いなたくんへ
映画『バック・トゥ・ザ・フューチャーPart3』で西部開拓時代にタイムスリップしたドクは、崖に落ちて死ぬはずだった女性教師クララを助け、歴史を変える。2人の恋を深めるきっかけとなるのはジュール・ヴェルヌ著『月世界旅行』だ。天体望遠鏡で月面を眺めて、いつか月に旅行できるだろうかと問いかけるクララに対し、1985年から来たドクは『月世界旅行』を引用して答える。
「もっともいまから84年間は無理ですし、乗り物は汽車ではなくロケットで打ち上げる宇宙船です。ロケットというのはすごい爆発力を持っていて、その力で宇宙船を押し上げるのです」
「それは地球の引力を振り切るくらい強くて発射物を宇宙のかなたまで飛ばせる」
『バック・トゥ・ザ・フューチャーPart3』より
ジュール・ヴェルヌの『月世界旅行』は1865年に刊行された。人類が初めて月面に立つ1969年から104年前のことである。ヴェルヌは『月世界旅行』以外にも、『20世紀のパリ』(1863)など、未来を正確に見通した著作で知られる。なぜ彼は未来を知ることができたのか。
理論物理学者のミチオ・カクは著書『2100年の科学ライフ』(2012)で、ヴェルヌが科学者を見つけては未来の見通しに関する質問を浴びせ、当時の大きな科学的発見について記録を集めていたことを指摘する。そしてこんな言葉を引用している。
未来はすでに存在する。ただ均等に散らばっていないだけだ。
ウィリアム・ギブスン
『2100年の科学ライフ』は、トップクラスの科学者300人以上へのインタビューに基づき、2100年までの未来を科学の視点から予想した一冊だ。特に著者は自分が、歴史家、社会学者、SF作家、そして未来学者などの「アウトサイダー」でなく、理論物理学者であること、つまり科学の世界の「インサイダー」であることも強調する。きちんと科学を見る目を持った人間が知見を集め、編纂したということで、信頼性は高い。
注目すべきはその網羅性だ。本書は情報技術からバイオ、ナノテク、宇宙まで幅広い分野の科学イシューを挙げるとともに、その実現時期を「近い未来」「世紀の半ば」「世紀の終わり」の3つに分けて紹介する。本書を読めば、少なくとも現時点でどんなイシューがあって、実現性はどの程度のものなのか、いつごろ実現しそうなのか、網羅的に俯瞰できる。
本書が刊行されてからちょっと時間が経ってしまったけど、本書が扱うのは2100年までという長期スパンなので、陳腐化にはまだまだ早い。とは言え、近視眼的な予測もいくつか混じってはいた。
例えば本書は「近い未来に月面探査は行なわれない」と予想する。根拠は2009年の米国政府レポートだ。しかし現実には急速に成長した民間宇宙開発企業や、米国以外の国が月を目指そうとしており、この予想は必ずしも正しいとは言えないかも。刊行から少し時間を置いたいま改めて見返すことで、こうした部分は除いて、確度の高そうな長期予想だけを抽出することができそうだ。
今回は技術分野ごとに、本書が提示する2100年までのロードマップを紹介したい。
Summary Note
- インターフェイスが様変わりして、現実とバーチャルとの融合が進み、コンピュータは心と繋がる
- 情報生命科学が幕を開け、ヒトの遺伝子改変が進んで老化も制御可能になり、生命が再現される
- 特に医療・材料・コンピュータの分野で応用が進み、ナノテクは目に見えなくなる
- プログラム可能な物質の普及や、レプリケーターが実現する
- 太陽光発電のコスト低下と核融合の商業化が進む
- 世紀の終わりには宇宙太陽光発電が実現し、時期の時代が到来する
- しばらくは有人探査よりも無人探査が重要視され、世紀の半ば頃に打ち上げコストが大きく下がり、その後宇宙への進出が本格化する
コンピュータの未来では、特にインターフェイスの進化に関して予想が紹介されていた。近未来から世紀の終わりまで、本書が描く3つの段階をまとめてみる。
世の中を大きく変えるのはインターフェイス技術だ。メガネやコンタクトなどのウェアラブル・デバイスにより、インターネットは至るところで繋がり、四方の壁がスクリーン化し、オフィス環境は場所に依存せず人とともに移動するようになる。VRと触覚テクノロジーにも注目だ。
こうした変化の影響により、中世の神秘思想への回帰が起こる。中世では身の回りに精霊が宿ると信じられていたが、これを科学が実現する。
無人運転車が走行するのもこの時期。
健康状態は日常的に監視され、自動制御型診断ソフトが医師にかわる。
ムーアの法則が終焉する。具体的にはトランジスタが原子サイズになったとき破綻がおこる。本書はムーアの法則が2020年頃から次第に成り立たなくなっていくと予想する。
インターフェイスでは現実とバーチャルの融合が進み、拡張現実も重要になる。本書が予想する拡張現実の方向性は「物体を見えなくする」と「見えないものを可視化する」の2つだ。例えば宇宙船の修理で船体を透かして見せたり、目視では見えない補助情報を提示する。本書は拡張現実について「手早く専門性が高い情報が必要な場合に欠かせなくなる」と指摘する。
ホログラムや3Dは情報量がネックであるが、この頃には実現している。
首や顔の筋肉収縮をひろって即時に話し言葉を翻訳する「万能翻訳機」の実現もこの頃だ。
コンピュータを心で直接制御できるようになる。要素技術となるのは脳内信号の読み取り技術(例えばブレインゲート)と、これを解読するコンピュータ技術だ。なお、脳内が読み取れるとなるとプライバシー問題が気になるが、思考自体は明確なものではないので問題は起きない、と本書は予想している。
思考だけで物を動かせるようにもなる。ブレイクスルーとなるのは、常温超伝導体による物体間の摩擦減少だ。
本書の予想についていくつか私見を述べたい。
まずムーアの法則が2020年頃から成り立たなくなり破綻する、という予想は最近のインテルの宣言とも符合する。
半導体の行く末としては私もこの予想に同意だ。ただしムーアの法則は「半導体がもたらす能力の成長」だけでなく、もっと大枠の「計算能力の指数関数的成長」を示す法則に拡張できる。計算能力の指数関数的成長は少なくとも1900年から始まっていて、真空管などを経て半導体の時代に移った。半導体による成長は2020年に頭打ちかもしれないが、計算能力の加速度的進化は2020年を過ぎても、次のデバイスやテクノロジーに仮体して続くと思う。
万能翻訳機について本書は、実現時期を世紀の半ばと予想する。でもボトルネックとなるソフトウェアは人工知能が解決していて、すでに実現の兆しが見えている。あとホログラムや3Dももう少し早く実現しないかなーと思うんだけど、なんだかんだ言って紀の半ばまでずれこむのかな。
自動運転車は本書刊行のあと各社の開発が本格化し、いまでは2020年までの完全自動運転実現が目指されていて、本書の予想通り。
本書は1932年のディストピア小説『素晴らしい新世界』を紹介し、試験管ベビーや、生殖と性の快楽が切り離された世界、薬物のありふれた未来といった描写が、いまは当たり前になっていると指摘する。本書の予想によれば、バイオ技術は今世紀においても驚異的な変化をもたらす。それはいまの価値観からするとディストピアと見まがうものになるかもしれない。
「生物学はいまや情報科学となった」とはノーベル賞学者ディヴィット・ボルティモアの言葉だ。21世紀にはバイオインフォマティクス(情報生命科学)と呼ばれる、ゲノムを読み取り解析する分野が幕を開ける。コンピュータ技術の進化は、全遺伝子配列解読にかかる費用を100ドル以下に抑え、血液検査と変わらなくして、「医者にかかる」という行為の意味を変えてしまう。
細胞工学は身体のほぼ全ての器官を培養可能とし、ヒューマンボディショップが実現する。幹細胞も直接扱えるようになる。ただし微細な毛細血管や、可塑機能をもつ脳はまだ創れない。
遺伝子治療は既知の遺伝病の多くを治癒可能とし、癌も発病前に予防できるようになる。
遺伝子治療が遺伝病に対する標準的治療法として確立する。
デザイナー・チャイルドを巡る議論も起こる。遺伝子の強化改良や、記憶・学習能力の工学的向上は許されるのか。
本書はこれら技術に対する制限は民主的プロセスで決まると予想。ただし法律が禁止するようになっても、遺伝子改変行為の阻止は難しいとする。親は子供のためなら何でもするからだ。闇市場が形成され、人口の一部の遺伝子が改変されているのが当たり前の社会が生まれ、人々はこれに順応するようになる。
2050年までには、遺伝子の修復により老化プロセスを遅延できるようになり、寿命が150歳程度にのびる。本書は老化を防ぎ、若返らせるための最新の研究アプローチを5つほど紹介していて、どの方法が当たりかはわからないけど興味深かった。
「死が不可避であることを示す生物学的証拠はまだみつかっていません」
ノーベル賞学者リチャード・ファインマン
同じく2050年にはゲノムから生物をまるごと再現できるようになる。恐竜も再現される。
一方で2100年になっても、治療できない病気は存在する。むしろ全ゲノム情報がウェブ公開されることで、これを悪用した強化ウィルスや細菌戦の脅威が増す。
犬はオオカミの時代から約1000世代を経て、選択育種により数千種族に分かれている。これを人間に当てはめると、7万年あれば数千種に分化できるという。遺伝子工学を用いればもっと早い。
しかし本書は、2100年になってもヒトの種の分化は起こらないと予想する。種の分岐には地理的に隔てられた別々の繁殖集団が必要だが、全地球に分布した人類はこの条件に当てはまらないからだ。起こるシナリオとしては、より強い兵士を求めて種を改造する独裁国家の登場や、地球とは環境の異なる宇宙植民への適応が挙げられていた。
本書は近未来には、クローンの畜産利用が進むと予想している。実際に中国に世界最大のクローン工場ができてたり。一方で本書は「人間のクローン」の普及には否定的だった。その理由は「需要が考えにくい」というものだ。
でも需要って、あるとき思いもよらない用途が見つかり生まれたりする。すると用途次第では、人間のクローンが普及する未来もありえるだろうか。『素晴らしい新世界』のディストピアがいまでは当たり前になったように、未来の社会はヒトのクローンも受け入れているかもしれない。
なお本書はヒト・クローンの実現自体を否定してはいない。むしろ遺伝子改変と同様に、違法的に造る者たちの登場は不可避とする。もっともそれは小規模に留まり、社会への影響はわずかとのこと。
「恐竜の再現」は研究例が紹介されていた。ニワトリに眠る恐竜時代の遺伝子を発現させて蘇らせると言うものだ。これはちょうど最近ニュースになっていて、本書の予想する2050年より早くジュラシックパークに行けるかも。
バイオ分野の未来を予想する上で気に留めておきたいのは、「配列決定の済んだ遺伝子の数は27ヶ月毎に倍になる」というリチャード・ドーキンスの仮説だ。つまり遺伝子解析もまた指数関数的に成長していく。指数関数的テクノロジーの特徴は、世の中が線形に変わることを前提として進化した人間の脳ではその未来を予想できない点だ。
従ってバイオテクノロジーは必ず、現時点で想像できない未来を現出させるだろう。
ナノテクノロジーという分野は、リチャード・ファインマンの「機械はどこまで小さくできるか」という問いに端を発するという。すでに社会に普及していて、例えば化学コーティング分野が活況とのこと。またMEMS(微小電子機械システム)市場は世界で400億ドル規模に発展している。
ナノテクノロジーの今後の成長イメージは、本書が紹介する次の予想が参考になりそうだ。
ナノテクノロジーは、現在のフォトリソグラフィのように成長するだろう。単独の量産テクノロジーとしてではなく、非常にコストのかかる、管理された環境のもとで。
MITロボット工学専門家ロドニー・ブルックス
ナノテクノロジーは近未来には3つの応用分野で活用され、やがてプログラム可能な物質や、レプリケーターの実現へと結びつく。
応用分野の1つめは医療だ。飲んだあと電子的に追跡可能な錠剤「スマート・ピル」や、特定の標的に抗がん剤を送り込むナノ粒子などが考えられている。金と白金で構成される細菌サイズのナノロッドは、血管を走るナノカーとして機能する。また、たんぱく質やDNAを分析するラボ・オン・チップも実現する。
材料ではカーボンナノチューブが実用化される。長く大きなものが作れるようになることで、炭素ベースのコンピュータや、大容量の電力伝送実現が期待される。
3つめがシリコンチップの代替だ。ムーアの法則は2020年に量子論的限界を迎えるが、ナノテクノロジーを用いれば、原子1個1個を組み合わせたトランジスタや、個々の原子そのもので計算する量子コンピュータが実現できる。これらはシリコン製の現在のコンピュータを代替する。
2050年ごろには、ナノテクの成果は目に見えるものではなくなっていく。ほとんどの製品が分子レベルの製造技術により改良され、超強靭になり、耐久性や導電性や柔軟性が向上する。
このころ注目されるのは「プログラム可能な物質」だ。例えば固形の砂粒状コンピュータチップ「Catom(Claytronic Atom)」は、表面の電荷を変えることで特定配置に並びかわる。インテルは2.5cmサイズのCatomをすでに試作していて、同社上級フェローのジャスティン・ラトナ―は「今後40年のうちに日常的なテクノロジーになる」と述べている。
Catomはデータさえダウンロードすれば消費者の手元で作り変わるので、製品はソフトウェア化し、ネットを通じて送られるようになる。
レプリケーター(複製装置)とは「どんなものでも作れる分子アセンブラで、洗濯機ほどの大きさであり、基本的原材料を投入すると無数のナノロボットが分子単位に分解して組み直す」。ナノオーダーの世界は量子論が支配するため、「べたつく指」や「太い指」など課題は多いが、世紀の終わりには実現する。
欲しいものがボタンひとつで無償で好きなだけ手に入るようになったとき、社会はどう変わるのか。本書は次のような予想を紹介していた。
- 資本主義が機能しなくなる
- 欠乏や金という動機づけの要因がなくなり、自堕落で退廃した社会が出現する
- 人口の一部はいつも怠けるようになり、社会に恒久的セーフティネットができる
- 貧困や破滅といった不安は無くなるので、起業家精神に革命が起こり、新しい産業や機会を他者のために創出するようになり、社会の再興が新たに起こる
本書の予想によれば、ナノテクノロジーは材料を加工したり、微小機械に機能を付加することから発展し、やがては物質そのものを操る技術となる。プログラム可能な物質やレプリケーターは、モノの価値をモノそのものから、モノの形を決めるソフトウェア(知的財産)に移す。
本書は未来の社会の前提を「欲しいものがボタンひとつで無償で好きなだけ手に入る」とした。しかし、価値がモノからソフトウェアに移り、目に見えなくなっても、それが無償になるとは限らないはずだ。現在の感覚だとソフトウェアなんてタダで当然とも思っちゃうけど、今後はむしろソフトウェアに富が集中するかもしれない。
こうした価値の遷移は3Dプリンタですでに始まっている。いま3Dプリンタが起こそうとする変化は、未来の社会の端緒として注目だ。
ところで本書では、制御不能になったナノロボットが自然界に溢れるグレイ・グーも予想していた。対策として、こうしたナノロボットを探し破壊する、免疫系の抗体や白血球のようにふるまうキラーロボットが普及するという。
道ばたに野良ナノロボットが隠れる未来、なんだかポケモンみたいでおもしろい。自然界に解放された彼らが独自の進化を遂げて、新しい生態系を作ることもあるのだろうか。
本書は1900年代の1つの賭けを紹介する。2人の男が将来の動力源を予想したというものだ。1人はヘンリー・フォードで、彼は石炭(蒸気機関)の次には石油の時代が来ることに賭けた。もう1人はトマス・エジソンで、彼は電気自動車の実現を予想した。
その後を知る我々は、エジソンの方がより遠い未来を見通していたと評価できる。では電気の次の動力源は何になるのか。本書の紹介する「磁気の時代」は興味深い未来だ。
太陽光発電のコストが10~15年ほどで石炭を下回る。これは発電効率の向上よりも、建設コスト削減や配置面積拡大、送電ロス低減によるところが大きい。
風力発電は成長するが、発電量全体に占める割合は小さいままだ。
電気自動車の次として、燃料電池車の開発も進む。
原子力発電は、第三世代の濃縮ウラン製造法(レーザー濃縮法)がコストを大きく下げるが、これは政情不安国への核技術拡散にも繋がってしまう。
地球温暖化により熱帯病が北上する。河川の氾濫はベトナムのメコン川デルタ地帯、エジプトのナイル川デルタ地帯、そしてバングラデシュで深刻で、特にインド・バングラデシュの国境が最大の紛争地帯となる。
現在この対策として、二酸化炭素の液化埋蔵や、二酸化炭素吸収生物の創造など、温暖化対策技術が種々提案されいる。コストがボトルネックになっているものの、世紀の半ばには解決されているかもしれない。
世紀の半ばには核融合の商用化準備が整う。
宇宙太陽光発電が実現する可能性がある。これは数百個の人工衛星で太陽放射を吸収し、エネルギーをマイクロ波放射で地球へ送るものだ。衛星1基で50-100億Wの発電ができ、1kw/hあたりのコストも安い。1基の大きさは約1.5km、費用は約10億ドル(原発一基分程度)となる。課題は打ち上げコストと送電ロスだが、打ち上げコストは今世紀末までには十分下がると予想される。
もうひとつのエネルギー革命は、常温超伝導体による磁気の時代の到来だ。本書によれば、車や列車に使われるエネルギーはほぼ全て路面との摩擦に打ち勝つためのもので、磁気の時代になればエネルギー消費が大きく削減される。磁気モビリティは真空チューブ内で走らせれば6500km/hを実現できる。
また、現在は発電所の発電電力の30%が送電ロスで失われているが、常温超伝導体はこのロスを減らすこともできる。
本書によれば、20世紀の急速な文明の発展には2つの要因があるという。安価な石油とムーアの法則だ。ムーアの法則に代表される指数関数的成長の成立について、ケヴィン・ケリー著『テクニウム』(2014)では、小型化や効率化によるエネルギー依存の低下がこれを実現していると指摘する。すると本書が挙げる「安価な石油」と「ムーアの法則」の2つはともに、「エネルギー供給量増加」と「エネルギー依存低下」というエネルギーに関する要因に言い換えることができる。
エネルギー供給は21世紀においては、成長以前に文明の死活にもかかわり得る。2050年ごろには世界人口は100億人まで増加し、エネルギーや水・食料の不足が予想され、これは深刻な紛争を勃発させるからだ。この点で本書が予想するエネルギーの未来は、世界史の未来を占う上でも重要になる。
今のところ現実的な解決策は核融合の普及だろうか。核融合はかつては「夢の未来エネルギー」にすぎなかったが、ドイツの核融合炉ヴェンデルシュタイン7-Xの起動など、実現に向けて着実に進んでいる。
一方、核融合や自然エネルギー利用、宇宙太陽光発電はいずれも供給量増加の技術だが、摩擦を減少させて運動の効率を最大化する「磁気の時代」はアプローチが異なる。これは「エネルギー依存低下」に分類できる技術で、次なるエネルギー革命として期待は大きい。もしかしたら「磁気の時代」の技術も、ムーアの法則のような指数関数的成長をもたらすかもしれない。
ところでエネルギーといえば忘れてはいけないのが石油だ。石油は今も世界のエネルギー需要の大部分を担い、紛争の原因となっている。その未来について本書は次の言葉を紹介していた。
石器時代が終わったのは、石がなくなったからではない。だから石油時代も、世界の石油が枯渇するよりずっと早く終わるだろう。
アハマド・ザキ・ヤマニ
月世界旅行が現実になる100年前に、ジュール・ヴェルヌがその予想をしたことは冒頭で紹介した。それでは今から100年後には、人類の生活圏はどこまで広がっているだろう。現在はスケールの大きな宇宙SF映画・小説が普及しているので、1865年にジュール・ヴェルヌがもたらした衝撃に比べると、本書の予想はちょっと現実的に過ぎるかも。
無人宇宙探査による成果が得られる。特に生命の探査では、惑星よりも衛星(エウロパの海など)に注目が集まる。
一方で有人ミッションは下火になりそう。例えば月は入植する軍事的価値がほとんどなく、米国は2009年のオーガスティン・レポートで月探査を中止した。ただし同レポートは火星の衛星着陸は支持しており、特に火星衛星内の洞穴は恒久的有人基地への利用に期待される。
2029年に地球に近付く小惑星アポフィスへの着陸はありえるかも。
火星有人飛行ミッションが完了する。
また、レーザー推進エンジンにより打ち上げコストが削減される。これはロケット底部にレーザーを照射して推進するもので、Xプライズの対象にもなっている。2万トンのロケットを軌道へ投入するには10億W(原発1基分程度)の出力が必要になるが、年間50万基を打ち上げられれば、開発コスト・運用コストともに楽に補えるという。レーザでなくマイクロ波ビームも有望とのこと。
宇宙エレベーターがカーボンナノチューブのケーブルにより実現する。エレベーターの推進方法は現在研究が進められていて、レーザー推進法も有望だ。
2100年までに宇宙飛行士は火星と小惑星帯へ送られ、木製の衛星を探査し、恒星間探査機を送る最初のステップを踏み出している。恒星間探査機としては、太陽帆、原子力ロケット、核融合ラムジェット、反物質ロケット、ナノシップなどが有望だ。
小惑星帯での採掘は、自給自足型スペースコロニーの実現を促す。
火星のテラフォーミングの開始は21世紀終わりから22世紀初頭になる。
ただし人類の大多数はスペースシップには乗ることはなく、地球から離れない。
地球外の先進文明は今世紀中には見つかるが、観測できるだけで交信はできない。
宇宙旅行の未来と章立てしつつ、民間宇宙開発企業にはあまり触れられていなかった。NASAは地球に近い領域の宇宙開発はから手を引き、遠い宇宙を目指すと発表したが、近い領域は今後民間企業が担っていくことになる。その中には月面探査も含まれていて、月への有人ミッションもありえるだろう。
しばらくのあいだ月が軍事的に価値を持たないとする本書の指摘には賛成だ。本書は基本的に、利益がなければ開発は進まない考えている。月面のヘリウム3を利用した核融合施設や、小惑星帯の資源は遠い未来には重要になるが、打ち上げコストの低下や、資源を得るためのインフラ整備が進まなければ、利益にはならない。
本書の予測を俯瞰すると、21世紀中は宇宙に行くためのコスト低下技術に投資がなされ、資源開発競争が激化するのは世紀の終わり以降になりそうだ。
夢のある予測では、火星の衛星フォボスの空洞への基地建設がおもしろい。日本はミュオグラフィによる空洞観測を計画しており、その結果次第では現実味を帯びるかも。また、恒星間宇宙船建造のための基礎技術開発も盛り上がり始めていて、夢物語ではなくなりそうだ。
また本書は、レーザー干渉型宇宙アンテナ(LISA)による重力波観測が、科学的知識を一変させうると述べていた。重力波の観測はアインシュタインの予言からちょうど100年経った2016年に実現し、今後の研究に期待がもたれている。
以上5つの分野について、本書が予想する21世紀の科学の予想を紹介した。どれもSF小説ですでに描かれた、どこかで聞いたような話、という感想もあるだろう。確かに真新しい話は少ない。でも、SF小説で予想された夢がいよいよ実現すると考えるとワクワクしてくる。宇宙エレベーター乗ってみたい。
この記事ではイシューを並べるに留めたけど、本書はそれぞれの研究の現時点での成果、つまり未来をつくる「種」となる研究も詳細にレポートしており、原理的なところまで知りたい人には特に一読をおススメしたい。
本書は21世紀以降の未来にも少しだけ触れていた。そこで紹介されていたのは文明を評価する指標だ。
1つめはカール・セーガンによる「情報処理に基づく文明の尺度」だ。100万ビットの情報を処理する文明をタイプAと定義し、10億ビットの情報を扱った古代ギリシャ文明はタイプC、現代文明はタイプHと置く。
もう1つはソヴィエトの宇宙物理学者ニコライ・カルダシェフによる「消費エネルギーに応じた文明のランク付け」の提案だ。これは次のように分類される。
- タイプI文明(惑星規模の文明):惑星に降り注ぐ主星の光(10の17乗W)を消費、惑星が持つ全エネルギー源をコントロールできる
- タイプII文明(恒星規模の文明):主星の放のつエネルギーの全て(10の27乗W)を消費
- タイプIII文明(銀河規模の文明):数十億個の恒星のエネルギー(10の37乗W)を消費
本書によれば、現在の地球はタイプ0.7H文明に相当する。そして100年以内にはタイプI文明に到達すると予想している。ちなみに世界全体のGDPが毎年1%伸びると仮定すると、次タイプへの文明移行には2500年かかるという。すると我々がタイプII文明に移行するのは西暦4600年頃という計算になる。
タイプII文明に達する頃には、太陽の全エネルギー出力を利用するため、太陽を取り囲む球が作られている(ダイソン球)。
タイプIII文明に達する頃には、人類は自己複製するロボット探査機を銀河全体に送っている。そのころには時空そのものを不安定化させ、重力理論を破綻させるほどのエネルギーを利用できるようになっている。
本書の予想も人間によるものなので、当たるかどうかはわからない。文明を一足飛びにジャンプさせるブレイクスルーだってあるかもしれない。今回は敢えて触れずにおいたのだけど、本書が大ハズシした予想が現時点でも1つある。それは人工知能の未来だ。本書は人工知能について一章を割いて予想を述べたが、本書刊行から4年で人工知能をめぐる景色は一変してしまった。これについては次の記事で紹介する。
とは言え不確かな未来を予想する上で、本書が確度の高い一冊に数えられることは間違いない。実現時期に前後はあれど、本書で紹介される未来を人類はいずれ目にすることになるはずだ。ジュール・ヴェルヌの言葉とされる一文をここに引用したい。
人間が想像できることは、人間が必ず実現できる。
ジュール・ヴェルヌ
なおこの記事では紹介しきれなかったけど、本書はテクノロジーそのものの未来にとどまらず、テクノロジーが変える社会の姿も予想している。技術革新の「第4の波」の波及や、完璧な資本主義と大量特注社会、そして未来の生活を想像するための基準「穴居人の原理」はいずれも興味深い視点だ。これらについては次の記事に参考にまとめた。