日本の社会システム変革は「出口・入口・場」に注目(『不安な個人、立ちすくむ国家』まとめ)

いなたくんへ

5月に経産省若手による『不安な個人、立ちすくむ国家』というスライドが公開され話題になった。

本プロジェクトは、2016年8月に経産省内で公募がかけられ、「中長期的政策の軸となる考え方を世の中に広く問いかけること」を目指して20代・30代の若手により実施されたものだ。

日本の課題と方針が端的に示されていて参考になるばかりでなく、政策立案の立場にある人たちが時間をかけて日本の現状を調査・整理し、それを「率直な言葉」でまとめたもので、資料として貴重である。

ただ、読み物として、プレゼン資料としては非常にわかりやすかったのだけど、私は記憶力が弱くて読んだだけでは頭に入らない(たいていの本がそう)。ということで本資料について自分なりにまとめ直してみた。今回の記事はそのノート取りである。

私の理解は以下の通りだ。特に「今後立案されていく政策をどのような基準で評価すべきか」という観点で整理してみた。

  • 諸問題の起源は「昭和の人生すごろく」の機能不全にあり、解決策は社会システム及び人生に「柔軟性を持たせること」
  • 解決策の実現可否は、2025年までの「出口」「入口」「場」に対する政策を見ればよさそう

Summary Note

1.問題の起源とゴール:「昭和の人生すごろく」から柔軟な社会へ

  • 問題の起源は「昭和の人生すごろく」の機能不全で、人生の正解の不在により個人の不安・不満が広がっている
  • 必要なゴールは「個人の選択を支え、不安を軽減するための柔軟な制度設計」

2.顕在化した3つの課題:「高齢者」「弱者」「若者」の不安

  • 高齢者が幸せになれない、弱者が抜け出せない、若者が活躍できない
  • という不安を生む「構造」こそが課題である

3.2025年までの抜本的な改革:「高齢者給付」「教育」「公」

  • ①一律に年齢で「高齢者=弱者」とみなす社会保障をやめ、働ける限り貢献する社会へ
  • ②子どもや教育への投資を財政における最優先課題に
  • ③「公」の課題を全て官が担うのではなく、意欲と能力ある個人が担い手に

所感:日本の社会システム変革の実現可否は「入口」「出口」「場」に注目


1.問題の起源とゴール:「昭和の人生すごろく」から柔軟な社会へ

諸問題や解決策をみる前に、まず大枠について俯瞰する。本資料では現代の社会における問題の起源と、そのために起きていること、そして解決のためのゴールを次のように整理している。

問題の起源は「昭和の人生すごろく」の機能不全

問題の起源はシンプルで、1960年代の高度経済成長期に作られた社会システム「昭和の人生すごろく」が機能不全を起こしている、というものだ。

具体的には「結婚して、出産して、添い遂げる」「正社員になり定年まで勤めあげる」「サラリーマンと専業主婦で定年後は年金暮らし」といった生き方だが、現代においてこの生き方は難しくなっている。

その結果、正解の不在による「個人の不安・不満」が生まれている

かつて人生には目指すべきモデルがあり、自然と人生設計ができた。しかし現代では何をすれば正解かわからない中で、人生100年の生き方を自分自身で決めなくてはならない。

「世の中は昔より豊かになり、日々の危険やリスクは減っているはずだが、個人の不安・不満をこのまま放置すると、社会が不安定化しかねない」というのが本資料の課題意識である。

必要なゴールは「柔軟な社会システム」

じゃあどうすればいいの、の答えとして提示されるのが「個人の選択を支え、不安を軽減するための柔軟な制度設計」だ。

「昭和の人生すごろく」の時代のように「みんなに共感してもらえる共通の目標」を政府が示すのはもう難しい。幸福を測るにあたりもはやGDPは指標にならず、「健康寿命」や「つながり」が重要だったり、「幸せの尺度は1つではな」くなっている。

こうした価値観の変化もあり、「人生100年、二毛作三毛作が当たり前」な時代に対して、制度改革が追い付いていない。そこで「自由の中にも秩序があり、個人が安心して挑戦できる新たな社会システム」を作ろう、というのが本資料の提示するゴールである。必要なのは柔軟性だ。

以上を大枠として、資料では現代社会で顕在化した具体的な課題と、これを解決するための方針を提示し、ゴールに結びつけようとしている。


2.顕在化した3つの課題:「高齢者」「弱者」「若者」の不安

「昭和の人生すごろく」型社会システムの機能不全は、現代社会にどのような歪みをもたらしているのか。顕在化している課題として本資料では以下の3つを挙げている。

課題1:高齢者が幸せになれない

定年を迎えると突然社会とのつながりを絶たれ、意欲があっても働けない。そのまま漫然と日々を過ごして身体が不自由になると、終末期も選べず死んでいく。
とても幸せとは言えないけど、これが我々の向かう未来である。


課題2:弱者が弱者から抜け出せない

本資料では弱者の例として「母子家庭」と「非正規雇用者」を挙げていた。セーフティネットが未整備だったり、抜け出せないループができてしまっている。

ここで注目なのは、問題が「母子家庭」や「非正規雇用者」といった個別の話にとどまらず、こうした弱者を弱者の立場から抜け出せなくしている複雑な社会構造そのものであるという指摘だ。


課題3:若者が活躍できない

日本の若者は社会貢献意識が高いが、肝心の「場」がないために活躍できず、その結果社会貢献を諦め、自分中心に向いている、という指摘。「場」の不在という意味では高齢者も同様の課題を抱えている。


3.2025年までの抜本的な改革:「高齢者」「教育」「公」

問題が社会構造にあることから、本資料では「従来の延長線上で個別制度をすこしずつ手直しするのではなく」「抜本的に組み替える」ことが必要だと述べている。そのうえで、時代が変化し「変わりつつある価値観」に沿った改革案を提言している。

改革案は大きく次の3点だ。

①年齢で「高齢者=弱者」とみなす社会保障をやめ、働ける限り貢献する社会へ

まずは高齢者。一定の年齢以上の高齢者を「弱者=支えられる側」とひとくくりにすることが、かえって「高齢者の選択肢を狭めている」というのが本資料の仮説。そこで「年齢による一律の区分を廃止し、個人の意欲や 健康状態、経済状況などに応じた負担と給付を行う制度」への組み替えを提言している。

なお「現役時代からの個人の社会における役割の多重化」という指摘も本質的だ。

②子どもや教育への投資を財政における最優先課題に

次に教育。「子どもへのケアや教育を社会に対する投資と捉え、真っ先に必要な予算を確保するよう、財政のあり方を抜本的に見直すべき」との指摘だが、特に重要なのは、シルバー民主主義の下で当然のように増額される「高齢者向け予算よりも」優先すべき、と、具体的に優先順を挙げている点だ。

また、「単に今の学校教育の予算を増やすのではなく、 民間サービス、最先端テクノロジー、金融手法なども活用し、 何をどう教育するかも含め、非連続な転換を図るべき」ことも指摘している。


③「公」の課題を全て官が担うのではなく、意欲と能力ある個人が担い手に

最後に「公」の問題。いつからか「公は官が担うもの」という思い込みが浸透してしまったが、その結果官業が肥大し財政負担が増えてしまって、個人や地域の多様なニーズに応えられなくなっている、というのが本資料の指摘する課題だ。

これについて、本資料は「公」の課題こそ個人が生きがい・やりがいを感じられる仕事であるので、ネットワーク技術を活用して個人に「公」に参加してもらおう、と提言している。

できるの?

このように3つの改革案が提示されたが、気になるのはその実効性だ。何しろ問題は「社会構造」そのものであるから、行うことは容易でない。本資料でも「過去の仕組みに引きずられた既得権や固定観念」や「シルバー民主主義」が「改革を阻んでいる」と指摘する。

しかし本資料では「胃ろう」を例に、価値観が変われば制度も変わりうることを提示。また、抜本的な解決策も現れ始めていて、あとは決断・実現の段階であるとしている。


いつまでにやるの?

期限もしっかり切っていて、団塊の世代の大半が75歳を超える2025年までが勝負としている。それまでに本資料が掲げる社会を作ることが求められるが、さあどうなるか。


所感:社会システム変革の可否は人生の「入口」「出口」「場」に注目

以上、スライドの順番の前後もあったが、自分なりに整理してみた。以下にいくつか所感を述べる。

問題の起源とゴールに共感

「不安な個人」のタイトルの通り、いまの日本社会の幸せになれない感やばい。実際に私も定年後の親については心配してるし、それ以上に自分の定年後に期待が持てない。それ以前においても、これだけ機会が多様化するなかで自分の働き方がこれでいいのか、悩むところもある。

悩みと言えば最大のものは子どもで、どのような教育が好ましいのか、今後の社会を生き抜くうえで最低限教えるべきこととは何なのか、答えが見えない。

こうした「不安」の正体が「昭和の人生すごろくの機能不全」というのは納得だし、その上で示されるゴールが「柔軟性」「多様性」の担保というのも、的確な方向性だと評価したい。

ではどうすればそのような社会が実現できるか。

改革案の意味するところは「出口」「入口」「場」

難しさは、顕れてる個々の課題それぞれが問題というよりは、それらを生み出す「構造」が問題である点だ。根が深いからこそ今こんなことになっちゃってるわけだけど、どこから手を付ければいいだろう。

そこで本資料で掲げた改革案は、人生の「入口」と「出口」をテコ入れすることで人生全体を変えるもの、と理解した。つまり、人生の入口にあたる「教育」を見直し、出口である定年後の人生を多様化することで、その間にある人生の全体をも柔軟にできる、という考え方だ。

改革案の3点目「公の課題」の話は若干唐突感があったが、これは意欲のある若者や高齢者の「場」を用意する具体例の1つ、と捉えるとわかりやすい。「出口」の多様化って具体的にどうするの、活躍できない若者をどうするの、といった問いに応えている。さらに言えば、改革案2点目の教育投資の財源どうするの、という問いに対しても、「公」への「官」の財政負担を軽減することでバランスを取ろうとしている。

「公」の話はあくまで一例であって、より上位概念的には「場をどう作るのか」という課題と捉えるのがよいだろう。

「柔軟な制度設計」実現の答え合わせも「出口」「入口」「場」に注目

本資料が謳う「個人の選択を支え、不安を軽減するための柔軟な制度設計」は実現するのか、そのための「抜本的な組み替え」はできるのか。

これを評価する指標として、上述の「出口」「入口」「場」の整備がどの程度すすむか、今後の政策を見守りたい。本資料の仮説が正しければ「出口」「入口」「場」それぞれが改革されれば状況は変わるし、そうでなければ閉塞感は続くだろう。「出口」「入口」「場」の3点が、日本の未来を占う変数となる。

また、本資料が期待したように、世代交代に伴う価値観の変化にも注目したい。

「課題先進国」としてソリューションを輸出できるか

これは少し視点が変わるが、日本は先進国でも先駆けて少子高齢化が進んでおり、かつこの状況は中国をはじめ他国でも未来に起こることから、「課題先進国」と呼ばれることがある。

そこで注目したいのは、日本がいち早く少子高齢化社会の課題に対処することで、そのソリューションを他国に輸出できるかどうかだ。この点は本資料も指摘しており、「アジアがいずれ経験する高齢化を20年早く経験する」なか「これを解決していくのが日本に課せられた歴史的使命であり」「アジア、ひいては国際社会への貢献にもつながる」としている。

ただし、本資料は直接少子高齢化の問題を指摘するというよりは、あくまで「昭和の人生すごろく」破綻への対応策を掲げたものだ。同じような「すごろく」を持つ他国には通用するかもしれないが、そうでない国には別の解決策が望まれるかも。

別起源の問題

実は本資料では未解決の問題も残している。それがインターネットがもたらすエコーチャンバー効果だ。SNSなど見たい情報だけを見ることで、視野が狭まり意見が先鋭化する現象を指す。エコーチャンバーやインターネットが社会に及ぼす暗い影は、原理的なところを以前紹介した。


本資料では「自分で情報を選び、自分で決断しているつもりが…実際には与えられた情報に踊らされ」「社会全体としての意思決定が極端なものとなる可能性もある」と警鐘を鳴らす。

資料の中ではこの話題だけ浮いていた。それも当然で、これは「昭和の人生すごろく」破綻とは全く別のところからが来ている、テクノロジーがもたらした世界的な問題だ。が、警鐘だけ鳴らされ答えがなく、しかし唐突に資料中に挿入されてて、なんだか気味が悪かった。

検討グループは資料全体の流れを割ってでも、未来への影響(それも好ましくない影響)のある話として挙げておきたかったのかもしれない。この問題の帰趨にも気を配りたい。

 

  

 

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