最近流行りの3Dプリンタ。価格、出力速度、解像度、使用材料など、特徴に合わせて豊富な種類のプリンタが発売されています。
3Dプリンタで問題視されるのが、銃などの危険物や著作権侵害となる物品の、個人による家庭内製造です。
これについて大日本印刷が、危険物や著作権侵害物品を3Dプリンタ側で認識し、製造をストップするプログラムを開発しました。
3Dプリンタと著作権の関係を考える上でおもしろい事例だったので、今後の影響について考えてみたいと思います。
Summary Note
大日本印刷が開発した3Dプリンタ出力停止プログラム
- ブラックリスト登録された3Dデータと照合し、合致する場合には3Dプリンタ出力を停止させる
- 3Dスキャナでの取り込みデータに対しても対応できる
- キャラクターのアングルを変更するなどの改変があった場合でも対応できる
出力停止プログラムの課題と今後の展望
- 著作権法が現状対応できない部分をテクノロジーで補う意欲的な仕組みだが、すべての3Dプリンタで対応が必要という課題は残る
- ブラックリストのデータベース管理は大きなビジネスチャンスになるかも
- 部品に分割するという抜け道に対して、権利者側は著作物の要部を重点的に保護することで対応できる
まずは大日本印刷開発のプログラムがどういうものか、大日本印刷のニュースリリースから引用してみます。
大日本印刷株式会社(本社:東京 社長:北島義俊 資本金:1,144億円 以下:DNP)は、銃器などの危険物製造やキャラクター製品の模倣などの目的で3Dプリンターを操作しようとした時に、違法性や著作権侵害の恐れがある場合には、その指示を受け付けないセキュリティプログラムを開発しました。
当セキュリティプログラムは、3Dプリンターで製造するデータから、法的認可や許諾が必要な製品(ブラックリスト対象製品)かどうかを高速で判定するものです。
本プログラムは、3Dプリンターに入力されたSTLデータのポリゴンを独自のアルゴリズムで簡素化し、ブラックリスト対象製品のSTLデータのポリゴンと高速で照合できるようにしました。また、3Dスキャナーなどで現物をスキャンしたデータに対しても同様に高速照合し、不法なデータと判定された場合、3Dプリンターの作動を停止させることができます。
ウェブサイトからダウンロードした3Dプリンター出力用データに、多少の装飾や改変、アングル変更などを施したデータに対しても、ブラックリスト対象製品と的確に照合することできます。
著作物に関しては、フィギュア等のキャラクターグッズが主な想定となっているようですね。
3Dスキャナでの取り込みやアングル変更は実際に行われる可能性の高そうな抜け道ですが、これについても対応できるようです。
著作権者側は3Dポリゴンデータをブラックリストとして登録し、3Dプリンタ側はブラックリストのポリゴンと「同じかどうか」、そしてそれだけでなく「似ているかどうか」までも判断するということです。
「似てるかどうか」に関しては、判断の閾値がどの程度に設定されているのか気になります。
現行の著作権法では、すでに完成した建築物を見て、その建築物を建てるための図面を作成したとしても、権利侵害には問われないとされます。
3Dプリンタでも同様の議論があり、キャラクターを3D出力するためのCADデータを作成すること自体は、侵害と問えない可能性があります。
また、CADデータを取得し実際にキャラクターの3Dモデルを出力するのは、3Dプリンタを保有する個人です。そのため、個々人に対してそれぞれ「それ侵害なのでやめて!」と言って回る(具体的には警告状を送付し、必要に応じて訴訟提起する)のは現実的ではありません。
これについては下記記事でも一度解説しました。
このように、キャラクターを出力するためのCADデータの流通や、個人によるプリントアウトに対して、著作権法を根拠に裁判所に行ってやめさせてもらうのは、現状では困難な状況にあります。
こうした法的困難性がある中で、3Dプリンター側で出力を止める、テクノロジーによる解決を目指すというのはおもしろいアプローチだと思います。
出力させる・させないは大日本印刷の勝手ですからね。嫌ならそのプリンタ買うなという。
Free Stock: Copyright sign 3D render / MusesTouch – digiArt & design
問題なのは、ユーザは「じゃあ大日本印刷のプリンタは買わないよ」で済んじゃうんですよね。
著作物の個人による製造を本気で社会から除きたいなら、世の中にあるすべての3Dプリンタに対して出力を規制しなければなりません。そのような規制に強制力を持たせるためには、やはり根拠となる法律の整備がもう少し必要になりそうです。
実現した場合、ビデオレコーダのデジタル・コピー・コントロールのような実装になるのでしょうか。
ブラックリストの管理も各社個別ではなく、各社共通して管理する枠組みが現れたり、CADデータのフォーマット自体にもその対応が求められるようになるかもしれません。
もしかしたら大日本印刷はそのあたりのビジネスを狙っているのかもしれないですね。一度ブラックリストのデータベース管理を初めてしまえば、そこからデファクト・スタンダードを作っていける可能性があります。これは大きなビジネスチャンスです。
大日本印刷のプログラムの抜け道として思い浮かぶのが部品の分割です。
キャラクターを丸々一体3Dデータにしたらブラックリストに引っかかるかもしれませんが、これを複数の部分に細分化して、それぞれ個別のデータとして配布したらどうでしょうか。ユーザは各部品毎に出力し、最後に組み立ててキャラクターを完成させることができます。
法的には、部分であっても著作権が発生します。
しかし細分化されるほどに特徴は失われるので、プログラムがその類否や、著作権性を判断するのは困難になるはずです。
例えばドラえもんを例にしてみると、ドラえもんの3Dデータが分割され、「手」の部分だけ配布されたとして、これが著作物だと判断できるでしょうか。
すでに述べた通り、法的には著作権が発生していることに間違いはないのです。しかしながらプログラムが、この手だけをみて本当にそれが「ドラえもんの手」として唯一無二のものであるか判断できるかというと、怪しい気がします。というか人間の私でもちょっと辛いです。
一方、ドラえもんの例でいえば、頭部や顔の部分になると、「これは明らかにドラえもんだよね」と判断できる可能性が高そうです。
こうしたキャラクターの特徴の色濃い要部さえ出力停止できれば、少なくともユーザは完成品を手に入れることはできないので、規制が現実的になりそうです。
すると著作権者側は、キャラクターの要部や、規制しやすい部分がどこであるかも見極め、これについて重点的に保護をする戦略が考えられますね。
このあたりはデザインを保護する意匠法の「部分意匠」にも近い考え方かも知れません。部分意匠は、デザインの特徴部分の申請を受け付け、全体のデザインが若干違っても特徴部さえ共通すれば、権利侵害と問える法制度です。
色々と揚げ足取りのようなことをつらつらと書いてしまいましたが、大日本印刷が今回開発したプログラムは、昨今問題視される3Dプリンタにまつわる問題について「テクノロジーの解決がありうる」という点を具体的に示した点で、素晴らしいと思います。
特に類似物の類否判断まで盛り込んだ点は意欲的ですね。
ただし個人的には、権利を盾にした規制ではなく、個人の製造を許して、個人を巻き込む形でのビジネスモデルを構築することが、21世紀のコンテンツビジネスのあり方として正しい気がしています。