インドのIT産業はGDP比で約8%を占め(2013年)、今や国をけん引する産業に育っています。インドのIT産業は第3の都市バンガロールに集中していて、多くのグローバル企業も拠点を置いています。JETROがまとめた「アジア・オセアニア主要都市・地域の関連コスト比較」(2013)によれば、バンガロールの賃金はムンバイやニューデリーに比べて倍近くになってます。
そんなバンガロールの様子と、インドのIT産業の概観をまとめた本が出ていたので、今回読んでみました。
本書『バンガロールにいれば世界の動きがよくわかる』(2014年)は、ソニー・インディア・ソフトウェアセンター社長としてインドで活躍する武鎗氏による一冊。想定読了時間30分と短いながら、具体的な事例と数字でインドのIT産業をわかりやすく伝えてくれています。定価はkindleで300円。
数十年後には中国と並び大国化すると予想されるインド。その虎の子産業の現状と未来はぜひ押さえておきたいところです。
Summary Note
インドIT産業と、インドに拠点を置くグローバル企業(本書より)
- 2012年のIT-BPO産業規模は約10兆円、うち7割が海外からの受注
- インドに開発拠点や本社機能を置くグローバル企業が増えている
- インドには新興国問題のすべてが内在されており、インドで勝てれば、他の新興国への展開も期待できる
インドIT産業が持つポテンシャル(本書より)
- 2020年のIT-BPO産業規模は約22兆円の予測
- バンガロールの拠点は、特許が取れるほどの製品を自ら開発できるようになってきている
- 業界団体NASSCOMは今後10年で1万社のスタートアップを創出するビジョンを掲げている
インドIT産業から生まれるイノベーション
- バンガロールにはすでに新興企業も多く集まっており、今後イノベーションの発信地となる可能性がある
- 特に新興国ビジネスの観点でインド発のイノベーションが普及する可能性があり、ベンチマークする上で注目する価値がありそう
まずは現状のインドIT産業の規模感から、本書で述べられていた数字を紹介します。
- 2012年のIT-BPO産業(IT系開発受注産業)規模は1010億ドル(約10兆円)、世界市場全体の58%を占め、うち7割が海外からの受注
- 受注・輸出の内訳はITサービス57%、BPO23%、研究開発やソフトウェア製品が19%
- 取引先地域は米国が62%、欧州諸国を含めると90%
- フォーチュン500企業の約8割が、何らかの形でインドにIT業務を発注している
インドの圧倒的な受注獲得の理由ですが、もともとバンガロールには国の研究機関等が集まっていて、さらに90年代のIT振興特区設置で外国企業の誘致にも成功し、優秀な人材が集まっていました。2000年代になると、世界でIT技術の爆発的な普及がはじまります。このとき、IT産業という知的作業の集積に対して「必要な人材を必要なだけ提供できる唯一の国がインド」だった、と紹介されています。
中国にも優秀な人間は多そうですが、英語と情報管理の2つの点で、インドが有利であり続けるだろうと著者は述べています。
なお同じ条件だと、最近人口1億人を突破したフィリピンなんかも可能性がありそうです。もちろんすでに軌道に乗っているバンガロールの地位が脅かされることはないでしょうが、例えばバンガロールの人件費が上がれば、第二のバンガロールになることも考えられますね。
それにしても、インドIT業界が扱う外国の仕事のうち、欧米が90%にも上るとは知りませんでした。日本はわずか3%とのこと。
単にインドに発注するだけでなく、インドに拠点を置き、さらには本社機能まで設置するグローバル企業が増えています。本書によれば、インドに開発拠点を置くグローバル企業は2000年の100社から2012年には874社に増え、うち半数がバンガロールを拠点とします。
途上国ならではの技術・サービス開発を行い、これを先進国を含むグローバル市場に展開する、リバースイノベーションと呼ばれる戦略があります。本書では、先進国企業によるリバースイノベーションや、インドで先行している具体的な事例を紹介していて、このあたりとてもおもしろいです。
また新興国ビジネスの観点でも、著者はインドは「その他の新興国が抱えている問題のすべてが存在していると言えるほど多種多様で混沌と」しており、「インドのために開発した商品やサービスは、他の新興国でも通用」すると指摘します。
本書によれば、インドのIT-BPO産業規模は、2012年の1010億ドル(10兆円)から、2020年には2200億ドル(22兆円)に倍増すると予想されています。しかしインドのIT産業は、いつまでもIT業務アウトソースの受注拠点に留まることはなさそうです。
著者曰く、バンガロールの拠点は、自ら特許を取るような新しい製品開発を進められるようになってきているとのこと。
また、業界団体NASSCOMの「今後10年で1万社のスタートアップを創出」というビジョンも紹介されていました。すでに成功したスタートアップとして、オンラインショッピングでインド1位となったFlipkartや、世界第2位のモバイル広告企業となったInmobiが挙げられています。
インドでは新興企業の41%がバンガロールに結集しており、バンガロールは起業家の集まる街に変わりつつあるようです。もともと頭脳の集積する場所なので、今後はシリコンバレーのように、インド発のイノベーションがたくさん生まれることになるかもしれません。
次のブログでは、インドで注目のサービスを紹介してくれています。けっこうな数のサービスを網羅的にまとめています。
この記事では総括として、インドのITサービスについて次のような評価をしています。
ところで、インドのITサービスは、基本はやはり米国のサービスをコピーしたものが多い。けれど、まったく同じものを作ってはインドでうまくいかない。文化や生活背景・通信インフラの悪さ・ロジスティクスの未整備・クレジットカードの普及率の低さ(=課金の仕組み)などを考慮して、現地に最適化しなければならない。これは先進国でサービスを広めるのとは違った難しさがあるに違いないだろう。だからアイディアはコピーといえども、それを実行する環境が異なるならば、それは非常にイノベイティブだし、市場の開拓者だとも思える。そしてインドのようなビジネスがやりにくい環境(発展途上国)で成功すれば、他の発展途上国でそれを横展開できるというダイナミズムもある。
『バンガロールにいれば世界の動きがよくわかる』での指摘と同様、インドならではの課題を解決することによるイノベーションと、他の新興国への横展開ですね。
すると、将来の新興国ビジネスや、新興国で流行るサービスを考える上では、インドのスタートアップをベンチマークするのも1つの手段になるかもしれません。
インドのIT産業はわずか10年余りで巨大に成長しました。そして今、インドはイノベーションの拠点として生まれ変わろうとしています。バンガロールとインドの動きには今後も注目ですね。