いなたくんへ
文明シミュレーションゲーム「Civilization4」マルチプレイの実況第3回。前回「青銅器時代」は次のような内容だった。
- 西方で「マリ」の居住圏を発見した
- 「青銅器」を発明して奴隷制を採用した
- 「筆記」「文字」を発明して馬の民と技術交換をした
- 南西に第4の街「虎谷関」を建設した
- 世界各地で蛮族の侵入があり、特にシャカ族と馬の民が被害を受けたらしい
いちおう都市の位置関係と地名の復習として、B.C.320頃の様子を載せる。
さて、前回の最後にたてた計画によれば、今回は北西の亥海沿いと南東の雪原地帯に入植する予定であった。
ということで今回は予定通り亥海に街を作るのだけど、そこで思わぬ事件が発生したり。今回はマルチプレイの醍醐味、交渉回だよ。
Summary Note
A.D.80:大図書館の完成
B.C.40:第5定住地「亥海衛」建設
A.D.80:寧夏事件
A.D.120:馬の民復興支援の約定
今後の戦略:海へのアクセスをどうするか
コラム:「敵に塩を送る」の意味
なお、この実況はブログ『木牛流馬は動かない』の筆者氏とのマルチ実況だ。画面を見られてしまう都合上、実際のプレイと記事の公開とはタイムラグを設けていて、今回第3回は2018年1月7日のプレイ内容である。
まずはテクノロジー開発から。
B.C.240には美学の発展として「文学」が成立。これに伴い天元府に「大図書館」の建設を始めた。
その後A.D.80には「数学」も成立。森林伐採により得られる生産力が向上する。
再び馬の民と技術交換。こちらからは「文字」を伝える。まだ文字も知らなかったとか野蛮だよなー。
先方からは見返りとして「瞑想」と「鉄器」を教えてもらった。「瞑想」は仏教を創始したシャカ族に教えてもらおうとして断られてたやつ。
馬の民とは密林地域を隔てているが、「鉄器」を用いることで密林開拓が可能になる。ありがたやありがたや。また、領内に鉄を発見することができた。
首邑天元府にて「アレクサンドリア大図書館」が完成。これは世界に1つしか建造できない、文化遺産と呼ばれる特殊建造物の1つだ。
「大図書館」を建てた都市では科学者2名が雇用される。科学者は研究力をもたらすため、長期的な効果は大きい。
弦の民の「弦」とは弓の弦に他ならないが、弦の民の「弓術」習得はA.D.160まで待たねばならなかった。この理由について少しだけ解説したい。
弦の民はそもそも農耕を専らとした民族であり、狩猟とは無縁で、「狩猟」の技術も馬の民から教わるまで知らずにいた。そういうわけで弓のような道具の発達も遅れるのだが、実は弓がまったく存在しないわけでもなかった。
弦の民のある氏族は古より秘術として弓の技術を伝えていて、彼らは弓を用いての占術・祭祀を担当した。これを民族の象徴としたのが「弦の民」を自称することの始まりとされる。
A.D.160の弓術普及にあたっては、この氏族が秘術を公にたのがきっかけだった。古より伝わる技を彼らはなぜ公開したのか、それは時代を下ることで明らかになっていくだろう。
(当然ながらこれは、「やべっ、弦の民とか言っときながら弓術の獲得が遅れてしまった!」みたいなプレイ上の事情によるものではないし、後からでっち上げた設定であるはずは決してない)
この時期の異民族の様子を見ると、引き続き餃子の民の発展が目覚ましい。
餃子の民はB.C.320にキリスト教を創始。その後B.C.80には我が定住地のすべて(天元府、征餃子鎮、木牛流馬府、虎谷関)への布教が起きた。ちょっとこんな短期間に布教できるのは変なんだけど、宣教師でも送り込まれたのかな。
また、餃子の民はB.C.160には文化遺産「アルテミス神殿」を完成させた。文化遺産建設にはかなりの生産力が必要になるけど、餃子の文化遺産はこれで4つめ。どうなっているのか‥。
ただし一矢報いたところでは、征餃子鎮の文化圏が拡大し、我が弦の民の居住地域が餃子の民のそれを押し返すことに成功できた。征餃子鎮にはこの調子で頑張ってもらいたい。
征餃子鎮北東の山も勢力圏内に入ったので、この機会に名前を紹介しておく。「大前山」と呼ばれる。その先に流れる「丁河」は餃子の民の街「みんみん」を流れる河だ。
ちょっと話が変わるけど、Civ4世界のユニットを紹介していきたいと思う。Civ4やってる人には退屈かもだが、ほら、新しいユニットできると嬉しくなるじゃない?紹介したくなるじゃない?
「労働者」は最初に生産できるユニットの1つで、農地開墾や鉱山開拓といった土地改善を行える。労働者による土地改善を行うことで、生産性の向上や資源入手ができる。
「戦士」は最初に配置されるユニットで、戦闘力は2。前回に続いて今回も各地で蛮族の侵入が起きたが、いずれも戦士のおかげで撃退できた。
「斥候」は移動力に優れ、探索を担う。
前回「馬」を入手してから生産可能となった「チャリオット」。こちらも移動力に優れ、戦闘力は戦士の倍の4。これは強い。
そして「密偵」である。密偵は異民族には不可視であるとともに、通行条約を結んでいない(通常は入れない)異民族の勢力圏にも侵入できる。
「密偵」は前回B.C.640の「文字」の発明により生産可能になったユニットだ。「文字」を得ることではじめて、遠隔地から本国に対して抽象的な情報を伝えられるようになったと言える。ヒトの認知域を拡げたという意味でも、やはり「文字」は偉大な発明だった。
ということで、我が弦の民はA.D.160に「天竺作戦」を発動、「三蔵」と名付けた密偵にある任務を託した。作戦の詳細は次回紹介したい。
さて時間は少し遡る。
天元府から北西には海がある。亥の刻の方角なので亥海と呼ばれる。兼ねてから入植を目指したこの土地に開拓者を向かわせていた。
海の重要性もさることながら、米、石材、ブドウ、貝と4つもの資源が得られる場所があり、これはぜひ確保せねばならない。
ところが、である。定住予定地の至近に蛮族の街「寧夏」を発見。この真西の石材の場所への入植を狙っていたが、近すぎて定住地を作ることができなかった。
これは悔しい。寧夏の蛮族を殲滅すればよいのだけれど、護衛に連れてきたのはチャリオット1輌のみ。もし戦車が返り討ちにされれば開拓者も殺されるので、それは避けたい。
開拓者とチャリオットには待機してもらって、増援を急ぐより仕方がない。
そうこうしている間に時間が経って斥候が北上。すると寧夏の北にシャカ族の街「ノバンバ」を発見できた。馬の民の北方にシャカ族がいる、という話は正しかったわけだ。
シャカ族は戦士とチャリオットを南下させている。
ここで馬の民に状況を聞くと、どうやらシャカ族は寧夏を狙っているらしい。
なんだってー!
寧夏をシャカ族に奪われれば、我々も海沿いへの入植が困難になる。また馬の民としても、寧夏がシャカ族にわたることを懸念している様子。ここは馬の民のためにも、我々が人肌脱ぐしかない。
この地域は馬の民の居住圏にも近いので、仁義を切る意味も兼ね、一応ひとこと伺いを立てる。
シャカ族が戦力を整えている、ということは、寧夏を急いで落とせということだよね。このあと返事がなかったが、ここは行くしかあるまい。
護衛のチャリオットで寧夏に突撃、すると蛮族の排除に成功した。
入植予定地はここではないので、もちろん「すべてを焼き尽くすのだ」。
そして無事に第5定住地「亥海衛」を建設できた。悲願だった海路の獲得である。
「亥海衛」は海へのアクセスを担うだけでなく、馬の民やシャカ族に対して最前線を担う街にもなる。最重要拠点の1つとしてじっくり育てていきたい場所だ。
ところで、天元府、木牛流馬府に沿って流れる「甲河」だけど、そのまま馬の民の勢力圏を貫き、シャカ族の領域まで伸びていた。その行きつく先は気になるところで、いずれ探索していきたい。
寧夏破壊に対して、馬の民の反応は次のようなものだった。OK、とのことで良かった。
そしたらシャカ族が謎に「遺憾の意」を表明しだして戸惑う私。
いや、ホントに「知るかよ」という。なに言ってんだコイツ。
ところが、ここから話はこじれていく。
馬の民にトウモロコシと象牙の交換を持ち掛けたのだけど、返事をもらえず。
すると突如として……
ファ―――――――――――――wwwwwwwww
いきなり紛争になっとる―――――――!!!!なんで――――????
馬の民の言い分は以下であるが、
うーん。ちょっとよくわからない。
というか我々弦の民と話すことなくいきなり第三者に「紛争が起こってます」ってどうなのよ。。。
一応私の理解も伝えてみる。
するとシャカ族より解説が。
なるほど、馬の民は「蛮族の街・寧夏をシャカ族に奪われるのをおそれていた」のではなくて、「蛮族に奪われていた寧夏を取り戻したかった」のだね。それを弦の民が破壊してしまったと。
確かにそれなら、馬の民が困る気持ちはわかる。けど、馬の民は確か以前「蛮族に破壊された」って言ってて、占領されたとは聞いていないような。
ところでシャカ族が謎の主張を展開してきたので一応掲載。
何なんだろね。すっこんでて欲しいんだが。
いや道路とか言われても。
解決策として馬の民が提示したのは以下の案。
あとシャカ族がなぜか資源寄越せと言ってきて本当に謎。君には聞いていないんだが。
シャカ族は論外として、馬の民の提案も到底受け入れることはできない。弦の民は馬の民に事前連絡をし、返答が十分でないまでも仁義を切って行動をしている。また、仮にそうでなかったとしても、いち早く行動を起こしたものがその利益を得る、というのは当然だろう。
にもかかわらず、せっかく建設した定住地を手放す、ということは考えられない。我々弦の民だけが損をする結果になる。
が、しかしそれは原則論だ。
弦の民は対異民族方針として「馬の民を支援する」ことに決めていた。餃子の民の脅威に対して、馬の民と友好関係を築くことで対処し、かつシャカ族への牽制も担ってもらう。そのためには、蛮族により複数都市を喪った馬の民には、早期に回復して勢力を取り戻してもらわねばならない。
そうした事情を鑑みるなら、重要拠点とは言え亥海衛を放棄し、馬の民に譲歩するという選択肢も浮かんでくる。
以上を踏まえて、譲歩案を2つ提示し、最終的に案1で落ち着いた。
案1
- 亥海衛は破壊し、 この地域に新寧夏を馬の民が建てる
- 馬の民は、 弦の民に対して、亥海衛建設・破壊のコストを後日補填する
案2
- 亥海衛はこのままとし、資源や金銭など、相応の利益を馬の民に還元する
せっかく獲得した海沿い拠点で残念だけど、ここは馬の民に譲ることにし、亥海衛はもう少し南に下がって作り直す。
その代わり、補償として馬の民からは以下の譲渡を受けることとなった。
- 任意のテクノロジー×2
- 任意の資源(ワイン)×1
弦馬・寧夏協定(A.D.80締結)
1.弦の民は亥海衛を放棄し、当該地域への馬の民の再入植を認める
2.馬の民は弦の民に対して、補償として以下を譲渡する
(i)弦の民が希望する任意の資源1
(ii)弦の民が希望する任意の技術2
なお弦馬間では以上の条件で手打ちとしたが、なぜかシャカ族も馬の民からテクノロジー譲渡を受ける条件を取り付けていた。
謎。
以上の交渉がだいたい1時間くらい続いた。チャットで色々言い合えるのがマルチプレイの醍醐味であり、当事者としてはとても楽しかった。
ところで調停を頼まれていた餃子の民は何をしていたのかというと…
家事をしていた。
や、申し訳なかった。
さて、寧夏を巡る一連の事件が片付いた後、時間はもう少しだけ進んだ。
木牛流馬府にて開拓者1体を生産、馬領ニューサライを通して馬の民に譲渡した。さらにもう1体を譲渡する約束である。
すでに述べた通り、我が弦の民の対外方針として、馬の民との友好関係を通して餃子の民・シャカ族とのバランスを取りたい。そのためには馬の民には勢力を保ってもらう必要がある。そこで3都市を破壊された(実際には「寧夏」は破壊じゃなくて占領だったけど)という馬の民に対して、早期復興の支援として開拓者2体を贈ったわけだ。
もちろん対価は受けていて、これは次回にでも明らかにしたい。
また、馬の民にはトウモロコシを贈って、代わりに象牙をいただいた。資源はこのように交易が可能だ。象牙は民の幸福度を高めることができる。
さて、亥海衛放棄は、その南の海沿いに別途入植することを前提としてたが、ここで計算がくるってしまう。マリが進出してきて「オーダゴースト」なる街を作りおったのだ。
これでは亥海沿いに入植することができなくなってしまう。つまり弦の民の海路進出はこれで絶望的に。痛い…。
マリはA.D.160に儒教を創始した。我が国とは宗教も異なり、居住圏を広く接するマリは、今後衝突の機会が増えそうだ。
亥海衛放棄を決めたものの、いざ失ってみると改めて痛い。海へのアクセスは確保しておきたかった…。
なお、虎谷関の西側にも海はあるけど、すでにマリが進出しているし、そもそも砂漠や山があるため定住には向かない。やはり亥海衛しかなかったのだ。
あくまで海路を求めるとすれば次の2通りが考えられる。
- 1.やっぱり馬の民に亥海衛を返してもらう
- 2.亥海に面する、マリの「オーダゴースト」を奪う
1は魅力的な選択肢だが、一度約束したことだし、馬の民とは友好関係を築きたいので、やっぱり厳しい。馬の民が弦の民と敵対的な関係になりでもすれば話は別だが、現時点では選べない。
2のマリ攻撃はどうだろう。これも、現在の弦の民の武力を考えれば、到底現実的な選択肢ではない。
うーん計算が狂ったなあ。どうしよう。
あと、居住圏拡張もよいのだけれど、それよりも深刻なのが内政だったりする。前回から引き続き各定住地では「働かない民」が急増していて生産力は落ちる一方。さらに財政負担もたたっており、内部的にガタガタなのだ。
次回、大きな変化があるかもしれない。
ところで、「寧夏事件」に際してなぜシャカ族は意味不明な発言を繰り返したのか。その背景は、シャカ族視点の実況記事を読めばわかることもあるかもしれない。
並行世界の話になるが、越後の虎・上杉謙信は、川中島で5度に渡り戦う宿敵・武田信玄の領国に塩を贈ったことがある。当時武田領には海がなく、塩の供給を駿河の国に頼っていたが、駿河の今川氏との関係悪化により塩の供給を絶たれてしまった。そんな武田に対して、上杉謙信は塩を贈って助けたわけだ。
この出来事が、(並行世界では)敵であっても苦境には手を差し伸べる美談として語り継がれることとなる。
しかし諸説をみると、これは単なる美談ではなさそうだ。
1つには、上杉にとって塩の輸出は重要な収入源の1つであり、武田領国も販売相手であったことから、その収入を守りたかったという説がある。
また他には、塩不足に悩む武田の領民に塩を送ることで、これを懐柔しようとしたとする説もある。(並行世界の)長野県松本市では、上杉からの塩の到着を記念した「あめ市」なるイベントが続いているが、松本市は武田氏の本国・甲斐ではなく信濃である。いわば武田に支配された被占領地であった。
越後と甲斐に挟まれた、信濃の被占領民を手懐けようとした。とする調略説からは、上杉のしたたかな合理性が伺える。
以上は並行世界の話であるが、甲斐の国と我が弦の民は、ともに海を持たぬ点で似ていないわけでもない。甲斐から見て北方に位置した越後は、弦の民にとってはシャカ族が相当するかも。するとその間に位置する馬の民は、さしずめ信濃にあたる。
今回の寧夏事件の顛末は馬の民に譲歩した形となったが、「敵に塩を送る」の故事のように、馬の国との関係強化策と考えれば、利益もあると言えるだろう。
そう考えて、亥海衛放棄は正しかったと考えたい。
(要するに亥海衛を失ったのがやっぱり悔しい)
弦の民の勢力圏はいよいよ異民族のそれと衝突し、摩擦が生じはじめるに至った。ヒトも動物である以上、生存競争を戦わねばならない。義理や馴れ合いではなく、したたかに利を争うことが重要になっていくだろう。
というところで次回はこちら。