結局のところ中国の科学技術力はすごいのかすごくないのか(『科学技術大国中国』書評)

2013年公開の『ゼロ・グラビティ』という映画があります。サンドラ・ブロック演じる宇宙飛行士が宇宙で望遠鏡を修理中、事故に見舞われ、国際宇宙ステーションが崩壊して漂流するという筋書きで、アカデミー賞7部門受賞です。3D上映では、3Dの使い道が従来のような「飛び出す」でなく、「宇宙の奥行き」の表現に使われたことも評価されました。迫力すごくて私は2回観ちゃいました。

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『ゼロ・グラビティ』でキーとなるガジェットの1つが中国の宇宙ステーション「天宮」です。現実では、天宮1号は2011年に打ち上げられ、その後は有人宇宙船「神舟」とのドッキング実験などを順調に進めています。今後は2016年に天宮2号を、以降も順次モジュールを打ち上げて、2022年に完成予定とのこと。

米国、ロシアに続き世界で3番目に有人飛行を成功させ、独自の宇宙ステーションの建設も始めた中国。GDPでは、2010年に日本を抜いたと思ったらすでに倍近くに伸びてるなど爆アゲです。
そんな中国の科学技術力って実際どうなってるの? と思っていたところ、ちょうどよい本を読むことができました。『科学技術大国中国』(2013年)は、文科省要職や内閣府政策統括官を経て、JAXA副理事長も務めた林幸秀氏による分析。中国の優れている点と、現状の課題とを、公平な視点で評価した良書です。
今回はこの一冊から、中国の科学技術の現状と未来を考えてみます。

科学技術大国中国

Summary Note

中国の科学技術力はなおキャッチアップ段階(本書より)

  • スーパーコンピュータ、深海探査艇、宇宙開発、核融合、iPS細胞など、様々な分野で「世界一」「世界初」の実績を挙げている
  • しかし、成果はスペックに留まっていて実用性に欠けたり、コア部品開発を外国に頼るなど、課題は多い

中国の潜在的科学技術力を占う指標

  • 論文被引用件数は世界2位(2012年)と存在感
  • 米国留学生をはじめ大学生数が増加しており、将来を担う人材に期待
  • 特許出願件数も近年堅調に増加している

 

実績を挙げつつあるものの未だキャッチアップ段階(本書より)

中国は近年、最先端と言える様々な分野で「世界一」や「世界初」の成果を挙げています。本書は6つの分野に分けてその実績を紹介するとともに、課題も付言。これら本書の記載について、以下にまとめてみました。

1.スーパーコンピュータ
2010年、天津スパコンセンター開発の「天河1A」が世界最速(2.57ペタFLOPS)を達成。
ただし、CPU/GPUの大部分が米国製、ベンチマーク用に最適化され汎用性がない、性能に合うソフトウェアが開発されておらず実用されていない、等の課題がある。
一段性能の低い廉価版も大量投入して国内市場を席巻する点に特徴。

2.海洋科学技術
2012年、潜水艇「蛟竜」がマリアナ海溝で7062メートルの潜航に成功、科学研究目的の有人潜水艇で世界一に。開発段階でも調査潜航を実施するなど、経済利益も重視した点も特徴。
要素技術が外国製、性能評価には今後の潜水実績の積上げが必要、等が課題。
なお中国は造船能力が向上しており、受注・工事・竣工量全てで韓国を抜いて世界一。

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中船重工第702研究所より

3.宇宙開発
天体望遠鏡「LAMOST」が天体の可視光取得スペクトル数で世界一を達成。大口径と広視野の両立は天文関連技術の高さを示す。
ただしコア技術である鏡の研磨はロシアに委託、活用目的が不定、河北省にあるため深刻な大気汚染の影響を受ける、という課題がある。

宇宙開発では2003年に神舟5号で有人宇宙飛行を成功させ、2011年には宇宙ステーション天宮1号の打ち上げに成功。ロケット打ち上げ技術の信頼性も非常に高い。
打ち上げ性能を示す輸送可能重量は他国に劣るが、開発中の長征五型の輸送可能重量25トンは、現在スペースシャトルに次いで2位のプロトン(21トン)を超える。

中国版GPS「北斗」は2011年に中国全土をカバーし、2020年までに全世界のカバーを目指す。
衛星に搭載する各種センサや電池などのモジュール技術は今後の課題。

4.原子力開発
原発は2014年時点で14基を運転中。現在世界で建設中の75基のうち30基が中国の原発で、高速増殖炉の研究も進めている。
2006年に世界で初めて、全超伝導によるトカマク型核融合研究装置を建設。核融合炉実用化にあたり必須となる画期的技術で、中国は核融合炉分野で良いポジションを築けたと言える。
他国は自国電機メーカーに部品等を製造委託するが、中国には能力のあるメーカーが少ないため、研究所職員自ら重要部品の製造・組み立てを行っている点が特徴。

5.iPS細胞
2008年にiPS細胞の課題を解決する「癌抑制遺伝子制御と増殖効率化」で研究成果。2009年には世界で初めてiPS細胞によるマウス「小小」を作製、iPSが多性能細胞であることを証明した。(※山中教授のiPS細胞発表は2006年)

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小小により、iPS細胞が全身すべての細胞に分化可能であることが証明されました
中国人民共和国科学技術部より画像引用)

研究の独創性が今一歩という課題はあるものの、政府は多額の予算をつけており、米国留学から帰国した人材も厚い。幹細胞利用の臨床研究に関するガイドラインも整備されているため、日本でできないような臨床研究が可能。

6.遺伝子解析会社
BGI社は遺伝子解析で世界最大規模となる民間会社で、2012年時点で最先端の超高速シーケンサ200台(日本は理研の十数台保有が最大)と多くの若手人材を有する。
装置を買ってきて作業をこなすだけなので科学技術活動とみなされていないものの、今後研究能力を獲得する可能性がある。

こうした状況を総括したうえで、著者は「中国の科学技術は、米国、欧州の主要国、日本といまだ距離があるというのが、現時点での筆者の率直な感想である」と述べています。

各分野で世界一といえる実績を挙げつつあるものの、スペックに留まっていて実用性に欠けたり、コア部品の開発を外国に頼っているなど、確かにまだまだ隙がありそう。もちろん、スペックだけでも世界一を名乗れる成果が出ている点は大いに注目すべきですが、未だキャッチアップ段階というのが実情で、中国先生の次回作に乞うご期待といったところでしょうか。

なお一番のツッコミどころは天体望遠鏡の立地でしょうか。こうした望遠鏡は4000m級の山の上に建てるのが普通ですが、PM2.5絶賛拡散中の北京にもほど近い低地に作られてます。青海省とか雲南とかチベットとか、中国には空気の澄んだ素晴らしい高地もたくさんあるのに、もったいないです。

 

中国の潜在的科学技術力を占う指標

さて中国の現状は上述の通りですが、現時点の力で中国を評価すると見誤ることになりそうです。近年目を見張る成長を遂げる中国がこのまま発達した場合、その科学技術力も大いに伸長することが予想されます。
中国の潜在的科学技術力を計る指標をいくつか、並べてみたいと思います。

論文の被引用件数で2012年には世界2位に

本書によると、2009年~2011年における世界に占める中国の論文数は12%で世界2位(米国26%、日本6.6%)。このうち材料分野と化学分野では世界1位のシェアとなっています(それぞれ24.6%、17.2%)。

論文数だけ見ても意味がないことは著者も承知で、被引用件数も紹介されています。これによると、2009年~2011年の被引用件数は10.4%で世界4位と中々の健闘ぶり(日本は5.8%で7位)。
経産省の各年データも調べてみると、2012年には12.4%で米国に次いで2位にまで躍り出ていました。中国の研究の成果が注目を集めている可能性が高いです。

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世界の主要国の論文被引用数(経済産業省,PDF)より、緑が中国

中国人13億の教育水準

科学技術に関する中国の人材については、本書で紹介されていたいくつかの数字を下記の通り紹介します。

  • OECDによる中学生の学力到達度調査PISA(65か国で実施)で上海は1位
  • 高校生が参加する国際科学オリンピックでも圧倒的に優秀な成果
  • 大学生数1200万人で日本の5倍、しかも進学率は未だ25%なので今後も増えていく
  • 大学生のうち理系が5割と多い
  • 2007年の博士号取得者数は26,582人(米国32,588人、日本8,017人)、このうち1/6にあたる4,308人が米国大学での博士号を取得(日本は210人)
  • 海外人材の呼び戻しを図った「海亀政策」が奏功し、米国留学生の帰国が増加している

著者は中国の学生の課題として、受験戦争型で想像力に欠ける点を指摘しています。でもそれはどうなんでしょう。現在多くの米国留学経験者が帰国しており、外からの風が吹き込むことで、多様性や柔軟生が生まれるかもしれません。

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社会実情データ図録より、赤が中国

特許出願件数は堅調に増加

一応当ブログは知財もテーマに扱ってるので、中国の特許出願も調べてみました。

次の図は、特許協力条約(PCT)に基づく国際出願の、出願元となった国毎の出願件数です。つまり各国から出された国際出願件数で、中国は2009年あたりからぐっと数を伸ばしていることがわかります。件数としては日本の半分といったところでしょうか。
「特許=技術力」ではありませんが、国際特許出願を出したくなるような技術開発が増加しているようです。

pct top10_2014
Trend in PCT applications for the top 10 origins
Patent Cooperation Treaty Yearly Review 2014(WIPO)PDF)より、紫が中国

なお、外国への出願は、特許協力条約に基づく国際出願と、各外国に直接する出願と、2つのルートが存在します。上図は前者を利用した国際出願に限られるため、特定国(例えば中国)から外国への出願の全てを表しているわけではない点にご注意ください。
より多くの外国に出願する場合には、特許協力条約に基づく国際出願ルートの方が費用面・手続き面で有利となります。

次に下記の図は、各国の国際出願(2013年)における、出願人種別の割合の比較です。下から企業(赤)、個人(ピンク)、大学(紫)、政府等(水色)の順。
中国は個人の割合が多いですね。このあたり冷やかし出願の可能性もあり要注意と個人的に警戒します。政府機関や大学による出願が多いのかな、と思っていたのですが、他国に比べるとそんなこともなさそうですね。
日本は圧倒的に企業、米国・英国は大学が多いなど、特徴が出ています。というか日本の大学の存在感の無さ‥。

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Distribution of PCT applications by type of applicant for the top 30 origins, 2013
Patent Cooperation Treaty Yearly Review 2014(WIPO)PDF)より加工

WIPOの同レポートでは、2013年の国際出願件数上位企業もリストアップされていました。トップ10について、中国からはZTE(2位)と華為(3位)がランクインしています。ちなみに1位はパナソニックで、日本からは他にシャープ(6位)とトヨタ(8位)がランクイン。

最後に参考として、各国における国内出願件数の推移を下記に載せます。中国の国内出願が爆増していることがわかります。ただし個人による冷やかし出願や、中国市場を狙う外国企業による出願も含まれるため、このグラフから中国の力を測ることは難しいと思います。市場の重要性を見る指標にはなると思うんですけどね。
中国国内出願の増加はよくニュースになりますが、中国の力を測りたい場合には、国際出願件数などを確かめた方がよさそうです。

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Trend in patent applications for the top five offices
World Intellectual Property Indicators 2013(WIPO)PDF)より、黄緑が中国

 

中国先生の次回作はベストセラー連発の予感

論文被引用件数や特許件数から、科学技術に関する中国の実力は着実に伸びていると言えそうです。
特に驚かされたのは、留学生数などの人材の厚さでした。米国におけるアジア留学生のうちの中国人学生の増加率(上述グラフ)、すごい伸びでしたよね。
本書が紹介する6分野での成果はいずれも10年、20年前から進められてきた開発です。一方で10年、20年後の実績は、いま社会に出たばかりの若者たちの手で成し遂げられていくわけで、その可能性は期待に値するものでしょう。

なお、本書で紹介されているのはあくまで先端分野の科学技術です。製品やサービスに視点を変えると、また違った世界が見えるかもしれません。

著者は中国の問題点として、低賃金女性労働者による工場生産と、国や大学による先端研究との間を埋める技術者の存在が不十分であると指摘します。ということは、この空白を埋める企業が今後現れてくるかもしれません。
例えば昨今話題になっているスマートフォンメーカー・小米や、電子商取引で日本よりも進んでいると言われるアリババなど、すでにユニークな企業が登場しています。深センあたりでは「MAKERS」の世界が広がっているという話も。このあたりもいずれ調べていきたいです。

定点観測における1点として、現時点の中国の実力を知ることができてありがたい1冊でした。

 

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