AIIBとシルクロード経済圏がもたらす、国際機構及び中国の地政学的位置付けの、変化の始まり

いなたくんへ

中国が主導して設立を目指すアジアインフラ投資銀行(AIIB)の参加国が明らかになっている。2015年4月1日現在で49の国と地域が参加を申請しており、このあと創設メンバーが決定される。

AIIBは今後増大するアジアのインフラ整備に向けた投資を目的として、2015年の業務開始を目指している。
同様の枠組みとして既に、日米が主導するアジア開発銀行(ADB)がある。そのためAIIBは、米国の国際秩序に対する中国の挑戦ではないか、とも見られている。日本は現時点では参加判断を見送ったものの、6月末までに参加の是非を決めるとしており、今後の動向が注目である。

 
この一連の動きに関して、ちょっとおもしろい未来予測がある。米国国家情報会議が国家戦略策定のために作成した中長期レポートで、欧米諸国が主導する国際機関は2030年までにその形を変えるだろう、と予想しているのだ。私はAIIBの設立が、この予想を裏付ける変化の1つだと考える。
AIIB自体の成否は不透明であり、この1つの現象のゆくえを論じることはここではしない。AIIBのような、中国主導による国際的組織が提唱され、実行に移されつつあることの意味について、少しだけ考えてみる。

Summary Note

  • 米国国家情報会議の予想によれば、2030年までに、国連安保理や世界銀行、IMFといった欧米中心主義の国際機構は形を変えていくことになる
  • 上記予測は米国抜きの国際機構の出現までは予想していないが、AIIBや、これに続く組織の提唱は、国際社会の形を変えることに繋がるかもしれない
  • AIIBに欧州諸国が参加表明したことは、習近平の提唱する「シルクロード経済圏」構想を進めるかもしれない
  • 「シルクロード経済圏」の成功は、島国である中国の地政学的位置付けを変えることになるかもしれない

 

2030年までに姿を変える国際機構と、AIIBの位置づけ

米国国家情報会議はCIA内部部門を前身とする組織である。大統領や閣僚を始めとする国家戦略策定者に向けて、中長期トレンドの予測レポートを作成している。レポートは現在は公開されるようになっており、日本でも『2030年世界はこう変わる』(2013)のタイトルで出版されている。

2030年 世界はこう変わる アメリカ情報機関が分析した「17年後の未来」

本書は、4つのメガトレンドと6つのゲームチェンジャーを紹介する構成となっている。
メガトレンドは「既に存在しており、今後15~20年でさらに顕在化して、世界の構造を決定づける流れ」だ。ゲームチェンジャーは「構造的な変化ではないものの、国際社会の流れを大きく変えてしまうほどの力を秘めた傾向」である。
なお、本書の報告はこれら要素の提示に留まる。要素を組み合わせて未来を考えるのは読者の仕事だ。

本書については下記記事でも紹介した。

さて、6つのゲーム・チェンジャーの1つ「変化に乗り遅れる国家の統治力」では、国際機構が今後迎える変化について予想している。以下に引用する。

そもそも現存する国際機構の多くは第二次世界大戦後に、欧米中心主義の思想のもとに構築されたもので、新興国が台頭する現状にうまく対応していけるとは思えません。特に、欧米諸国が強い権限を持つ国連安全保障理事会(安保理)、世界銀行やIMFは、2030年までにその形を変えていくことになるでしょう。

例えば、中国は安保理の常任理事国であり、拒否権を持っていますが、加盟国の出資割合に応じて議決権を割り当てる方式のIMFでは、事実上の拒否権を持つのは米国だけで中国の発言力は限定的です。(後略)

『2030年世界はこう変わる』より

本書はすでに起きている変化の例として、2008年の金融危機の際に、G7、G8に変わってG20が台頭したことを挙げ、今後も同様の事が起こるとしている。また、中国やインドだけでなく、これに続く「第2集団」も国際社会の意思決定に参加できるよう、仕組みづくりが必要になると述べている。

米国抜きの国際機構の出現までは予想せず

本書が予想するのはあくまで、いまある国際機構が姿を変えていくという未来だ。「安保理のように時代遅れのままになっている国際機構は、今後2030年までの間に危機に対応しながら、現状に即した「最新版」にアップデートされ、姿を変えていくはず」であるが、「参加国が増えれば、それだけ意思統一は難しくな」るので課題である、と言うに留まる。AIIBのような、米国を抜きにした国際的組織の出現までは予想していない。

そもそも中国については、その潜在力を評価しながらも、少なくとも2030年までに世界の中心的立場になることはない、というのが本書の予想のスタンスである。今後経済失速が起こるという予想や、諸外国(特にインド、アメリカ、日本)との関係がその理由だ。

国際社会にAIIBが投じる一石

AIIBの成否はわからない。もしかしたら失敗するかもしれない。

しかし『2030年世界はこう変わる』の予想の通り、現在の国際機構の在り方が現実になじまず、改変すべき余地があるならば、中国はこれを変えようとするだろう。その結果は、本書の予想するような、国際機構自信の変革として顕れるかもしれない。そしてもう1つの可能性が、AIIBや、これに続く第2、第3の国際的機構が提唱され、中国主導による秩序が積み重ねられていく未来だ。

AIIBの設立は、その成否は別として、後者の未来に続く1歩かもしれない。AIIBを巡る各国の動きを見ることは、その先の国際社会の形を見極める上でもおもしろいかもしれない。

なおAIIBは国際的金融機関となるわけだが、共産主義ってなんだっけ、というツッコミはここでは控えたい。

 

シルクロード経済圏がもたらす地政学的重心の移動

AIIBがもたらす影響としてもう1点注目したいのが、習近平国家主席が提唱する「シルクロード経済圏」と、これによる地政学的変化である。

シルクロード経済圏(一帯一路構想)は、中国を中心として、アジアと欧州を結ぶ経済圏を築く構想だ。かつて存在したシルクロードに倣って、陸路と海路から欧州に続く交易路を開発することで、一大経済圏を作ることを目指す。
中国は複数の基金を提唱しており、シルクロード上の国々への支援を行うことから、「中国版マーシャルプラン」とも呼ばれる。

今回話題になったAIIBは、この枠組みの一環だ。そこで注目したいのが、AIIBに多くの欧州の国が参加を表明したことだ。西欧に限られてはいるものの、シルクロードの起点となる中国だけでなく、終着点の欧州もまた、AIIBを通してアジアの開発を担うことになる。

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AIIBへの参加表明国(2015/3/30時点)(ThereAreNoSunglassesより)

欧州と接続される「島国」中国

中国とその最大の貿易相手国である欧州が、陸路で接続されることの意味は大きい。

米国の情報機関ストラト・フォーを創設したジョージ・フリードマンは、地政学に基づく未来予測『100年予測』(2009)で、中国の地政学的位置づけを述べている。それは「中国は島国である」というものだ。
中国は四方の全てが海ではないが、通過不能な地形や荒れて地に囲まれており、他の地域から事実上隔離されているためだ。12世紀のモンゴルの侵攻を除けば、中国は完全に征服されたことは1度もなく、一方で現在の国境を超えて勢力を拡大したこともない。フリードマンに言わせれば、中国は内向きな「島国」なのである。

ところが、シルクロード経済圏構想により海路とそして陸路が開発されれば、中国はもはや島国ではなくなるだろう。中国と欧州、その間に横たわる国々の時間距離は大きく短縮され、その結果、地政学的変化が予想される。

かつて欧州世界で、大型船の建造により外洋航海ができるようになって、相対的に地中海貿易が廃れた変化があった。欧州世界の覇者は、それまでの地中海の国から、スペインやイギリスといった、外洋に面した国に変わった。
シルクロード経済圏によりユーラシア大陸が大きく開発されれば、貿易の重心にも変化が現れるかもしれない。

 

2030年 世界はこう変わる アメリカ情報機関が分析した「17年後の未来」 100年予測 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

 

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