いなたくんへ
つながるアカウントを自ら選べるSNSや、見たいサイトに自分からいくインターネットは、つい自分に居心地の良い情報を選びがちだ。こうした「選択的接触」の結果、個々人の意見が過激化し、社会全体もいくつかの極端な価値観に分断される「分極化」「エコーチャンバー効果」が危惧される。
というのがここ数年の定説だったと思うのだけど、これに反論する研究結果がでてきた。富士通総研による大規模アンケート調査である。この結果によれば、分極化の要因としてはインターネットよりも年齢の影響が大きく、若者はむしろ柔軟に考えているという。
インターネットの、あるいは社会の未来を占ううえで重要な調査結果となるので、そして私的にとても興味深いものだったので、今回詳細を紹介したい。
さらに、2011年3月11日の福島原発事故後のTweetを分析した研究結果も発表されたため、こちらについても考えてみる。
Summary Note
1.エコーチャンバー効果ってなんだっけ
2.インターネットが社会を分断するとは限らない
3.福島原発事故後1ヵ月で蔓延した感情的発言のリツイート
4.社会は分断されずとも、やはり「科学の知見は失われる」のか?
いちおう簡単にだけどエコーチャンバー効果のおさらい。冒頭でも説明したが、ネットでは自分にキモチのイイ情報チャネルだけを選ぶことが可能だ。すると接れる情報に偏りが出て、キモチのイイ意見・価値観だけが反響する空間に閉じ込められてしまう。これがエコーチャンバー効果である。
図にすると、経産省が日本の課題を整理した次のスライドとかわかりやすい。この資料は以前解説記事書いたのでそちらもついでにリンクを貼っとく。
- 不安な個人、立ちすくむ国家(PDF)(経済産業省次官・若手プロジェクト,2017/5)
- 日本の社会システム変革は「出口・入口・場」に注目(『不安な個人、立ちすくむ国家』まとめ)(希望は天上にあり,2017/12/7)
エコーチャンバー効果は、科学的には「スケールフリー・ネットワーク」で説明できる。スケールフリー・ネットワークとは、大多数の結節点をもつハブ(中心点)と、それに伴うスポークの関係をもつネットワークのフラクタルな構造であり、インターネットがその典型例だ。
スケールフリー・ネットワークでは「優先的選択」と呼ばれる一極集中が起こる。グーグルやアマゾンといったシリコンバレー系大企業が独り勝ちするのはスケールフリー・ネットワークの効果である。そして『グーグル・アマゾン化する社会』(2006)では、スケールフリー・ネットワークが言論空間に当てはめられると、「集団分極化」と呼ばれる議論の過激化が起こると指摘している。
エコーチャンバー効果に対する危惧としては、人々が客観的証拠や科学的根拠よりも「自分が見たい結果」だけを優先し、その結果「科学の知見が消えていく」という予想すらある。
では、ネットのエコーチャンバー効果は本当に分極化を起こすのか。そして科学の知見は失われるのか。これが今回の主題だ。これについて2つの研究結果から考えてみる。
インターネットやSNSがエコーチャンバー効果と集団分極を引き起こし、社会は分断されてしまう。という定説に対して異を唱える調査結果が発表された。富士通総研による大規模アンケート調査である。
調査では、10項目の政治的争点への賛否について、約7万8千件のアンケートを実施し、その結果を分析している。
富士通総研の分析結果は以下のようなものだった。
- 回答者の政治的意見は正規分布に近く、分極はみられなかった
- 回答者の属性を調べたところ、過激度にもっとも大きな影響を与えているのは回答者の年齢であり、年齢が高いほど過激な意見を持つ傾向にあった
- SNS利用も意見の過激度と有意な正の相関がみられたが、その程度は年齢ほどではなかった
さらに調査では、上記第1回調査の6ヵ月後にも同様の調査を行い、時間方向の変化を調べている。その分析結果は以下の通り。
- 分極化の程度は進んでいた
- 分極化の進行とSNS利用との間に有意な関係はみられなかった
- ネット上のブログを読み始めた人たちは、意見が過激化せず、むしろ穏健化する傾向にあった
調査結果をみると、意見の過激化はインターネットの影響もあるものの、それ以上に(インターネットに慣れていないはずの)高齢者に顕著だったことがわかる。富士通総研は、むしろSNSに親しむ若者の方が意見が穏健化している可能性もあるとし、次のように考察をまとめている。
分極化を招いている原因はインターネットではないことが示唆された。年齢が高い人ほど過激な意見を持つこともわかっており、この点からもネットの影響は疑わしい。ネットの利用で意見が過激化するなら、ネットに親しんだ若年層ほど過激化しそうなものであるが、事実は逆だからである。
インターネットが大きな影響を与えるとすれば、すでに考え方が固まっている高齢者ではなく、まだ意見が明確になっておらず、またネットに親しむ時間の多い若い人たちであろう。その若い人たちが分極化していないという事実は、ネットへの期待を抱かせる。
テレビや新聞などの伝統的なメディアに比べて多様な情報にアクセスするコストは低く、自分とは異なる立場にある人たちの意見に接する機会も多い。また、もし政治的に過激なブログにアクセスして共感したとしても、読み手の側が左右いろいろなブログを合わせて読んでいれば、すなわち選択的接触をしていなければ、その人の意見は過激化せず、むしろ多様な見方を学んで穏健化する契機にもなりうる。私たちの調査でも、若い人たちほどインターネットで多様な意見に接していることがわかった。
「若い人たちが分極化していないという事実は、ネットへの期待を抱かせる」という指摘はその通りで、エコーチャンバーによる社会分断という暗い定説に対して、この調査結果はまさに希望を与えてくれる。
SNSが人々の意見に与える影響として、もう1つ気になる研究結果が発表された。2011年3月11日の福島第一原子力発電事故後におけるTweetを分析した論文だ。論文は原文に加えて日本語版も公開されている。
- Twitter use in scientific communication revealed by visualization of information spreading by influencers within half a year after the Fukushima Daiichi nuclear power plant accident(2018/9/7,PLOS ONE)
- 福島第一原子力発電所事故後の半年間における、放射線に関する Twitter利用とインフルエンサーネットワークの可視化についての 分析調査報告書、日本語版の御案内(PDF)(2018/10,ルイ・パストゥール医学研究センター)
論文では、福島原発事故の発生から半年間における、放射線に関わる2500万件のTweetを分析している。
まず述べられるのは、流通した情報のうち、少数のインフルーエンサーの発信が大きな割合を占めていたという事実だ。
- 2500万件のうち約半数がRTだった
- RTのうち500万回はトップ200人による発信だった(RT全体の40%)
まあこれは肌感覚とは一致するよね。そして論文が興味深いのは、インフルーエンサーをグループ分けし、グループごとに時系列の変化を見ている点だ。
論文では、インフルーエンサーを次の3つのグループに大別している。
- グループA:事実・科学的な内容に基づく発言が多かったグループ
- グループB:感情的表現や政府東電批判が多く含まれていたグループ
- グループC:マスメディア関係
これら3グループの時系列変化をみると、次のことがわかったという。
- 事故後1ヵ月まではグループA(事実・科学的内容に基づく発言群)とB(感情的発言群)はリツイート数で拮抗していた
- 1ヶ月後にはグループBの占める割合が過半数を超え、その割合は半年後まで変わらなかった
- グループC(マスメディア関係)の発信に対するリツイートは一番少なかった
図:Twitter use in scientific communication revealed by visualization of information spreading by influencers within half a year after the Fukushima Daiichi nuclear power plant accidentより
論文では情報拡散ネットワークの可視化も行っている。この結果から、論文では次のような分析を行っている。
- 全体としてグループBの割合が高い
- グループBは同じグループ内で密な情報の交換が成されていた
- グループBはグループA、Cとの間ではあまりリツイートがなされていなかった
図:Twitter use in scientific communication revealed by visualization of information spreading by influencers within half a year after the Fukushima Daiichi nuclear power plant accidentより
以上の分析を踏まえて、論文では次のような考察を行っている。
インフルエンサーの大部分(54%)が本名の個人アカウントであり、報道機関のアカウントはインフルエンサーの15%に留まっていた。メディアや政府関係などの機関を代表するアカウントは情報の拡散には強い影響を及ぼしていなかった。
グループBのツイートは他の群より感情的なものが多い印象があったが、それは何か事実に基づくものよりも感情的な内容の方がソーシャルメディアを通じて広く伝播しやすいということを示しているのかもしれない。
情報は限られたグループ内で繰り返しリツイートされ、異なるグループ間での情報交換は比較的少ないことが明らかになった。これは、とある個人が何か情報を探すためにtwitterを利用した際、最初に見つけた情報と同じタイプの偏った情報に多くさらされる可能性を示唆している。
以上の2つの研究結果を踏まえて、私なりにも考えてみる。インターネットやSNSのエコーチャンバー効果は、果たして社会を分断するのか。
なお、紹介した2つの研究ともそれぞれ、あくまで限られた調査の結果であって、考察で挙げた仮説が正しいかは今後も検証の余地がある、と断定を留保している点は付言しておく。
高齢者ほど分極化してるって、身も蓋もないけどしっくりくるよね。歳を取ると頭が固くなるからね。人間そういう風にできているから仕方ない。
気になるのは、「頭が固くなる」「意見が過激化する」という自然の変化を、インターネットがさらに後押ししてないか、という点だ。インターネットの登場が高齢者の意見の過激化を加速したなら、インターネットが社会の分断を招く、という仮説は結局正しいことになる。
もっとも富士通総研の論文では、現在の高齢者はそこまでインターネットに接していないことから、高齢者に対するインターネットの影響は限定的であると示唆している。
「高齢者ほど意見が過激化する」が正だとして、現在の若者がこれから数十年経ち高齢化したとき、結果はどう変わるだろう。
現在の若者が、現在の高齢者と異なり、「インターネットで多様な意見に接している」なら、その未来の姿は現在の高齢者とは違うものになるかもしれない。
例えばだけど、30年後にも同様の調査を行ったとき、次のような結果が出たら嬉しいね。
- 21世紀前半の高齢者は、多様な意見に触れる習慣がなかったため、分極化が進行した
- 21世紀半ばの高齢者は、若い時期に多様な意見に接する習慣があったため、分極化は軽度である
2つめの研究、福島原発事故後のTweet分析の結果は納得できるところが多い。例えばBy nameで名前の見える個人は信頼される、というのはそうだよね。一部のインフルーエンサーの発信が全体における大きな割合を占めていたというのも、まさにスケールフリー・ネットワークならではだ。
ただし、私は次の考察は慎重に受け止めるべきと考える。
情報は限られたグループ内で繰り返しリツイートされ、異なるグループ間での情報交換は比較的少ないことが明らかになった。これは、とある個人が何か情報を探すためにtwitterを利用した際、最初に見つけた情報と同じタイプの偏った情報に多くさらされる可能性を示唆している。
ここで指摘される「グループ間での情報交換が少ない」は、分極化を意味するだろうか。そうであるなら、富士通総研の結果とは矛盾が生じることになる。
しかしこれは「分極化」には当たらないと言えるだろう。
分極化とは、ある特定の価値観や意見に固定化され、意見が先鋭化されることを指す。では、グループBの情報のみへの接触が意見の固定化かと言えば、それはちょっと違うはずだ。
グループBの情報は感情的なものではあるが、ある事象を肯定する意見と、否定する意見との、両論が含まれる可能性は否定されていない。また、仮にグループBの発信が一方的な意見に偏っていたとしても、リツイートとは元のツイートに賛意を示す場合もあれば、これを否定するために参照する用法もあるため、グループBに閉じて情報を拡散することが直ちに意見の固定化とは言い難い。
グループBの情報にのみ接したとしても、受け手は多様な価値観に触れ続けた可能性は留保される。
では、客観的事実や報道機関の発信であるグループA, Cではなく、感情的発信であるグループBの情報が選好された事実はどう受け止めるべきだろう。
まず、事故後1ヵ月まではグループAとグループBの情報が拮抗していた、というのは納得できる。事故直後であれば、まずは事実関係を知りたいのが普通だからだ。しかし1ヵ月が経ち「事実」がある程度明らかになると、次には事実に対する「解釈」が気になってくる。解釈には「事実に対してどう思ったか」という人々の反応も含まれる。
言語は、ヒトの進化の過程において、集団をまとめるために発生したとされる。特に発生初期においては、言語は社会的感情、すなわちゴシップの伝達に使われていた。原初のヒトは感情を共有することで「共感」し、仲間意識を高めていた。それはいまでも変わらない。みんなゴシップ大好きだし、小説や映画もそうだよね。事実を知るためというよりは、物語に感情移入して共感するという娯楽だろう。
感情的な発言の方が受け入れやすい、というのは人にとっては自然なことで、グループBの発信が心地よいのも当たり前のことだろう。
人は感情的発言を好む、という事実はそれはいい。気になるのは、感情的発言がインターネット上で展開されることでエコーチャンバー効果を生むことだ。
先に述べたように、グループBの空間内で多様な意見が展開されていたならば、ある事実を「否定する」「肯定する」という観点においては、価値観の固定化は起こらない。
しかし、「客観的事実や証拠を重視する」「重視しない」という対立軸ではどうだろう。前者はグループAであり、後者はグループBである。分析結果によれば、両者の間では分断が、すなわちエコーチャンバー効果が起きており、人々はSNSによって「客観的事実や証拠を顧みず感情的議論に終始する」ことに必要以上に慣れすぎている可能性がある。
これは究極的には、「客観事実をないがしろにしてでも感情的納得、主観的正統化がなされればそれでいい」という新たな常識の台頭に繋がる。すなわち、17世紀より世界が拠り所としてきた「科学」の地位の後退である。
インターネットがもたらすエコーチャンバー効果は、価値観の固定化や分極化といった効果こそ杞憂で済むかもしれない。が、「科学の知見が失われる」といった危惧はなお留保される。
これに反証する次なる研究にはぜひ期待したい。
概念の拡散やネットワークについてインタラクティブに解説した次のサイトがおもしろかったよ! ペンを使って実際にネットワークを作ることで、パズル的に情報感染の原理を学ぶことができる。
図:群衆の英知もしくは狂気より