「漫画村」問題にみるプラットフォーマーの責任

いなたくんへ

マンガを大量にWebに置きダウンロード可能とするWebサービス「漫画村」が問題視されている。これは著作権法に反する行為であり、運営者は日本在住とみられている。

「漫画村」が特徴的なのは数万件に及ぶというコンテンツ規模と、その利用者の広さだ。Webをみれば「漫画村」を批判する声が多く挙がっていて安心する一方、漫画は無料で読めて当たり前でありお金を取るのがおかしい、という声も聞こえきて不安になる。


こうした状況について、「漫画村」を擁護する余地が一片もないことは確かだが、出版社の責任もまた頭にちらつく。備忘録として、思ったことをいくつか書く。


出版社の役割は「仕組み作り」

出版社の役割とは何だろう。それはクリエイターとユーザとを繋いで価値に変えるプラットフォームの構築、すなわち「仕組み作り」ではないだろうか。

編集者が漫画家をサポートしてよりよい作品に仕立てていく、という作業も重要だけど、これもユーザのニーズと漫画家のシーズの間に立つからこそできる仕事だ。そしてそれだけでなく、マーケット調査や流通や、イベント含む販促など、「コンテンツをユーザに届ける」ための機能を担っていて、そこにはビジネスモデルの設計も含まれる。

マンガの違法アップロード問題は「漫画村」に始まった話ではなくて、10年以上前から顕在化して、なお続いている問題だ。出版社も何もしていないわけではなかろうが、こうした状況は基本的に変わらないのは何だろう。

実はビジネスモデルを転換して、コンテンツは無料化しても十分収益化できる「仕組み」に変えました、という話ならいい。そういうビジネスモデルに転換することは十分あり得る。というか、この時代においては有望な方向の一つと思う。

でもクリエイター側からは不信感を訴える声も聞こえてきて、傍から見てちょっと業界が健全に機能しているようには見えてこない。

一方当事者の話を鵜呑みにしてはいけない、というのはあるけれども。


プラットフォーマーやルールメイカーは、革新を連続せねばならない

「漫画村」は違法であり、これを知ってダウンロードしたユーザもまた著作権侵害の咎を負う。現行法においては「悪いのは漫画村と漫画村利用者」というのは確かだ。が、だからといって、ただ非を唱えるだけというのも違うだろう。

人が易きに流れるのは必然で、ユーザのリテラシーや性善説にばかり頼るのは無理がある。性悪説的状況下でも健全な流通や投資回収を担保するのが「仕組み」であり、法律はそのための一手段に過ぎない。

にもかかわらず、テクノロジーや社会環境、ユーザの価値観が大きく変わる中で、そうした状況のキャッチアップを怠り、いつまでも「仕組み」を変えずにいるのならば、それはマヌケと言わざるを得ない。

もっとも、特にテクノロジーを用いた争いには非対称性があって、守るよりクラックする方が常に有利だ。それは昨今のサイバー犯罪や、いわゆる「非対称の戦争」空も明らかである。さらに悪いことには、法律や制度的枠組みはどうしても「後追い」にならざるを得ない(法律は時代遅れであることが健全である)。

だからこそルールメイカーやプラットフォーマーは、変わる外部環境に常に敏感であって、いつでも仕組みを作り変えていかなければならない。

その点では、例えば「本を売る」ではなく「作家をパブリッシュする」ことを使命に掲げる株式会社コルクとかは、次世代のプラットフォーマーとしておもしろそう。


「プラットフォーム・キラー」の仮想による未来予測

ところで、以上のことを踏まえて未来予測に使えないだろうか。

時代に取り残されて業界が滅びるか、変革を迫られる、というのは昨今の出版業界に限った話ではなくて、これまで繰り返されてきた歴史そのものだ。

ここで「変化しないプラットフォーマーはいずれ時代遅れになる」が正しいならば、GoogleやAmazonの仕組みも(変わらなければ)いずれ機能不全に陥るだろう。

では、GoogleやAmazonを時代遅れにする状況とは何だろう。そこにはどんな技術が使われて、ユーザの価値観はどう変わっているだろう。おそらくその正体が、次なるイノベーションになるはずだ。

という観点で、現在先端にあるビジネスモデルを俎上にして考えると、次の未来が見えてくるかもしれない。未来予測手法の1つとして、いずれ試してみたいと思う。

 

 

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