ガートナーのハイプサイクルを去年と比べて読んでみた(2019)

いなたくんへ

ガートナーが例年発表している「先進テクノロジのハイプサイクル」。2019年版では、2000を超えるテクノロジから、注目すべき29の先進テクノロジと、5つのテクノロジ・トレンドがまとめられた。


ガートナープレスリリースより

2019年版では大幅な刷新が図られていた。2018年版で挙げられていた先進テクノロジ35のうち、2019年版に残ったものはわずかに9つ。2019年版ではこれに20項目を新規に加え、合計で29の先進テクノロジを挙げている。

今回は新たに出現したもの、消えたものについて、2018年版と比較して読んでみた。なお、2017年→2018年の変化は次の記事でまとめている。

新規テクノロジには説明をつけたけど、私の独断と偏見に基づくものなので間違っていたらゴメン。きちんとした定義や詳細は自分でググってね。

Summary Note

5つのテクノロジ・トレンドの変化

1.AI技術は次のフェイズへ(高度なAI/アナリティクス)

2.深まる機械による現実理解(デジタル・エコシステム)

3.人間拡張は道具の進化の形で進む(オーグメンテッド・ヒューマン)

4.自動運転が現実の拡張を牽引(センシングとモビリティ)

5.計算技術の革新はくるか(コンピューティングとコミュニケーション)


5つのテクノロジ・トレンドの変化

まず最初に、ガートナーが整理した5つのテクノロジ・トレンドを見ておこう。2019年版では次のトレンドが挙げられていた。

  • 高度なAI/アナリティクス
  • デジタル・エコシステム
  • オーグメンテッド・ヒューマン
  • センシングとモビリティ
  • ポストクラシカルなコンピューティングとコミュニケーション

これら項目について、違和感はないだろう。AI技術は進化を続け、現実のデジタル化や人間の拡張は進展し、コンピューティング技術も進化している。また、モビリティとこれを支えるセンシング技術もこれからの社会を大きく変える可能性がある。

2018年版からの変化は

これを2018年版から比較してみる。2018年版で挙げられた5つのトレンドは以下。

  • AIの民主化
  • エコシステムのデジタル化
  • DIYバイオハッキング
  • ユビキタスなインフラストラクチャ
  • 透過的なイマーシブ・スペース

AIは「民主化」から「高度化」へと捉え方が変わっているが、いずれにせよ継続してトレンドに挙げられている。

また、「エコシステムのデジタル化(2018)」が「デジタル・エコシステム(2019)」に、人間拡張について「DIYバイオハッキング(2018)」が「オーグメンテッド・ヒューマン(2019)」に変わっているが、これらもカテゴリとしては変わらない。

一方、2018年版にあった「ユビキタスなインフラストラクチャ」「透過的なイマーシブ・スペース」はそれぞれ消えて、2019年版ではかわりに「センシングとモビリティ」「ポストクラシカルなコンピューティングとコミュニケーション」が登場した。

特にモビリティとこれを支えるセンシング技術は、これまでも先進テクノロジのアイテムとしては挙がっていたが、トレンドとして捉えられるようになったのは注目だろう。

それでは、各テクノロジについて2018年版からの変化を見ていく。


1.AI技術は次のフェイズへ(高度なAI/アナリティクス)

AIに関するところでは、2018年版で挙げられていた次のテクノロジが消えていた。

  • 汎用AI(黎明期)
  • ディープ・ニューラル・ネットワーク向けASIC(黎明期)
  • 会話型AIプラットフォーム(黎明期)
  • ディープ・ニューラル・ネットワーク(過度な期待期)
  • 仮想アシスタント(過度な期待期)

その一方で、2019年版では次のテクノロジが新規に挙げられている。

敵対的生成ネットワーク:黎明期

GAN(Generative Adversarial Network)。2つのニューラルネットワークを互いに競わせて入力データの学習を深め、新たな疑似データを生成する教師なし学習手法。

アダプティブな機械学習:黎明期

巨大なデータセットに基づく学習済み汎用モデルをベースとして、特定分野のデータを加えて再度機械学習をする手法。その分野に特化した少ない教師データで結果を出力できる。

転移学習:黎明期

ある分野のタスクについて学習させた学習済みモデルを、関連する別分野に用いる手法。当該別分野では少ないデータでも結果を出力できる。

説明可能なAI:黎明期

機械学習におけるいわゆるブラックボックス問題に対して、結果出力の理由を説明できるAI。主に使用データを説明するアプローチと、アルゴリズムを説明するアプローチとがある。

感情AI:黎明期

人間の感情を認識できるAI。たとえば、人間とのインタラクションを行うロボット等をより人間的にふるまわせることが期待される。

パーソニフィケーション:黎明期

擬人化。機械やシステムを人であるかのように振る舞わせる技術で、たとえば音声エージェントもこれに該当する。

DNNや仮想アシスタント(いわゆるエージェント)といった、第三次ブームAIにおける典型的な技術がハイプサイクルから消えた一方、それまで「汎用AI」としてくくられていた現行AIの課題を解決するための技術が咀嚼され、それぞれ登場したかっこうだ。AI技術が順調に前進していることをうかがわせる。

次のテクノロジは2018年版から残っているが、フェイズが少し進んでいる。

  • エッジAI(黎明期→過度な期待期)
  • AI PaaS(黎明期→過度な期待期)


2.深まる機械による現実理解(デジタル・エコシステム)

現実とデジタルの融合という視点では、2018年版からは次のテクノロジが消えた。

  • デジタルツイン(過度な期待期)
  • スマートワークスペース(過度な期待期)
  • コネクティッド・ホーム(幻滅期)

2019年版では新規に次のテクノロジが挙げられている。機械による現実の理解が進み、オペレーションも含めてのデジタル化がさらに進むことになりそうだ。

DigitalOps:黎明期

Digital Operationの略。学習と最適化を通して業務プロセスの高度な自動化を行うもの。RPA(Robotic Process Automation)やDigital Twinもこれに包含される。

合成データ:黎明期

Synthetic Data。現実のサンプリングデータやシミュレーションに基づき生成される、現実には存在しないデータ。これを用いることで、たとえば現実を模した環境での学習を効率的に行える。

グラフ分析:過度な期待期

人やトランザクションなどエンティティ間の関係を分析する手法。ガートナーによれば、今後より実用的な関係分析が拡大すると予想される。

エッジ・アナリティクス:過度な期待期

中央システム(クラウド等)ではなく、データが生成される場所(センシング端末等のエッジ)でリアルタイムに解析を行う手法。IoT機器の増加により期待されるアプローチ。

なお、「グラフ分析」「エッジ・アナリティクス」は、ガートナーのトレンド・カテゴリでは「高度なAI/アナリティクス」の領域に含まれるが、これらも機械が現実を理解するための技術であり、「デジタル・エコシステム」のトレンドにも含まれるもの考え、上に並べた。

2018年版で挙げられていた「ナレッジ・グラフ」は2019年版にも残存。変わらず黎明期に位置づけられている。

  • ナレッジ・グラフ(黎明期)

ブロック・チェーンは要素技術から社会の革新概念へ

2019年版では「ブロック・チェーン」の言葉が消えた。具体的には次の2つのテクノロジがなくなっている。

  • ブロック・チェーン(過度な期待期)
  • ブロック・チェーンによるデータセキュリティ(黎明期)

2018~2019年は、ことに仮想通貨に関しては冬の時代と言え、ブロック・チェーンへの注目は確かに下がっていた。しかしながらブロック・チェーン技術の本質である「非中央集権」については研究開発が進んでおり、2019年版でも次の2つのテクノロジが登場している。

非中央集権型Web:黎明期

Web3.0と呼ばれる、ブロック・チェーン技術を基盤として形成されるPeer to Peerのコミュニケーション。GoogleやAmazon等のエコシステムを覆すものとして期待される。

非中央主権型自律組織:黎明期

Decentralized Identity。スマートコントラクト等のブロック・チェーン技術により自律化された組織。

ブロックチェーンは単に要素技術ではなく、これをドライバーとして社会を革新する概念と捉えられているようだ。


3.人間拡張は道具の進化の形で進む(オーグメンテッド・ヒューマン)

「ヒューマン・オーグメンテーション」は、2017年版では黎明期に挙げられていたものの2018年版で消滅、しかし今回、2019年版で復活した格好となる。

まず次の2つのテクノロジは2018年版から続いて健在。

  • バイオ技術(黎明期)
  • バイオ・チップ(過度な期待期)

さらに2019年版では次のテクノロジが登場した。

イマーシブ・ワークスペース:黎明期

IoTやAR/VR、スマート技術等により、物理的な労働環境がより柔軟で多様なワークスペースに変化するとする考え方。

拡張インテリジェンス:黎明期

AIと人間との協調。AIによる意思決定支援などを利用することで、より自働化・効率化された能力を個人・組織が発揮できることが期待される。

これらは、人間そのものを肉体的に改良するというよりは、AIやXRといった道具を通じて、人間の自由度の拡張や効率化を進めるものだ。道具を通じた自由度や効率の向上は、人間と道具の歴史そのものであり、AIやXRを最新の「道具」と捉えた場合の自然なかかわり方のように思える。またそのことに比べると、人間の身体機能や認知機能を工学的・物理的に向上させる、というアプローチはやはり不自然にも思えてくる。

ブレイン・マシン・インターフェイスの影響は限定的か

一方、2018年版から消えてしまったのは次のテクノロジたち。

  • エクソスケルトン(外骨格)(黎明期)
  • ブレイン・コンピュータ・インターフェイス(過度な期待期)
  • スマートファブリック(幻滅期)

エクソスケルトンは製品も増えてるし、スマートファブリック(スマート衣料)も衣服に織り込めるセンサ技術は次々新たなものが提案されているけれど、市場成長や産業への波及は確かに限定的で、削除されたこともまあうなずける。

一方でBCIに関しては、2019年にはNeuralinkによる革新的技術の進捗が発表されたばかりで意外。消えた理由を推察するに、用途が医療など限定的だと判断されたか、実現時期がやはりまだ遠いと見直されたのかもしれない。

ただ、どちらの理由もイーロン・マスクおじさんが何とかしてくれそうな気もするし、あるいは今回のマスクおじさんの発表が2019年版ハイプサイクル編集に間に合わなかっただけかもしれない。来年版では復活してほしいなー。


4.自動運転が現実の拡張を牽引(センシングとモビリティ)

2019年版ではトレンドとして挙げられるまでになったモビリティ。次の自動運転系のテクノロジは2018年版から顕在だ。

  • 自律走行レベル4(幻滅期)
  • 自律走行レベル5(黎明期→過度な期待期)
  • 空飛ぶ自律走行車(黎明期)

いずれも「主流の採用までに要する年数」は10年以上と予想され、このうち「自律走行レベル5」は2018年版では「黎明期」だったのに対して、2019年版では「過度な期待期」に前進している。

レベル4で幻滅してレベル5に過度な期待、というのも違和感あるけど、ハイプサイクルでは黎明期から期待期に、期待期から幻滅期に向かうにつれて実現可能性も高まるので、レベル5についても実現に向け前進していると言えるのだろう。

一方、2019年版では次のテクノロジが新たに登場した。

軽貨物配送ドローン:黎明期

軽貨物を配送する無人航空機。たとえば陸路未整備地域での医薬品配送などで注目されている。

3Dセンシング・カメラ:幻滅期

環境を立体的にセンシングするカメラ。たとえば自動運転における環境認識や三次元地図作成に用いられる。

ARクラウド:黎明期

拡張現実(Augumented Reality)空間をオンラインで利用できる仕組み。三次元データに対して、複数端末、複数ユーザがリアルタイムにアクセスしたり、編集できる。

配送ドローンは新興国をはじめ世界で実証実験が進んでるけど、あくまでまだ実証の段階か。

センシング観点では、自動運転を牽引役として、現実世界のデジタル化と拡張技術が今後盛り上がっていきそうだ。現実の拡張に関しては、次の2つの項目が2019年版では消えたけど、いずれもすでに普及期に入っており、ハイプサイクルからは卒業といったところだろうか。

  • 拡張現実(幻滅期)
  • 複合現実(幻滅期)

モビリティではないけど関連するところでは、次の2つの技術も2018年版から消えた。

  • スマート・ロボット(過度な期待期)
  • 自律モバイル・ロボット(過度な期待期)


5.計算技術の革新はくるか(コンピューティングとコミュニケーション)

「ポストクラシカルなコンピューティングとコミュニケーション」のトレンドでは、従来とは異なる、まったく新しいアーキテクチャが採用されると予想される。

まずはコンピューティング技術に関して、新出テクノロジは次の通りだ。

ナノスケール3Dプリンティング:黎明期

ナノスケール構造物の三次元形成技術。たとえば3Dプリンタが用いられ、次世代材料のほか、三次元論理回路は現行コンピュータの限界を超える性能をもたらすことが期待される。

次世代メモリ:幻滅期

DRAMやNANDフラッシュなどの既存記憶素子の限界を上回る次世代の記憶素子技術。磁気抵抗メモリ(MRAM)や抵抗変化メモリ(ReRAM)など複数種類が提案されている。

一方、次の技術は2019年版から消えてしまった。

  • ニューロモフィック・ハードウェア(黎明期)
  • 量子コンピューティング(黎明期)

正直なところこの2つが消えたことは意外。特に量子コンピューティングは実用化も遠くないと思うんだけど、用途が限定的と判断されたためだろうか。

コミュニケーションに関しては、次のテクノロジが新規に登場。

低軌道衛星システム:過度な期待期

低軌道を周回する小型衛星群(衛星コンステレーション)を用いたシステム。特に通信衛星を用いた場合、インターネット未接続地域をオンライン化することが期待される。

また、世の中的にも注目度の高い「5G」も残存。こちらは2018年版では「黎明期」にあったものが2019年版では「過度な期待期」に前進している。

  • 5G(黎明期→過度な期待期)

次のテクノロジは2019年版では消えてしまった。IoT的なものが今後も進展するのは間違いないと思うんだけど、用語として「IoT」って捉えどころなくて微妙だよね。

  • IoTプラットフォーム(過度な期待期)

以上に加え、2019年版では、2018年版では挙げられていた材料やデバイス系のテクノロジが軒並み消失。私としてはこのあたりこそ世の中を変えるポテンシャルが高いと思うんだけど、とは言えまだ芽が出てきていなかったり、波及効果がそれほどでもないのも事実かな。

  • スマートダスト(黎明期)
  • 4Dプリンティング(黎明期)
  • 自立修復システム・テクノロジ(黎明期)
  • 立体ホログラフィックディスプレイ(黎明期)
  • カーボン・ナノチューブ(過度な期待期)
  • シリコン負極電池(過度な期待期)

 

ということで、ガートナーの「先進テクノロジのハイプサイクル」について、2018年版と2019年版とを比較して整理してみた。

正直なところハイプサイクルは毎年入れ替えも多いし、ここに載ったからといってそれが未来を予測するわけではなくて、むしろ現在のトレンドを把握するのに役立つ。その意味では、新しいバズワード(の候補)を知っておけたのはよかったと思う。

また、ハイプサイクルに挙げられたものの少なくないテクノロジが未来を創ることも確かであり、それぞれの用語を眺めながら、これからどんな世界が現れるのか想像したい。

前回(2017年と2018年の比較)はこちら:

次回(2019年と2020年の比較)はこちら:

 

  

 

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