人口の増減は、経済力をはじめとした国の国力を左右する重要な要素の1つです。この人口動態について、シンガポール元首相リー・クアンユーが、日本の戦争と平和に結びつけた論考を提示していました。
国家の人口が増えている時、世の中は得てして楽観論に包まれ、さらなる発展への欲望が後から沸いてくる。第2次世界大戦が勃発した当時のドイツと日本が、まさにそうだった。
1931年当時、日本の人口は6450万人だった。合計特殊出生率は1930年代後半に4.1人に達していた。
似たような状況はドイツでも起きていた。1939年当時、ドイツの合計特殊出生率は2.6人。ドイツは何にもまして国民に「lebensraum」(ドイツ語で十分な住空間)を与えたいと考えていた。
人口が増えると成長欲求がさらに高まり、好戦的な気分が社会に生まれる、という仮説です。
記事では「住空間」という言葉が使われています。これは「物理的に住めるかどうか」というよりは、「社会がその人口を食べさせられるだけの材料(農地や産業)があるかどうか」と考えてもよいのかも。国内で養いきれないのであれば、国外に手を伸ばす欲求に繋がります。
元首相はこの前提の下、現代の日本の平和を次のように説明します。
ドイツの合計特殊出生率は1.4人。日本も1.4人に低下している。(中略)ドイツも日本も、もはやもう一度戦争を仕掛ける必要もなければ、欲求もない。
現在世界が比較的に平和で安定している理由の一つは、すべての先進国の合計特殊出生率が2.1人を下回っていることにある。
もちろん、戦争が起こる要因は複雑で、資源や経済状況、国際関係や地政学上の脅威、宗教など様々です。「人口増による発展の欲望」はあくまで一要因に過ぎまないでしょう。第2次大戦までの時代が、帝国主義がまだ有効で、植民地をめぐり列強が競い合っていたという背景も現代とは異なっています。
とはいうものの、戦争と平和を人口動態から考えるというのはおもしろい切り口です。この人口動態は、将来予測にあたり確実性の高い数字として知られています。人口増加率が高い国ほど戦争を発生させるリスクが高い、という仮説に従ったとき、21世紀における戦争発生リスクはどこにあるでしょうか。
Summary Note
人口の増加は国家を戦争に導きやすい、という仮説
- 人口増加時は国家が楽観論に包まれ、発展への欲望が生まれ、あるいは住空間の必要から、戦争を起こしやすくなる
- 合計特殊出生率が1.4に低下した日本とドイツは、もう戦争を仕掛けることはない
21世紀に人口が増加する国と地域
- 2030年まで:ナイジェリア・パキスタン・インド・バングラデシュ
- 2050年まで:ナイジェリア・エチオピア・フィリピン・パキスタン
- 2100年まで:アフリカ6ヶ国と・フィリピン・米国・パキスタン
人口増加率からみる21世紀の戦争発生リスク
- インド・パキスタン・バングラデシュの人口過密地帯
- 世界の宗教バランスも変えていく中東地域
- 米国と、唯一の挑戦者メキシコ
- 五大陸で最も人口の増えるアフリカ
- 世界の経済成長を牽引する東南アジア
- 各地域と密接な関係を結ぶ中国
まずは、各国・各地域の今後の人口動態を見てみます。いくつかの統計を引用しており、推計値なのでそれぞれ数字も異なりますが、大枠としてはつかめると思います。
まずは2030年までの人口動態について。影響の大きいだろう人口上位10ヶ国について、人口増加率順に並べたのが次の表です。国連人口基金による推計をWikipediaでまとめていたものを引用。
2030年の世界人口は約83億人で、人口増加率は約20%となっています。
2030年における人口上位国のうち、ナイジェリア、パキスタン、インド、バングラデシュの4ヶ国は世界人口の増加率を上回っており、これらの国が人口増を牽引していくものと考えられます。
また、メキシコ、インドネシア、米国、ブラジルも増加です。
現在世界人口1位の中国は、2028年頃にインドに1位の座を譲ります。
ちなみに現在人口第10位の日本はトップ10からは脱落しています。
2050年までの時間軸ではどうでしょうか。総務省統計局のデータに基づき、2050年の人口上位国について、2014年人口に対する増加率順に並べてみました。なお総務省のデータは国連人口推計に基づいています。
2050年には世界人口は95億人を超えています。
世界の人口増加率132%を上回る増加率の国は4ヶ国あり、ナイジェリア、エチオピア、フィリピン、パキスタンが挙がっていますね。
インド、バングラデシュ、インドネシア、メキシコ、アメリカ、ブラジルといった国々も、2050年までの傾向で見ても、大きく人口を伸ばしています。
2050年までの人口増加率はPewResearchCenterが可視化していたので、こちらから引用します。推計のソースは上記とは異なっています。
このうち特に人口が増える国、濃いオレンジに注目すると、アフリカ以外ではイラク、アフガニスタン、イエメンが挙がっています。
最後に2100年までの増加率について。2100年にはいよいよ世界人口は100億の大台を突破し101億人に。
国連人口推計に基づく増加率について、「世界と主要国の将来人口推計」がまとめた表を引用します。
「世界と主要国の将来人口推計」(社会実績データ図録,2011/5/5)より引用
注目すべきはアフリカです。人口増加率ベスト10に、アフリカ大陸からはタンザニア、ウガンダ、ナイジェリア、コンゴ、エチオピア、エジプトの6カ国がランクイン。総人口でも2100年にはナイジェリア(3位;7.3億人)、タンザニア(5位;3.2億人)、コンゴ(7位;2.1億人)の3カ国がベスト10入りしており、アフリカ全体では人口が2倍に増えるとされています。
他に、フィリピン、米国、パキスタンも上位に入っていますね。
次の地図は国連人口推計が作成したもので、2010年から2100年の間に人口が増える国を色分けしています。濃い青、220%以上増える地域は断トツでアフリカです。
国連人口推計より
先進国では米国の人口が増加するのみで、それ以外の国は芳しくありません。ロシアや欧州全体では、人口は減少か横ばい傾向、ただしフランスだけは増加するようです。ちなみにフランスの人口増加が欧州の地政学上のバランスを変えるという予想もあるようです。
人口動態に関するあらゆる予想で挙げられるのが「日本ヤバい!」ということ。国立社会保障・人口問題研究によれば、2055年の日本人口の中位推計は約9000万人、2105年には4400万人にまで減るという数字もあります。戦争どころではないですね。ただし人口維持のための政策も提言されており、未来は変わるかもしれません。
- 少子高齢化する日本の人口は、都市に集中するのか、地方に分散していけるのか(『2100年、人口1/3の日本』書評 1/2)(希望は天上にあり,2013/9/23)
- 「2060年・日本の総人口1億人維持」の政策がもたらす、将来予測への影響(希望は天上にあり,2014/5/8)
現在人口世界1の中国は、2030年に人口のピークを迎え(14億人強)、以後減少に向かいます。ただし世代別人口比率では、若年人口の減少はすでに始まっており、人口オーナス期に突入していると言えるでしょう。
さて以上の結果を踏まえて、今後戦争が起こるリスクの高い場所を考えてみます。リー・クアンユー元首相の仮説によれば、「楽観論に包まれ、さらなる発展への欲望が」沸き、好戦的な気分が生まれる国や地域です。
Google map
人工世界一に向かって巨大化を続けるインド。長年因縁のある隣国パキスタンもまた人口を増加させていくようで、その増加率は上位に食い込んでいます。
バングラデシュもまたインドと国境を接する国。現在も高い人口密度で知られていますが、2050年までで人口はさらに3割増すようです。
英エコノミスト誌の未来予測『2050年の世界』(2012)では、インドは人口ボーナスを迎えるものの、低い教育水準や、国内に残る古い制度が、その発展の足を引っ張るのではないかと予想していました。
こうした状況も戦争の不安に繋がるかもしれません。
パキスタンから西に広がる中東世界、その中でもアフガニスタン、イラン、イエメンあたりが人口を増加させるようです。『2050年の世界』では、中東の教育水準は比較的高く、2050年までにこの地域の経済は大きく発展するだろうと予想していました(ただし具体的な国名は提示せず)。
現在、経済的にはトルコやサウジアラビア等に存在感がありますが、人口の変化によりこうしたバランスも変わっていくのかもしれません。
なお『2050年の世界』では、中東の人口増加により、世界に占めるイスラム教徒の数が増え、宗教のバランスも変わっていくと予想しています。
地政学に基づく国際社会の未来予測『100年予測』(2009)では、中東地域は石油枯渇により不安定化するとしています。
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中東地域と縁の深い米国は、21世紀になっても人口を増加させる、先進国の中でも特別な存在です。米国は広大な土地を持つので、リー・クアンユー首相の指摘する「住空間」の話は当てはまらないようにも思いますが、豊かな社会を維持するために、21世紀も戦争を続けるのかもしれません。
米国との関係で興味深いのは、実はメキシコです。メキシコも21世紀に人口を増加させる国です。『100年予測』では、巨大な海軍を有する米国に対し、国境を接するメキシコこそが、米国に対して挑戦できる唯一の国であると指摘していました。
同書の予想では、衝突はメキシコが大国化する2060年以降となります。
21世紀全体を通してみれば、もっとも人口増加の激しい地域がアフリカです。人口を2倍以上にする国が目白押し。資源や歴史的経緯からこれまでも紛争の絶えなかったアフリカですが、21世紀においてはどうなるでしょうか。
『2050年の世界』では、アフリカは人口ボーナスを迎えるも工業化の大波は来ず、大きな経済成長はできないと予想しています。
『2050年の世界』で経済発展が期待される新興国が、東南アジアでした。上述の推計ではインドネシアとフィリピンの名前が挙がっていましたが、同地域は全体として、2030年から2040年頃まで人口ボーナスの恩恵を受けることができます。
「3.アジアの幻想(新興国バブルの終焉)人口動態に見る「アジアの時代」の終焉」より
ただし東南アジアと一口に言っても、一枚岩ではありません。各国の利害はそれぞれ異なっており、今後地域全体が発展したときどうなるか、注目が必要です。
中国の人口増加はすでに緩やかになっており、21世紀前半には人口減少に転じます。そのため今回のテーマである「人口増加率の大きい国」には当てはまりません。が、世界2位の人口を抱える21世紀の大国・中国の影響を無視することもできないでしょう。
中国は、これまでに挙がった人口の増加する国や地域と密接な関係を持っています。
特に東南アジアは地理的に近く、中国による投資・開発の影響の大きな地域もあれば、南沙諸島問題のような紛争もあります。東南アジア諸国同士の温度差の原因を中国が作る場合もあるでしょう。
同じく国境を接するインドについて、米国国家情報会議による未来予測レポート『2030年世界はこう変わる』(2013)では、台頭するインドと中国、そして米国の3つの大国のパワーバランスが、21世紀の国際社会のシナリオを大きく変えていくだろうと予想しています。
アフリカは中国からは遠く離れているものの、現在中国はものすごい勢いでアフリカに歩を進めており、影響力は無視できません。
- 敵か味方か――アフリカと中国は真のパートナーになれるか(DIAMOND online,2011/9/23)
- アフリカは中国の植民地? 市場と資源求め進出する中国に反発の声も(新興国情報EMeye,2012/1/10)
- 止まらない中国のアフリカ進出 政治・経済に続いてメディアも(CNN.co.jp,2012/9/18)
- 危険でもアフリカ目指す中国企業を待つ現実(Newsweek,2013/1/21)
以上の通り、人口増加率の高い地域がどこかをまとめてしました。それではこれらの地域で本当に戦争発生があるかと言えば、実際のところ一概には言えないでしょう。戦争には地政学上の力学や外交関係、経済、資源など、様々な要因が絡むためです。
例えばロシアは冷戦以降も近隣の国や地域と紛争を起こしていますが、ロシアの人口増加率は高いとはいえず、むしろ減少しています(約1.47億人(1990)/約1.46億人(2000)/約1.43億人(2010))。
とはいうものの、人口増加やそれに伴う経済発展が好戦的気分を煽る、というリー・クアンユー元首相の指摘はおもしろく、紛争によってはそうした要因が後押しすることもあるでしょう。国際社会をみる1つの視点として、留意してみたいと思います。
この記事は、2013/3/12掲載の記事を大幅に加筆・修正して、2015/7/16に再掲したものです。