2030年、世界のかたちを作りかえる4つの技術革新(『2030年世界はこう変わる』書評2/4)

米国大統領や閣僚に向けてレポートされる、米国国家情報会議による未来予測をまとめた『2030年世界はこう変わる』(2013)。本書は「世界の今後を占う上で無視できない4つのメガトレンド」と、「構造的な変化ではないが国際社会の流れを大きく変えうる6つのゲームチェンジャー」の10の因子を説明します。

2030年 世界はこう変わる アメリカ情報機関が分析した「17年後の未来」

ゲームチェンジャーの1つがテクノロジーで、本書は「今後の世界を大きく左右する技術革新」として4つのテーマを選んでいました。今回はこの4つが及ぼす影響、特に他のメガトレンドやゲームチェンジャーとの関係も含めて、考えます。

国際関係や経済の変化は多くの因果関係が絡み合う上、不確定要素も多く、確度の保証が困難です。確度の高い未来予測の因子としては人口動態が知られてますが、私はこの他に、テクノロジーもまた確実性の高い要素だと考えます。
テクノロジーは、研究者が目指すある方向に対して、成果の積み重ねを経ながら漸進的に進捗し、長い時間をかけながらも確実にその目標へ近づきます。もちろん筋悪く道半ばで潰える技術も数多ありましょうが、大きな流れで見れば、テクノロジーの実現は裏切ることの少ない未来と言えるはずです。

Summary Note

1.情報技術(データ処理・ソーシャルネットワーク・スマートシティ)

  • 今後の注目点は、プライバシーの取り扱いと、政府機関による監視社会化の有無
  • 情報技術の進歩は「国家」という既存の枠組み自体に影響を与える可能性

2.機械化と生産技術(ロボット・自動運転技術・3Dプリンタ)

  • 生産効率向上が、今後先進国で深刻化する少子高齢化等の人口構成の変化に影響を与える
  • 普及の仕方が先進国と新興国の間のバランスに影響を与える

3.資源管理技術(遺伝子組み換え食物・精密農業・水管理)

  • 水と食料は今後の紛争の主因となりうるため、資源管理技術の発達速度が国際情勢に大きな影響を与える

4.医療技術(病気管理・能力強化)

  • 先進国の人口構成の変化を加速させる可能性がある
  • 新興国には影響せず、先進国と新興国の間のバランスに影響を与える

 

1.情報技術が「国家」という社会の枠組みを変化させる

4つの技術革新の1つめが情報技術です。本書は影響の大きい情報技術として、特に次の3つを挙げていました。

「データ処理」
ビッグデータ解析を含む、情報処理技術の高度化です。個人情報を含む処理が前提となるため、プライバシーとのバランスが課題であると指摘しています。

「ソーシャルネットワーク」
圧政に苦しむ市民にとって有効なツールとなる一方、犯罪者やテロ集団による広報・連絡といった悪用の危険性がある点を指摘。
また、ソーシャルネットワークの「個人情報が公開されるほど便利になる」特徴を挙げ、現段階ではプライバシーよりも利便性を優先する利用者が優勢だが、今後プライバシーとの関係が問題になる、と予想しています。

「スマートシティ」
今後20年間における途上国を中心とした都市開発投資額は35兆ドルとされ、IT企業にとって大きな商機となるとしています。スマートシティ関連の技術革新は、途上国が中心で、米国や欧州は同分野では遅れた地域になるとの予想。
ただ私は、都市開発には高度な技術とノウハウが要求されますから、主役企業は今後も先進国企業であり続けるように思います。

イシューはプライバシー管理と、国家による監視社会化

いま情報技術が迎えているひとつの転機が、個人が生み出す膨大な情報の取扱いです。個人情報にアクセスすることで高度かつ深いサービスを実現できる反面、本書が指摘する通り、プライバシー問題が深刻化します。
ジョセフ・メン著『ビッグデータの正体』(2013)では、ビッグデータ時代において、個人情報へのアクセスや規制がどの範囲までなら許されるべきか、議論されていました。企業による公正な情報利用を担保するための監査機関設立などが提言されています。

また、犯罪やテロに利用されることを防ぐ目的で、政府機関による検閲が行われ、監視社会化する可能性もあります。最近も、米国当局による国民の監視が明らかになり問題となりました。

ビッグデータの正体 情報の産業革命が世界のすべてを変える

情報技術の発展が国家と国際社会の枠組みを左右する

情報技術の進歩は、本書における「個人の力の拡大」「権力の拡散」というメガトレンド、「国家の統治力の変化」というゲームチェンジャーに影響します。
これらの予想では、個人同士が直接ネットワークを介して繋がることで、大きな力を持つようになり、その力がいずれ国家や、既存の国際社会の枠組みを超えるという可能性が示唆されています。たとえば現在の多国間協定は国家同士の話し合いで決められますが、将来は国境を越えた非政府組織も参加していく可能性が言及されていました。

「市民がいずれかの国家に従属し、国家に統治される」というこれまでの社会の枠組みに関わる大きな問題です。既存の枠組みに留まるためには、次の2つの条件が考えられるでしょう。

  • サービス提供企業や社会がプライバシー問題を解決できず、想定ほど情報技術が発達しない
  • 各国の政府機関による情報の監視が社会のコンセンサスを得る

これらの流れは今後数年で決まると思われるので、注目したいところです。

 

2.機械化と生産技術が、未来の世界経済の鍵となる

技術革新の2つめが「機械化と生産技術」で、次の3つに分けられていました。

「ロボット」
現在世界で120万台が稼働しており、コスト削減効果が導入を後押ししているとのこと。労働者にとって賃金押下げ圧力に繋がる点が懸念とされています。

「自動運転技術」
鉱山のような人口密度の低い地域ではすでに導入されているものの、都市部での導入が進むかどうかは疑問である、としています。ドローン兵器の普及にも触れていました。

「3Dプリンタ」
昨今流行りの3Dプリンタは、いつまでにどの段階まで進むのかが気がかりです。本書の予想は次の通り。

先進国の経済力維持、新興国とのバランスの変化に影響

本書はこれら技術の影響について、「先進国にとっては生産効率を高めて労働人口縮小を補い、生産の海外依存を減らす効果があ」り、「途上国にとっては競争力を高められる」と指摘。
指摘から、メガトレンド「人口構成の変化」における高齢化、若年人口減少、移民増加、都市化と、これらに起因する問題に大きな影響があると言えそう。さらには先進国の力の低下に伴って生じるゲームチェンジャー「頻発する世界経済の危機」にも関係します。

世界経済の停滞は紛争や国際関係の悪化にも繋がりますから、機械化技術・生産技術の進歩が未来の社会の影響にとって重要な要素となることがわかります。
本書はこれらの技術の課題として普及に時間がかかる点を挙げていました。特に先進国と新興国のバランスにも影響する要素ですから、どのように普及が進んでいくのか注目です。

YouTube Preview Image
工場と言えば、レゴにより作られたレゴ車の自動工場がアツいです。本文関係ないですが。
レゴ車製造レゴ工場の動画は今たくさんありますが、最後に完成車が走り出すこの動画が私は好き。

3.資源管理技術の早期実現が、世界の紛争を解決を左右する

3つめが資源管理技術です。本書は次の3つの技術を挙げています。

「遺伝子組み換え食物」
実は実際に生産されている穀物種類は限られており、大豆、トウモロコシ、綿と、最近ではジャガイモも。今後5年で米やキャノーラの生産も普及するとしています。
理想とする品種の開発には長い時間とコスト、そして認証が必要になる点が課題とのこと。

「精密農業」
種子や肥料、水の使用効率を上げ、収穫効率を極限化する取り組みで、農地の小型化を実現できます。導入コストが高いことから、途上国への導入が課題とします。

「水管理」
世界の灌漑設備が提供する水の4割が農業用途とされており、この効率化が期待されています。細いチューブと点滴装置を利用したマイクロ灌漑技術では、配送する水の90~95%が作物に届くとの試算があり、あぜ道式(35~60%)やスプリンクラー式(60~80%)よりはるかに高効率とのこと。ただしこちらもコストを課題としています。
海水の真水化はコストの問題で農業への導入は実現しないとしています。

水と食料の不足は不可避な未来か

4つのメガトレンドの1つ「食料・水・エネルギー問題の連鎖」では、2030年までに世界の食糧需要が35%拡大するにもかかわらず、食料生産量が減少する懸念が提示されていました。また、世界有数の穀物生産国である中国とインドが、その経済成長にともない輸入量を増加させることで、穀物価格を高騰させる可能性も示唆されています。

2つのゲームチェンジャー「大国間の衝突の可能性が高まる」「広がる地域紛争」では、今後起こる紛争の原因の一つに水問題を挙げています。2030年の水需要は現在安定供給可能な水量を4割上回るとされます。水源の多くが複数の国にまたがる位置に存在するため、これをめぐる争いの激化が予想されます。

資源管理技術の進展が紛争の発生を左右する

本書が「今後は食料と水エネルギーの連鎖問題を技術力で打破する必要がある」と指摘しする通り、まさに資源管理技術は世界を変える可能性を秘めています。本書が挙げる4つの技術革新の中でも、最も重要な技術要素かもしれません。

導入コストが課題とはされているものの、水と食料は人類にとって不可欠な要素ですから、この分野でのイノベーションに期待したいところです。
逆にこれらの技術革新が進まなかったり、遅れた場合、世界の紛争の発生は避けられないものとなるでしょう。

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植物工場の実用化にも注目されます(東芝プレスリリース(2014/5/15)より)

4.医療技術の革新が人の限界を拡張、先進国の高齢化を加速する

最後の技術革新として挙げられていたのが医療技術でした。医療技術として本書が注目していたのが次の2点です。

「病気管理」
遺伝子解析技術の普及で、今後発症する可能のがある「将来の病気」が管理や、正確な処置が可能になります。移植分野も進展し、2030までには賢藏や肝臓は代替臓器治療が可能になるとのこと。
ただし、こうした高度技術が貧困国の人々の手に届くことはないとします。

「能力強化」
移植や義肢技術の進歩により、能力を高める効果の製品が開発されます。脳の能力強化もされますが、倫理的な問題が顕著になるだろうと指摘。
こうした能力強化技術は効果であるため、今後15-20年は富裕層に独占され、「能力強化した富裕層と通常能力のままの貧困層」というに二分化した世界の出現を予想しています。その上で、ある時点で規制が必要になるだろうと指摘していました。

最先端医療技術は新興国の需要には応えない

予想のサイバーパンク具合にB級SF映画の匂いを感じてしまうのは私だけではないはず。しかしSFと軽く見ることはできません。例えば能力強化に関してだけでも、生体の改造技術は驚くほど進んでいます。最新のニュースを追っていると既に古い記事になっちゃった感すらありますが以下参考。

こうした医療技術は、メガトレンドの1つ「人口構成の変化」の高齢化に結びつきそうで、しかも高齢化を加速させる要素になりそうです。みなさんまだまだ長生きできますね!

銃夢(1) 銃夢Last Order NEW EDITION(7)
木城ゆきと著「銃夢」は、脳以外の身体をすべて機械に換装したサイボーグの社会を描く。描写グロめ。
不老化技術も確立していて、人は数百年を生きる。人口が増えすぎぬよう、子供の存在は違法。

このように本書が注目する医療の技術革新は、寿命や能力といった先天的にヒトに設けられた限界を拡張するための技術です。
しかし世界への影響という観点では、既存の医療技術がどのように新興国に普及していくかにも注目が必要かも知れません。今後成長期を迎えて、新興国での都市化や環境問題の深刻化が予想されます。これらの地域に高度なしかし廉価な医療が普及することは、新興国の未来の社会に少なくない影響を与えるはずです。

 

以上、本書が注目する未来に影響を与える技術革新がどのようなものか、その実現がどのように未来予測に影響を与えるのか、まとめてみました。
実現の可否で言えば、私は4つの技術革新のすべてが実現すると信じています。問題はそれがいつなのか、です。実現の遅れが世界全体の深刻な危機も招く可能性もあります。一方でいち早い技術革新の実現は、世界を明るい方向に進めてくれるかもしれません。
研究者の日々の研究を応援したいですね。

今回は本書が未来予測の根拠とするゲームチェンジャーのうち、テクノロジーに注目して紹介しました。全体像としては4つのメガトレンドと6つのゲームチェンジャーを次の記事で紹介しています。

また、中国を中心とした国際社会の未来と、そして気になる日本の将来は次の記事で紹介します。

 

2030年 世界はこう変わる アメリカ情報機関が分析した「17年後の未来」 2100年の科学ライフ 楽観主義者の未来予測(上): テクノロジーの爆発的進化が世界を豊かにする

 

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