ウクライナ情勢が緊迫しているようです。
ロシア系住民がロシアへの復帰を求めてデモを行い、首都キエフは世紀末状態に。さらにはロシア軍がクリミアへ軍事侵攻を始めたという噂も。
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- 焦点:高まるウクライナ分裂の危機、クリミアで民族対立が激化(ロイター,2014/2/28)
- ウクライナ南部クリミアで武装集団が2空港封鎖、ロシアは関与否定(ロイター,2014/3/1)
- ウクライナ情勢 ロシアが軍事介入へ、米大統領は懸念を表明(CNN.co.jp,2014/3/2)
ところで、ここにロシアのウクライナ介入を予想していた本があります。
米国情報機関ストラト・フォーの創立者で政治アナリストのジョージ・フリードマンは、『100年予測』(2009年発行)で、地政学に基づいて今後100年の世界情勢を分析。欧州に関する予測の1つが「ロシアがウクライナを取り戻す」というものでした。
ここでは本書の将来予測のうち、ロシアと欧州に関するシナリオをまとめてみます。今後のロシア・ウクライナや周辺諸国の情勢を見る上で、1つの指標にできそうです。
Summary Note
『100年予測』で予想される未来(1)ロシアとその周辺
- 2010年代の早い時点で中央アジアはロシア勢力圏に戻る
- ロシアはコーカサス(チェチェン、グルジア等)に固執し、紛争を起こす
- 2015年までにロシアはベラルーシとウクライナを勢力圏に置く
- 2010年代半ばから、ロシアはバルト諸国の包囲を開始するが、成功はしない
- ロシアに対抗して東欧諸国が連合し、米国がこれを支援する
- ポーランドが米国の強い支援を受け、後の大国化の原因となる
- 2020年を過ぎたころ、ロシアは軍事費負担等を原因として自壊する
『100年予測』で予想される未来(番外)アメリカ
- 21世紀後半に米国に挑戦できる国家はメキシコである
本書シナリオを確かめる上で着目していきたい点
- ロシアはウクライナを手に入れられるのか?
- 米国は強硬姿勢を取り、冷戦を招くのか?
- 中国は本当にロシアに付かず、ロシア自壊の遠因となるのか?
ロシアの前に、まず本書の分析手法を簡単に紹介。
本書は予測にあたり各国の「地政学上の目標」に着目しています。たとえば本書が挙げる米国の地政学上の目標は次の5段階。
- 1.米国陸軍が北米を完全に支配すること
- 2.米国を脅かす峡谷を西半球に存在させないこと
- 3.侵略の可能性排除のため、米国の海上接近経路を海軍が完全に支配すること
- 4.米国の物理的安全と国際貿易体制支配の確保のため、全海洋を支配すること
- 5.いかなる国にも米国のグローバルな海軍力に挑ませないこと
米国の行動原理はこれら目標の達成にあり、こうした行動原理を知ることで米国の動きを予想できるとしています。
本書はそれぞれの国の地政学上の立場から、各国家の動きをジグソーパズルのように繋げて、世界全体の未来の輪郭を導き出そうと試みます。
せっかく米国の話になったので、本書で述べる未来予測を1つ紹介します。
現在米国は7つの海に海軍を派遣し、すべての大陸に基地を置いています。米国の強大な海軍力に挑む、という選択は他の国々にとってちょっとハードル高いです。
ところが、米国の海軍力の影響を受けずに米国に挑める国がある、と著者は指摘。それは米国と国境を接するメキシコです。
紛争のきっかけとなるのが移民です。米国西部のヒスパニック系人口は年々増加の一途を辿っており、彼らが米国内の地域におけるマジョリティとなる日が来ることになります。一方メキシコ自体も2060年以降において経済大国化することが予想でき、メキシコが米国に陸戦を挑むとき、米国と覇権を争う唯一の国になるのではないかと著者は推測します。
本書では、メキシコと米国が対決する時期を2080年~2100年に設定していました。
本書では、21世紀の国家間関係に影響を及ぼす重大なイベントの1つとして、ロシアの動きを述べています。そのシナリオは「ソ連崩壊後力を失ったロシアが再び力を取り戻し、2010年代に勢力圏を拡張させ、やがて2020年を少し過ぎたところで崩壊する」というものでした。
本書の他の地域(中東とか欧州とか)の未来予想もこのロシア伸長・崩壊説が土台になっていて、本書全体の予想が当たるかどうかの鍵となっています。
21世紀前半のロシアと、その影響を受ける国々の動きについて、以下に本書で述べられていたことをまとめます。
本書はロシアの基本戦略を、自国の周りに緩衝地帯を作ることだと指摘します。
例えば、1932年に無力化されたはずのドイツは、その10年後にはモスクワに迫りました。冷戦中、サンクトペテルブルクとNATOの前線とは1500km離れていましたが、現在その距離はわずか100km強にすぎません。ロシアは安全保障の観点から、旧ソ連時代の勢力圏の回復を目指すとします。
本書はロシアの国境を大きく3方面と定義しました。
- 1)西方:欧州に対するウクライナ、ベラルーシ、バルト三国
- 2)南方:トルコに対するコーカサス地方(チェチェン、グルジア等)
- 3)東南:中国に対する中央アジア
google mapより
中央アジアは、2010年代の早い段階でロシアの勢力圏に戻るとします。
南方においては、2008年のロシアによるグルジア侵攻が記憶に新しいところです。ロシアは今後もチェチェンとグルジアに固執し、親ロシアのアルメニアを含めた国々を南方の前線にしようとします。その結果、ロシア伸長に危機感を覚える米国と、特にアルメニア活性化を恐れるトルコの抵抗に遭い、コーカサスで大きな紛争が起きると予想します。
ナポレオンとヒトラーからロシアを守ったものはウクライナとベラルーシであり、ロシアは5年以内(※本書発行は2009年)に両国を再吸収する、と本書は予想。「これは既成事実である」という強い書き方がされていました。
ウクライナでは2004年に、親欧米派主導の民衆蜂起であるオレンジ革命が起き、NATOに取り込まれようとしました。本書は、ウクライナのNATO加入はロシアを存亡の危機に立たせるものであり、ロシアが看過することはありえない、とします。
その上で、西方に対してはロシアは次のように振る舞うと予想していました。
- 2010年代にベラルーシと、防衛機構を統合する協定を結ぶ
- 2010年代半ばまでに、ベラルーシとの同盟に引込む形でウクライナを勢力圏に取戻す
- 2010年代半ばまでに、ベラルーシ、ウクライナ、及び黒海にロシア軍が配置され、バルト諸国制圧のプロセスが開始される(ただしバルト諸国の吸収は成功しない)
ロシアは2010年までにエネルギー政策・経済政策で国力を強化しており、現在は過小評価されているものの、失われていた軍事力は再興されつつあると指摘します。
ロシアは周辺諸国に対する武器として、経済制裁や天然ガスの供給停止、そして軍事的圧力を用いるだろうとされます。
google mapより
ロシアの勢力圏拡張と、周辺諸国に及ぼす影響が、2020年以後の世界のシナリオを左右する要素になっていました。本書が予想していた周辺諸国への影響を紹介します。
まず反ロシアの立場を取る国々。その背後には米国の影が見えます。これは米国の「米国以外に大国を作らない」という基本戦略によるものです
- 東欧諸国は、ロシアを脅威に感じて連合を形成し、米国と同盟する
- バルト諸国は、ロシアの脅威にさらされ、米国から技術供与等の支援を受け、東欧諸国と連合を形成する
- トルコはコーカサスを巡ってロシアと紛争を起こす
なお、中東はロシア崩壊まではロシアの勢力圏に入るとしています。
本書で特に注目していたのがポーランドとドイツでした。
ポーランドはウクライナ、ベラルーシ、バルト三国と国境を接するため、これらの国々がロシア勢力圏に取り込まれた場合、ロシアと直接対峙することになります。これを防ぐため、ポーランドは東欧諸国との同盟を結び、米国の強力な支援を受けることになります。
一方ポーランドの西に位置するドイツとしては、ポーランドを自国の勢力圏に留めおきたいことから、米国の支援によるポーランドの台頭を快く思いません。ドイツがエネルギーをロシアからの天然ガスに依存していることも、ドイツをロシアと対立しにくくさせると本書は指摘します。
結果として、ポーランドへのNATOによる支援はドイツにより阻止されまずが、米国は単独でのポーランド支援をより増強し、ポーランドは強国化を果たします。
ロシアはこうして米国との間で新たな冷戦を形成します。しかしその規模も期間もかつての冷戦に比べればはるかに小さく、ロシアは2020年を過ぎたころには自壊するだろう、というのが本書の結論でした。自壊の理由は以下の通りです。
- 冷戦時に比べてロシアの人口ははるかに少なく、かつ減少傾向にある
- 今回は中国が味方をしない
- 軍事支出の負担が内政を圧迫、国内と南部の緊張が深刻化する
ロシア崩壊後にはポーランドとトルコが大国化するとも予想しており、これについては次の記事で紹介します。
こうした本書の予想を踏まえて、今後のロシアと関係国をどう見ていこうか考えてみます。
まず現在進行中のウクライナ情勢です。
クリミア半島は事実上「謎の武装集団」の影響下に置かれています。ロシアは否定しているので、まさかこの謎の武装集団がロシアに関係するとは思えませんし、彼らがモスクワ訛りで話していてもまさかロシア人のはずがありませんが、ともかくもクリミアのロシア化は避けられなさそうな状況です。
ウクライナはロシアの動きに反発しており、本書が予想する「ウクライナのロシア勢力圏化」はすんなりとは成らなさそう。
オレンジ革命の後、2010年に親ロシアのヤヌコビッチ氏がウクライナ大統領に就いたところまでは、ロシアの思惑通りだったのでしょう。ところがヤヌコビッチ氏は今回追放されてしまいました。クリミアでのロシアの強硬な動きには、ロシアの焦りもあるのかもしれません。
いや、もちろんクリミアで展開する謎の武装集団はロシアとは関係ないと思うんですけどね(ソースはロシア)。
しかし本書によれば、ウクライナがロシアにとっての地政学的要衝であることに変わりはありません。従ってロシアが対ウクライナで強硬な姿勢を解くことは考えにくく、今後の動きを注視したいところです。
今回手に入れるクリミアをテコに何かするのか、天然ガスなどの資源を武器にするのか、あるいは戦争に繋げてしまうのか、どうなるのでしょう。
ベラルーシとは2002年に集団安全保障条約を結んで以降進展はないようですが、本書の予想の通りに同盟関係が強化されるのか気になります。ベラルーシはウクライナとも国境を接しており、今回のウクライナの事件の影響を受けるはずです。
本書では、ロシアはベラルーシとウクライナを同盟に組み込んだのち、バルト三国への圧力をかけ、バルト三国はこれに反発するとしています。バルト三国の今回の出方も気になります。
なお、ポーランドはドキドキしている模様。
今回のウクライナの件では、現時点では米国は非難するに留めており、強い動きを取れていません。このことは国内外からの反発を呼んでいるようです。
しかし、米国の初動が遅れることは本書でも予想されているところでした。少なくともウクライナが本格的にロシアの勢力圏に入ったときには、米国の姿勢に本格的な変化が現れるでしょう。次の大統領選にも影響するのかも。
本書は米国とロシアが冷戦に陥ると予想しており、米国によるロシア圏の周辺への支援が、以後の時代を予想したシナリオの前提にもなっていました。従って米国が弱腰でい続けた場合、本書の100年にわたる未来予測も狂ってしまうので、米国の出方は要注目ということになります。
クリミアが本格的にロシア領になると、黒海を挟んで対峙するトルコにとって脅威が増すことになります。コーカサスへの影響もあるでしょう。これらの国々は今回どう動くでしょうか。
コーカサスや黒海周辺の歴史的経緯は下記の記事がわかりやすいです。
ロシアと国境を接する三方面のうち、中国の出方にも注意が必要です。
本書では、新たな冷戦では中国はロシアに味方しないと予想しており、2020年過ぎにおけるロシア自壊の理由の1つにしています。これは本当にそうでしょうか?
私は対米国の観点でロシアと中国が手を結ぶこともありうると考えています。このあたりもよく見守る必要がありそうです。
一応中国はウクライナの件に関して、内政干渉よくない!という声明を出しているようです。
ウクライナは中国の主要な武器入手ルートでもあるようなので、その影響も気になります。
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本書では2020年の中国分裂、2050年のトルコ・日本の大国化と対米戦争なども予想しており、これについても別途改めて紹介します。
- 2020年、中国は分裂して三国志時代を迎える(『100年予測』書評2/4)(2014/3/27)
- 2030年、トルコとポーランドが大国化してロシア崩壊の跡に起つ(『100年予測』書評 3/4)(2014/4/13)
- 2050年、日本はトルコと同盟して再び米国に戦争を仕掛ける(『100年予測』書評4/4)(2014/4/20)