重な労働機会を外国に奪われてしまうからだ。

対応策のひとつはまず教育だ。ただし、2040年の労働市場で求められる人材像は2020年現在とは異なるため、教育の内容も今とは違ったものになるだろう。単なる知識だけでなく、感情的振る舞いや、多様な経験、あるいはチームリーディングや政治的なコミュニケーションの力が価値とみられるかもしれない。

また、ゴールドラッシュ時代のつるはし売りではないけれど、教育産業も大きく育つ。教師や講師、教育プログラムの設計者などが増えるだろう。

その上で、育った高付加価値人材や、その人材が得た富の海外流出をどう防ぐかも、国家の重要な課題となる。

(3)セーフティネットとなる「地域性のある労働」の担保

労働格差の拡大に伴い、働けない者が出るだろう。国家は彼らに労働機会を提供する必要があるところ、国際競争に晒されにくい「地域性のある労働」がセーフティネットとして機能する。

機能する、というよりも、セーフティネットとしてきちんと機能させるために、国家は「地域性のある労働」を整備しなくてはならない。


労働市場における変化と課題の整理


3.都市インフラ企業が提供するベーシック・インカムとその対価

以上に挙げた課題を解決するために、2040年にはどのような方策がとられているだろう。私は1つのアプローチとして、ベーシック・インカムに似た仕組みが考えられると思っている。

ベーシック・インカムとは、国家がすべての国民に対して、最低限の生活が送れるだけの金銭を給付する仕組みだ。ただし私が考える「似た仕組み」は、単に金銭を給付するものではなく、次のような仕掛けである。

用途の限定されたポイントが給付される

金銭が給付されるのではなく、用途の限定された生活ポイントが支給される。用途とは、生活に関するものだ。電気・水道などの都市インフラの利用料や、食料や衣料、生活消費財の購入等に使用できる。米国のフードスタンプに似た仕組みだ。

なお、フードスタンプは金銭への交換が問題になっているが、ブロック・チェーン技術等を用いることで、交換を防ぐことが考えられる。

ポイントは社会信用システムに基づき付与される

ポイントは無償では供給されない。社会信用システムに基づき付与される。

社会信用システムとは、例えば都市の生活ルールを守ったり、税金や公共料金の支払いをきちんと行うなど、いわゆる「マナー」を守ることで得点を付与する仕組みだ。社会信用システムのスコアが高くなると、融資を受けやすくなったり、レンタカー等のサービスでデポジットが不要になるなど、様々なサービスで得点が得られる。

今回考えるベーシック・インカム「に似た仕組み」では、都市はそのインフラとして社会信用システムを含む。そして地域での生活態度や、地域への労働力提供を管理し、その対価としてポイントを付与する。

地域の仕事は、小さなところではごみの分別から、インフラの日常的な点検補修、自治会の作業などが考えられる。現在においても、田舎では道路や水路の整備、消防団などは地域住民の自治に委ねられるが、これが都市でも行われるイメージだ。

こうした地域的な小さな労働に対してポイントを支払うことで、実質的に雇用が創出されることになる。住民自身に委ねることで、生活圏内のメンテナンスを、機械による自働化や専門業者に委託するよりも低いコストで実現できるというわけだ。

また、水や食料の使い方、電力の適正使用などもポイント付与の対象となる。2040年には水・食料・資源の不足が国際的な課題となり、おそらく各国家に対して、京都議定書のような制限が課されるだろう。これを社会信用システムに紐づけることで、市民個々人のレベルでの資源管理が促される。

仕組みの運用は国家の委託を受けた企業が担う

社会信用システムの運営と、これに基づくポイントの付与は、企業が担う。

2040年までには世界的に都市化が進むが、都市のインフラや、生活を支える各種のサービスなど、都市の運営自体が企業に任せられているだろう。現在でもMaaS(Mobility as a Service)のような、サービスレベルを包含した交通インフラが提唱されているが、それがさらに都市全域に拡大しているイメージだ。

企業は、経済活動として都市全体の運営を行い、その一環として、住民自身に地域の労働を委ね、管理コストの低下を狙い、さらに対価として生活ポイントを還元する。

なお「企業」と書いたが、これは1つではなく、複数企業からなるコンソーシアムとなるだろう。企業はこのエコシステムに参加することで、都市生態系のバリューチェーンにスムーズに参入できる。

財源は税金とする

ベーシック・インカムの最大の論点の1つが財源だ。

今回提案した「似た仕組み」でも、生活ポイントは地域の労働の対価として付与されるものの、市民全体の生活の保障となればどうしても運営側の持ち出しが必要になる。

その分は、やはり税金で担保するしかない。

2040年には労働格差が広がり、能力の高い人材にはより多くの富が集まっている。そこで、労働市場の勝者への課税率を大きくし、これを都市に対して還元させる。あるいは、そうした高収入労働者の働く企業に対して課税割合を高めることもひとつの手段となるだろう。

この再配分は、最終的には所得の低い市民にポイントの形で届くが、これは都市インフラ維持の対価として間接的に行われる。このため、都市で生活する高額納税者や企業も、一応は受益者となる。

さらなる3つの課題

このように、労働格差の拡大により働けなくなった市民や、低所得に甘んじる市民に対して、地域性のある労働の機会を担保することで、都市の管理コストを低減しつつベーシック・インカムを給付できる。

しかしながら、まだ次のような課題が残る。

1つ目に、それでも地域の労働を忌避する人をどうするか。社会信用システムのインセンティブすら無視する最底辺層は少なからず出るはずだ。これは、一定の権利制限を前提とした生活保護しかないだろう。このとき、給付されるポイントは、生活保護に対していわゆる「貧困の罠」に陥らないよう設計される必要がある。

2つ目に、高所得者や企業への税率を高めた場合に、その海外流出をどう防ぐのか。これは後述する方法により対処される。

3つ目に、高齢社会化にどう対処するのか。今回提案した「似た仕組み」は高齢社会化への対処ではないため、別の解決策が必要になる。


4.人材・企業の国外流出は国家間条約により防がれる

ここでは、上記で挙げた課題のうち、高所得者や企業の海外流出の防止について考えてみる。

労働市場が国際的に接続されて、労働者や企業は国境をまたいで活躍をする。先に述べた通り国家がこれら高収入労働者や企業への課税を高めようとするならば、税率の低い国に拠点を移そうとするのは自然だろう。

国家によっては、人材や企業の誘致を優先し、課税率を低く抑えるかもしれない。それは、国家同士が税率を下げることの競争に繋がるかもしれない。

2040年の国際社会はフラットになる

ところで、2040年の国際社会は現在とは様相が異なっている。

新興国の経済水準が上向き、現在の先進国は高齢化等の問題により勢いを失い、多くの国が「中堅国家」として横並びとなる。米国や中国といった「大国」ももちろん存在するが「超大国」は不在となり、先進国対新興国という対立構造も失われている。

このとき、大多数が中堅国家となった国際社会は、人材の流動性と課税に関する国際的な枠組みを設けるだろう。課税額を下げる競争を行ったところで、結局は共有地の悲劇をもたらすだけだ。それよりも、各国で一定の税率を保つ協定を結んだ方が、持続的な社会を築ける。

この枠組みに参加しない場合、例えばオンラインを通じて接続される国際的労働市場に参加できなくなるなど、ペナルティが課されるだろう。個人も、企業も、脱法的制度を持つ第三国に所在を移すことは難しくなる。

なお、ここで述べた「枠組み」自体は、世界でひとつになるとは限らない。複数の経済圏への分断が起こるかもしれないし、孤立してでも保護策を取る国も出て来るだろう。それらは貿易摩擦の原因となる。

高齢者にも「地域性のある労働」を促す

ついでになるけど、もう1つの課題である高齢社会化にも触れておきたい。我が国を筆頭として、米国や中国、欧州、そして現在の一部の新興国も、2040年には大きな高齢者人口を抱えている。

高齢社会化の問題として、例えば次のような点が挙げられる。

  • 社会保障費の負担が大きくなる
  • 高齢者が働かない場合、労働者人口の比率が相対的に減少する
  • 高齢者が働く場合、若年層の労働機会が奪われる

このうちの一部は、地域性のある労働を対価とした生活ポイントの付与で、一定の吸収が図れるかもしれない。

すなわち、社会信用スコアと生活ポイント付与をインセンティブとすることで、高齢者にも「地域性のある労働」を促し、一定の労働を担ってもらう。ただし「地域性のある労働」を超えた範囲では、若年層の労働機会を奪うことは控えていただく。

また、相続税を現在よりも厳しくすることも考えられる。ただし、財産をそのまま召し上げるのではなく、税率を上げた分について、社会信用スコアや生活ポイントといった形で相続者に還元する。富を移動しにくい形にすることで、地域や国家からの流出を防ぐ狙いだ。

もちろん、これらは施策としてはインパクトを持つものではなので、より抜本的な他の施策が必要にはなる。


5.未解決問題

ということで、2040年の労働市場が抱える課題と、その解決策としてのベーシック・インカム(に似たもの)を考えてみた。ただし、さらにまだ2つの問題が残っている。

(1)そもそもの労働格差をどう解消するのか

労働格差をどうするか。私としては、これはもう仕方がないんじゃないかと思う。

今回は2040年という時間軸で考えたけど、いずれ純粋機械化経済への移行が進行すれば、人間の生活が賃金労働の対価によって成立する時代は終わりになると私は予想している。産業の自働化により生産性が爆発的に向上し、ベーシック・インカムのような生活の保障制度がさらに進歩し、人間は賃金を目的としない「広義の労働」を楽しみながら生きていく。そんな時代がやってくる。

2040年はあくまでその過渡期であって、社会はさらに大胆に変わっていかなくてはならない。

個人の生きがいや、企業の役割や、国家の生存のために、賃金以外の何を労働のインセンティブとするのか。その探求こそ、むしろ真の課題となるだろう。

(2)教育機会をいかに担保するのか

今回は教育格差を解消するための具体的な方法には触れなかった。義務教育をはじめとした無償の教育機会の提供とか、とにかく底上げと機会提供を行うしかない気がする。

ただし、教育機会の提供は国家ではなく、都市を運営する企業が(その運営コストを下げる目的で)積極的に取り組んでいくかもしれない。

また、人間が行うべき労働の種類も変化していることから、教育の内容は現在とは異なり、より個人化された、より人間の力を強化するようなものに変わっていくのかもしれない。

このあたりの考察は次回以降あらめて考えたいと思う。

 

  

 

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