コンピュータの知能獲得と自己進化は、人間の進化をももたらすか

2045年に、人工知能の能力が人類を上回るという予測があります。

提唱者は米国の未来学者レイ・カーツワイル。コンピュータに関する数々の発明を行い、米国の「発明家の殿堂」にも選ばれています。
マイクロチップの処理能力が18ヶ月毎に2倍になる、というムーアの法則は未だに破られていません。この「〇ヶ月毎に2倍」は、インターネットの通信速度や、記憶素子の容量、コストなど、コンピュータ・サイエンスの様々な分野にあてはまります。この指数関数的増大が続くとすると、コンピュータの人工知能の能力が、2045年に全人類の知能に匹敵するようになるとのことです。

ロボットや無人機開発の現状をレポートしたP・W・シンガー著『ロボット兵士の戦争』でも、AI開発の項でこれについて触れていました。

今後のもムーアの法則が働くとすれば、ロボットと戦争の世界に関する、何らかの非常に驚異的な進歩が起きるだろう。千ドルのコンピュータが2019年には人間の脳に相当する計算をこなし、2029年には千人分の脳に相当する計算能力をもつようになるという。

技術における現在の傾向が続けば、現在の指数関数的伸びは加速して、私たちはパラダイムシフトに達する。

『ロボット兵士の戦争』より

その帰趨として何が起こるのか、3人の言葉を紹介しています。すなわち、コンピュータの知能は自ら創造できるほどに発達し、進化が起こるというものです。

ヴィンジは演算能力が爆発的に増えている状況を説明し、次のように予測した。「30年以内に、超人的知能を創出することが技術的に可能になる。その後間もなく、人類の時代は幕を閉じるだろう」(中略)
ヴィンジはNASAの会議でその評論を発表し、こう主張した。「私たちは地球上に人類が誕生したのに匹敵する変化の瀬戸際にいる」

(※注:ヴァーナー・ヴィンジは数学者、コンピュータ科学者で、受賞歴のあるSF小説家)

心理学者でAIにも取り組んでいるロバート・エプスタインは次のように説明する。「私たちの活動のしかたを変える技術というだけではなく、新たな生物種と言ってもいい技術だ。私たちの想像以上にだ。創造するのはその新たな存在なのだから」

サン・マイクロシステムズの共同創設者で、インターネットの名付け親のひとりでもあるビル・ジョイは、特異点はあると確信している。(中略)ジョイの予測によれば、「いったん高度な知能を持つロボットが生まれたら、ロボットという種、自らの進化した複製を作ることのできる知能の高いロボットが登場するまで、もう一歩だ」

『ロボット兵士の戦争』より

2045年問題 コンピュータが人類を超える日 (廣済堂新書) ロボット兵士の戦争

コンピュータも「アハ!」を体験できるか

ムーアの法則に従えば、記憶容量や1秒当たり計算回数の今後の伸びの予測が可能です。しかし単に計算量を増やすだけで、コンピュータが創造力を持てるわけではないはずです。

計算量を増やす機械と、省略する人間

最近、将棋の第2回・電王戦が話題になりました。コンピュータとプロ棋士との団体戦で、結果は3勝1敗1分、コンピュータに軍配が上がりました。

第5局で三浦弘行八段を下したGPS将棋は、ネットワーク接続された670台以上のPCからなり、過去のプロ棋士たちが積み上げた数十年分の棋譜を記憶し、1秒間に2億5千万通りを計算する能力を持ちます。
しかしこのことをもって、コンピュータの「知能」が発達したとは言えないはずです。コンピュータの場合、突き詰めれば「AとBのどちらがいいか?」という問いを延々と繰り返しているに過ぎません。手筋が有限な将棋やチェスでは、計算回数を増やすことでミスが避けられ、ミスをする人間に勝つことができます。効率よく計算するためのアルゴリズムはあるでしょう。それでも本質的には「全てのパターンをシミュレートしきる」ことがゴールになっています。

人とコンピュータの思考の違いについて、羽生喜治氏の下記コメントが参考になります。

棋士・羽生善治が、「将棋は、人間とコンピュータではどちらが強い?」と問われ、答えた言葉。「人間の思考とコンピュータの思考は全然違う。人間の思考は、強くなればなるほどたくさんのことを考えなくなる。余計なことは全部排除して考えないようになる。一方、コンピュータが強くなっていくプロセスは、どんどん計算量を増やしていくというやり方」だというのだ。

人間には省略するという凄い能力がある(榎戸誠の情熱的読書のすすめ,2010/8/16)

単に計算量が増えたからと言って、創造力や発想力といった「知能」が生まれるわけではありません。

「ニューロンの発火」と「心の発生」を繋ぐものは何か

心の中の表象の最小単位を「クオリア」と名付け、脳と心の関係を研究するのが、ソニーコンピュータサイエンス研究所の茂木健一郎氏です。「アハ体験」で有名ですね。

例えば「ものが見える」という認識は、視神経など感覚器官の化学変化を脳が受け、ニューロンが発火することにより起こります。このニューロンの発火という物理現象の集合が、どのように結びついて「主観」や「心」になるのか? というのが氏の研究です。
『クオリア入門』では、心が生まれるまでに次のような階層を仮定していました。


視神経など感覚器官の化学変化
 ↓
ニューロンの発火
 ↓
ポインタ/志向性
 ↓
主観
 ↓
「心」

コンピュータ・サイエンスの考え方であるポインタを導入したり、臨床事例を元にしたおもしろい仮説が紹介されていて、読み応えのある一冊でした。最近研究の進捗を聞きませんけど、心の仕組みがいつ解明されるのか楽しみです。

コンピュータが知能を獲得したと言うためには、「効率よく大量計算をこなせる」のではなく、「考えられる」ことが必要ではないでしょうか。その過程において、分子機械としての脳の仕組みや、電気信号から心が生まれるアルゴリズムの解明は、重要なステップとなるはずです。

クオリア入門―心が脳を感じるとき (ちくま学芸文庫) 感動する脳 (PHP文庫)

コンピュータの知能獲得は、人間の進化をももたらすか

コンピュータが人間の知能を上回ったとき何が起こるのか、は興味深い問題です。『ターミネーター』のスカイネットのように人類を滅ぼすのでしょうか。

外部化されていく人間の認識

コンピュータの進化に伴い、人間の能力もまた強化される、という未来もあるかもしれません。ニュースを見ると、コンピュータを用いた人の能力の拡大は順調に進んでいるようです。なんかロシアが多いのが気になりますが。

ラットのレベルでは、脳と脳をネットで接続することにも成功してますね。

コンピュータ化した人間もコンピュータとともに進化する

人間の記憶や意識が肉体を離れ、モノとして扱えるということは、人間精神を工学的に扱えることを示します。コンピュータが知能を獲得する過程において、人間の脳構造が解明されているならば、人間の知能そのものを外部化できることになります。

コンピュータが創造力を獲得し、自己進化できる未来において、人間の知能も仮想空間に移せるとしたら、人間の知能もまた同じように、工学的に進化させられるとは言えないでしょうか。
コンピュータが自我を持ち、人と対立するのかはわかりません。しかし、コンピュータが人に近付き、人の知能がデジタルに近づいたとき、両者の相互作用は、コンピュータだけでなく人間の進化をももたらすでしょう。

あるいは未知の知能が発生する可能性も

以上は、コンピュータが獲得する知能が、人間の脳構造を模して実現する、というのが前提でした。しかし可能性はそれが全てではありません。既存の生物とは全く異なるアルゴリズムの知能が誕生することも考えられます。
例えば、最初は単純なアルゴリズムから始まって、自ら情報を検索して自己アップデートを繰り返し、やがてあるタイミングで知能と呼ばれる能力が発現する、というシナリオ。

この場合、コンピュータの知能獲得は、人間の脳構造の解明とは無関係に起こります。すると、コンピュータの知能獲得の副産物としての人間の進化は起きないか、あるいは違ったタイミングになるでしょう。

 
2045年まであと30年ちょい。そのころ私はまだ元気なはず(と信じたい)。
コンピュータにしろ人間にしろ、歴史が変わる瞬間をこの目で見ることができたら楽しみです。

 

2045年問題 コンピュータが人類を超える日 (廣済堂新書) ロボット兵士の戦争 
クオリア入門―心が脳を感じるとき (ちくま学芸文庫)  感動する脳 (PHP文庫)

 

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