「三位一体の戦略」という考え方がある。研究開発部門、事業(経営)部門、そして知財部門の三者が、常時連携・融合して活動を行うという概念だ。
この「三位一体の戦略」について、そもそも「戦略」とは何か、三位一体の戦略の観点から知財部門がなすべき活動は何か、という掘り下げをしていたのが次の記事だ。
特におもしろかったのが「戦略」の確認だ。筆者はチャールズ・W・ホファーとダン・シェンデルによる『戦略策定―その理論と手法』(1981)を参照し、「戦略」の定義を次のように定めている。
『戦略とは、組織がその目標や目的、標的を達成するために行う基本的意思決定を指し、その主な内容は、
①ドメイン戦略-環境との相互作用をどういう範囲で行うか?
②資源戦略-独自能力としての経営資源をいかに獲得・蓄積・配分するか?
③競争戦略-競合者に対してどういう独自ポジションを展開するか?
つまり、「戦略」とは(1)ドメイン戦略、(2)資源戦略、(3)競争戦略の3つからなり、研究開発、事業、知財の各戦略についても、それぞれこの3つの視点に分けて考えられるという主張だ。また、戦略とは「意思決定のためのものである」という視点も提示されている。
*
さて、知財の立場から考えてみる。知財活動として行うべき仕事は様々あるが、その目的はクライアント事業のサポートにあるはずだ。ここで視点をクライアントサイドの戦略に置き、クライアントの意思決定をサポートする活動として知財業務を整理しなおすと、その意義を再確認できることもあるかもしれない。
クライアントの戦略(=意思決定)は上述の通り、ドメイン戦略、資源戦略、競争戦略に分節できる。知財活動をこの3つの戦略それぞれに対応させて説明することで、知財は「あなたの戦略」「あなたの意思決定」のここに効くんですよ、と、価値をより分かりやすく伝えられるという仮説だ。
ということで、3つの分節された戦略に対して、どのように知財活動を説明できるかまとめてみた。まとめてみると、知財に詳しい人には今さらかもだけど、私としてはちょっと新鮮だった。特に資源戦略に類する活動の多く、例えば他社特許調査などは、今回まとめるまでそれが資源戦略の一環になるとは気付かなかった。
なお、ドメイン戦略、資源戦略、競争戦略の3つは互いに連関するものなので、対応する知財活動もそれぞれ重複したり、またがったりすることになる。
Summary Note
1.ドメイン戦略における知財活動
- パテントマップに基づくポジション評価
2.資源戦略における知財活動
- 発明・考案・デザインの権利化による知的資源の価値向上
- ノウハウ・コントロールによる知的資源の価値最大化
- ブランドの確立と保護
- 知財活動による外部資源調達
- 他社権利の抵触回避による経営資源の保全
3.競争戦略における知財活動
- 独占排他権行使による攻撃
- 知財権保持による抑止力の発揮
- 他社からの攻撃に対する防御
- 標準化戦略やオープン・クローズ戦略の提言
ドメインとは、企業が定めた自社の競争する領域を指す。「標的顧客」「顧客ニーズ」「独自能力」の3つの要素からなる。ドメイン戦略では、どの顧客に対して、その顧客が求めるものを、いかに自社の強みを活かして提供するか、を考えることになる。目標とのギャップがあれば、それを埋めるための戦略も必要だ。
ドメイン戦略は、企業そのものの在り方を決めるマクロな戦略もあれば、特定製品に載せる機能を選ぶにあたっての、ミクロな視点での戦略もあり得るだろう。いずれにせよ、「強み」とは相対的なものである。自社・他社や各企業を取り巻く環境から比較して、強味が本当に強みであるのか、それが顧客の本質的に求めるものであるのか、考えなければならない。
知財の観点から協力できるものがあるとすれば、パテントマップに基づく分析が挙げられるだろう。特許出願は公開まで1年半とタイムラグがあるものの、技術情報の評価のための強力なツールとなる。技術的観点からみた、自社の強みや、顧客にとって不足する技術、業界全体の傾向を俯瞰できるかもしれない。
ここで重要なのは、漫然とそれっぽいパテントマップを作るのではなく、クライアントの意思決定のフェイズに合わせて、これをサポートする分析を行うことだ。パテントマップの作成は後述する資源戦略、競争戦略でも役立つが、それぞれの戦略で違ったマップの提供が必要になることは言うまでもない。
経営資源とは、企業が事業活動で用いることのできる資源を指す。「人」「物」「金」「情報」が含まれる。有形資源と無形資源に分けられ、当然ながら知的財産も重要な経営資源の1つとなる。
資源戦略では、事業目的達成のために、経営資源を効率的に獲得・蓄積・分配するための計画や方法を考えることになる。また、コア・コンピタンスの認識と活用も重要視される。
資源戦略の観点で支援できる知財活動は多岐にわたる。
アイディアやデザインを、特許権や意匠権などの「知的財産権」という資源に変えることは、知財がクライアントに対してできる代表的な貢献の1つだ。
特許審査を通過し、発明の高度性が保証されれば、知的資源の価値そのものを高められる。そして当然ながら、得られた権利は後述する競争戦略での武器になる。
技術や営業秘密をノウハウとして秘匿し、競争力を保つことは、知的資源の価値を最大化する重要な戦略の一つだ。権利にするか、ノウハウとして守るのか、これがクライアントにとっては資源戦略の一環となると説明することで、知財活動としての意義がより明確になるだろう。
具体的には、新規アイディアの出願可否判断に留まらず、気付かれていないノウハウの可視化や、秘密保持契約・共同開発契約のサポート、日々のノウハウ管理といった形で支援できる。
ブランドや信用も重要な経営資源であるが、これらは自然発生的に生まれるものではなく、創り出し、維持していく必要のあるものだ。そのための必要な手段を提供することは、クライアントの資源戦略に対してできる知財活動の1つとなる。
社内に不足する資源の調達も資源戦略の一環である。知財活動の観点では、特許ライセンスや技術ライセンスといった手段を用いることで、外部から必要な資源の獲得することができるだろう。
また、社外の知的財産権を買収し、有利なポジションを獲得するといった戦略も提案できる。
技術やデザイン、ネーミングが他社の知的財産権に抵触し、使えなくなってしまうことは、それまでに培った経営資源の喪失を意味する。発覚のタイミングによっては、事業全体に致命的な影響を及ぼしかねない。
したがって、予め他社の知的財産権を調査し、リスクを最小化する活動は、クライアントにとっては資源戦略としての意味を持つことになる。
競争戦略とは、例えば「マーケティングにおいて5つの競争要因ごとに防衛可能な地位をつくり出すために、攻撃あるいは防御のアクションを打つこと」とされる(wikipedia)。5つの競争要因とは、「供給企業の交渉力」「買い手の交渉力」「競争企業間の敵対関係」の3つの内的要因と、「新規参入業者の脅威」「代替品の脅威」の2つの外的要因である(ファイブフォース分析)。
知的財産権とは、国家により付与される独占排他権であり、独占禁止法の例外である。まさに競争戦略で真価を発揮するツールだ。
自社知財権を抵触する他社を見つけたら、警告や訴訟により、これをやめさせることができる。直接ライバル企業を攻撃せずとも、ライバル企業に供給する部品メーカーを叩いて兵糧攻めにしてもよい。
もっとも実務上はそう簡単ではないものの、知財権は競争戦略における切り札となる。
他社も自社の知財権を評価し、回避しようとするだろう。したがって、知財権を持つこと自体が参入障壁となり、抑止力となる。これにより、市場でのパイオニア的地位を維持したり、強力な他社からの攻撃にさらされずに済む。
すべての知財権を完全に回避することは難しいので、他社知財権による攻撃にさらされることもあるだろう。訴訟対応、他社権利無効化、そして自社権利によるカウンターなど、様々な対応が求められる。
規格策定の主導権を握ったり、品質保証のための標準を自社に有利な形で作ってしまう、というのも競争戦略上の方法論の一つだ。
オープン・クローズ戦略、プラットフォーム戦略といった競争環境構築において、知財権が果たせる役割は小さくはない。
以上の通り、知財活動を、クライアントの3つの戦略の観点から分けてみた。もちろん、このような整理をしたところで、知財サイドが行うべき仕事は変わらない。しかしクライアントの視点に立って、クライアントの意思決定のどこに効くのかという観点で説明できると、伝わり方は違ったものになるかもしれない。
知財活動の中には効果が見えにくいものもあり、価値を感じてもらうことが難しい場合もある。しかし、積極的にクライアントの戦略を聞き出し、その意思決定のために必要な活動をクライアントの視点で提案することで、価値をより可視化することができるだろう。
単に特許が取れたことが価値ではなく、特許を取れたことがクライアントの個別戦略・全体戦略にどのような影響を与えるのか、それを説明することで、知財活動の本当の価値を見せることができるわけだ。
あるいは、「あなたの資源戦略ではここが手薄とのことですが、知財的な観点からするとこのようなアクションで補うことができるかも」と伝えれば、その提案自体も価値となる。
ということで、整理しておもしろかったので記事にまとめてみたけれど、誰かの役に立てばさらに幸いだ。