中国の科学技術力のいまを切り取ってみた(2016/7-9)

いなたくんへ

2011年打ち上げの中国製軌道モジュール「天宮1号」が制御不能に陥った。地球落下の見込みは2017年後半とされるが、何しろ制御不能による予定外の落下であり、いつ落ちるかはその6~7時間前にならないとわからないとか‥。
天宮1号は試験機だ。計画では天宮3号まで打ち上げた後、2018年から2022年にかけて本番の宇宙ステーションが打ち上げられる。この9月には天宮2号の打ち上げが成功した

天宮1号は残念ではあったが(そして落下が惨事を招かぬことを祈りたいが)、宇宙ステーションを自前で用意できるというのはすごい。この点は『科学技術大国中国』(2013)でも触れられていていた。
『科学技術大国中国』では、中国の科学技術の先進的な成果を挙げつつあると評価。ただし「成果はスペックに留まり、実用性に欠けたり、コア技術が外国に依存している」といった問題点も指摘している。これは以前紹介した。

このブログでは3ヶ月ごとにテクノロジーに関する出来事をまとめてるけど、この3ヶ月では中国に関するニュースも目立った。特に軍事関連技術がすごい。そこで今回は番外編として、7月から9月における中国のテクノロジー系ニュースを、私の観測範囲から切り取ってみた。『科学技術大国中国』発行から3年経つが、中国の科学力はどう変化しただろう。

Summary Note

人工知能への大規模投資とモビリティ

  • 百度や政府が人工知能への投資を拡大している
  • 中国独自のサービス生態系が、新たな技術開発の強みになっている

2つの空間で最先端の科学力を磨く中国

  • サイバー攻撃能力を高めており、フィリピンへのDDoS攻撃が疑われる
  • 量子通信衛星の軌道投入と量子テレポーテーション実験に成功し、サイバー技術をさらに高めている

中国の科学技術力で本当に侮れないのは農民発明

なおテクノロジー系ニュースまとめの本編はこちらから。


人工知能への大規模投資とモビリティ

フォードやBMWは、2021年に完全自動運転車を実現すると豪語する。自動運転の重要な要素技術が人工知能だ。最新の人工知能はパターン認識で人間を超える能力を発揮し、日々世間を驚かせている。

多くの自動車メーカーが人工知能への投資を拡大する中、中国では百度の動きに注目だ。百度は2015年には102億元(約1500億円)を研究開発に投資したが、その重要な対象がAIだったとされている。そして9月には人工知能を利用した自動運転でNVIDIAとの提携を発表。また、Googleに対抗して技術をオープン化するなど、実現に向けて開発を本格化させている。

中国の人工知能に対する投資は国を挙げたもので、中国国家発展改革委員会は2018年までの3年間で1000億元(約1.7兆円)もの投資を行うと発表したとされる。ちなみに米国の過去5年の投資額は5兆円とされる。日本では総務省が人工知能のプラットフォーム構築のために来年度概査要求を行っていて、これは12億円。

もっとも、中国は政府が投資をしても有象無象を呼びバブルをもたらすだけ、との批判もある。が、その混沌からホンモノが生まれる余地はあるだろう。

中国独自のサービス生態系が強みに

モビリティ分野における中国の躍進は百度の自動運転車開発に限られない。配車サービスの滴滴出行はウーバー中国の買収を宣言、米ウーバーは中国からの撤退を余儀なくされた

配車サービスについて梶ピエール氏は、「配車サービスのようなシェアリングエコノミーは、短期的な取引を信頼できる第三者の仲介(「包」)によって成立させる手法が蓄積されてきた中国の伝統的商習慣に合っているのではないか」と分析する。自動車とネットサービスと言えば、オンラインサービスに接続できる車も発表された。

中国では2003年のSARS流行以来、電子商取引が世界に比べても進んでいて、独自の生態系を築き上げている。この強みが配車サービスやコネクティッドカーなど新たなサービス・技術にも波及している格好で、単にタイムマシンモデルとは侮れない。


2つの空間で最先端の科学力を磨く中国

人工知能と自動運転に続いて注目なのは軍事関連のニュースだ。先端技術と軍事はどうしても切り離せない。

まずは通常兵器について。
中国はウクライナから世界最大の輸送機An-225ムーリヤを購入。中国はちょうど世界最大の水陸両用機を製造したところだが、ムーリヤの技術獲得によりさらに空挺輸送能力が強化されることになる。一体どこに兵士を送るつもりなのかな。。
どこに、と言えば原子力砕氷船も建造を開始。東シナ海から出港して、どこで砕氷船が必要になるのかな。。

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ムーリヤはもともとソ連版スペースシャトル「ブラン」の輸送機として開発された(画像:Wikipedia

空母は3隻目が上海近くで建造中で、カタパルトが載るみたい。中国は2020年の空母4隻体制を目指しているとされる。
あとは無人攻撃機「翼竜II」とか、超音速ステルス標的機「長空20」とか、新世代長距離爆撃機とか、最新兵器も絶賛開発中。

でも本当に侮れないのは、中国が陸海空の外の領域にも視野を広げ、成果を挙げつつあることだ。中国は2015年12月に組織改革を行い、ロケット軍(火箭軍)と、サイバー戦や軍事衛星運用を担うとされる「戦略支援部隊」を創設した。

フィリピン政府に対するサイバー攻撃

中国との南シナ海をめぐる争いで、2016年7月12日、フィリピンが提訴していた国際司法裁判所の判決が出た。そのあとに、フィリピンの政府系サイトの70近くがDDoS攻撃を受けて落されたという。この「攻撃」には中国の関与が疑われている。

政府関与が疑われる大規模DDoS攻撃は今回に始まったことではない。たとえばエストニアでの暴動発生時や、ロシア部隊のグルジア投入直前にも「なぜか」サイバー攻撃が起きている。サイバー攻撃は戦争の武器として、つまりは兵器として持ちいられるようになっている。。

今後はIoTの普及により端末の数が爆発的に増えるため、DDoS攻撃の威力も増していく予想されている。2016年9月22日には史上最大規模のDDoS攻撃が観測された

サイバー技術は「社会信用システム」を通じて統治に使われている

攻撃に政府の関与が疑われるのは、政府による監視が行き届いていることによる。中国政府は国内のインターネットを強力に統制しており、自由に犯罪が起こせる環境ではない。にもかかわらず中国から大規模なトラフィックがあることは、そこに政府の意思があるとしか考えられない。という理屈だ。

英エコノミスト誌による『2050年の世界』(2012)は、SNSをはじめとする情報技術は民主化の武器となるが、一時的なものに過ぎず、権力側はすぐにキャッチアップすると予測した。中国では同じことが起きていて、このあたりの通史は『中国のインターネット史』(2015)に詳しい。現状にとどまらず、中国の未来や、さらには権力とテクノロジーが結び付いた社会を予想する上でも必読の一冊である。

最近の動向で興味深いのは「社会信用システム」の導入で、これは人民のウェブ上や現実世界での行動を監視・誘導するものだ。

ただ、こう書くとディストピアを感じるけど、ゲーミフィケーション的に行われるので普通に暮らす分には気にならないという話も。『中国のインターネット史』でも指摘されるところだけど、監視社会が『1984』のような暗い社会を招くとは限らない、ということがわかっている。私はこれが逆に恐ろしく感じたりもするんだけど。

宇宙開発技術がサイバー空間を支援する

対外的には攻撃手段、国内向けでは人民の統制と、大活躍のサイバー技術。ここで注目なのが量子通信衛星の軌道投入成功だ。

量子通信は、少なくとも現行技術では傍受・解読が難しいため、高度にセキュアな通信を確立できる。中国はこの技術によりハッカーの攻撃を防げるとと主張。ハッカーを防ぐっていやいやお前が、、、というツッコミは飲み込みたい。自作自演乙!

なお、この秋には長距離の量子テレポーテーション実験も成功していて、こちらも中国の研究チームが関わっている。

冒頭では宇宙ステーション「天宮」の進捗を紹介したが、サイバーと宇宙という2つの空間で最先端の科学力を磨くのが現在の中国の姿だ。ちなみに宇宙と言えば有人月面基地も検討中とのこと。

こうしてみると、中国の科学技術力が最先端の水準にあることに疑いはない。ただしその成果が、攻撃や、あるいは統治の手段に直結するのも気がかりではある。


中国の科学技術力で本当に侮れないのは農民発明

大企業や政府、研究機関主導の科学技術力は以上で見たように素晴らしかったが、中国の本当のすごさは人の多様性にもありそうだ。「中国農民発明」と呼ばれる一連の発明から3つだけ紹介しよう。

やばいよね。何がやばいって「中国では農民までもが兵器に興味を持ってて好戦的でけしからん」とかそう言うことではなくて。たとえば1つめの戦車はきっと男の子のプラモデル感覚というか、ロマンに突き動かされてと思うんだけど、それがこうしていくつもの形に結実してるのが素晴らしい。

私はニコ動の「つくってみた」が大好きで仕方ないんだけど、何か心に思い描いたものをカタチにしたい、あるいはそうしたものを心に思い描く、そのモノづくりの根源的な動機が、中国にも溢れている。このボトムアップのエネルギーこそ、未来のテクノロジーに繋がっていくと思うんだよね。

こうした農民発明の無邪気さを見ると、深センがスタートアップの場所として世界から注目される、その背景もわかる気がする。いまは外国サービスやビジネスモデルの輸入ばかりが目立つけど、いずれは最先端科学と結びついたり、イノベーションに昇華されることもあるかもしれない。

いちばん怖い武器はなにか(おまけ)

さて、今回は軍事技術も多く紹介したけど、その中で恐ろしい武器を見つけたので最後に紹介。天津の巡回武装警察に、古代の武器「狼牙棒」が復活採用されたというニュースだ。

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画像:新華網より

欧州の騎馬警察もそうだけど、やっぱり一番怖いのは「痛そう」な武器だよね。何より中国の武警はホントに使いそうなイメージもあってなお怖い、というのは偏見ですけれども。

 

以上、この3ヶ月で見かけたテクノロジー関連のニュースのうち、中国に関するものを番外編としてまとめてみた。本編は次のリンクから。PokemonGoとか電磁加速砲とかエウロパの間欠泉とかゲノム編集による合成生物とかとか。

 

中国のインターネット史 ワールドワイドウェブからの独立 (星海社新書) 2050年の世界―英『エコノミスト』誌は予測する サイバー・クライム

 

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