知財権の資産市場化・金融商品化プロセスと、ビッグデータの価値評価(『ビッグデータの正体』書評3/3)

ビッグデータについて体系的にまとめたベストセラー『ビッグデータの正体』。本書では、ビッグデータを使って未来の予測ができること、その社会への影響が論じられていました。

ビッグデータの正体 情報の産業革命が世界のすべてを変える

今後大きな利益を生み出しそうなビッグデータですが、実はまだその価値を評価する仕組みがないと著者は指摘しています。今回はビッグデータの価値評価について、知的財産権の資産市場化をアナロジーとして考えてみます。

Summary Note

『ビッグデータの正体』で述べられていた未来(3)

  • ビッグデータを保有する者が最も大きな利益を得る
  • ビッグデータをライセンスするビジネスが始まっている
  • ビッグデータの価値を計る方法はまだ確立されていない

資産市場化プロセスにおいて起きていること/起こりそうなこと

  • 特許の世界では、パテント・トロールが特許の目利きを行い、投機家として振る舞うことで、資産市場化のステップを進めている
  • ビッグデータにおいても、ビッグデータが生み出す価値を可視化し、紹介する専門家の登場が、ビッグデータへの投機を活性化させる可能性がある

 

ビッグデータのライセンスビジネスが始まっている

まずは『ビッグデータの正体』で述べられていた、ビッグデータの価値評価にまつわる問題点について。

サン・マイクロシステムズCTO、パパドポラス氏の予言は当たるか?

ビッグデータに関わるプレイヤーを著者は次の3つに分類しました。

  • 1.実際にデータを保有または入手できる「データ保有者」
  • 2.分析のための専門的ノウハウを持つ「データスペシャリスト」
  • 3.データから価値を引き出す「ビッグデータ思考の個人・企業」

なお、3番目の「ビッグデータ思考の個人・企業」とは、データも分析のためのテクニカルなスキルも持たないが、ビッグデータから新たな切り口で相関関係を見出せる、分析のためのアイディアを持つ人を指すそうです。

最も重要になるのは言うまでもなく、1番目の「データ保有者」だと著者は述べます。
これを聞くと、サン・マイクロシステムズCTOパパドポラス氏の「世界にコンピュータは5つあれば足りる」発言が思い出されます。

THE WORLD NEEDS ONLY FIVE COMPUTERS

Let’s see, the Google grid is one. Microsoft’s live.com is two. Yahoo!, Amazon.com, eBay, Salesforce.com are three, four, five and six. (Well, that’s O(5);)) Of course there are many, many more service providers but they will almost all go the way of YouTube; they’ll get eaten by one of the majors. And, I’m not placing any wagers that any of these six will be one of the Five Computers (nor that, per the above examples, they are all U.S. West Coast based — I’ll bet at least one, maybe the largest, will be the Great Computer of China)

Googleが1つ目、MicrosoftのLive.comが2つ目、Yahoo!、Amazon、eBay、Salesfoce.comが3つ目から6つ目。もちろん多くのサービス提供者がいるが、彼らはみなYoutubeのように、メジャーの1つに食われるだろう。そして、私はこの6つのいずれかが「5つのコンピューター」になるとも思っていない。(これらはすべて米国西海岸の企業だが、私は少なくとも「コンピューター」のうちの1つで、そして最大のものは、中国のものになると予想している)

Greg Matter -Greg Papadopoulos’s Weblog(2006/11/10)より冒頭抜粋、筆者意訳

GoogleかAmazonかはわからないけど、データ集積型の5台の巨大な「コンピュータ」によるサービスが支配的になるという未来予測。この「コンピュータ」の要件がビッグデータ保有者となることも有りえそうです。

09 JOHN HARRIS BIG COMPUTER SHOWING MEMORY STACKS
そう言えば手塚治の『火の鳥(未来編)』では、地球に残された5つのメガロポリスが
それぞれマザー・コンピュータに支配されている未来が描かれていました。

Facebookが持つデータの価値は、現在の会計基準では計れない

ビッグデータ保有者がビッグデータから利益を得る方法は大きく2つ。1つが自分で使うこと、2つめが他人にビッグデータを使わせることです。

2つめについて例えばTwitter社が挙げられていました。
ビッグデータについてTwitter社は、自身ではデータを保有するだけです。その代わりに、別の業者に委託してデータ利用をさせ、そのライセンス収入を得ているそうです。

「ビッグデータにアクセスできる権利」「ビッグデータの一部を切り出して使える権利」の取引きがビジネスとして育ちそうな予感。その一方で、ビッグデータの価値を計る仕組みはまだ十分ではない、というのが著者の問題提起でした。

象徴的な事例として述べられていたのがFacebookです。
Facbookの時価総額は株式公開時で1,040億ドルとされますが、帳簿上の純資産額は63億ドル(2011年時点)で、これはサーバなどのハードウェア設備やオフィスの価値にすぎません。Facebookの持つ最大の資産は、ユーザやユーザが作る「データ」のはず。でも現状の会計基準ではこれを計ることができず、帳簿上は対象外とされています。

もちろん、時価総額と帳簿上純資産額の差額をデータの価値とみなせば、Facebookのユーザ情報は約1000億ドルと算出できます。でもちょっと乱暴だし、会計上の数字とここまで乖離があるのもどうなの? という著者の指摘はもっともな気がします。

 

資産市場の発達6段階と知財権(『インビジブル・エッジ』より)

無形資産の価値をどう計るのか? という議論は、特許をはじめとする知的財産権分野でも起きています。

特許は技術や製品に使われる「技術的思想」という概念を独占する権利です。他社にライセンスして概念の実施を許したり、権利の売買もされています。
そんな特許ですが、企業の資産として計るとき、「技術的思想」という目に見えないものの価値をどう算定すればいいのか、まだ答えは出ていません。

知財権の金融商品化を参考にしてみる

『インビジブル・エッジ』では、特許権の資産市場化、つまり金融商品化に関する議論がされていました。
この本は、ボストンコンサルティンググループの知財ストラテジストによる、知財戦略を扱った一冊です。コントロール・コラボレーション・単純化の3段階からなる、知財活用論の提唱が主旨でした。これはパテント・トロールとの関係を絡めて以前紹介した通りです。

インビジブル・エッジ

この『インビジブル・エッジ』でさらに触れられていたのが、特許の資産市場化です。資産市場が発達する過程を段階的に定義した上で、特許の場合には今どの段階にあるのかを論じていました。

不動産バブルを見てわかるように、市場が決めた価値が真にそのものの価値を示しているかというと、かなりの怪しさが漂うところ。でも目に見えない資産の価値をある程度客観化するという点では、アプローチの1つとして参考にできそうです。

知財権の資産市場化は現在第4段階にある

『インビジブル・エッジ』では、資産市場はその発達に伴い次のような段階を踏むとしています。

  • 第1段階 取引は不活発
  • 第2段階 専門家の登場
  • 第3段階 投機家の登場
  • 第4段階 取引コストの減少
  • 第5段階 市場取引の開始
  • 第6段階 デリバティブの出現

これを特許に当てはめると、弁護士や弁理士といった専門家は出そろっていて、そこにパテント・トロールという投機家が加わっており、すでに第3段階まではクリアしていると分析。現在は第4から第5段階にあり、市場取引の活性化のために、知財権の取引コストをどう下げていけるかが論じられていました。

『インビジブル・エッジ』の指摘で特におもしろかったのが、パテント・トロールを投機家と位置付けた点です。
特許の価値決定は基本的には、特許権者と、ライセンスや譲渡を受ける者との2者間で決まります。ここでパテント・トロールは、価値のありそうな特許を買い取り、他人に攻撃を仕掛けます。パテント・トロールが第三者として介在することで、眠っていた特許に価値が見出され、権利者の手元を離れて、金融商品として振る舞うというわけです。

これについては、資産市場化の6段階も含めて次の記事で紹介しました。

 

ビッグデータの価値を第三者に可視化する専門家の登場が待たれる

資産市場の6段階について、ビッグデータに目を移して考えてみます。

第2段階:データ・サイエンティストをはじめとする専門家の登場

ビッグデータのバズワード化とともに、データ・サイエンティストという職種もよく耳にするようになりました。ビッグデータそのものは情報の羅列ですが、これを分析して意味を見出し、価値を作り出す人たちです。

データの管理・分析に関しては、2010年時点で100億ドルの市場が形成されていて、さらに年間10%で成長しているとされています(“Data, data, everywhere”,Economist,2010/2/25)。

求められる専門性は、管理・分析といった言わば技術的な価値創造能力だけではなさそうです。分析に先立って顧客の抱える課題を引き出す専門性や、得られたニーズと、ニーズに適したデータセットとをマッチングさせる専門性も、需要が増していくでしょう。

他に、ビッグデータ分析から生まれた価値の権利関係・契約関係を整理する専門家も考えられます。データセットのライセンス態様については『ビッグデータの正体』でいくつか類型が述べられていました。

データサイエンティスト養成読本 [ビッグデータ時代のビジネスを支えるデータ分析力が身につく! ] (Software Design plus)
この本では統計分析手法のほか、顧客の課題解決をビッグデータを
使って行うためのコンサル的な内容もしっかり書かれていました

第3段階:ビッグデータを紹介する専門家の登場が、投機を活発化させる

上述した専門性は、データセットの持つ価値を、顧客に対して最大化するためのものです。
一方で、投機を呼び込むという観点では、データセットの価値を第三者に向けて可視化する専門家も必要になりそうです。

特許の場合だと、価値評価でボトルネックとなるのが、その特許がどの程度の価値を生むのかの推定が非常に困難という点です。
特許は技術的理解が必要な上、請求項のちょっとした言葉の違いで権利範囲が大きく変わります。このため「その特許はどういう範囲まで及ぶ権利なのか?」を決めるだけでも、高度な専門性が必要とされます。

この点ビッグデータにおいても、データセットを使ってできることや、データセットが生み出しうる価値といった、利益の範囲を客観的に見える化する専門家が必要になりそう。つまりはデータセットの「紹介」ですね。この紹介があることで、投機家による投機の活発化が期待されることになります。

なおパテント・トロールの場合は、投機家自身が特許の価値、つまり権利が及ぶ範囲を見極めていました。ビッグデータにおいても、こうした「目利き」を持った投機家が最初に現れることが予想できます。

第4-5段階:取引コストの減少と市場取引の開始

『ビッグデータの正体』によれば、すでに実験レベルでは取引市場が立ち上がっているようです。2008年にアイスランドに設立されたデータマーケット、元Google技術者が設立したデータセットの公開の場、マイクロソフトの「Windows Adule Marcket Plays」などが紹介されていました。
今後ビッグデータに関わる専門家・投機家が増えていくことで、こうした取引市場が活性化していくことが考えられます。

 

知的財産権もビッグデータも、目に見えない財産である点、しかしそれを持つ者にとって少なくない価値がある資産である点、そして価値の定量的算定方法がまだ見つかっていない点で共通します。
無体財産の価値評価手法という観点においては、両者の進捗を見守ることは、お互いに参考になることが多そう。今後も注視してみたいと思います。

 

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