人工知能が変える知財の世界の未来年表と、発明の共有財産化という結末

いなたくんへ

たとえば特許制度が中世ヴェネツィアで「発明」されたときのように、人の想像力というものをいかに国家戦略として活かすのか、文化文明を推し進めるために社会をどうデザインするか、知財制度にはそんな思想が根底にある。
その点で、人ならざる機械が創作能力を獲得し、創造の世界に参入してきたことは、社会の未来を考えるうえで興味深いテーマだ。

人工知能は未来の仕事をどう変えるのか。
いろいろ議論があるが、まずは身近なところで自分の仕事がどうなるか、つまり弁理士の仕事や知財の世界がどう変わるのか、これまで何度か考察してきた。それは例えばGoogleパテントがもたらす特許無効化であったり、人工知能による発明創出であったり。

同様の予測は各所でされているが、これを未来予測年表の形でまとめたブログ記事がおもしろかったので、今回これを紹介したい。

特許庁での審査が置き換わったり、Google翻訳に適した明細書の書き方本が刊行されたり、といった予想を年表の形で1つのストーリーに仕立てているのがおもしろい。そして行き着くところとして発明の共有財産化を挙げていて、これは私の持論である社会の共産化にも通じるところがあった。


人工知能が知財業務に与える影響の時間軸

人工知能(正確には機械学習)に関して最近で大きかったニュースの1つが、Google翻訳のアップデートだ。日英翻訳にも機械学習が実装された。自然言語ではまだおかしな翻訳もあったりするが、おおむね精度は上がったようだ。

 

特に精度向上が著しいとされるのが、特許翻訳である。
特許出願書類とはそもそも、「技術的思想の創作」なる曖昧な概念を定義として記述すべく、誤解が最小限となるよう論理的に努めた文章である。論理性が高いので、会話文などに比べれば、機械が扱うハードルは低い。

特許翻訳の精度向上の背景には「特許ファミリ」がありそうだ。特許権は各国それぞれで成立するので、日本での特許出願と同内容を米国でも成立させたい場合には、英訳文書が作成される。1件の特許の各国の対応関係を「特許ファミリ」という。

Googleの特許検索サービス「Google Patent Search」は世界の特許ファミリを網羅しており、これは機械翻訳の教師データとして理想的なものだろう。Google Patent SearchのGoogleの狙いが気になっていたが、その1つはここにあったのかもしれない。

人工知能の進化と知財業務の未来年表

さて、特許翻訳という仕事がGoogle翻訳に脅かされるなかで、じゃあ弁理士の仕事や知財の世界はどう変わっていくの?ということを時系列で整理したのが前述のブログだ。以下に代表的な予測を紹介したい。

2020年 (翻訳者の需要の減少、特許事務の需要の減少)
・グーグル翻訳で簡単な特許翻訳が可能になる。
・人工知能が簡単な事務管理を担うことが可能になる。
・「グーグル翻訳し易い明細書を書くためのガイドライン」なる書籍が発行される。

2025年 (翻訳者の需要の消滅、特許事務の需要の消滅、弁理士の需要の減少)
・グーグル翻訳による特許翻訳の品質が人による翻訳の品質を超える(書面上の言語バリアががなくなる)。
・人工知能が簡単なOA対応、簡単な審査などの特許実務を行うことが可能になる。
・人工知能が与えられた課題に対して解決手段を提供できるようになる(人工知能が限定的に発明をすることが可能になる)。

2030年 (審査官の需要の減少、弁理士の需要のさらなる減少)
・人工知能が大部分のOA対応を担うようになる。
・人工知能が大部分の審査を担うことになる。
・人工知能が明細書をゼロから作成することが可能になる。
・人工知能が独自に課題を導き出すことが可能になる(人工知能が完全に発明をすることが可能になる)。
・「AI審査官に受けが良い明細書の書き方」なる書籍が発行される。

2035年 (発明者の需要の減少、審査官の需要のさらなる減少、弁理士の需要の消滅)
・人工知能による明細書の品質が人が作成した明細書の品質を超える。
・人工知能による発明の量が人による発明の量を超える。
・人工知能が発明を公開しまくり、もはや人類にとって新規性のある発明を創り出すことが困難になる。

2040年 (特許制度の消滅)
・特許等について組織間で争うのは社会および人類の損失と人工知能が判断し、特許制度自体がなくなる(というか会社や企業という概念すら無くなる?)。
・特許制度が世に生まれて600年を経て再び発明は世の共有財産となる。

グーグル翻訳の進化を目の当たりにして業界の今後について考えてみたより抜粋

「グーグル翻訳し易い明細書を書くためのガイドライン」売れそう

この年表の素晴らしいのは、イシューを時間軸で整理していることだ。例えば「人工知能が特許審査を担う」とか、「人工知能が独自に課題を導き出す」とか、個別のイシューは各所で予想されている。しかしながら、これらイシューを網羅的に列挙し、起こる時間の前後関係を整理して、具体的な年限まで仮想するというのは、議論のたたき台として価値が高い。

もちろん時間軸は前後するだろうし、いくつかの予測は外れるかもしれない。それでも、出来事の大枠がストーリーとなっていておもしろい。まあ、単に私が年表好きというのもあるんだけども。

全部引用はさすがにアレかと思い抜粋にとどめた。非常に示唆に富んでいるので、ぜひ“>ブログ記事で完全な予想を見ていただきたい。

敢えて付言するなら:ポジティブ・リストが欠けている

さて、ブログでは異論・反論歓迎と書かれていたので、1つ意見を述べてみる。
提示された年表がネガティブ・リストである、という点は強く意識すべきだろう。未来に向けてはネガティブな出来事に限らず、ポジティブな出来事も起こるだろう。年表はそのうちネガティブなイシューだけを抽出した、言わば不完全なものである。

産業革命がそれまでに存在した多くの仕事を奪ったのと同時に、新たな仕事を生み出したことは言うまでもない。年表に描かれるのは、主に奪われる仕事の話で、生み出される仕事の話が抜けている。

不完全、という言い方には誤解があったかもしれない。決して年表をディスりたいわけではなく、あくまで年表を読む側の心がけとして「知財業界死亡乙www」など早合点するのは違うよね、ということである。未来予測のファースト・ドラフトとして提示された年表に対して、補完されるべきポジティブ・イシューがあることを意識して読まねばならない。

じゃあどんなポジティブ・イシューがあるの?というのは非常に想像するのが難しいところだ。産業革命の例でも、いかなる仕事が生まれるのかを、生まれる以前に予想するのは困難だった。けれども提示された年表を起点にして、1つ1つ埋めいくことは必要だろうし、それこそが今後の弁理士には求められることだろう。


特許制度は崩壊し、発明は世の共有財産となる、のか?

ネガティブなイシューと、ポジティブなイシューとが重なり合って、未来は紡がれていく。でもどこかしらには収束していくはずで、それがどこかを考えたとき、私はこの年表に大きく共感するところがあった。2040年の2つの予測である。

2040年 (特許制度の消滅)
・特許等について組織間で争うのは社会および人類の損失と人工知能が判断し、特許制度自体がなくなる(というか会社や企業という概念すら無くなる?)。
・特許制度が世に生まれて600年を経て再び発明は世の共有財産となる。

グーグル翻訳の進化を目の当たりにして業界の今後について考えてみたより

特許制度は崩壊する、に一票

ポジティブに考えようよ!と言っておきながらあれだけど、やっぱり特許制度はなくなるか、少なくとも大きく変えると考えている。
これは人工知能というよりは、テクノロジーの進化全般の影響による。具体的には、インターネットがニーズとシーズをマッチングできるようになって、エージェント機能の発達によりその傾向が進めば、創作のインセンティブは独占という形では担保しなくてもよくなる。そんな気がしている。

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発明は世の共有財産となる、に一票

まだプロは消えていないが、音楽の世界でセミアマチュアが増えているように、従来の「知財制度の庇護下でお金を集めて活動するプロ」と、「専業にせず無償又は廉価で趣味的に作品を生み出すアマチュア」とのバランスはすでに変化している。この変化はインターネットがもたらした。テクノロジーがこの傾向をさらに推し進めれば、不公平のない形で「再び発明は世の共有財産となる」ことは起こりうると思うのだ。

行き着く未来は共産主義社会

社会主義革命は発達した資本主義社会で発生するとされている。欧州の監視社会化や厚い(が高い税金に基づく)福祉制度は、あるいはその類型ともいえるかもしれない。
共産主義についても、これまでの失敗は思想が時間軸を間違えてしまっただけであって、高度に進歩したテクノロジーがいずれ世界を共産化する。それは20世紀の共産主義国の如き愚かなものではなく、生み出すことのインセンティブが社会にまんべんなく分配される、管理者なき社会となる。これが私の持論である。このことはもう少し考察を続けてみたい。

 

人工知能と経済の未来 2030年雇用大崩壊 (文春新書) 〈反〉知的独占 ―特許と著作権の経済学 オープンサイエンス革命

 

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