テレプレゼンス・ロボットがもたらす問題は、すでに世界の一部で起きている(『サロゲート』ネタバレ感想)

いなたくんへ

バーチャル・リアリティの分野の1つにテレプレゼンス、テレイグジスタンスと呼ばれるものがある。遠隔地にあるものをあたかも近くにあるように感じさせ、あるいは遠隔地にいながら操作やコミュニケ-ションを実現する技術だ。

アプローチにはいくつかあり、1つはARなどにより、現実世界に虚像を重畳する方法が挙げられる。例えばアイウェア型のデバイスを頭にかけることで、目の前に相手がいるように見せられる。

もう1つのアプローチがロボットだ。近年ロボットの発達や社会進出が目覚ましいが、遠隔地のロボットに「憑依」して操縦できれば、究極的には自分の分身を生み出せる。こうしたロボット憑依式テレプレゼンスが普及した社会を描いたのが、映画『サロゲート』(2009)だ。背景設定はWikipediaが読みやすかったので引用しよう。

脳波で遠隔操作できるロボット<サロゲート>が開発された近未来。人々はサロゲートを分身として使役し、自身は家から一歩も出ずに社会生活を営むことが可能となった。生身より高い身体能力や自由に選べる容姿など、サロゲートには様々なメリットがあったが、最大の特長は安全性にあった。機体に何が起きてもオペレーター(操作者)には危害が及ばない、その絶対的な安全性能が人々に支持され、需要は急拡大。発表から14年後には普及率98%を達成し、開発元のVSI社は超巨大企業へと成長していた。

ある夜、カップルのサロゲートが奇妙な武器を持つ男に襲われる事件が起きる。男の武器から電光が走ると、2体のサロゲートは回路を焼き切られ大破、接続していたオペレーターまでもが脳を破壊されて死に至った。サロゲートを介してオペレーターを殺傷できる武器が存在する。世間に知られれば大パニックを招きかねないこの事件は極秘扱いとされ、FBI捜査官のトム・グリアーとジェニファー・ピータースが密かに捜査を進めることとなった。

Wikipediaより

劇中におけるサロゲートのキャッチは「夢みる自分になれる」。つまり違う自分になれること。これは現在すでに起きていて、我々はゲームやSNSといった仮想空間ではアバターに扮し、場合によってはプロファイルを好みのスペックに設定し、「夢みる自分」になっている。これをロボットを用いて現実世界で実現したら、それも仕事などの社会生活に導入したら、どうなるか。それを描いたのが本作だ。

本作で描かれる実験的描写は、来るべき社会の姿を考える上で参考になるだろう。主に設定や社会像部分に注目し、ネタバレ全開で紹介したい。

Summary Note

今すでに起きている、サロゲートが起こす5つの問題

  • 1.生身同士で会わなくなる
  • 2.「中の人」とのビジュアル差に驚く
  • 3.なりすましが起こる
  • 4.反対運動が起こる
  • 5.軍用サロゲートの顔はロボットまま

サロゲートが変える働き方と世界の景色

  • 1.「完全」テレワークの実現
  • 2.電車移動時にはスリープモード
  • 3.事故による怪我は減るけど、生身で歩くのは危険

映画作品としての評価は‥


今すでに起きている、サロゲートが起こす5つの問題

生身は常に自宅に在って、ロボットの姿で社会と触れる。そんなことをして問題が起きないわけがない。そのシミュレーションが本作の醍醐味であるのだけど、問題は大きく2種類に切り分けられそう。

1つは、すでに現在も起きている問題だ。本作で提示される問題のいくつかは、例えばインターネットの中で起きていて、それが電子的手段であるか物理的手段であるかの違いに過ぎない。あるいは現実世界においても、一部は実現が始まっている。それぞれ見ていきたい。

1.生身同士で会わなくなる

ブルース・ウィルス扮する主人公は妻との関係が壊れていて、同じ家に住みながら、何年も顔を合わせていない。もっともそれは生身同士の話で、妻は部屋の外ではナイスバディの美魔女サロゲートで活動しており、主人公はこちらとは会えている。問題は生身の本体で、部屋に閉じこもって出てきてくれないのだ。

妻の話は極端な例かもしれないけれど、サロゲートが普及することにより、生身同士で会う機会が減ることは考えられる。博報堂生活総研の定点調査をみると、あくまでここ数年の数字ではあるが、「メールやSNSだけでやりとりする友人がいる」が35.8%上昇、「電話など、相手の顔を見ずに話をする方が気楽でいいと思う」が5.9%上昇したのに対し、「携帯電話やネットによる対面の意思疎通の希薄化が心配だ」が23.0%下落するなど、ネットを介したコミュニケーションだけで満足している傾向が現れている。

サロゲートの登場は、生身でのコミュニケーションの機会をさらに減らすかもしれない。

2.サロゲートと「中の人」とのビジュアルの差に驚く

劇中におけるサロゲートのコンセプトは「夢みる自分になれる」であるから、生身の自分、つまりは「中の人」との差は往々にして大きい。物語では冒頭でギャルが殺されるんだけど、その正体は女ですらない肥満男性であった。

ネカマ乙!

ということで、現代でも同様のことがたくさん起きているのでリンクを紹介。

特に2つめのリンクの「FaceRig Live2D Module」はVRやARで重要な技術になりそうだけど、将来的にはこれがサロゲートの表情提示に応用されるわけですね。

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ちなみに劇中では、各人はそれぞれ決まった外観のサロゲートを使っていて、複数モデルを使い分けることは基本的にはしていなかった(そういう人もいたが少数だった)。ある程度アイデンティティが化体するからかな。でも実際に実現すると、コミュニティに応じてキャラを使い分けることはされそうだ。

あと劇中では、サロゲートを購入しても視覚・聴覚以外は別料金になっていて、ビジネスモデルとしておもしろかった。課金するとアバターのパーツをアップグレードができる、というのも現在のビジネスでよくあるけど、「感覚」も追加課金の対象になるとは。

3.サロゲートのなりすましが起こる

劇中では、あるサロゲートの「中の人」が居場所を特定されて殺されて、別人がその人のサロゲートを使ってなりすます、という事件が起こる。周囲はそのサロゲートが、殺された「中の人」のままだと信じ、事件には気付かない。こうしたアカウント乗っ取りも、ネットで起きている問題だ。

ただし、劇中のサロゲートは「中の人」の表情や仕草といった微妙な動作もトレースしており、ウェブアカウントの乗っ取りに比べるとかなりハードルが高そうというか、神業の演技力が求められそう。
あるいはそのころにはハックする側のテクノロジーもさらに進んで、「中の人」の動作を精巧にエミュレートするプログラムとかもできるのかも。

いずれにせよ、サロゲートのように実社会に深く関わる技術ほど、セキュリティの問題は深刻になりそうだ。

4.反対運動が起こる

反テクノロジー運動の代表例の1つが英国のラッダイト運動(1811~)である。産業革命に伴う機械の社会進出に反発した人々が、デモとして機械の破壊を行った。現代においてもアーミッシュと呼ばれる、テクノロジーを否定する集団がある。

本作でもこうした反テクノロジー集団が登場し、サロゲート進入禁止のコロニーをつくって、生身の人だけで暮らしていた。

サロゲートが実現すると、規模や表現型は違えど、こうした反対運動は起こるだろう。それはラッダイト運動のように、サロゲートの影響を受けて職を失う人々が中心になるのかもしれない。あるいは、テクノロジーが人間に近づくことへの拒絶反応として、さらに大規模な反発が起こることもあり得るだろう。


ラッダイト運動で機械を破壊する人(画像:Wikipediaより)
しかし破壊の対象が人を模したサロゲートとなると、もう少しショッキングな絵柄になりそう

5.軍用サロゲートの顔はロボットのまま

ロボット開発に軍事の視点は欠かせない。本作はその点もきちんと押さえていて、米陸軍の未来の姿が描かれていた。劇中では、兵士は基本的には大規模コントロールルームに詰めていて、戦場で走るサロゲートの一隊を各々が操縦している。現場で被弾大破するとすぐに次の筐体に乗り換え、再び隊に戻って走り出す。
印象的だったのは、市民社会に普及するサロゲートには人間と同じ顔があるのに対して、軍用サロゲートには顔がなかったところだ。合理的。

こうした遠隔操作での攻撃は、現実ではドローンを使った作戦が行われている。最近の米兵は米国本土のオフィスでドローンを遠隔操作し、地球の裏側で爆撃をして、定時に退勤して子供の小学校のお迎えにいく。というのは少し前に話題になった話だ。

人型ロボットは走破性の観点で優れることから、ドローン兵器がやがてサロゲートのような形態に進化することは確実だろう。

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こちらは米ボストン・ダイナミクスの「アトラス」
 

でもいざ戦争になって、殺しに来る相手が量産工業品で「中の人」は海の向こう、ってのは嫌だなあ。


サロゲートが変える働き方と世界の景色

以上、映画『サロゲート』で提示された未来で、現実世界においても起きていることを整理してみた。一方で本作では、サロゲートがサロゲートであるからこそ起こる未来も描かれている。特に大きく変わりそうなのが「働き方」だ。

1.「完全」テレワークの実現

米国で最も働きやすいとされる行政組織の1つが、特許や商標の出願審査等を行う特許商標庁だ。テレワーク(家に居ながら職場にログインして仕事する)が進んでおり、職員数に対して特許商標庁にあるデスクの数は半分以下となっている。つまり全員出勤する状況が物理的に想定されていないわけだ。

実際にワシントンD.C.の特許商標庁に審査官に会いに行った時も、審査官自身はフロリダに居て、端末を介しての会話となった(だったら私が出向く必要なかったのでは?というツッコミは控えよう)。
こうしたテレワークは徐々にではあるが日本でも浸透している。


米国特許商標庁内に掲げられた勝利宣言の横断幕
(画像:Wikipediaより)

テレワークの最初の課題があるとすればなんだろう。例えば商談や営業活動、販売のような、人と人との触れ合いが重要になる仕事は難しいかもしれない。ただしそれも、VR技術の発展により仮想空間で行われる場面が出てくるかもしれない。

サロゲートが解決するのはその次のハードルだ。例えば土木工事やなど、現実世界でしかできない仕事であっても、ロボットの肉体を用いることでテレワークが実現できる。社会の「完全」テレワーク化だ。
本作の主人公もFBI捜査官であり、現実世界で起こる事件を扱う職種だが、サロゲートのおかげで自宅に居ながらにして働けていた。

ちょっと本作で疑問だったのは、そこまでテレワークが進みながら、みんなわざわざオフィスに出勤していたところ。会議は仮想空間でやって、身体は現場に直行でもよかったんじゃないかな。そう考えると、サロゲートが実際に普及した場合には「オフィス」の概念も大きく変わることになりそうだ。
というか、職員数よりデスクが少ない米国特許商標庁の例を考えると、これもすでに変わり始めているのかも。

2.電車移動時にはスリープモード

本作で面白かった描写として一番に挙げたいのが電車のシーン。電車移動時はみんなサロゲートの電源をスリープモードにでもしていて、サロゲートたちはみなマネキンのように無機質に揺られている。確かに、移動時はサロゲートに憑依している必要はない。「中の人」はその間にトイレにでも行ってたのかもしれないけれど、異様な光景だった。

サロゲートが普及した社会では、体験したいシーンではサロゲートに意識を移し、それ以外では勝手に移動させておく、ということが実現できる。

もっともその点では、サロゲートを人間と同じ電車に乗せるのではなく、荷物として積んで貨物移動するのでもよかったかもしれない。
あるいは他の手段として、主要な移動先それぞれにサロゲートを準備しておき、サロゲートは移動させず、ある場所のサロゲートから別の場所のサロゲートへと意識を乗り換える、とするのもよさそうだ。これって1つの「移動革命」が起こるよね。

3.事故による怪我は減るけど、生身で歩くのは危険

本作で描写される変化としては他に、交通事故による怪我・死亡の減少があった。当然ながら街を歩くのはサロゲートなので、サロゲートに何かあっても「中の人」の命に別状はないためだ。

その一方で、サロゲートが行き交う社会を生身で歩くことは危険である、と提示されていたのはおもしろかった。サロゲートは人間の見た目とは言えロボットなので、筐体は強固だ。そうしたサロゲートが闊歩する合間を生身で通ることは非常に危険な行為とされ、主人公は同僚にたしなめられる。

このあたりは自動運転の議論にも似ている。将来自動運転車が普及した場合には、手動運転車の存在が危険視され、規制されると予想される。サロゲートのようなテレプレゼンス・ロボットが普及した場合にも、生身の人間の移動エリアとは棲み分けがなされ、究極的には本作のように、人間側が遠慮するのかもしれない。

ただし、ロボットの硬さが問題であるならば、生活に馴染む「やわらかいロボット」の研究も始まっており、こちらの成果も期待できる。

サロゲートの登場は世界を変えるのか

さて気になるのは、実際にサロゲートが実現したとき、本作で提示される未来が訪れるかだ。すでに述べたように本作で起きたことの一部は、インターネットを含めて現実に起きている。そうした変化は加速するのか。

私の答えは、「一部は深化し、一部は変わらない」だ。優柔不断というか、つまらない答えなんだけど。すみません‥。

例えば電子メールの黎明期、職場の隣の人と無言でメールを送り合うなんてオカシイ(隣にいるんだから直接話せよ)、という指摘があった。しかし実際に電子的コミュニケーションが普及すると、隣りの席でも声を発さずチャットで会話、というのは当たり前の光景になっている。テクノロジーの浸透に合わせて、価値観は変化したのだ。

ARやテレプレゼンスといったテクノロジーも、我々をさらに電子の世界に溶かしていく。サロゲートはその一環として、現実世界の体験の一部を、機械の身体を通して、仮想のものに代えていくだろう。

無言チャットの例で言うなら、チャットには会話の履歴を残したり、遠隔の複数人と話せるという利点がある。その一方で、複雑な背景の下での意思疎通にはやっぱり面倒があって、結局はメールよりも電話、電話よりも対面、の方がスムーズな場面も多分にある。
要するに電子的コミュニケーションは、それまで直接対話や電話といった選択肢しかなかった我々に、新たなオプションをもたらしたのだ。これに伴い一部のコミュニケーションはメールに代替されたが、依然として旧来のチャネルも併存した。

テレプレゼンスも同様に、一部のコミュニケーションはサロゲートを使うのが適していても、すべてがこれに代替されるとは思えない。両者は併存し、コミュニケーションの自由度が拡張される。

でもあれだな、リアル版のネカマは嫌だな。騙されたくないよなー。


映画作品としては、ラストシーンにがっかりと言わざるを得ない

最後に映画としての感想を述べたい。
結論から言うと評価は低い。

石黒教授!

本作は冒頭にて、脳マシンインターフェイスなど現実の研究内容が紹介される。その中に大阪大学・石黒教授が出てきたのには驚いた。石黒教授は「マツコロイド」でも有名な人型アンドロイド研究の第一人者だ。自身を模したアンドロイドも用いてテレプレゼンス研究を行っており、「サロゲート」の最初の使用者と言えるかもしれない。


石黒教授とジェミノイド(画像:大阪大学HPより)

本作『サロゲート』のサロゲートはCGっぽいというか、肌がヘンにキレイな感じになっていて、良い演出だと思った。まさにジェミノイドのような、不気味の谷ではないけど若干の違和感があるのだ。すでに述べた通り、電車移動時のマネキンの如き不気味さなんかも非常によく撮られていた。

なお不気味と言えば、主人公の妻の美魔女ぶりも違和感あったけど、あれはサロゲートだからというよりは、美魔女特有のアレかな‥。

ブレストをもう2段階掘り下げてほしかった

本作の特徴としては、ドラマで楽しませるというよりは、「サロゲートが実現したらどうなるか」の思考実験を展開したところにありそうだ。問題点や社会に起こるべき変化を、ストーリーにして提示したことは素晴らしい。

しかし、そうした「シミュレーション」で引っ張るならば、もう少しだけ深く掘り下げてほしかった。例えば街をサロゲートだけが闊歩するなか、生身の人間の生活感はもう少し描写があってもいいはずだし、オフィスについても指摘した通り、現在に対して生活スタイルに変化がなさ過ぎた。ブレストを重ねれば、さらに数段階の世界観の作りこみができただろう。それが惜しい。

ラストシーンがザ・ハリウッド

SF設定とシミュレーションが醍醐味とは言え、物語にも起伏はあった。
「妻と不仲の主人公」はハリウッド映画では定番であるが、その原因は「サロゲート」ならではの理由であったし、独立区指導者の意外な正体など、どんでん返しもあった。

それだけにラストシーンのひどさが際立ってしまった。
本作は社会の98%の人がサロゲートを使っているという設定だけど、それがたった1つの会社に制御されてるって何よ。しかもラストはそのマザーコンピュータを破壊して世界中の人々がサロゲートから解き放たれてめでたしめでたしって、どんだけザルなセキュリティだよ。

物語はマクガフィンです、サロゲートが実現したときの社会のプロモーションビデオが撮りたかったんです、ストーリーはオマケなんです、ってことなら最初から言って欲しかったな。と、酷評してしまったけど、私的にはそのくらいガッカリさせられたラストであった。

とは言え繰り返しになるけど、未来像を示したプロモーションビデオとしては秀逸なので、時間のある人にはその観点でおススメしたい。
いずれにせよ、こうもロボット技術が進んでくると、サロゲートの実現にも期待できる。実際にはどのような社会が訪れるのか、楽しみであり、怖くもある。

 

 

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