Googleの「特許買取推進プログラム」の疑問あれこれと、米国産業社会の健全化

いなたくんへ

Googleが特許に関する新たな取り組みを発表した。特許の買い取りを呼び掛ける、特許買取推進プログラム「Patent Purchase Promotion」である。大企業がWebを通じて広範に特許の買い取りを呼びかけるというのは、珍しい試みだ。

Googleは、現在の特許制度には批判的な立場にある。
オープンソース文化をもつソフトウェアの世界では特許は馴染みにくいし、大企業に成長したGoogleは訴訟攻撃を受ける立場にもある。Googleは2013年に、自らは特許を使った攻撃を行わない旨の宣言をした。ソフトウェア特許の登録基準を上げて、世の中に特許を増やさないようにすべきという提言も行っている。

Googleはロビー活動に莫大な費用をかけており、2015年第1四半期の活動費は過去最高額の550万ドルとなった。活動内容には「攻撃的な特許訴訟の抑制」も含まれている。Googleを始めとする米国IT企業の特許制度に対する取り組みは、下記記事でも紹介した。

Googleの特許制度に対する活動はロビーに限られない。例えば私は、Googleが提供する特許検索システム「Google Patent Search」もまた、特許制度に対する戦略的取り組みであると考えている。すべての特許情報を集積し、解析すれば、特許の無効化を大規模に行える可能性があるからだ。

今回の特許の買い取り推進プログラム「Patent Purchase Promotion」はどうだろうか。Googleにとってどのような意図の取り組みであり、米国の産業社会に対してどういった意味を持つのだろうか。想定される買取価格や、特許の評価手法、3倍賠償リスク等々、気になる点と併せて予想してみた。

Summary Note

特許買い取り推進プログラムとは

  • パテントトロール対策として試験実施され、エントリ期間は5/8-22

実際にいくらぐらいもらえるんだろう

  • 特許訴訟の賠償額や、パテントトロールの利益から考えると、決して少なくない額がもらえそう

特許買取プログラムの気になるあれこれ

  • 本当にパテントトロールを防ぐことだけが目的?
  • Googleの知財担当者はどうやって特許評価するのか?
  • 3倍賠償リスクは大丈夫なのか?

Googleの特許買取がもたらす米国産業社会の健全化

 

特許買い取り推進プログラム「Patent Purchase Promotion」とは

まずはGoogleが提供する予定のサービスについて簡単に見てみたい。
Googleの公式Webページと、ブログによるアナウンスは次のリンクだ。

解説記事はググっていただくとして、例えばCnetの記事とかわかりやすいかも。

目的はパテントトロール対策

Google担当者の説明によれば、このプログラムはパテントトロール対策の一環である。パテントトロールとは、例えば賠償金・和解金目当てに特許訴訟を行う法律家集団で、米国における特許訴訟の多くはパテントトロールにより起こされている。

一度訴訟になると、弁護士費用を始めとする莫大な訴訟費用が発生するため、Googleのような大企業にとっては悩みの種に違いない。
たとえばAppleと三星電子の訴訟でAppleが雇った弁護士の時給は582ドル(約6万円)で、彼の年収は140万ドル(約1憶5千万円)に上る。582ドルが「時」給であるのは誤記ではない。

The huge societal costs of NPE software patent lawsuits
The huge societal costs of NPE software patent lawsuits / opensourceway

特許権者なアナタは5/22までに申請を

今回は試験的プログラムで、特許権者は5月8日から22日の期間に申請を行う。今回の対象は米国特許に限られる。Googleは6月26日までに回答を行い、買い取り手続は8月末までの完了を見込むという。

契約書の雛形はWebサイトに載っているが、1件当たりいくらで買い取ってもらえるのかなどの詳細までは明らかにされていない。おそらくGoogleの目にかなった特許に声がかかり、その後交渉となるのだろう。このプロジェクトで一攫千金な町の発明者も出てくるんだろうか。

Googleは訴訟に使われ得る有力な特許を自ら買い占めることで、それら特許がパテントトロールのような、攻撃的な組織にわたることを防ごうとしている。企業間でファンドを形成して防衛的に特許を買い取る仕組みはすでにあるが、このようにWebでオープンに呼びかけることは、極めて珍しい事例だ。

 

実際にいくらぐらいもらえるんだろう

今回のプログラムで気になる点がいくつかあるので、考えてみた。なかでもまず気になるのがお金である。特許を持っていない私だって気になる。特許を売って一体いくら支払われるのか。
調べてみると、悪くない額をもらえそうだと予想できる。

特許訴訟の賠償金でベンチマークしてみる

訴訟対策が目的なので、実際に起きた訴訟の賠償金をベンチマークに考えてみよう。米国で起きた特許侵害訴訟の賠償金額について、次のレポートで様々な数字が挙げられている。

まずは特許訴訟でどれほどの賠償金が得られるのか、その最大値を見てみよう。1995-2013年の訴訟における初回判決額トップ10から、Googleと関係する情報通信分野について抜き出してみる。なお、金額の単位はミリオンドル(約100万円)だ。

  • $1,538 ルーセントvsマイクロソフト(2007年)
  • $1,169 カーネギーメロン大学vsマーベル(2012年)
  • $1,049 アップルvs三星(2012年)
  • $ 626 ミラーワールドvsアップル(2010年)
  • $ 521 エオラスvsマイクロソフト(2004年)
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2014 Patent Litigation Study(PWC)より引用

最大となるルーセントvsマイクロソフトの係争では、$1,538(約1,500億円以上)もの賠償額が示されていて驚かされる。

もっともここで挙げたのは、累積で数万件に及ぶ特許侵害訴訟におけるトップ10の数字である。多くの訴訟ではここまでの高額になることはない。
では中央値はいくらかというと、2010-2013年では$4.3(約4億円以上)となっている。パテントトロールの訴訟に限れば$8.5に上がる。トップ10に比べれば2ケタの差があるとはいえ、億円単位である。

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2014 Patent Litigation Study(PWC)より引用

パテントトロールの利益額はどのくらい?

既に述べた通り、特許訴訟には莫大な費用がかかる。パテントトロールは、それだけの訴訟費用を払っても十分利益を得られると考えるからこそ、訴訟活動を行っている。
なお、パテントトロールは1件の特許で複数企業を相手に訴訟を起こすことも多い。すると、パテントトロールが1件の特許から得られる利益は、ざっくり次の計算式で表せそうだ。

  • (想定賠償金額-訴訟費用)×訴訟数 = パテントトロールが得る利益

結局具体的な金額を提示することは難しいのだが、Googleが上記利益よりも高額な額を提示することは間違いない。そうでなければ、パテントトロールは自ら訴訟を起こした方が儲かるからだ。この利益とは、弁護士集団であるパテントトロールが十分においしい思いができる額である。

以上のことから、訴訟で使えるほどに有力な特許であれば、決して少なくない額をGoogleから受け取れそうだということが推測できる。

 

特許買取プログラムの気になるあれこれ

買い取り価格以外にも、このプログラムの気になる点は多い。例えばGoogleが本当にパテントトロール対策だけを目的とするのかや、どのように特許を評価するのか、そして3倍賠償リスクへの対策だ。これらについて考えてみる。

本当にパテントトロールを防ぐことだけが目的?

Googleは今回のプログラムにより、将来受けるかもしれない訴訟を未然に防ぐことができる。とは言え、特許が本当に訴訟に使われるかは、訴訟になるまでわからない。リスクの最小化が目的であれば、実際に起きる訴訟件数よりも多くの特許を買わねばならない。

「訴訟を未然に防ぐ」目的だけで、Googleは本当にそんな大金を払うのか?

それだけではないだろう。Googleは買い取った特許を他社への牽制にも使うはずだ。自分に向いた刃を回収するだけでなく、次には他社に向けるのだ。何しろGoogleが買い取るのは、特許訴訟を起こせるほどに価値の高い特許である。他社牽制のためにこれほどの武器は無い。

Googleは特許を攻撃目的に使わないことを宣言しており、自分から攻撃を仕掛けることはしないだろう。その一方で、攻撃を受けた場合のカウンターであれば話は別、としている。
Googleがかつて、特許取得目的でモトローラを会社ごと買ったことを忘れてはいけない。モトローラ買収は決してパテントトロール対策ではなく、競合他社へのカウンター特許を求めたものだった。

Hunter
撃たれたら撃ち返すスタンス

Googleの知財担当者はどうやって特許評価するのか?

特許の価値を見積もることは難しい。特許自体が解釈の難解な法律文書であることもさることながら、対象製品との関係や規模感、ライセンス経緯、会社間関係、無効可能性等、多くの調査を重ねなければならない。

Googleほどの有名企業であるから、特許のエントリ件数は少なくはないだろう。それを1ヶ月程度で1次評価を下し、8月末には契約締結と言うから、本当に驚異的なスピードである。これをGoogleの知財担当者はできるのか。

これについて私は、Googleが特許の評価システムを実用化していると予想する。ベースはもちろんグーグル特許検索だ。
Googleは米国特許をデータベース化しており、審査経過や引用関係など、特許の価値評価に必要な多くの情報を集積している。検索大手であるから、特許情報そのもの以外にも、対象特許の係争状況や、特許権者の情報を調べることもたやすいはずだ。

ビッグデータ解析により未来予測まで可能になった現在である。これら情報に基づき、訴訟リスクや、想定賠償金額を算出することもできるだろう。その上でGoogleにとって最も都合の良い値段を算出し、特許権者と交渉するのだ。

Humble Beginning
Humble Beginning / JD Hancock

3倍賠償リスクは大丈夫なのか?

知財関係者にとってちょっと気になるのが、故意侵害、いわゆる3倍賠償のリスクだ。
米国特許法は、対象特許を知った上で侵害行為を行った場合、賠償額を3倍まで増やせる旨を規定している。仮にルーセントvsマイクロソフトの件で故意侵害が認められれば、賠償額は3倍ドン!約4500億円を上回る。
米国特許を「見てしまう」ことは、非常に危険なことなのだ。

今回のプログラムでエントリされる特許は、当然Googleが知ったものとされる。価値が低いとみて買わなかったり、あるいは特許権者側が「その金額じゃ売らない!」として売買交渉不調に終わったとき、その特許で訴訟を起こされれば3倍賠償は免れられない。
むしろパテントトロール側は、今回のプログラムにエントリしてGoogleが特許番号を知った事実を作り、その後訴訟提起して大手を振って3倍賠償を請求できる。Googleは大丈夫なのか。

と思って調べてみると、プログラムの説明文にちゃんと書いてあった。項目の8番目である。

8. Submissions of patents to Google through this process do not serve as notice to Google or provide knowledge of Google of such patent for any purpose (including assertions of willful or indirect infringement). Any party submitting through this process agrees to waive any such argument with respect to such patents.

このプログラムで特許を申請する場合には、故意侵害の主張を放棄することを約束してね、という条項である。契約実務では当然と言えば当然。これなら安心して募集できるね。

 

Googleの特許買取がもたらす米国産業社会の健全化

以前推測したGoogle特許検索の目的と同様に、今回のプログラムも、特許制度の健全化をもたらすだろう。
パテントトロールに使われるような特許が予め買収されて、弁護士だけが儲かる不毛な訴訟が減少し、社会のコストが削減される。Google自身は有力特許を効率よく買い取り、自社の特許ポジションを高めつつ、である。

この仮説が実現すれば、米国の特許業界、ひいては産業全体に大きなインパクトを与えることになる。しかし社会の健全化と言う見地からすると、私企業でなく国が取り組むべきことではないか。
しかしそれは難しいだろう。特許の価値が評価主体によって大きく変わるためだ。訴えられるリスクのある私企業だからこそ、Googleは当事者になれるし、具体的な金額で特許の価値を算定できる。

Google以外にもサービスを広げて社会にインパクトを

一方で、Googleはこの仕組みを他社に貸し出すことはできるだろう。
例えばTwitterが同様の募集を行い、エントリされた特許の価値をGoogleが見積もる。Twitterは見積もりに従って特許を買って、自社にとって質の高い防衛特許を獲得できる。社会全体では訴訟が減るので、Googleの理念にもかなう。悪くないサービスである。

こうした取り組みが成功するかは、今回の試験プログラムの成否に関わっている。どのような結果があらわれるのか、そして今回の取り組みが仮説の通り、米国の産業全体にまで影響するものになるのか、注目したい。

米国特許保有者は、5月22日までのエントリを忘れずに!

 

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