原告勝訴率を上げてパテント・トロールを生むことで、日本にハードウェア・ベンチャーが育つ

全く今に始まったことではないですが、日本の特許出願件数が急減しています。出願件数で中国が世界一に躍り出たのとは対照的に、日本内国人による出願は往時の40万件から30万件まで下がってしまいました。

打撃が一番大きいのは特許事務所業界でしょうか。業界全体で仕事が25%減とかけっこうやばいです。
私は特許出願の数自体が重要だとは思いませんし、「数が増えること=日本の知財が強くなること」とも考えませんが、それでも25%はずいぶんな減り方です。

今回は「日本にパテント・トロールを生み出せば、知財業界を再び活況に導くことができるのでは?」 という仮説を考えてみました。
トロールに関してよく問題にされるのはその存在の是非。一般にトロールとは社会悪であって、トロールが跋扈するような世の中では社会的コストばかりが上昇し、結局儲かるのは弁護士だけという批判があります。
そこでここではトロールの肯定論として、トロールが生み出す特許流通市場と、これによりベンチャー企業が受ける恩恵を挙げてみます。さらにトロールによって、日本にハードウェア・ベンチャーが隆盛する基礎が築かれることも予想します。

パテント・トロールを生むことで、「知財業界は」少なくとも儲かる

wikipediaによればパテント・トロールとは、「自ら保有する特許権を侵害している疑いのある者(主にハイテク大企業)に特許権を行使して巨額の賠償金やライセンス料を得ようとする者を指す英語の蔑称で、その多くは、自らはその特許を実施していない」とされています。
一般にトロールは自身では事業を行わないので、攻撃された企業は特許で反撃しようにも、拳を降ろす先が見つかりません。一方的な防戦に追い込まれた企業は、莫大な訴訟費用も勘案し、泣く泣く和解金を支払うわけです。一昔前は「特許マフィア」などとも呼ばれていましたが、確かにやくざなやり口です。

Calling a troll a troll
Calling a troll a troll / opensourceway

パテント・トロールは米国特許制度の副産物

トロールが生まれる背景には、米国特有の特許制度を挙げることができるでしょう。
理由の1つめが高額な弁護士費用。先に述べたように、訴訟を提起されると応じるにしても弁護士費用がかかるので、大企業は適当な段階で和解金を払って手打ちにしようとします。トロールは勝つことが目的でなく、この和解金を狙って訴訟を起こします。

もう1つが原告勝訴率。例えば悪名高いテキサス東部地裁は、特許訴訟の原告勝訴率を77%まで高めました。勝率約8割とかもう勝ったも同然です。トロールは我先にとテキサスで訴訟を起こし、集い来る原告・被告・弁護士達によりテキサスの町は大儲けです。

日本で特許を取っても使えないから意味がない

一方の日本の原告勝訴率はわずかに26%。上述のテキサスとは対照的な低さです。

ライバル企業による特許侵害に困って弁護士に相談しても、「うーん、訴えるのはちょっと…どうでしょうねえ(勝てる見込み26%だし)」となります。
特許侵害の警告状を送っても、受け取った被疑侵害者の気持ちは「だったら裁判所で話しましょうよ(おたくが勝てる可能性は26%ですよ?)」となるわけです。
決して安くないお金をかけて特許を取ってこのザマなら、誰も日本に出願したいとは思いませんね。

日本の出願件数は減っていますが、日本企業の外国出願件数は増えており、決して日本の研究開発が鈍ったわけではないのです。日本の特許制度が見限られただけ。

原告勝訴率を上げれば、弁護士が儲かる

ということで日本の出願件数を上げるための答えの1つに、「原告勝訴率を上げること」が挙げられると思うのです。原告が勝てるとなれば、せめて負けないとなれば、みんなが訴えたい気持ちになるので、そのための武器たる特許の出願件数も上がります。こうした社会をここでは「プロパテント社会」と呼ぶことにします。
そしてプロパテントになれば、トロールの出現を招きます。

問題なのは、それが果たして社会にとって良いことなのかどうか。
特許訴訟が頻発し、トロールが跋扈する海の向こうの修羅場・米国を見ると、決して各企業が幸せそうには見えません。結局儲かるのは弁護士だけで、企業が特許制度に支払う社会的コストが高くなるばかりです。

こうした社会が産業発達の観点で健全と言えるのか、甚だ疑問が尽きません。

ベンチャー・中小企業視点の特許制度とパテント・トロール

さてパテント・トロールですが、彼らが狙うのはもっぱら大企業となります。
息の根を止めるのでなく、和解金をせびるのが目的なので、攻撃相手は大企業が適しています。そもそも支払う額はビジネス規模に基づき算定されるので、中小企業を訴えても小遣いにしかならないわけです。

ベンチャー企業や中小企業に視点を移して特許制度を見てみると、特許とは「市場へのアクセス権」と取ることができます。これについて、絶大な市場支配力をもつ大企業を「中世のギルド」と評した『インビジブル・エッジ』(マーク・ブラシキル、ラルフ・エッカート著)の一節を引用します。

特許による補語が保障されている社会では、ある市場を巨人が掌握していても、チャレンジャーは別の市場を攻略することが可能だし、新たな市場を開拓することもできる。(中略)
そこでは小さなチャレンジャーが巨人に戦いを挑むシーンが日々展開された。そして小兵が対等に戦い、最後に勝利を収めるときの武器は、たいていは知財だった。

『インビジブル・エッジ』より

実情をみると一概にはくくれませんが、特許により自前の先端技術を保護することは、ベンチャーが巨大企業と競り合い市場で生き抜く上で、大きな足がかりとなるでしょう。
ただし前提となるのは、社会がプロパテントであることです。原告勝訴率が低いのであれば、つまりいざ訴えても勝てないならば、ベンチャーのもつ特許も「市場アクセス権」としての効果を失います。

パテント・トロールが生む特許流通市場

ベンチャー・中小企業の視点で見ると、プロパテント社会の副産物たるパテント・トロールも、思わぬが働きをすることがわかります。それは彼らによる特許買収です。
一般に自らは研究開発を行わないトロールは、倒産した企業等から特許を買い集めます。これはベンチャー・中小企業が経営破綻時に、あるいは事業が苦境に陥ったとき、特許をバイアウトして資金を回収する道が作られたことを意味します。
前出の『インビジブル・エッジ』では、米国eコマース企業コマース・ワンの倒産事例を紹介していました。

取立てに押し寄せた債権者はコマース・ワンの残骸を漁り、プライベート・エクイティ・ファーム(非公開投資会社)にわずか410万ドルで売却する手はずを整えた。ところが売却直前になって、知財サービスのオーシャン・トモから管財人に問い合わせが来る。オーシャン・トモは、コマース・ワンの知財にはもっと価値があるとアドバイスし、特許のクオリティが高く、多くの企業で採用されていると指摘した。(中略)

実際に競売が始まってみると、当初の設定価格をすぐに上回り、最終的に7件の特許は1550万ドルで売れた。会社まるごとの売却価格410万ドルに比べ、じつに3.5倍以上の値がついたことになる。

『インビジブル・エッジ』より

トロールによる企業への攻撃はまた、新たな種類の知財ビジネスを生み出しました。それが「特許がトロールに渡る前に先回りして買う」というサービスです。

企業が倒産や事業撤退で関連する特許を手放すにあたり、先んじて購入して封印してしまうことで、トロールの攻撃手段を奪うというものです。
こうした特許の流通市場は、トロールが特許を使うこにより実現しました。戦争が起きることで武器の値段が騰がるのと同じです。技術力を商品とするハイテクベンチャーからすると、知的労働の成果である特許の資産価値が高まることは、有利に働くはずです。

特許流通市場の存在が、台頭するハードウェア・ベンチャーも助ける

社会悪とされるトロールが特許流通の市場を創ることにより、特許の資産価値を高め、特許バイアウトの道を作ってベンチャー・中小企業を助けている。というのが以上になります。高く特許が売れれば、再起もしやすくなりますね。

ところでベンチャーと言っても、『インビジブル・エッジ』で挙げられたコマース・ワンのようなIT企業の特許が認められるのは、実は稀なケースなのではないかと思います。理由はソフトウェア技術の特許との親和性の悪さです。
特許は出願から権利付与までに数年かかりますが、ビジネスサイクルが早いソフトウェアだと特許が取れた頃にはサービスがなくなっている可能性もあります。さらにソフトウェア特許は物に比べて抽象的なので、特許要件を満たしにくいばかりか、侵害品の解析も困難です。

一方、特許と親和性の高いハードウェアについてみると、昨今話題になっている『MAKERS』(クリス・アンダーソン著)が気になりますね。『MAKERS』では、3Dプリンタをはじめとするデジタルツールや、小ロット生産を請け負うネット工場の出現により、ハードウェアによりビジネスを起こすハードルが大きく下がると予想します。

ハードルが下がるとは言え、設備や流通経路の確保において、ソフトウェアに比べ初期投資が大きくなることは変わりません。新規発明の創出者に独占権を与えて資金回収機会を与えようとする特許法の精神は、ハードウェアビジネスにより適すると言えるでしょう。
トロールの存在が生み出す特許流通市場は、初期投資の還元という観点で大いに重要な存在になるはずです。

パテント・トロールを生み出すことで、日本のハードウェア・ベンチャーは育つか

IT革命はシリコン・バレーが中心でしたが、製造業に関しては日本の中小企業も大きな存在感を保っています。

ハードウェア・ベンチャーの潮流は、日本の持つ高い技術力をさらに伸ばすことに繋がるはずです。
もちろんベンチャー企業の振興には、投資市場や、失敗しても再出発できる仕組みが欠かせません。しかしその振興政策の一環として、彼らの特許を高額でバイアウトできる特許流通市場があってもいいと思うのです。
そして特許の市場を創るためには、権利行使の代理者たるパテント・トロールと、彼らに勝たせるための高い原告勝訴率が必要です。

でもやっぱり気になる、特許制度に支払う社会的コスト

ここまでの議論は、特許流通市場のもたらす効用が、トロールや特許制度に対して支払う社会的コストよりも高いことが全体です。
プロパテント社会においては、保有する特許の維持や訴訟のために、高額なコストをかけなければなりません。トロールがベンチャーにとっての脅威となるリスクもあります。

そして何より、市場への参入障壁が、他ならぬ大企業の特許により作られている事実も忘れてはなりません。

結局両者の利益衡量になるわけですが、簡単に答えの出せる問題でないことは確かです。
私は特許制度に関してはどちらかと言うとアンチなのですが、プロパテントの名分としては、ここまでに述べたベンチャー(特にハードウェア)振興が1つの理由になるかと考えました。

これが果たして吉と出るか凶と出るかは、トロールのメッカ・米国を見ていけば答えが出るかもしれません。でも個人的には日本にも、思い切った舵取りをして欲しいところです。
 

インビジブル・エッジ  MAKERS―21世紀の産業革命が始まる
 

Pocket