いなたくんへ
特許庁が人工知能の採用を考えている。
「年間50万件を超える特許、実用新案、意匠、商標が出願されており、このような膨大な案件を処理するため、(中略)人工知能技術を活用した更なる業務の効率化を検討する」とのこと。特許文献は高度に構造化されており、人工知能には馴染みやすい分野と思う。
特許の審査が手伝えるなら発明も、ということでAll Prior Artというプロジェクトでは、人工知能を使って3日で250万というペースで「発明」を行い、出力結果をWeb公開している。
ただし、All Prior Artは既存技術の組み合わせ例をただ網羅的に出力するだけだ。そのほとんどはデタラメであり、これを「発明」と認めるのはちょっと‥‥という話は前回書いた。人工知能がより実現性を伴う形で発明を完成させるには、現実世界とのインタラクションが不可欠になりそうだ。
とはいえその進化の速さを鑑みれば、人工知能による発明が実現する日も遠くはない。そのとき何が起きるのか。ひとつ考えられるのは特許制度の崩壊だ。これは単に制度がなくなるという以上に、人類の500年以上続いた「知の創造を加速させるためのシステム」が失われることを意味する。これは人工知能の知が人間のそれを上回ることと無関係ではない。
政府はいま人工知能の創作物に著作権を認めることを検討している。これを踏まえて「人工知能の発明」が特許を取れるのか、特許システムにいかなる影響を与えるのか考えてみる。
Summary Note
人工知能による発明に特許は認められるのか
- 著作権の場合、サルには認められないが、人工知能には一定の権利が認められようとしている
- 著作権が人工知能に認められるのは、それが社会の発展に寄与するため
- 現状では人工知能の発明は特許法上の「発明」の要件を満たさないが、今後法制度が変わり特許が認められる可能性はある
人工知能による発明の開示は、特許制度を破壊する
- 実施方法も含めた組み合わせ例の開示は、誰にも特許を取れなくさせ、特許制度を滅ぼす
人間以外の創作にも知的財産権は認められるか。米国ではサルの著作権が争われた例がある。サルにカメラを持たせて撮らせた写真の権利をめぐったもので、米著作権局及びサンフランシスコ地裁ともに、サルに著作権は認められないとの立場を示した。
その一方で日本政府は、人工知能による音楽や小説などについて、知財権により保護する法整備を検討している。
サルはダメで人工知能はアリって何だかおかしくない?と一瞬思ってしまうところだが、両者を分けるものは何だろう。
知的財産戦略本部・次世代知財システム検討委員会の報告書(案)では、音楽とかロゴとかショートショートとか、すでに人工知能による創作が始まっていて「人間の創作物とほぼ同等のものを作り出す時代」はすぐそこ、との認識の下、課題を次のようにまとめている。
- 人工知能が生成した生成物について、現行制度では「人工知能を人間が道具として利用した場合」には権利が発生しうる
- 一方で「人工知能が自律的に生成したと評価される場合」には、生成物は権利の対象にならない
- ここで、両者を外見上見分けるのは困難であるところ、後者の「一見して知的財産権で保護されている創作物に見えるもの」が爆発的に増えるのは問題
- 結果として、人工知能利用者による「膨大な情報や知識の独占」や、「人間が思いつくような創作物はすでに人工知能によって創作されてしまっているという事態」が生じてしまう
報告書(案)より
要するに、本来知財権で保護されないにもかかわらず保護される「ように見えるもの」が混在したとき、不当な保護が発生し、弊害が起きてしまう。これが根本にある問題だ。
そして、人工知能は「人間よりはるかに多くの情報を生成し続けることが可能」であり、この「情報爆発」を同報告書(案)は問題視する。こうした課題は動物による創作では起き得ず、人工知能ならではの問題だ。だからサルはダメでも、人工知能に対しては何らかの措置を取らざるを得ないのだ。
人工知能の創作物を保護することは、決して人工知能愛護ではない。あくまで人間社会のための方策である。
同報告書(案)では、「特定の情報についてなぜ「知財」として法的な保護を付与するのか、という知財制度のそもそも論に立ち返って」保護の必要性を考えている。これによると、意思を持たぬ人工知能に権利を与える必要は本来ないとした上で、「創作をする人工知能への投資や積極的な利用といった人間の動きに影響しうる」ところ、これ「を変化させ、社会全体としての合理性を実現する」ことが保護の根拠であるとする(インセンティブ論)。
実際に同報告書(案)の検討案をみると、人工知能が引き起こす問題に対して、いかに投資した人間の回収機会を保証し、人間による創作活動を守るかが苦慮されている。
- 人工知能自身(プログラムなど)は現行制度でも保護できており、人工知能保有者の投資回収機会は保証されるので、これ以上の保護は不要
- AI創作物利用者の投資を回収させるため、自他識別力・出所表示機能を有するようになった「価値の高い」AI創作物は保護が必要
- 権利保護のないAI創作物ばかりが利用され、人間の創作が廃れてしまう可能性があるため、優れた人間の創作物が発見・利用されやすい仕組みが必要
報告書(案)より
ちなみに同報告書(案)では人工知能のほか、3Dプリンタやビッグデータ、国境を越えたデジタル・ネットワークなどについても知財制度の観点から問題を整理しており、簡潔ながら読み応えがある。
人工知能の創造物を権利として保護することは、人間社会の合理性実現のために行われることがわかった。人工知能の発明もまた同じだろう。
特許法は「発明の保護及び利用を図ることにより、発明を奨励し、もって産業の発達に寄与すること」を目的とする(同法第1条)。人工知能による発明も、この目的に資する範囲で特許になり、逸脱する範囲では認められない。特許法は法律である以上に産業政策なのである。
‥‥とだけ言われても「結局それはどっちなの」って感じですよね。いまこの時点で人工知能が発明をしたらどうなるか、もう少し具体的に考えてみよう。
現行特許法では、発明に特許を認めるにあたり、新規性(新しいこと)や進歩性(既存技術に対して顕著な効果があること)、実施可能性などいくつかの要件を課している。これらを満たせば問題なさそうだが、気になるのは「発明」の定義だ。
特許法は発明を「自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のもの」と定義する(同法第2条)。注意すべきは「思想」なる文言だ。血の通わぬ人工知能は「思想」を持ちえないので、出力された技術的解決策がどれだけ高度であったとしても、それは特許法の規定する「発明(=技術的思想の創作)」ではないとしてハネられる可能性が高い。
現状では、人工知能の自律創作物に著作権が認められない。その理由も、著作権法の定義する著作物が「思想又は感情を創作的に表現したもの」であるところ、思想を持たない人工知能は「著作物」を生み出し得ないとされるためだ。
従って「人工知能による発明に特許は認められるのか」への最終的な回答は「日本の現行特許法では認められない可能性が高い」となる。ただしすでに述べたとおり、人工知能の発明が及ぼす影響が顕著になり「こいつ何かやべーぞ」となれば、法制度は変わっていくだろう。
でもそれじゃ遅いんでないの?というのがAll Prior Artの投げかける問題だ。
All Prior Artが出力するアイディアは、特許を取れるレベルではない。が、All Prior Artが撒き散らす膨大なアイディア群は、特許制度の脅威となる。それはAll Prior Artの公開アイディアが後願排除効を持ちうるからだ。
著作権や商標権の場合、後発の創作物や商標はただちに排除されるわけではない。著作権の場合は依拠性(マネしたかどうか)が問題にされるので、互いに独立した創作であって偶然一致しただけならば、先の創作と後の創作の両者に著作権が認められる。
商標についても、先に登録された商標があったとしても、それが使われず識別力を失っていれば、他人が同じ商標について商標権を取得し得る。商標権はロゴそのものではなく、ロゴに化体した信用を保護するためのものだからだ。
ところが特許は建て付けが異なる。特許は発明を最初に世の中に公開したことへの報償なので、先に創ったのが誰であれ、その公開後に同じ発明に特許が付与されることはない。
つまりAll Prior Artが技術要素の組み合わせを出力し続けると、開示された組み合わせについては誰も特許を取れなくなる。今後All Prior Artの出力速度が上がり、考えうるほとんどの組み合わせが網羅されれば、あらゆる特許が取れなくなり、それは特許制度の崩壊を意味する。
All Prior Artの目的は特許を取ることではなく、パテント・トロールの特許を排除することだった。その目論見はいいんだけど特許制度そのものを滅ぼしてどうする、というツッコミはしたくなるよね。こうした例は先述の報告書(案)でも想定されていたけれど、「今後検討」との結論だった。
AI創作物のうち技術やサービスについては、新規性や進歩性等を審査した上で登録がなされない限り知財権は生じないため、情報爆発の影響は相対的に限定的と考えられる。しかしながら、人工知能を活用することで考えられるパターンを抽出し、網羅的に知財として登録するような行為が進められているとの指摘もあるところ、それによる社会経済への影響については、今後検討を行うことが必要である。
次世代知財システム検討委員会報告書(案)より
一方、All Prior Artの開示について、単なる組み合わせの開示だけでは後願排除効は弱いのでは、という弁理士の指摘がある。All Prior Artはデタラメに組み合わせ例を出力するだけで、具体的な実施方法の記載は一切ないのだ。
AIが構成要素を網羅的に組み合わせて発明した場合、ビジネスモデル関連やソフト関連の発明に対してはそれなりに引用文献として効果がありそうだ。ただし構成の組み合わせのみ開示し、実施可能性や作用効果等の記載がなければ、引用文献としては弱いだろう。
— NAKAMURA Takeshi (@moumoupat) 2016年4月21日
また次の論文でも、実態を伴わない「アイディアだけ」の公開が後願排除効を有するのか論じられている。
初めて具体的な実施方法を見出した特許出願が、それ以前にあったとはいえ実施方法未開示の組み合わせ例により排除されることは、特許法の目的である産業促進の観点から好ましくない、というのが結論だ。まさにAll Prior Artの事例を想定したかのような議論であり、人工知能のアイディア出力を考える上で示唆に富む。
All Prior Artで最初に出たやつを引用掲載する。
A wearable electric device includes a main body with a circuit module inside and at least a detachable battery strap with a battery module inside, and the main body and the detachable battery strap are detachably fastened together.
The test device includes an addressable memory.
Responsive to one of the plurality of processes attempting to access a late binding object by its identifier, a determination is made as to which late binding object is associated with the process.
The composition may be applied to soil to control a population of a deleterious organism.
Each of the strips is radially offset from one another.
In the sealing step, long side edges of the battery case are crimped by a forming surface having a rounded cross section, and arc-shaped edges connecting both long side edges are crimped by a flat forming surface.
All Prior Art:1461187725-f00e0aa8-68b8-4055-92c0-b74346ad03c3
うーん‥‥本当にこいつデタラメだよな。組み合わせの1つの例ではあろうけど、抽象的というか、よくわからない。いや構成要素1つ1つは書いてあるし意味もまあ通るんだけどね。具体的にこの記載から何か作ろうとしても、部材の形をどう決めてどう組み合わせればいいのか、どんな効果を期待したらいいのか‥。
後に誰かが具体的な実施方法を見つけて、そのときこの文章を見返して「このことを言ってたのか!」と気付くことはあるかもしれない。事件が起きた後で意味がわかる預言書だ。でもそれでは、この文章の存在が社会の発展を促したとは言えないだろう。その程度の記載によって、後に実施方法を見出した人が特許を取れなくなってもいいのか。
私は@moumoupat氏や大谷氏が論文で述べたとおり、All Prior Artのレベルでは後願排除効は生じないとするのが妥当に思える。すると現状の人工知能によっては、特許制度はまだ安泰と言えそうだ。
以上の結論はあくまで現時点での話だ。人工知能の驚異的な進化を忘れてはいけない。
実施方法の記載が具体化し、その分野の人が示唆・教唆を受けるほどの説得力が得られれば、それは後願排除効を獲得し得る。それが日産1万件とか百万件とかで出力され続けるのだ。もうそうなると現行特許制度はお手上げである。500年間本当にありがとうございました。
opensourceway
その場合に何が起きるか。考えられるのは2つのシナリオだ。
1つは「何も起きない」というもの。特許制度の権威とされるフリッツ・マッハループは次のように述べたという。
もし特許制度が存在しないなら、経済への影響を知っているいまとなっては、制度の創設を進言するのは無責任なことだろう。だがすでに長年に渡って特許制度が存在する以上、現状を知っていながら制度の廃止を進言するのも、また無責任なことになる。
フリッツ・マッハループ
特許制度が時代にそぐわなくなっているという声もあり、実はなくなっても何も起きないのかもしれない。人工知能がトドメを刺してくれるならこれ幸いというものだ。
2つ目のシナリオは、特許制度の運用が変わるというものだ。
次世代知財システム検討委員会が検討するように、人工知能による発明に一定の制限が課されたり、特許要件を変更するなど、その時代に合わせて産業発達を促せる形に変えればよい。例えば事業実施のある発明にのみ特許を認めたり(商標的アプローチ)、依拠性が無いことを要件に一定の独占性を認めたり(著作権的アプローチ)。
あるいは輸入特許制度のように、人工知能の発明を最初に事業化した者に一定のインセンティブを与えるのも選択肢の1つだろう。輸入特許制度は技術力に劣る新興国が採用する制度で、最初に先進国から技術を導入した者に独占権を与える。人間が人工知能から「輸入」することにインセンティブを設定するとは、なんともみじめな話だけど。
以上、人工知能の発明が、特許制度にとっては脅威になり得るという予想を述べた。知財制度は知の創出を促進する仕組みである。そのシステムが人間を超える知により立ち行かなくなる。これは人間個人の能力が抜かれる以上に、人類全体の知が役目を終えることを示唆するようで気味が悪い。
人工知能が発明能力を獲得すること自体は悪いことではないはずだ。世の中に知が創出される機会がそれだけ増えることなのだから。願わくば知財制度も滅ぶことなく、人工知能と人間との共生を促し、両者による知の創出をさらに加速させる仕組みになって欲しい。