いなたくんへ
調査分析会社ガートナーが今年も「先進テクノロジのハイプ・サイクル」を発表した。毎年発表されているもので、注目すべきテクノロジーをそれぞれ「黎明期」「過度な期待のピーク期」「幻滅期」「啓蒙活動期」「生産性の安定期」にマッピングしており興味深い。また、その技術が主流として採用されるまでの予測年数も挙げている。
実際にハイプ・サイクルに挙げられたテクノロジーを見てみると、世間で話題になっているもの、期待されているものが目白押し。最近耳にするようになった新技術にも注目だ。
と、図を眺めるだけでも十分楽しいんだけど、それだけだとなかなか頭に入りにくい。そこで今回は昨年発表された「先端テクノロジのハイプ・サイクル:2016年」と比較し、この1年で起きた変化の観点から改めて眺めなおしてみた。
なおガートナーは個別技術についてもハイプ・サイクルを作っているが、ここでは「先端テクノロジのハイプ・サイクル」にとどめて読んでみる。
Summary Note
2017年に挙げられた新出テクノロジー(6つ)
2016年から前進したテクノロジー(9つ)
2016年から変わらないテクノロジーたち
2016年から消えてしまったテクノロジー(8つ)
メガトレンドは2016年から変化なし
まずは昨年のハイプ・サイクルにはなく、今年のハイプ・サイクルで新規に挙げられたテクノロジーを確かめてみる。
いわゆる人工知能技術において、教師データを用いず結果への報酬だけを与え、データ収集しながら学習する手法を「強化学習」と呼ぶ。その中でも「深層強化学習(Deep Rainforcement Learning)」はニューラルネットワークの考え方を導入し、階層的な強化学習を行う。Google Deep MindeのAlphaGoなどが有名。
ハイプサイクルでは「過度な期待のピーク期」に位置付けられる「機械学習」「ディープ・ラーニング」とは区別して、新たにが黎明期に置かれることとなった。ディープ・ラーニング等は教師あり学習のなので確かに「強化学習」とは系統が異なるし、人工知能技術の中でも新たに注目すべきテクノロジとして認知を得たという意味もあるだろう。
いずれも「黎明期」から「過度な期待のピーク期」に挙げられた技術で、通信環境と計算資源の配置に関係する。
次世代移動通信システム「5G」は単に速度や通信規模が向上するだけでなく、低遅延・高信頼性・多端末接続を可能にする点が特徴だ。背景には、あらゆるデバイスがネットに接続されリアルタイムに通信するIoTがある。
同じくIoTの世界観で注目されるのが「エッジ・コンピューティング」。計算資源をクラウドの向こうに置くのでなく、ユーザの近くにとどめることで、通信遅延などにメリットを持たせる考え方だ。サーバレス化とセットとなる話しなところ、プラットフォーム・サービスのサーバレス化として「サーバレスPaaS」が挙がっている。
「エッジ・コンピューティング」はすでに「期待ピーク期」にあり普及は速そう。サーバレスPaaSと合わせて、主流化時期は2-5年と見積もられている。
ほかに新規登場のテクノロジーは2つ。
「デジタル・ツイン」は現実世界の製造プロセスなどをデジタル世界で再現してシミュレーションする技術。最近よく耳にするようになった。
「コグニティブ・コンピューティング」は、人間のように自ら理解・推論・学習できるシステムとされる。第三次ブーム人工知能技術の一環だが、ガートナーは幻滅期近くに配置した。第三次ブーム人工知能技術が「こんなものか」と幻滅されつつあるのは感じられるところだが、普及は進むだろう。
次に、2016年に比べてハイプサイクルの安定期側に前進したもの、あるいは予測される主流展開時期が近づいたものを挙げてみたい。
こちらは脳の構造を模した非ノイマン型の次世代コンピューティング技術だ。例えばIBMやインテルが研究を進めており、これまでのCPUとは全く異なる原理で、高効率な計算を実現すると期待される。
- 人間の脳を模倣したプロセッサ– IBMの「TrueNorth」がもたらす新時代(Cnet Japan,2014/8/13)
- インテル、自己学習型AIチップ「Loihi」発表–人間の脳の仕組みを模倣(Cnet Japan,2017/9/28)
昨年と変わらず黎明期のテクノロジだが、主流展開時期が昨年の「10年以上」から「5-10年」に変更された。
以下の技術は、昨年は主流展開まで「5-10年」とされていたが、今年は「2-5年」に変わったもの。社会的認知も十分なおなじみ技術で、だし特にサプライズはないかな。
- IoTプラットフォーム(期待ピーク期)
- 商標無人航空機(ドローン)(期待ピーク期)
- 仮想現実(VR)(啓蒙活動期)
ほかに、データ分析結果の可視化に関する「強化データ・ディスカバリ」も「2-5年」に進んでいるが、まだ「黎明期」のままで、あまり周知は進んでいない様子。データ分析の重要性が高まる昨今では地味に重要と思われるが、地味なものは地味。
同様に「2-5年」に変わったが、「過度な期待のピーク期」から「幻滅期」入りした技術に次の2つ。
- ソフトウェア・デファインド・セキュリティ
- コグニティブ・エキスパート・アドバイザ
「コグニティブ・エキスパート・アドバイザ」は期待ピーク期の「コグニティブ・コンピューティング」とも近そうな技術だが、アドバイザはいわゆるエージェントなどサービス
・サイドの技術と考えればよいだろうか。
他には次の前進が見られた。ふうん、て感じ。
- 「仮想アシスタント」が「黎明期」から「期待ピーク期」へ移った
- 「ブロックチェーン」が「期待ピーク期」の中でも幻滅期側に近づいた
- 「エンタプライズ・タクソノミ/オントロジ管理」の主流展開期が「10年以上」から「5-10年」に近づいた
以下の技術は2016年の予測からほとんど変化がないものだ。
いずれも未来のビジョンとして語られることの多い重要技術で、認知度も高く、黎明期にあるのは納得。主流展開まで10年以上かかるとされるものばかりで来年以降も居座りそう。ただし「量子コンピューティング」などは先に進む期待も高い。
- スマートダスト(10年以上)
- 4Dプリンティング(10年以上)
- 汎用人工知能(10年以上)
- ヒューマン・オーグメンテーション(10年以上)
- 量子コンピューティング(10年以上)
- 立体ホログラフィックディスプレイ(10年以上)
- ブレイン・コンピュータ・インターフェイス(10年以上)
- 会話型ユーザ・インターフェイス(5-10年)
- スマート・ワークスペース(5-10年)
なお長期予測の観点では、私はここに挙がったテクノロジが重要であると考えている。
昨年から「期待ピーク期」にあるだけあって、ニュースで目にするものも多い技術。
- スマート・ロボット(5-10年)
- コネクテッド・ホーム(5-10年)
- ディープ・ラーニング(2-5年)
- 機械学習(2-5年)
- 自律走行車(10年以上)
- ナノチューブド・エレクトロニクス(5-10年)
このうち「自律走行車」の主流展開期が「10年以上」となっているのは若干意外な感がある。自律走行車は2015年には「5-10年」の予想だったが、昨年「10年以上」に引きもどされた。技術的な問題というよりは、社会的な普及の難しさが原因だろう。
「拡張現実(AR)」は去年に引き続き幻滅期に滞在。一方、よくARとセットで語られるVR先輩は昨年幻滅期から卒業して「啓蒙活動期」に移行し、今年は主流展開期を「2-5年」に近づけた。ARにもVR先輩ばりの健闘に期待したい。
去年まではハイプ・サイクルに載っていたけど、今年消えてしまった技術も少なくないので以下に挙げる。カッコ内は2016年における配置時期と主流展開予測期間。
通信関連では以下の技術が消えた。これらは2017年新出の「5G」や「エッジ・コンピューティング」にとってかわられたと見ることができそう。
- 802.11ax(黎明期・5-10年)
- マイクロデータセンター(期待ピーク期・5-10年)
「ソフトウェアで定義された何か(SDx)(期待ピーク期・2-5年)」も消えた。正確には「ソフトウェア・デファインド・セキュリティ」は2017年にも残ってるけど、それ以外の概念が消されてしまったというところ。技術というより、言葉として流行らなかった気がする。
以下は人工知能やアシスタント、言語解析、データ解析等に関連する技術で消えたもの。ただし呼び名や要素技術の組み合わせが変わっただけで、2017年にも似たようなテクノロジが挙げられており、技術そのものの重要性が失われたわけではないだろう。
- コンテキスト・ブローカリング(黎明期・5-10年)
- パーソナル・アナリティクス(黎明期・5-10年)
- アクティブ・コンピューティング(黎明期・5-10年)
- データ・ブローカPaas(黎明期・5-10年)
- 自然言語による質疑応答システム(幻滅期・2-5年)
惜しまれるのはジェスチャ・コントロール技術だ。こちらは2015年には「啓蒙活動期」に位置し「2-5年」で主流になる、と期待されていたものの、2016年には「期待ピーク期」「主流展開まで5-10年」に格下げされ、ついに今年はハイプサイクルからお亡くなりになられてしまった。
背景には音声認識技術が向上・普及し、これに取ってかわられたというのがありそう。ジェスチャは次世代UIとして昔から注目されていただけに、その退場は惜しまれる。や、限られた状況であれば十分使われると思うし、今後のご活躍をお祈りしたい。
さて、ガートナーはハイプサイクルの公表に合わせて3つのメガトレンドを提示している。2017年に提示されたメガトレンドは以下の通り。
- どこでも人工知能 (AI) となる世界
- 透過的なイマーシブ・エクスペリエンス (没入型の体験)
- デジタル・プラットフォーム
ガートナーによれば、「これから10年にわたり、AIは最も破壊的な技術領域」であるとし、その背景としてのコンピューティングパワー成長や増加するデータに注目している。そして「テクノロジは今後もますます人間中心型」になり、「テクノロジがより適応的、コンテキスト依存的、流動的に進化」すると予想している。
で、昨年のメガトレンド3項目を参照すると以下の通りで、ほぼ変化がない。
- 透過的なイマーシブ・エクスペリエンス
- 知覚的なスマート・マシンの時代
- プラットフォームの変革
これは当たり前と言えば当たり前の話で、メガトレンドのような大きな潮流が1年で急転回されても困ってしまう。安定した予測であると評価できる。
最後に、今回の俯瞰を踏まえて未来について考えてみる。
まず短期的には、入れ替わり技術の言葉の違いに惑わされないようにしたいと思う。
例えば昨年からの入れ替わりでは「802.11ax」「マイクロデータセンター」が消えて「5G」「エッジ・コンピューティング」に替わったり、「パーソナル・アナリティクス」「アクティブ・コンピューティング」「自然言語による質疑応答システム」が消えたけど「コグニティブ・コンピューティング」が現れたり「コグニティブ・エキスパート・アドバイザ」や「仮想アシスタント」は残ったりした。
いずれも技術要素や方向性には共通するところがあり、表現型や実装系、あるいは背景となる環境の違いが大きいと思う。もちろんこれらは技術の生き残りの観点では重要で、なぜその言葉(で定義される技術パッケージ)が消え、別の言葉が現れたかは押さえる必要はあるけれど、メガトレンドを見るうえでは捨象したい。
中期的なメガトレンドはガートナーの示した3項目を押さえておく。
そして長期的には、昨年から変わらず黎明期にいる、主流展開期まで時間のある技術がおもしろそう。「スマートダスト」とか「ヒューマン・オーグメンテーション」とか「量子コンピューティング」とか「ブレイン・コンピュータ・インターフェイス」とか。
不幸にも消えてしまった「ジェスチャ・コントロール」の例はあるものの、ブレイクスルーが起こればこれらテクノロジーへの期待も高まり、細分化されバズワードとなって「期待ピーク期」や「幻滅期」に進むはずだ。そのときを楽しみに待ちたい。
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次回(2017年と2018年の比較)はこちら: